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白石城で考えた幕末動乱と未来の林業

白石城は戊辰戦争で発生した一連の東北戦闘の最終段階で重要な地となった。文化的歴史的価値があるはずだが、結局明治政府による反対勢力弾圧措置で廃城となった。それを昭和の最後の時期に復活させるプランが始まり、築城当時のままの方法で再建されたとのことだ。先の大戦で空襲で焼けた城とは扱いが随分違う。
個人的に明治維新という言葉が嫌いで、あれはまさしく西国動乱だと思う。西日本の反徳川諸藩で貧乏な下級武士たちが起こした暴力革命だろう。政治的意図は言い訳で、自分たちの成り上がりを革命に求めただけだ。自藩を巻き込み自身の成り上がりをかけ、東国にある徳川政権を倒した。西国諸藩は関ヶ原の恨みを晴らそうとしたという話もよく聴くが、貧乏下流武士はそうではないだろうと思っている。要は、自藩の上級武士も含めて金持ち階級に対する怨嗟の塊が暴発しただけで、それに同調した貧乏人が暴力革命の担い手だった。そして、反対勢力の親玉、徳川慶喜という最後の将軍が腰抜けだっただけで、動乱から革命が成立してしまった。
明治新政府で、成り上がった下級武士のほとんどが暴挙とでもいうべき振る舞いをした。明治政府の汚職の多発はその典型例だろう。その反乱軍で起きた内部反乱が南西戦争ということになる。暴力革命を起こすような連中は、内輪揉めもまた激しい。フランス市民革命の党派争いと同じことが、日本の明治初期に起きた。歴史は繰り返すというか、所詮、人の暴力反応など世界のどこでも起きる相似形でしかない。
その明治の西国大乱も、最初の10年くらいで革命の大物(笑)たちは、みんな暗殺や戦争でいなくなり、小物だけが生き延びて明治から昭和に向けて暴走を続ける。成り上がりだから、貴種としての振る舞いもできず、仕方がなしに天皇を担ぎ上げ、その権威によりかかる暴政を敷いた。その結果が日中戦争から、太平洋戦争に続く一連の愚かしい戦時行動で、結局は国を滅ぼした。
その戊辰動乱の亡霊が昭和20年の敗戦で一掃されたはずなのに、その後も40年近く東北の名城の再建話が進まなかったあたりが、この国の持つ宿痾とでもいうべきものだろう。戦後の民主日本でも総理大臣は西国出身者が続いた。平成最後の総理大臣も長州閥だった。東北では一連の凄惨な戦闘が起きたこともあり、戊辰戦争150年回顧展のような催し物が行われていた。同じ時期、鹿児島では明治維新150年記念と大きな看板が出ていた。平成のご時世でも、明治期におきた動乱の傷跡は、その歴史的認識に地域差を生み出している。動乱の発生地では、旧態依然たる日本を改革した扱いらしい。動乱のとばっちりを受けた東国では、あきらかに冷ややかな意識だ。令和の世では、それがどうなることだろう。150年以上前のことはわだかまりなくなっていくのだろうか。個人的には、犯罪人が流されて、或いは逃亡して形成された新興地北海道の生まれなので、その手の歴史的感覚は極めて希薄だ。ただ、西国動乱・戊辰戦争で没落したそこで諸藩がお殿様ごと移住した場所が北海道には何箇所かあり、そこではいまだに恨みが残っているのかもしれない。

白石城再建は築城当時の工法で再建するというプロジェクトだったようで、城内部では木造建築のありさまが見られる。この天然木の組み合わせと造作は美しいものだ。石積みの幾何学的な造形美とは違い、何やら人の手の力を感じる美しさだと思う。梁や柱に使われる大木がすっかりなくなってしまったので、もはやこの手の木造建築は不可能なのだそうだ。その辺りは国産木材を使った集成材の活用でなんとかできないものか。少なくとも杉と檜は70年物が日本中にゴロゴロしていて、花粉症の元凶なのだから、国費投入で是非対策をしてほしいものだ。


百億円くらい投下すれば、林業ロボットによる完全無人化された伐採事業が可能になるのではないか。大型農業機械のような植林と伐採が同時にできるロボが開発できると思うのだがなあ。切り倒した材木を枝を払い背中に担いて山を降りる6足歩行の運搬ロボットとか(スターウォーズに出ていた帝国側のアレみたいなやつ)、伐採監督用の大型監視ドローンとか(デザインはアダムスキー型円盤を希望)、給電用の太いケーブルを腰につけた人型汎用林業建機みたいな世界だ。

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時刻表の旅

時刻表を読むのが好きだ、というと何を読むのだと言われそうだが、けして推理小説や旅物ミステリーに出てくるようなアリバイ作りのために資料を漁っているわけではない。
単純に特急や新幹線に乗らないで、普通列車でどこまで行けるかを探すのが楽しみなだけだ。おそらくジグソーパズルを楽しむようなものだと思っている。
だから、一年に一度ダイヤ改定があると、使いもしない(笑)時刻表を買い込む。そんな性分なので40年近く前の鉄道時刻表を古本市で見つけた時には思わず何冊も買い込んでしまった。
JTBではなく日本交通公社時代の時刻表で、国鉄(JR)在来線が日本全国でまだ現役だった頃のものだ。北海道ではJR路線の半分くらいが廃線になってしまったが、まだ健在だった頃の駅名がわかる。

時刻表趣味が講じて、青春18切符を利用して2度ほと旅をした。青春18切符は普通列車限定利用なので、お尻が痛くなり背中が板に感じるほど長時間移動が楽しめる。1度目は東北本線北上の旅で、追加切符を買い函館まで行った。2度目は東海道線の旅で、なんと山陰線で島根県浜田まで。そこからバスで山越えをして山口県岩国市まで行った。バックパック旅というのを生まれて初めて経験したが、その時も時刻表は大活躍した。
実は青春18切符を使う旅は、夏は暑く、冬は寒すぎるタイミングなので、個人的利用状況では春限定なのだが、この時期は花粉が最盛期で・・・諸王時期に言えば好ましい時期ではない。
5月の連休後とか、9月から10月にかけて平日限定3日間使える青春18きっぷミニとか売り出してもらえないものだろうか。そうすると一年中、楽しい「時刻表読み」ができそうなのだが。

  愛用の時刻表はこちら  ↓

https://www.kotsu.co.jp/products/details/122104.html

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札幌シリーズ8 時計台の周辺で

3月中旬でこんなに雪が溶けているのは意外な気がすると、札幌の知人に言ったら、ここ3年くらいはこんなもんだと答えが返ってきた。小学校の入学式までは路面に雪が残っているという記憶しかないので、ずいぶんと時代遅れになっているらしい。
このアングルから撮ると札幌時計台はビルに取り囲まれているのがよくわかる。3月下旬からの雪解けとともに、冬の間に滑り止めで巻かれていた砂が道路のあちこちに溜まって、じゃりじゃりするのがいささか気持ちが悪いのも、札幌の春ということになるのか。

時計台の近くのビル地下にある「立ち飲み屋」と言いながら座って飲める店があり、そこの売り物は日本酒の豊富なラインアップなのだが、実は肴がうまい。手前がアボカドのニンニク味噌漬け、奥が炙りシメサバの鮨。この寿司がちょっと変わっていて、中に何も入っていない巻き鮨の上に、魚が乗っているという「微妙なスシ感」がある食べ物なのだ。これが、けっこう気に入っている。この店以外では食べられないだろう。

剥き出しのコンクリートの壁に日本酒のラベルが大量に貼られていて、あれは飲んだことがある、これは名前も知らなかった、などと呑んべいの心をゆさぶる、怪しいアートになっている。

「裏・高野」は入り口からお店にたどり着くまで、ドキドキする。こんなところに店があるのだろうか?という立地で、ドアを開けるまで油断ができない。ただ、店に入って仕舞えば、そこは日本酒好きのパラダイスみたいな場所で、スタンダードジャズを聴きながら一人呑みするのが至福のひとときになる。人にはあまり教えたくない名店なのだ。

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パリー食堂アゲイン 秩父散策おしまい

ものすごく気になっていた秩父パリー食堂のカツライスを食べに行ってきた。見た目はオムライスのカツ版というかフルーツとサラダがついたカツ定食みたいな感じだった。気になるのがレモンの厚さで、これはどう判断するべきだろうか。カツの色が濃いのでソースがかかっているかと思ったが、単純に濃いめにあげてあるだけだった。卓上にあった普通のソースをかけて食べることにした。もう一点気が付いたのだが、ライスがのっている皿の「パリー」の文字で、カフェ時代の名残なのか、おしゃれ感がたっぷりだ。

最近の秩父の名物ではないかと思うのが、「イチローモルト」というストレートウイスキーだ。流石に秩父では買うことができるようだが、秩父以外の埼玉諸地域ではレアもの扱いだ。自宅周辺の酒屋ではお目にかかったこともない。とてもストロングスタイルなスモーキーフレーバーが独特で、アイラモルトに似ている気がする。ウイスキー初心者にはちょっと厳しいかもしれない、どっしりとした味だ。これを夜更けにちびりちびりと舐めるように飲むことができれば大人というものだ。

松竹の映画館だった跡地はどうやらレストランになっているらしい。そのおしゃれ系のレストランが弁当を売る時代かあ、といささか滅入ってしまう。もう少し暖かくなったらテラス席でビールでも飲ませてくれると嬉しいが。

秩父といえば「武甲山」ということで、西武鉄道自慢の特急ラビューと合わせて撮ってみた。晴れた日だと絵になると思うがあいにくの曇り空でイマイチ、残念。

秩父の優待切符も終わってしまったが、もうすぐ芝桜の季節がやってくる。車で行くと大渋滞になるので、秩父まで特急で観光気分を味わい、ちょっとお散歩がてら羊山公園まで歩いて向かうのがおすすめだ。

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宇都宮駅前のあれこれ

打ち合わせのために宇都宮にいくことになった。何年振りかの宇都宮で、うろ覚えの記憶を手繰り餃子のビーナスを探した。お元気なお姿を拝見し、今日は餃子を食べるかと思った。

ふと気がつくとビーナスの近くに銅像があり、何やら口の周りに金色のものをつけた少年像を見つけ、これは一体なんだと近寄ってみると、マスクだった。寒さ対策で手袋も使用中で・・・。宇都宮の方は優しいのだな。

駅前の広い道路は車の数も少ないように見えたが、その後市内を走るとそれなりに混雑していたので、北関東車社会では駅前に寄り付く必要がないのだろうと改めて思った。

関東と一言でまとめるにはちょっと違いがありすぎる。少なくとも埼玉県北部を含めた車社会では、鉄道は脇役だし、人の流れや便利な場所は、首都圏とは全然異なる異国なのだと感じる。個人的にはこちらの方が住みやすいのではと思うが。ただ、頭の中に車のナビより優秀な道路地図がないと生きていけないかもしれないなあ。

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秩父に行こう その1

秩父は埼玉県の西の果てにある。元は武蔵国とは独立していた知知夫国だったので、地神様を祀る神社も1000年を超える歴史を持つ由緒ただしきところだ。秩父神社のいわれを見ると、おそらく5世紀から6世紀にかけて秩父国政権は大和朝に靡いたのだろう。その後、独立国知知夫から武蔵国に編入されてしまったとおもわれる。旧国名を見ると大和政権の日本制覇の歴史が見て取れるが、国名を強奪された国はほとんどないので、秩父は相当反抗したのだろう。秩父の他で国名が蒸発というか消滅したのは陸奥国。現在で言えば岩手県あたりに定住していた北方民族系の国は滅ぼされ、おまけに国の名前が「陸の奥」などという凄まじい差別的言い方に書き換えられてしまったのだろうと思っている。初期の古代大和政権に滅ぼされた西国系の国はそれなりに敬意を払われているようだが。東の国は乱暴な扱いだ。

その秩父について調べ物があり、せっかくなのでお得な観光切符でお出かけしてみた。これは秩父市がコロナ対策で補助をしていて、往復運賃も割引だが、950円分のクーポン券もついていて、実質500円くらいで秩父観光ができる優れものだ。

西武鉄道グループの観光路線で走っているライオンズカラーの電車が、飯能から西武秩父まで運行している。この電車には首都圏の私鉄ではなかなかお目にかかれない四人がけのボックスシートが設置されていて、なんとなくほんわかとしたローカル線ムードが漂う。おまけに池袋から特急を使えば飯能駅では進行方向が逆になるスイッチバックという楽しみもある。秩父に行くだけで観光気分になる。仕事で行くはずが、なぜかプチ鉄道旅な気分になる。そこが、ちょっと嬉しい。

最近ではすっかり有名になったムーミンパークに行くには、飯能駅が一番近いと主張したいんだろう。ただ駅から歩いて行ける距離でもないので、この書き方は「間違ってはいないけれど」ちょっとひっかかる。東京メトロ東西線浦安駅をディズニーランド最寄駅という感じに近いか。気持ちはわかるのだがなあ・・・。

そして小一時間もかからずに西武秩父到着。秩父線沿線は、延々と山の中の谷間を潜り抜けていくので、秩父盆地に入った瞬間に視界が広がる。確かに古代であれば、ここは別の国だっただろう。似たような感覚だと、中央高速で笹子トンネルを抜けて山梨に入り甲府盆地を見渡した時に近いか。このホームの向こう側には秩父の象徴武甲山がひかえているのだが。ここからではよく見えない。
ところが西武秩父駅の改札を抜けると目の前に武甲山が聳え立っているので、この駅の設計者の気持ちはよくわかる。どうだ参ったか、この景色。と言いたかったのだろうなあ。

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黒部ダム また行きたい名所 

黒部ダムは、数あるダムの中でも観光地として成立する珍しい場所だ。2年前の夏に行ったのだが、やはり放水のシーンを見なければこのダムに行った価値はないと思う。写真もずいぶん撮ったが、やはり動画だな。晴れた日だったのがよかった。

kのダムの手前側、撮影している場所は長野側で、画面上部のダムを渡り切ったところが富山側になる。富山側は立山山系を超えてロープウェイやら色々乗り継いで、日本海まで出るルートなのだが、それを使っていくと長野側に車を置いていかなければならないので、泣く泣く諦めた。代行運転を頼めば、長野県大町から上越経由で富山まで回送してくれるそうだが。そうなると富山から帰ってくることになるので、これまた大距離移動になる。大人しく富山からJRを使って大町まで戻ると、これはこれですごい異動になる。新幹線で富山→長野、そこから観光バスで黒部ダムになるのか。だから黒部ダム観光はちょっと悩ましい。今年の夏にコロナが収まっていればバスとか鉄道を使ったツアーをするのもいいかもしれないなあ、などと思う最近のコロナな日々であります。

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カイルアビーチ

自粛強制な日々であるので、自宅周辺しか出歩かない。となると、書くネタもなかなか見つからないので、ゴソゴソ昔のファイルを見直したりすると、元気な頃のハワイの絵が出てきた。

ワイキキと違いカイルアビーチは人手が少ない。観光客が少ないせいかもしれない。世界中のリゾートで、人がいなくなっているのだから、大変なことだとは思うが。元気な頃のハワイでもこれくらいのんびりしていたんだなと思う。今では、完全に地元の人しかいないのだろうけれど、そもそも地元民がどれくらいの頻度でビーチに行くかと言えば、結構少ないのではないか。

コロナが収まり海外渡航が自由になったら、のんびりハワイに行ってみたいものだなあ。でもその前に、北陸ツアーにも行きたい。ダムと神社が呼んでいる。

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今年の自己撮影写真コンテスト

写真を撮るのが好きだから旅に行くのか、旅に行くのが好きだから旅先で写真を撮るのか、自分でもはっきりとしない。ただ、30年以上前からカメラはいつでも持ち歩いていた。今のようにスマホで高画質の写真が撮れるようになるまでは、カメラ携帯はいつものことで、小型コンパクトで高品質カメラを何台も乗り換えた。銀塩フィルムの時代からデジタルカメラに移行していったからずいぶんカメラを買っていたなと思い数えてみたら15台ほどカメラを持っていた。故障して捨てたものもあったから、20台近くカメラを買ったことになる。ビデオカメラもVHS-C規格から数えると10台近い。

紙焼き、いわゆるプリントにしなければあまり高い解像度は要らないのが最近のカメラで、こんなふうにディスプレイで見るのであれば、今のスマホではオーバースペックというものだ。それでも世のカメラファンが高画質カメラを欲しがるのは不思議なことだなと思うが、それがマニアというかオタクというものだろう。

さて、今年は圧倒的に旅に行った回数が少なく、旅先も偏ったままなので、良い写真は札幌に集中している。一枚目は札幌郊外にある「北海道開拓100年記念塔」

二枚目は、もう何度も撮っているが「北海道庁旧赤煉瓦庁舎」

三枚目は、札幌大通公園テレビ塔。この展望台から撮っている光景が、NHKニュースなどでよく使われている札幌中心部の絵になる。三枚とも秋の空が晴れた時の写真だ。札幌は海が近いせいなのか、雲ひとつない晴天ということはあまりない。どちらかというと曇りの日が多い印象がある。冬になれば空気が澄み渡ってと言いたいところだが、暖房の排気のせいか冬は晴れていてもスッキリしない青空の日が多い。

夏の恒例のダム巡りも今年は自粛に潰された。国交省はGo Toの所轄官庁で旅に行けとか言いながら、11月までダムカードの配布を止めるというダムツアーを諦めさせる、省内の意思統一ができないクズな仕事っぷりを見せてくれたが。コロナとダムは関係ないだろう。ダムの周りは基本的に一人だけのことが多い。ダムの管理人一人とこちらは自分だけということはしょっちゅうある。

秩父の山奥のダム

コロナが大騒ぎになる直前の日比谷から見た皇居方面。これも東京の中ではなかなか良い景色だと思う。

コロナが大騒ぎになってインバウンド観光客が消え去った冬の札幌。今年一年は街中でチャイニーズの会話を聞くことはほぼなかった。そして、Go Toやめたら飲食業、観光業は大変とかいっているが、この頃はインバウンド客をとめたら大変だと騒いでいたのを、みんな忘れてしまったのだろうか。

最近、新宿や池袋を歩いていると何故かチャイニーズの会話をよく耳にする。コロナで帰国しなかった人たちなのかと思っていたが、どうやらなんらかの抜け穴があって、この国に観光?できているらしい。服装がなんというか日本人らしくないから、そのあたりで見分けがつく。まあ、一般人には忘年会やるなと言って、自分たちは大人数忘年会ならぬ反省会をやって知らんふりをしている政治屋が蔓延る国だからね。商用という名目の観光旅行に来る外国人がたくさんいても不思議はないか。

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秩父まで一人旅 アフターコロナまでは遠いか

西武鉄道の運行路線は、東京新宿、池袋から所沢周辺までの通勤が主体で、所沢から川越、あるいは飯能あたりまでが通勤路線としては限界になる。ところが、飯能から先も秩父市まで運行していて、ここはローカル線というか観光路線で、山間をくぐり抜けるような渓谷沿いに線路が続く。所沢からだと終点西武秩父まで特急で小一時間。日帰り観光にはちょうど良い距離だ。終点の西武秩父駅の一つ前にある横瀬駅に行ってみた。横瀬は秩父盆地から見える武甲山を横から見える場所にある。西武秩父線の特急が止まる駅では一番小ぶりな駅のような気もするが、これまで横瀬に行ったことがないので見学に行った。どうやら秩父ハイキングの起点として有名な場所のようでハイキングに行く人たちがまばらにいた。

駅を確認(?)した後で、秩父名物の漬物「しゃくし菜漬け」を買おうと道の駅に行った。3−4年前は道の駅全体がアニメで埋め尽くされていた感じがあったのだが、今はすっかりおとなしくなっていた。確かに、コロナの期間は聖地巡礼も自粛だったのだし、そもそもアニメの制作も途切れていたものが多い。近頃では、例の「鬼滅」が大ヒット映画作品に成り上がったので、またしばらくアニメ作品制作が賑やかになりそうだ。アニメの聖地巡礼の名所は埼玉に多い(・・・はずだ)から、アニメのヒットや賑わいは、何もないと言われる埼玉観光の目玉、誇れる資産なのだ。秩父を訪れる人もまた増えるかもしれない。

通称「あの花」、正式タイトルは「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」。確認してみたら公式サイトはまだ生きていた。あのはな 公式で検索すると出てくる。ただ、もうすぐ放映開始から10年も経つのので、もはや古典的作品なのかもしれない。

秩父市では商店街などともコラボしているので、街歩きの時の楽しみの一つになると思うが、何故か主人公キャラ(少女)か酒造メーカーとぎっちりタイアップしているみたいだ。なぜだろう。主要キャラは高校生なので酒を飲む年齢の設定ではないし。
作品内では秩父市内各地の風景がしっかりと登場するので、アニメを見た後に秩父を歩くとちょっと楽しい。これがアニメ聖地巡礼というものなのだろうが、その極めはやはり夕日で赤みがかって見える「武甲山」ではないかと、個人的には思う。

秩父名物は、東京近郊では珍しい「蕎麦」で、専門店も多い。お手軽に道の駅で「そば」と「わらじカツ丼」のセットも頼める。秩父は長野と山を越えて接しているせいか、胡桃つゆで蕎麦を食べる文化も長野と同様にあるようだ。胡桃つゆはなかなか美味しい。日帰り旅でも遠征した気分になる有難い観光地、秩父だ。

西武秩父駅ビル内にある温泉施設は、西武線に乗ると電車内広告で有名なのだが(西武線利用者のみか)、いまだに入ったことはないので、今年の冬は特急ラビューに乗って日帰り温泉旅にしよう。残念ながら、今年の秩父夜祭は規模縮小で山車も出ないそうなのだが。それでも冬の秩父に遊びに行くのはちょっと楽しみ。