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旅に出て見つけたもの

初夏の時期には決まって北国への旅をする。気分的には避暑の旅なのだが、ここ数年は避暑どころではない猛暑に襲われっぱなしだ。お江戸からの飛行機を降りると、あー、涼しいというのを期待しているのだが、空港から一歩外に出るとほとんど気温はお江戸なみというのが続いている。去年はお江戸より暑かった。地球温暖化という言葉を妙に納得してしまうくらいあつい。
その暑い北国で、何故かこの時期ににごり酒が売っていた。それも日本酒売り場で常温放置されているのだから、加熱処理されて発酵はとまっているはずだ。しかし、何故この時期ににごり酒なのだろう。すでに、発酵タンクの温度管理は通年で可能なので、にごり酒も通年で製造販売することは可能だが、それにしても夏に売るものか・・・とは思う。おそらく冷蔵庫で冷やして飲むことを想定しているのだろう。そうだとしても、暑い時期に濃厚な甘さもあるにごり酒を飲みたくなるものだろうか。不思議だ。などと思いながら、しっかり一本買ってしまったのだから、蔵元の作戦にハマっているということに間違いはない。

冷蔵庫で冷やした後、氷を入れて飲むのが良いような気もしてきた。茹でたてのアスパラにたっぷりマヨネーズをかけたものが合いそうだ。日本海で上がった迷いまぐろを手に入れて赤身を山わさびで食す。それに合わせるのも夏向きだろう。などと、酒と肴の相性をあれこれ考えるのも楽しい。
この蔵元の酒ミュージアムに行けば、館内のどこかに夏のにごり酒の説明が書いてありそうだし、少なくとも館内の従業員(学芸員?)の方に尋ねることもできそうだ。ということで、蔵元直営店であれこれ聞いてこよう。

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高田馬場で飲み会 その2

鰻屋で鰻を食べない一軒目の後、高田馬場で2軒目の店ということになり、大衆居酒屋の原点のような店を選んだ。埼玉県にある日本酒の蔵元直営店なのだが、都内に何店か支店がある。ただ、支店の存在する街によって微妙に客層が違うような気がする。それがちょっと楽しいのだが。高田馬場の店は客の平均年齢50代という感じで昭和の尻尾がぶら下がっている客が集まるかのような店だ。
特に目を惹く変わったメニューがあるわけではない。旬の魚も日替わりで出るが、基本的には火を通す料理が中心で、気取ったところのない平均的な味というのが売り物だ。なんでもあるが、特別なものは何もない。それが良い意味で実現されている。

飲み物は東京での大衆居酒屋の絶対定番であるホッピーにした。最近人気があるレモンサワーはやはりちょっと甘いのが気になる。ホッピーはライトビール的な甘さなしテイストがよろしいと思う。二軒目なので日本酒は避けることにした。年相応のセーフチョイスというやつだ。

同行していた友人達が、二軒目だというのに何やらすごいものを注文し始めた。揚げ物盛り合わせがドーンと出てきた時には目が点になった。こんな食べ物を注文する人たちだったかとこれまでの記憶を辿ってみるが……………
その後に出てきたのが、ソース焼きそば。そしてカツとじ煮だから、もはや錯乱したかと思ってしまう恐怖のハイカロリーメニュー連投だった。一体何が起きたのだろう。うなぎの祟りだろうか。
そして、これまで締めなど頼んだことがない人たちだったはずなのに、何故か明太子のおにぎりが一人一つずつ……………
最近、居酒屋に行ってこれほど満腹したのはめずらしい、というかこれは何年振りの飽食経験だっただろう。満腹を通り過ぎると天国にいる気分になってくる。

それでも翌朝は実にすっきり目覚めた。かなり大量に酒を飲んだので、多少の不調は覚悟していたが、普通の日と変わらぬ元気さで自分でも驚いてしまった。ひょっとして、酒を飲む時には大量に食物を摂取した方が良いのではと、あらぬ想像をしてしまった。締めのおにぎりがよかったのか? などと考えてもみたが、それを確認するために、満腹になる程食いまくる飲み会はやらない方が良いと思うのだが。
ローカーボとかいうダイエット法がずいぶん流行っていたのを思い出した。雑食性類人猿の子孫であるヒト族は、ローカーボは種としての体質に反しているのではないかと思う。ローカーボに挑戦するくらいなら、そもそも酒など飲んではいけないだろう。ローカーボ不要論が飲み会で実証されるわけでもないしな。締めのおにぎりであれこれ考えてしまった不思議な飲み会だった。

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百貨店で全国銘菓

鹿児島県日置市の梅月堂 初見であります

コロナの間は地元の元・百貨店菓子売り場に全国あちこちから銘菓が届けられていて、曜日ごとに違うお菓子が手に入る仕組みだった。これは便利なものだなあと思っていたが、よくよく考えれば都内の百貨店で、いわゆる銘菓のお取り寄せ販売は昔からしていたのを思い出し、久しぶりに日本橋に「菓子」を買いに行った。
並んでいる銘菓は見たことも聞いたこともないものばかりで、売り場の前をうろうろとしてしまった。以前来た時にはもう少し小ぶりの売り場だったような記憶もあるが、他の有名ブランド菓子売り場の面積と比べると5-6倍はありそうな広い棚に、地域別に分けられた名産がならんでいた。その中でも一際目立つのが京都の阿闍梨餅だった。あの棚は、すでに一軒の店分くらいはある。京都で買うより並ばない分だけ買いやすいような気がしてしまった。
今回はあれこれ物色した上でバラ売りしているお菓子をいくつか買ってみた。一番気になったのは、ラムドラだった。ラムレーズンが入ったどら焼きだから、味の想像はつく。ただ、何故これが鹿児島の街で売られているのかはよくわからない。謎だ。ただ、隣の熊本県ではサバランの最強バージョンのようなリキュールマロンという銘菓もある。(食べると酔いそうなくらい酒が強い)九州では酒入り菓子が人気なのかもしれない。
どら焼きとラムレーズンはなんとも不思議な組み合わせだが、これを肴に芋焼酎を飲むというのはありかもしれない。

上段 宮城県仙台 甘仙堂のくるみゆべし
下段 神奈川県鎌倉 紅谷のクルミっ子

東北地方ではあちこちでゆべしが名産品になっている。胡桃が入ったゆべしが好物なのだが、いつもは福島県郡山のものを買っていた。今回は、バラで山積みされていた仙台ものを試しに買ってみた。普通に美味しいのでまことに満足した名品だ。胡桃がたっぷり入っているのが素晴らしい。郡山産のものより一回りくらい大きいような気がするが、あくまで記憶モードなので定かではない。一つ食べるとズシンと腹ごたえがあるヘビー級な和菓子だ。残念ながら1日の定量は一つだなあと思う。
それと、これも山積みにされていた上におひとり様の購入個数に制限があった鎌倉のお菓子の調達した。こちらもくるみ入りなのでついつい手が伸びてしまった。胡桃が入ったキャラメル的なお菓子だが、これも洋酒を飲みながら食べると良さそうだ。ブランデーに甘い胡桃はピッタリと合いそうだ。同じ首都圏ということで神奈川県の菓子にはあまり手を伸ばしたことがない。ちょっと反省した。
売り場を見て歩くと、一箱に10個入り、20個入りといった大型パックはどうやらすっかり人気がないようで、単品売り、バラ売されているものを、何個か選んで買っていく仕組みが主流になっているようだ。これも、菓子は手土産に買うのではなく、自分が食べるために買う「お一人様使い」の客が増えたからだろう。自分へのご褒美というやつか。
ちなみに、売り場の半分くらいは、どうやらお茶を嗜む方達向けの品揃えのような気がする。茶道に合わせての品揃えとまでは言わないが、全国各地で有名な伝統和菓子ばかりだから、その道の方達が御用達にしているとすれば、やはり日本橋らしい品揃えと言えるか。
確かに、お江戸日本橋は便利なところだなあと改めて思った。

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ハンバーガーを食べて考えた話

小腹が空いたら、〇〇食べようみたいなものは世の中に確かに存在する。関西系の粉物がその典型ではないかと思う。主食にはならないが副食よりも重いという存在だ。
日本のハンバーガーはまさしくそんな存在だと思う。アメリカでいわゆるローカルバーガーを食べるたびに、とてつもない膨満感に襲われていた。アメリカで食べるバーガーはカロリーで言えば1000K Cal超えだと思われる、ヘビーでビッグな代物だ。バーガーはまさしくアメリカ人の主食だと思うが、あれに匹敵する和食といえば「カツ丼大盛り」が思い浮かぶ。
だから、日本でバーガーを食べる時は、そのサイズ感の違いに戸惑うというか、これは飯ではなくおやつだなと思うようになってしまった。最大手の製品は「ビッグ」と言われてもアメリカサイズにはだいぶ距離がある。
日本発祥バーガーチェーンのバーガーはまさしく子供サイズだ。(照り焼き味は好物だけど、満腹感にはだいぶ遠い)
ということで、3時のおやつならぬ小腹が減った感覚で、某バーガーチェーンの店に入って、バーガーとドリンクを注文しようとしたら、なんと単品で買うよりセットの方がお得なので、久しぶりにセットをちゅうもんしてしまった。
結局、ポテトの分だけ量が多いというか、小腹対応ではなく満腹対応の量になってしまった。年甲斐もなく、欲に駆られては行けないと反省した。
色々と言われることの多いバーガーのセット販売だが、食べながら考えると、これはやはりヒト族の本能に忠実な食品のような気がする。飢餓の時代であれば、カロリー過多、糖分過多、脂分過多、たんぱく質の旨み過多など、文句を言うものはいないだろう。まさに食の福音だ。
雑食性になった猿族の子孫には、ご馳走感が山盛りになっている食べ物だ。おまけに、味覚が未成熟で体が生育途上の子供達にとっては無条件に好む味、求める味とも言える。バーガーに対する不平不満は、追い先短くなった不健康な高齢者のくりごとでしかない。俺が食べては行けないものを、他の奴らが食べるのは許せないという老身性嫉妬だと思う。(個人的見解です)
食べ過ぎればなんでも体には良くないが、このハイカロリーな簡便食は人類が発明した「飢餓には最適な食べ物」の一つではないだろうか。
あれこれファストフードを嫌う大人は多いが、3日も絶食させられた後にハンバーガーを与えられたら涙を流しながら食べると思う。食足りて礼節を知るどころか、食過剰なり暴言を吐く、ダメな大人が食育を語るとは………

この朝に読んだある食育関連の読み物に腹を立てていたので、余計にバーガーのうまさが身にしみた。バーガーとフライドポテトは世界を変えた食べ物だ、と思っているのですがねえ。それが嫌ならメザシと玄米でも食っていろと言いたい。

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変わりメロンパン探してます

お江戸で買えば300円近い値段になると思うが お買い得だなあ

写真を見返していたら、やたら気になるのが、この金沢駅にあるパン屋で撮った「うずまき黒胡麻バナナクリームパン」だった。このパンは一言で言うと、とても旨い。また食べたいと思うが、金沢にあるパン屋だしおまけに季節限定(秋)のものだった。ひょっとすると2度と食べることはできないのかもしれない。写真を見るたびに残念に思う。人と人との出会いは一期一会だが、食べ物も一期一会なのだ。
ということで思い立ち、自分の行動範囲にあるパン屋で、また食べたくなる素敵なメロンパンを探してみようかと活動開始することにした。

埼玉県を中心い急速に店舗数を伸ばしているパン屋が自宅近くに開店したのは去年の暮れのことだが、今では朝から女性客が押し寄せる人気店になった。その来店者が9割女性客というジェンダー的に偏っている(笑)人気店にメロンパンを探しに行ってみた。

代わりメロンパンは「塩パン」の上にビスケット生地がかかったもので、形もよく見ればなるほど塩パンだ。まるではなく、貝殻的な縦に伸びたフォルムだ。ビスケットがかかっているので、甘さを感じるが塩パン生地とのバランスがなかなか微妙だ。確かにこれは代わりメロンパンと言ってもいいが、期待している方向ではない。
ただ、小ぶりのメロンパンを食べたい人には向いていると思う。もちろん味は良い。

サクサク生地のメロンパンということで、変化系メロンパンではない。人気店だけあり、普通のメロンパンは作りたくないというあたりの意気込みが感じられる。手作り感が溢れる形をしているが、これも進化系とはいえそうもない。商品バラエティーが多い店でも意外とメロンパンとかあんぱんとかの絶対定番では冒険をしないものらしい。
そう考えると秩父ベーカリーは随分と冒険をしている店だったなあと思い出してしまった。

表面にシナモンシュガーやココア粉末をかけたものも美味しい

変わりメロンパンは見つからなかったが、最近あちこちで見かけるようになったクラップフェン(ドイツの揚げパンみたいなもの)が山積みされていた。この外はカリカリで、中の生地はもちっとしている甘いパン(菓子?)がすっかり気に入ってしまった。
メロンパンを探しているうちに、あれこれ美味しいパンをついで買いするのもなかなか楽しい。次はどこのパン屋に行こうかな。

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富山のアンテナショップにて

日本橋でデパ地下探索をした後、ちょっと待ち合わせまで時間があり、目の前にあった富山県のアンテナショップに入ってみることにした。確か富山県のアンテナショップは有楽町の交通会館地下にあったように記憶していたが、どうも記憶が違っていたようだ。
日本橋周辺にあるアンテナショップはおしゃれな外観のものが多いが、場所を考えると当然という気もする。ただ、この家賃の高い場所で食品とか手軽な工芸品とかを売っているのだから、採算は大変だろうなとも思う。
総務省が金を出して、どこかに統合アンテナショップビルでも立ててやればいいのになと思う。銀座にある小学校も越境入学者で保っているようだから、高層ビル化して高層階は小学校、低層階はアンテナショップにでもすれば良いのに。

店内をぶらぶら見回っていると、アンテナショップの一角に、なんと日本酒バーがあるのを発見した。これはすごい。カウンターとテーブル席合わせて20席ほどだが、ここはちょっとした時間潰しや、待ち合わせをするには絶好の場所ではないか。地下鉄入り口すぐだし、適度に明るいし。すっかり気に入ってしまった。
たまたまカウンターには、ガタイの良い英語圏外国人が3人で酒を飲んでいた。会話を聞いているとディナーまでのちょっとした時間潰しらしい。そうそう、そういう使い方だよなと同感した。

日本酒は富山県産限定で、飲み比べができるようになっている。壁に並んでいる銘柄から、好みのものの札を取りカウンターに持って行くというスタイルだ。三杯飲み比べセットが700円だった。上級の酒は別の価格、別の組み合わせもあるようだ。とりあえず、三杯を飲み比べて自分の好みを探る。普段はあまり飲まない純米原酒が予想以上に気に入った。日本酒は日々進化していることがよくわかる。

帰り際に気がついたのが、このバーの隣が富山料理のレストランになっていたことだ。バーで酒を軽く飲み、レストランで食事をするというのは、アメリカンなスタイルだなと感心した。居酒屋でいきなり集合、乾杯するよりも、バーでちょっと早めに待ち合わせをして軽く一杯やり、予約の時間になったらそろってレストランに入るというのは、なんともスマートな行動ではないだろうか。
次の飲み会は(笑)このスタイルで行ってみようか、などと考えてしまった。銀座で飲むよりおしゃれだしなあ。

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日本橋で恐怖体験した

なんちゃってコロナ対策の象徴 アクリル板は消滅していた

友人と久しぶりに飲もうということになり、これまた久しぶりに日本橋で予約をしてみた。頭ではコロナ騒動が終息したとは理解していたが、金曜の夜がこんなに騒々しくなっているとは、全く予想外のことだった。たまたま、よく使っているグルメサイトから予約をしたのだが、なんと当日に従業員がその予約を削除したらしく、店に行っても予約がないと言われた。確認メールを見せて、なんとか席を確保したが、後から来た友人も「そんな予約はない」と言われて途方に暮れたらしい。
そもそも予約など必要がないくらい、いつでも空いていた時期を思えば、予約が勝手に消されるほど混み合っているのだから、偉大な時代(笑)になったと思うべきか。

おまけに「全席個室」みたいな説明をしていた席は、天井から降りてくる簾で間仕切りされるだけだった。この書き方はだいぶインチキだなと思うが、コロナの時期はそもそも店内全部が個室みたいな空き具合だったから、クレームもなかったのだろう。友人と合意したのは、もはや金曜に酒を飲みに行ってはいけない、個室予約は当てにならない、サイトの予約も信用できないだった。
ちなみに、サイト上からはコース予約の設定ができないというなんとも不思議な仕組みだったのだが(できるのは席のみ予約だけ)、従業員が予約を消した理由が金曜日なのにコース設定されていないことだったらしい。金曜に席だけ予約というのはあり得ないそうだ。
3年間、実質的に不完全状態での営業が続いていたせいか、居酒屋業界全般的にスタッフの補充もできず、ベテランはすでにいなくなり、現場ではドタバタが続いているということのようだ。コロナの後遺症は意外と根深く、人員不足が苦境の原因と言っても、どうやら自滅要因でしかないように見える。

時間だということで一軒目を追い出され、2軒目を探して入った居酒屋だが、これまたこの3年間であれば営業許可が取れなかっただろうほどの過密座席だった。日本橋で普通の居酒屋を探すこと自体が難しい時代だと思うが、とりあえず金曜夜にどんちゃん騒ぐ平常な時代が戻ってきたのも間違いない。店内は常に満席で、大盛況だった。おまけに新入社員の飲み会(おそらく入社後の初期研修終了打ち上げ)があって、あまり広くない客席は阿鼻叫喚というか実に騒々しい。これも、この3年間みられなかった光景だ。

雨宿りのつもりで入った店だが、全く雨足が止まらず、結局は1時間ほどで帰ることにしたのだが、お値段が居酒屋価格とは言えないほどの会計で、やはりアフターコロナはインフレ時代で、コロナ前の3割増くらいの価格になるようだ。居酒屋が居酒屋価格で利用できないというのは、ちょっとした恐怖体験だった。個人的体験で振り返ると、バブルの最終期がこんな感じだっただろうか。
帰り際に発見した、懐かしい光景にも戦慄した。飲み過ぎで上半身裸になり倒れている同僚?を取り囲む男女10人組みたいなしーんだ。この景色はなんとも昭和な雰囲気がある。急性アルコール中毒で何人も人死が起きていた時代の風景だ。
コロナの時代には全く見かけなかった光景だが(今は無くなったらしい路上飲みではあったのだろうか)、おそらくこの3年間は学生社会でも飲み会が激減していたせいだろう。
飲み会免疫なしで社会人になり、誰も止める奴がいないから自分の酒量もわからず飲みすぎて倒れたということか。でもねえ、その状態になったら救急車呼ばなきゃダメだよ、と昭和の知恵で忠告すべきだったか。ただ、倒れた周りの取り巻きにうるせい奴だと絡まれても嫌だしなあ、などと考えてしまうほどの賑やかな酔っぱらい集団だったし。実に久しぶりな大都会の光景だった。

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恵比寿のロボット食堂

看板は漢字四文字だから、定食屋とか麺屋ではよくありそうな雰囲気がするが、なぜか看板から漂う「テイスト」が海外チックな不思議感がある。どの文字も日本で普通に使われているもので、あの大陸系漢字、読めそうで読めない漢字のむずむず感は全くない。

店頭のメニューボードを見たら、なんとなく以前見たものと違い「普通な麺」が並んでいる。確か前回見た時は、ギョッとするほど尖ったメニューが並んでいたような気がするのだが。
と思って店に入ろうとしたら、入り口に今日からメニューが変わりましたという告知があった。あれこれと考えさせられる。そうか、この店も苦労してるんだな。味の調整に1年近くもかかったのだな。ということが、その告知文からにじみ出てくるような気がした。ちなみに改訂前のメニューはスパイシー系やエスニック系が中心だったような記憶がある。

コロナ時代の開店なので、なんとなくあちこちにコロナ対応が見受けられるが、やはり一番はカウンターの前面にしきられた壁があり。その壁の向こうが、ロボットが麺を調理しているところだろう。ベルトで運ばれるお釜もどきは、茹で上がった麺を入れた鍋だろう。その鍋が、加熱調理をする場所に移動して、ぐるぐると回っている。調理人が鍋を振るように、麺を加熱する道具らしい。お釜が斜めに傾いて状態でクルクル回っているのはなかなかシュールな光景だ。どうせなら、もっとはっきり客に見せれば面白いのになと思う。ロボットの調理を見たいだけで、店に来る客もいるだろうになあ。

とりあえず一番技術がいらないのではと思われるナポリタンにしてみた。味は普通。ロボットだからといって、うまいかマズイとかの差が出にくいものは何かと考え、選んでみた。
喫茶店のナポリタンみたいな濃い?味付けではないが、誰でも納得できるレベルだろう。人間がやっても、これより下手くそな店はたくさんあるし。ただ、味の調整より具材の選択に注意したほうがよさそうだ。もはや赤いウインナーは、食品としては劣化版製品だと思っている。もはや赤いウインナーは、昔懐かし食べ物を愛する、レトロ趣味がある人が味に目を瞑って食べる特殊な嗜好品だと思う。当店では昭和を忠実に再現するなどと言い訳しないと、外食企業として使いにくい原材料だ。
どうも商品開発者は、昔懐かし系の商品を開発する時に、あれこれイメージに引きずられすぎて原材料の味に妥協しているのではないかと疑いたくなる。
少なくとも現役の商品開発担当者(おそらく30-40代と推定)が、赤いウインナーの入ったナポリタンを食べた経験は限りなくゼロに近い気がする。そもそも、赤いウインナーがとてつもなく美味いなどとは、だれも思わないと思うのだが。(確認のためにその後、実食してみた)もし赤いウインナーが万人受けするうまいものであれば、スーパーで赤いウインナーがレアモノになっているはずがない。
今回学んだこと(笑)だが、ロボットは決められた通りの味付けで仕上げるから、料理のうまさはロボットのせいではなく、そのレシピーを仕込んだ人間様にあるのだな。だから調理ロボットを開発する時には、まず最初にレシピー開発する人間の「能力開発」をしなければならない。新しい「ヒト」と「ロボット」の関係が理解できた。作業性では、人はロボットに劣るのだから……………という感想を持ちました。

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新宿のミレニアムタワー(笑)

歌舞伎町に建設中だった高層タワーが完成したとニュースでは見ていた。歌舞伎町のランドマークといえば「コマ劇場」だった時代はすでに遥か彼方で、最近のランドマークはそのコマ劇場跡地にできた、ゴジラヘッドがあるホテル複合体ビルだ。
その東宝系タワーの目の前に、コマ前広場(?)を挟んでできたのが、東急歌舞伎町タワーだ。
ただ、歌舞伎町の中から見ると、ただただ空を見上げるだけなので全景がよく見えない。そこで、JRの反対側に周り西新宿からタワー全景を眺めに行った。こちらから見ると、ニョキニョキとそびえたつ「スカイスクレーバー」「摩天楼」という感じがする。

その後、ビル下まで行って首が直角に曲がるほど見上げてみた。やはりビルの真下からでは、ビルのてっぺんもはっきり見えない。

ゲーム内では、ボーリング場のあるビルに設定されることが多かった場所

広場からみあげてみても、やはりてっぺんがはっきりしない。まさに、新宿歌舞伎町を舞台にした、長編大作ゲーム「〇〇がごとく」に登場するミレニアムタワーそのものではないか。
おそらくビル建築の関係者にコアなゲームファンがいたに違いない。さすがにビル名をミレニアムタワーにはできなかったのだろうが、歌舞伎町タワーと言われれば、ファンは誰でもピンとくる(はずだ)

JR新宿駅から行くとちょっと距離があるが、西武新宿駅からは徒歩0分みたいな距離で、歌舞伎町周りもまた賑やかになってきたようだ。ヤマダ電機の跡地に入ったアルペンは外国人客が目立つようになった。(なぜ、日本に来てアウトドアギアを買いたがるのか、不思議だが)新宿昼飲みのメッカは、コロナの時代であるかどうかに関わらず、相変わらず昼から飲んだくれるオヤジは多い。
次は、ミレニアムタワー内部に潜入して、あれこれ探索しなければなるまいぞ。

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ひさしぶりの日本橋で

友人と久しぶりに日本橋で飲むことにした。日本橋など一年で何回も行く場所ではなかったが、コロナの間は一度も行っていないので、なんと4年ぶりということになる。銀座や新橋は何度も足を運んでいたが、日本橋は本当に用事がないと行くことがないし、そもそも用事もない。
あいにくの大雨だったが、それでも日本橋本店の入り口から入ってみた。百貨店で入り口に暖簾がかかっているのは、この店くらいのものだろうか。時代劇では悪者の代名詞になっている(笑)越後屋さんだが、この暖簾を見るとそんな悪そな気配は全く漂ってこない。

開店時間であればそれなりに見物客もいるはずの巨大女神像も午後遅くであれば周りに人影がない。わずかにいる観光客と思しき方達も、日本語は話していない。スマホで写真を撮る姿は日本人も外国人も同じだと思うのだが、その服装の微妙な違いというか、場近いな派手さ?みたいなもので、国籍の差がわかってしまう。
まあ、大多数の日本人にとって日本橋の百貨店はサンダルばきで行くようなところではなく、多少は洒落のめして行くところだろう。特にお江戸の外から来る方たちは、なめられてたまるか的な気負いを持っている人も多いのではと思う。特に、高齢女性はそうではないかな。(個人的見解です)

百貨店が、まだリアルに百貨店だった時代に、この巨大モニュメントはブランドを維持するため機能していたと思う。が、今ではすっかり専門店化して十貨店くらいに落ちぶれている?巨大店舗には、モニュメントの存在すら薄寒い感じがする。たまたま大雨の日だったから、館内に客の影が少ないということもあるだろう。しかし、ある程度の時間、この像の前にいたのは自分一人だったのだから驚いてしまう。
たた、この日一番驚いたのは、誰もいないモニュメント空間にではなく、地下の菓子売り場だったのだ。