街を歩く

札幌で一番有名な蕎麦?

ゴマが練り込まれたゴマ蕎麦はめずらしい

学生時代から通っている蕎麦屋がビルの建て替え工事などで次々と閉店していく。残った店を訪ね歩いて食べるというなんとも情けない状態が悲しい。
ただ、店が減っているのは蕎麦屋だけに限らない。札幌都心部はビルの建て替えが一気に進んでいるので、新築ビルには新しいレストランが入居する。その一方で昔から続いていた店は代替わりすることもなく閉店していく。いと哀れなり………なのだ。
札幌市内のどこにでもあった大衆居酒屋「つぼ八」は全く見なくなった。そもそも大衆居酒屋自体が消滅の危機だ。ラーメン屋も一時期は街中ではすっかりなくなっていたが、最近は狸小路を中心にラーメン店復活の機運がある。これはありがたい。
こじんまりとした鮨屋の路面店もめっきり減ってしまったが、新興の鮨店がビル内に出店している。これは新陳代謝と考えるべきなのだろう。

残念なことに蕎麦屋は一方的に減少している。これも時代の流れと諦めるしかないようだ。それでも、昔懐かしの蕎麦屋を訪ねて昼下がりの蕎麦を楽しむ。昼時の混雑時は外すようにしているが、蕎麦屋が減ったせいか午後遅くまでそれなりに混み合っている店も多い。

いつものもりそばを注文し、するっと啜って蕎麦湯で一息という蕎麦の楽しみ方は、もはや文化的活動かと思うほどだ。お江戸のこだわった蕎麦屋は実に面倒臭いと思うことが多い。なので、札幌の大衆食堂的蕎麦屋が妙に心地よい。
昭和レトロを楽しむ若い衆にも蕎麦好きがたくさんいてくれると、蕎麦屋も生き延びられそうなのだが……………

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本当のししゃも

北海道人には常識かもしれないが、一般的にスーパーなどで売っている子持ちししゃもは「カラフトししゃも」あるいは「キャぺリン」というししゃもとは別の魚だ。
本物のししゃもは苫小牧近くの太平洋岸、あるいは釧路付近で獲れる希少な魚だ。昔はガンガン(一斗缶)に山盛りにされて売られていたそうで、貧乏人の食べ物だったらしい。
母親が樺太の住民だったのだが、幼少時のおやつは浜に干してあるししゃもを勝手にとって食べるか(どう考えても窃盗のような気がするが、子供だけに許されていたらしい)、海に入ってウニやホヤを自分で獲っていたそうだ。まさに、樺太ワイルドライフではないかと驚いたことがある。そのワイルドなおやつ、ししゃもも、うにもホヤも、全て超がつく高級食材になってしまった。
この季節になると軽く炙ったししゃもが食べたくなるが、ひと串の値段を見ると到底手が出ない。ししゃもの隣に並んでいる「コマイ」であればなんとかなるが、この安い方のコマイも記憶にある価格からするとすでに五倍ほど値上がりしているのではないか。そのうちコマイも買えなくなりそうだ。
ちなみに、ししゃもの世界は男尊女卑ではなく、「女尊」男卑なメス社会なのだが、このオス・メスの値付けを見ると、多少ながらオスの地位が向上したようだ。昔はオスの値段がメスの半額以下だったような気がする。
まあ、人間社会も最近では男性の劣化が激しいから、シシャモ業界のように「オスはダメ商品」なので安売りという時代が近づいている。現在のジェンダー問題は男女間の不公平、不公正の排除だと思うが、近い将来起こるのは、弱小し劣化した男性の保護みたいな話になりそうだ。「こんなダメ男でも、とりあえず生きている以上保護してやるか」とか、「こんな使えない男にも生存権は認めてやらなければならない」みたいな逆ジェンダー問題になり変わるだろうなあ。

「下がり続けた底辺層である男性の地位向上」なんてテーマが2030年代に世間を賑わすのだろうか。まあ、そんな社会の方が平和で良いと思いますけどね。

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すすきののパン屋

テレビでよく見る「薄野」の象徴、ニッカウイスキーの看板があるビルは、ススキの交差点の斜向かいから撮っている映像が多い。それをちょっと変化したアングルで撮ってみた。これはビルの西側から煽り気味で撮ったもの。
この撮影ポイントはススキノビルの広告看板が映り込まないのであまり使われないようだ。そのススキノ・ランドマーク交差点に新しくできた商業ビルは人手不足のせいもあり、テナント店舗が一斉に開業せず、何段階に分けてオープンしていたが、ついに全ての空きスペースが埋まったようだ。そこで地下から高層階のシネコンまで順番に眺めてきた。
シネコンは札幌駅の駅ビルにもあるので、札幌都心部はススキノとサツエキの2拠点に映画館ができたことになる。さて、典型的な飲屋街ススキノで昼の商売はうまくいくのだろうか。

そのススキノ新商業ビルからバブルの頃にできた観覧車付きのビルをのぞいてみた。札幌都心部はバブルの後遺症で30年以上ビルの建て替えが止まっていたが、ここ数年一気に古いビルが建て替えられた。メインストリートは一新された感がある。が、薄野界隈は全くと言っていいくらい変わりがない。古いビルが立ち並んでいるし、そのほとんどが築50年を超える。
この光景はバブルの頃どころか、1970年代後半からほとんど変わっていないと思う。

さて、ススキノ新商業ビルの中に札幌でも名が知られたパン屋の新店が開いた。他の店と比べると、並んでいる商品が違う。そもそも、値段が5割ほど高い。店名は同じながら別のコンセプトとして開業したようだ。
この地域特有の客層、夜のご商売に合わせて調整したのかかと思ったが、どうやそうではないらしい。この商業ビルの高層階はシネコンだが、そのもう一段上の階は、そこそこのシティーホテルになっている。そして、そこには大量のインバウンド客が宿泊している。どうもビル全体が、インバウンド対応になっているらしいのだ。中層階にあるフードコートを見てもテナントミックスがどう見ても異様だと思う。北海道らしさ「推し」ではない。ローカル感が薄い。地域の名店は呼び込んでいないようだ。
まあ、フードコートは通常2年も経てば半数は入れ替わるから、実情に合わせて変化していくとは思うが。今は、外国人から見た日本食的な組み合わせとでも言えば良いのだろうか。
当然、地下にある食料品売り場、飲食店も似たような匂いがする。

まあ、それでもPOPは日本語オンリーなのだから、自分の勘繰りすぎかもしれない。しかし、「お濃ーい、ほうじ茶」って、「おーい、〇〇茶」と似すぎていませんかねえ。こうした、ちゃめっ気のあるコピー、嫌いではないが……………
ほうじ茶クリームパンって、どんなあじなんだろうなあ。

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コロナの後始末

立ち食いそば ワンコイン時代は過去のものになったのだな

コロナの絶世期、銀座を歩いても全く人出がなかった頃に、神田から秋葉原まで歩いたことがある。銀座にも人がいないのだから、当然のように神田も、秋葉原も人の気配がなかった。その時期、サラリーマンを主客層にしていた業態はどんどん潰れてしまい、その典型が立ち食い蕎麦屋だった。
チェーン店も随分と閉店したようだが、個人店は店主が高齢になっていたりすると完全閉店になった店が多い。
今の人出が復活した具合を見れば、もう少し頑張れば良かったと思う元店主もいるかもしれない。ただ、人出が戻っても人手不足は変わらないし、原材料の高騰を考え合わせると商売としては難しい時期だろう。
個人的に思うことだが、財務省が目標としていた緩やかなインフレなど夢物語でしかなかった。愚か者の戯言というところか。そんな夢物語は起きず、コロナ収束と歩調を合わせるようにオイルショック期に似た急激なインフレで国民がダメージを受けただけだった。おまけに安倍政権後のボンクラ内閣は過度な円安を放置し、大企業の決算は良くなったが輸入に頼る個人消費物資の暴騰を招くだけ。無能で無様な内閣がよくあれだけ延命できたものだ。
インフレで潤うのは消費税で大儲けする財務省だけだ。個人的には大局感を持てない財務省は解体して、真・財務省でも作った方が良いと思う。

超絶的に大きいかき揚げを久しぶりに食べた ごちそうさまでした

サラリーマン向け外食激戦区である神田で、立ち食いそばのチェーン店に久しぶりに入った。このチェーン店は蕎麦がうまいと思っていたのだが、どうも味が変わっている気がする。蕎麦の原料、蕎麦粉と小麦粉がほぼほぼ輸入商品であり、ここしばらくの円安、それに由来する物価高の影響をもろに受ける。おそらく値上げする前に相当な努力をしたのだと思うが、同時に蕎麦の仕様をいじったのかもしれない。
個人的な舌の感覚なので定かではないが、ここのそばに限らずあちこちの食堂や麺屋で商品の味が変わっているのは間違いない。これもコロナの後遺症だと思うが、財務統計などの政府調査・資料には、こんなことは絶対に書かれることはないのだよね。蕎麦が「高くて不味くなった」など書かれた分析を読んでみたいものだ。

ただ、コロナの後遺症で良くなったこともある。席の間隔が広くなったり、通路幅が広がって歩きやすくなったりしている店も多い。トイレの改装もコロナの頃にはよく行われたようだ。人生万事塞翁が馬ともいう。ビジネスでも悪いことの裏側には良いことがあったりするので、そちらもしっかりと評価しないとねえ。ただし、財務省は対象外だ。

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大通公園界隈を歩く

10月も後半になると寒い日があるはずの北の街だが、なぜか上着一枚で歩けるほどの暖かさ?だった。自分の記憶にある季節感とは一ヶ月ほどずれている。体感的に地球温暖化を感じる季節とも言える。もっとも、今では北海道でも夏のエアコンは常識になりつつあるらしい。つまり夏はもっと気温上昇が激しいということだ。
それでも、この時期に半袖で歩いている男女を見るよギョッとするが、どうやら日本人ではないらしい。やはり体感温度は、それぞれの住む国によって違うのだろう。

札幌でいちばんのランドマークだった4丁目プラザ、通称ヨンプラの建て直しが最終段階に入ったようだ。年初は立ち上がってもいなかったはずだが、今では外壁工事に入っていてビルの姿が見えてきた。
以前のビルより階数が増えているようだが、あの怪しい小間割のマイクロ店舗が並ぶ空間は再現されるのだろうか。なんとなく全国チェーンが鮨詰めになった面白くないビルになりそうな気がする。

大通公園南側の繁華街をぐるっと定期巡回をした後で、いつもであればススキに近くにある蕎麦屋に行くのだが、今回は気分を変えて札幌市役所の地下食堂に行った。前回は昔懐かし風のカツカレーを食べたが、今回は定番の醤油ラーメンにしてみた。
トッピングを見ると昭和50年代で時間が止まっているような、昭和チックなものだ。特に赤い渦巻きのナルトとお麩が素敵だ。
食べ始めると、ちょっと伸び気味の麺と化学調味料がガツンとくるスープに感動した。どうも、札幌市役所の中でタイムスリップしたような感覚になる。確かに昭和中期のラーメンはこうだったと感じる。これは北海道天然記念物とか、北海道文化遺産に認定しても良さそうだ。となると、次回は必ず味噌ラーメンを食べてみなければいけない。追加は、もりそばだな。

大通公園周辺はこれまで見逃してきたレトロスポットというか、無関心だった「むかしのままの面白い場所」がまだまだありそうだ。そう言えば、三越の大食堂が改装した後の高級食堂も行ったことがなかったなあ。

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久留米で朝カレー

久留米に来たのは10年ぶりくらいだろうか。久留米の有名なパンを買おうと熊本出張の帰り道で立ち寄ったことがある。そのパン屋はすでに廃業してしまったようで、ちょっと残念な気分になった久留米再訪だった。

久留米といえば豚骨ラーメン発祥の地だっだはずで、JR駅でもご当地キャラがラーメン推しだった。実はJR久留米駅でおりたのは初めてだった。新幹線も止まる大型駅だが、久留米の中心地はどうやらこちら側ではないらしい。

JR久留米駅からバスで西鉄久留米駅へ向かう。その途中が、いわゆる官庁街、ビジネス街という感じでビルが立ち並んでいた。西鉄久留米駅に近づくに連れて、飲食店や商業施設が増え始める。西鉄駅前は大繁華街だった。
駅前から伸びるアーケードはすこぶる賑やかで、駅周辺を歩きまわった。漏れ聞こえる歩行者の会話に「ああ、異郷に来たなあ」という感じがする。西国の言葉、特に九州の言葉は異郷感を強き感じる。テレビ番組などで聞く九州の言葉は、生まれ育った北の地と全くイントネーションが違う。それを生で聞くと一段と印象が変わる。リアルな言葉はインパクトが強いのだな。

本格的なスパイスカレーで驚いた

その久留米の朝食がカレーだった。確かに朝カレーはありだと思う。朝からスパイスで体が活性化されるのは良いことだ。ただ、これはやはりちょっと意外感がある。本格的なスパイスカレーで、食べた感想は素直に美味いと思ったのだが。
異郷の朝飯という言葉が浮かんできた。九州は憧れの地ではないが、まるでびっくり箱を開けるように楽しい場所だと思う。福岡のような巨大都市ではなく久留米や熊本や鹿児島のような中規模都市ほどびっくり感を楽しめるような気がする。まるで「ひとりケンミンショー」をやっている気分になるのだよね。

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鳥栖の駅そば

最近、駅そばに凝っている。

長崎本線と鹿児島本線がつながるところが鳥栖駅で、乗り継ぎの待ち合わせをしているとホームにある蕎麦屋に気がついた。営業時間を確認してみたら、なんと昼しかやっていない。駅そばのかき入れ時は朝だと思っていたが、どうもこの土地ではそうでもないらしい。確かに、この駅で長崎方面に行く、あるいは久留米方面に行く乗り換え客は多いようだ。おまけに乗り継ぎにはそれなりの待ち時間がある。大都市のように待ち時間数分で接続しているわけではない。だから、昼飯の時間が商売になるということだろう。ただ、夜はどうなのだろうか、という疑問も湧いてくる。夜の乗客は空腹でもがまんして、脇目も降らずマイホームにお帰りになるのだろうか。

ネギは青ネギ 鶏肉は多分、親鳥

北部九州はうどん勢力が優勢らしいが、そこでもあえて蕎麦を注文してみた。予想通り蕎麦も麺がやわやわな感触だった。博多で食べるラーメンは麺が硬めという印象があるのだが、うどんとそばは柔らかいのが標準らしい。
いつもであればトッピングにかき揚げとか甘い油揚げをのせるのだが、今回は九州らしく「かしわ」にしてみた。見た目はなんだかボロボロの鶏肉が乗っていてビジュアル的な映えはない。が、食べてみると甘辛く煮たとり肉が実にうまい。
この甘からい鳥肉は、北東北でもあちこちで登場するが、ルーツはどこになるのだろう。九州北部と北東北で文化交流があったとも思えないが。ひょっとすると関門海峡を抜けていた北前船経由での「甘辛い鳥文化」の南北間伝承があったのかもしれない。などと、蕎麦を啜りながら考えていた。折尾のかしわめしもうまいが、秋田県大館の鳥めしも甲乙つけ難い旨さだからなあ。とり肉の旨さは全国共通だ。

街を歩く, 食べ物レポート

天ぷらに満足した博多の夜

福岡に来たのはひさしぶりだが、前回来た時には時間がなくて訪れることができなかった「天ぷら」屋に立ち寄ることにした。この店は10年以上昔から、知人に紹介されて何度も来ている。天ぷらはうまい、間違い無い店だ。そして価格がお手頃という事もあり、いつでも長い行列ができる人気店だ。
この店を見る来ると、外食企業に働いている人間は、必ずと言っていい方ど模倣店を作りたくなる。知っているだけで3社がこの店のデッド・コピーに挑戦し、これまた皆さん失敗している。簡単に真似ができそうだが、実は真似をして成功するのが難しい「コンセプト」だ。外食関係者には罠というか、禁断の魔力があると言っても良い。

基本的に天ぷらの組み合わせが違う「定食」を注文する。ただ、この天ぷらの組み合わせがジグソーパズル的難しさがあり、初心者は選ぶのに時間がかかる。名前を見て、天ぷらの中身が想像できるのはとり天かエビくらいだろう。

席に着くと、まず最初に濃いめの天つゆと塩辛が出てくる。実は、この塩辛こそこの店の看板商品だと思うのだが、天ぷらが出てくるまでチビチビと塩辛を食べるのが楽しみだ。この塩辛は、塩味がとても薄い。うっすらと柑橘系の香りがする。塩辛というよりイカの漬物、浅漬けといったふうだ。さっぱり味の塩辛というのも珍しい。これだけで丼飯が食えそうだ。

天ぷらは揚げたてのものが、一つ二つとバットに並べられる。食べると火傷をしそうな熱々だ。魚と野菜が順番に出てくる。

それぞれの定食は6−7種の天ぷらが出てくるので、完食するころにはすっかり満腹になる。体調を万全にしていかなければ、店内に立ち込める油の匂いに負けそうになるのが注意点だ。ご飯は大小サイズを選ぶことができる。昼時であれば1時間待ちは覚悟しなければいけないが、3時過ぎだと行列がなくなるので、遅い昼飯、あるいは早い夕食として午後遅くに行くのがおすすめだ。

なぜか客の1/3くらいが外国人だった。福岡の名店がインバウンド・ジャックされているのは微妙な違和感というか複雑な心境になる。が、何より迷惑だったのは隣の席に座ったカップルで天ぷらを食べながら大声でずっと知人の噂話、痴話話をしている。明らかに外国人よりタチの悪いのは日本人だなと、天ぷらとは全く関係ないことに感心してしまった。

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土讃線の短い旅

高知駅から西へ向かう土讃線は窪川駅までで、その先は地域鉄道になる。高知駅からは特急で1時間ちょっとだが、ローカル線特有の揺れが旅情をそそる。乗客も少ない二両編成の特急というのは、他の地域でもなかなか見ない光景だろう。
四国は瀬戸内を跨ぐ三つの橋ができるまでフェリーで渡るしかない島国だった。その上、峻険な山地で仕切られる、まさに4つの国で、高速道路も主要都市をつなぐだけの限定路線だった。
四国内で高速道路が延伸されるのと、鉄道が縮小していくのは同時進行だったように思う。土讃線を高知県から岡山県に向けて乗っていくと、瀬戸大橋を越えるあたりから急速に人家が増える。古代からの大幹線路であった瀬戸内海の賑わいが実感として感じられる。
その道を逆に進むと、瀬戸内海から遠ざかるほどに鄙びてくる。地理的な環境が社会を変えるというのが実感できる光景だ。

さて、その土讃線の端っこにある窪川で名物の四万十ポーク料理を食べた。和風ハンバーグは、まさに豚肉向けのやさしい味付けだった。ハンバーグを食べながら思ったことだが、実は現代日本で「鄙」と言われるほどに、文明文化との隔たりがある場所は存在しない。高知県でも、かなり西に行った地方の町で「美味しい洋食」を当たり前のように食べられる。ハンバーグにに白飯と味噌汁がよくあっている。都会の定食屋よりうまいと思うくらいだ。


インターネットの普及とと自動車交通により、都会と田舎の情報格差・時間的距離はほぼなくなっている。残っているのは、地方都市に住まう人たちの心理的な距離感、あるいは時間というものに対するゆとり感覚だけだろう。
大都市での勤務者経験からすると、地方都市の時間感覚は明らかに緩い。おおらかと言えばおおらかだが、寸暇を争うビジネスタイムで生産性の勝負をしてきた経験からすると、時間の無駄使いにも見える「ゆっくりタイム」が流れている。
おそらく都会と田舎の差で最後に残っているのは、この急かされるような時間感覚、1秒も無駄にしてはいけないという時間貧乏的な発想をするかどうかにある。もちろん、都会人の時間貧乏は、人として精神的に貧乏な暮らしを招くと思う。だが、なかなかその癖が抜けきらない。地方都市の人と仕事をするときに感じる一番のギャップでもあるかなあ。


だから、そんな時間貧乏を解決しようと、たまにローカル線ののんびりした旅をする。そうすることで、自分の時間耐性の調整を取ろうと思うのだが。たかだか一時間程度の鉄道旅では、焼け石に水らしい。おそらく、一年くらい「田舎の町」で暮らせば、時間貧乏も抜けそうな気がする。

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普通のラーメンもありがたい

高知駅の高架下にある中華の全国チェーンは時々お世話になる。なんと、県庁所在地の駅でありながら、高知駅に食堂が一軒しかない。それも小洒落たカフェ風な店で(ただ、うどんも置いている)、駅で食べる食事としてはいささか面映い。
だから駅正面から100mほど離れた高架下にある中華料理屋に行く。高知県とは全く関係のない町中華だが、高知に来たから高知名物を食べようと思うには、高知に来すぎた。普通の昼飯は普通の中華料理屋でチャーハンかラーメンで良い。ちなみに、名物カツオのたたきは、本場のたたきを食べすぎて舌のレベルが上がり過ぎてしまった。高知市内の店で食べても、たまに不満に思うほどになってしまった。これは、想定外の事態なのだなあ。ある意味、不幸になったのかもしれない。お江戸のスーパーで売っている鰹は、もはやカツオと思って食べてはいないくらいだ。やはり、好物のカツオが気軽に楽しめなくなるのは、不幸だろう。

さて、高知県で普通の昼飯を食べるとして、何を注文するべきか。今回はシンプルな醤油ラーメンではなく、キムチラーメンにしてみた。注文した品物が出てきたので、どんなものかなと眺めてみるとトッピングにキムチが乗っているだけの変化だ。が、普通のラーメンはそれでいいんだなあ。あんかけラーメンや野菜たっぷりラーメンも良いけれど、シンプル・イズ・ザ・ベストというではないか。普通に美味しくいただきました。ダメな鰹を食べて残念に思うより、よほど安全な選択というものだ。