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超ローカル名物? 長崎編

長崎県島原で見つけた、なんとも言えない食べ物だ。面白そうなので一つ買おうと思ったら、3個セット500円での販売だそうだ。渋々と3個買ったのだが、これが重い。茹で麺3個にしては随分と重たい。旅先では重いものを買うのは避けているのだが、結局この重たい麺3袋をずっと持ち歩く羽目になった。

家に戻って作ってみた。焼きそばの変形と言えばいいのだろう。小学校の給食で出てきたソフト麺よりはかなり上等だ。おそらく具材のアレンジで随分とゴージャスに見せることもできそうだが、この簡易版パスタというか洋風焼きそばはシンプルな方が似合っている。

ウインナーソーセージを2本入れて作ってみたが、これくらいのチープさがちょうど良いみたいだ。
しかし、日本全国不思議な食べ物があるものだなあ。

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太宰府 国立博物館

太宰府駅前から天満宮までの門前町はとてつもない人出だった。感覚的には歩いている参詣者?の3割が外国人観光客だが、アジア系旅行者は日本人と見分けがつかないものも多いので、もう少し外国人比率は高いかもしれない。
その観光客に大人気(撮影用)だったのが某シアトルコーヒーの店だった。入り口のファサードが確かに異様と言うか前衛的と言うか、マッチ棒細工のような外観だった。入り口脇のテラス席?で高齢者男性が休憩しているのが微妙にミスマッチだった。

今まで気にしたことがなかったのだが、名梅ヶ枝餅は門前町にあるあちこちの店で売っているのだ。行列ができているところもあれば、待たずに買えるところもある。人気に偏りがあるのが不思議だ。
焼きたての餅はハフハフいいながら食べる。気温が高い時には熱々すぎてちょっと食べにくいかもしれないなあ。
たまたま並んだ行列の店で、前の客がとんでもない大量注文をして5分以上待たされた。隣の店では待ち時間なしなのだから、お参りする前から運が悪いとしか言いようがない。しかし、行列の原因はうまいまずいということではなく、たまたま入った大口注文みたいなことかもしれないと納得した。
食べた梅ヶ枝餅は美味かったのだけれどねえ。他の店の餅をハシゴするほどの望月でもないので一軒でおしまいにした。

天満宮に来たのは10年ぶりかもしれない。福岡で仕事があったとしても、時間に余裕がないと太宰府まで来るのはなかなか難しい。福岡中心部からだと一時間もかからないのだが、心理的な距離感がありすぎるのだ。

以前来た時より楼門が鮮やかに見えるが、改修工事をしたのかもしれない。春日大社のような鮮やかな朱色ではなく、かなり落ち着いた色調なのが太宰府っぽさとも思える。古代ヤマトの時代には、太宰府は最大の外交拠点であり貿易拠点でもあり、そして防衛拠点でもあった場所だ。当時であれば左遷の地ということでもないだろうが、平安中期を過ぎれば「都落ち」と言われるように場所になる。
遣唐使をやめるよう進言した本人が、西国にある大陸との中継拠点に飛ばされたのだから、ある意味で意趣返し的な貴族同士の政争だったのかもしれない。流罪であれば隠岐島とか八丈島とか、まさに島流にあったはずだからソフト左遷だったのか。

拝殿の屋根の上に緑のお山ができていた。これは初めて見たが、何かお祭りの意匠なのだろうか。最初見た時は屋根だとわからなかった。なんだかすごい……………

今回の本命は天満宮のお参りではなかった。ずうっと来てみたかった国立博物館にようやく来ることができた。ここで阿修羅王像の期間展示がなされていたことがあり、それを見にきたかったのだ。阿修羅王像は人気者なので、あちこちに貸し出されることも多いし、修復のためなのか展示されなくなることもしばしばだ。貴重な機会だと思って。
この博物館では比較的長期間の展示だったので、なんとか時間をやりくりして見に来たかったのだが果たせなかった。そのあと、奈良の国立博物館で阿修羅王とは会うことができた。東京の博物館では長蛇の列ができる人気ぶりだったから諦めた記憶がある。

阿修羅王はさておき、九州国立博物館はユニークな展示をしていることでも知られている。上野にある博物館と比べるとコンパクトだが、展示のあり方に独特の思想というか考えがあることくらいはわかった。素晴らしい展示だった。
あえて文句を言うとすれば、もう少し説明書きを照らす照明を明るくしてほしい(暗すぎて読めないのは高齢者だけだと思うが)のと、ミュージアムショップはもう少し大きくしても良いかなあ。明らかに外国人向けと思われる商品も多いが、もう少し日本人観光客向けの渋いセンスなものが欲しいと言うのはわがままでしょうか。

ずっとずっと行きたかったところにようやく到着した。人生の宿題として残っている「一度行きたい場所」が一つでも解決できたのは嬉しい。あと残っているのは大物はタージマハールとアイスランドの活火山なのだが、これを見るのはもはや……………望み薄で難しいなあ。

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島原鉄道の映えスポット

鉄道番組が好きでよく見る。地上波の賑やかしいものよりも、BSのちょっと落ち着いたトーンの番組が好みだ。放映される路線は地方の私鉄が多い。特にコロナの時期は車内撮影を自粛したりしていたので、あまり混雑していないローカル線がよく使われるようだ。
当然、撮影に適したローカル線は全国でも限られているので、同じ私鉄路線をよく見ることになる。東日本で言えば、会津鉄道、わたらせ渓谷鉄道、銚子電鉄、大井川鐵道あたりが常連だ。
西日本になると高知黒潮鉄道とこの島原鉄道がよく目立つ。中国地方は私鉄ではなく日本海と太平洋をつなぐJR西日本の路線が人気筋だ。
その人気路線、島原鉄道にようやく辿り着くことができた。たまたま所用があったおかけだ。島原鉄道に乗るためだけに訪れるには、島原はちょっと遠い。

さて、島原駅のホームに島原高校美術部の大物作品(2m×4mくらい)が掲示されていた。鯉のぼりに乗っている少女という画題もなかなかシュールだが、怪しげなネットゲームや通信キャリアーの広告があるよりよほど良い。ローカル線の良さは、実はこんなところにあると思うのだが。これまでの経験でいうと、駅のホームの広告は地元の比較的大きい病院か地元建設会社が多いように思う。儲かっているところからの冥加金みたいなものだろう。

その島原鉄殿の駅で一番有名なのが、ホームの目の前が海という「大三島」駅だろう。この駅のホームに黄色いハンカチの物干場?がある。どうやら恋の願掛けみたいなことらしい。恋などという柔らかい感情とはすっかり無縁になった身としては、何やらこの黄色いハンカチの大群が眩しい。みているだけで照れ臭くなる。それでも、何組かの女子カップル(男女カップルではない)が降車していた。
晴れていたら絶好の映えスポットだろう。ただ、この駅で一度降りると、次の列車が来るまで一時間待ちになる。願掛けのためには辛抱が必要なのだな。でも、こんな場所で海を見ながら一時間待つというのは、案外楽しい経験かもしれない。まあ、恋は全てを凌駕する価値があるということでありますね。もっと若い時に来てみたかったなあ。

ちなみに黄色いハンカチはホームにあるガチャで購入できるらしい。(未見)

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通りすがりの長崎ラーメン

乗り継ぎのために降りたのが諫早駅だった。予想していたよりはるかに巨大な駅で驚いたが、ここは長崎新幹線の駅だった。駅構内に大きなポスターが掲げられていて、なんのことか調べてみたらJ2サッカーチームのホームグランドがここにあったのだが、それを新設された長崎スタジアムに移すとのこと。これまでお世話になりましたということらしい。

その大きな駅ビルの中で昼飯を食べようとしたら、驚くほど飲食店が少ない。確かに新幹線駅でも売店くらいしかないところも多い。だから諫早駅だけが不便ということでもないのだが、それにしても駅舎の巨大さと比べて、商業施設部分の不足が目立つ。ようやく一軒の「ラーメン屋」を見つけた。長崎なのにちゃんぽん屋ではなくラーメン屋だと、旅行者としてはちょっとだけ残念な気分になる。。
長崎ラーメンというものらしい。確かに見た目は独特だった。豚骨スープの白濁系とは異なるが、スープの粘度は高い。博多ラーメンの亜種といった感じだろうか。食べてみて、ますますその感が強まった。麺はストレートで固め。これに木耳細切りと高菜を乗せれば、博多ラーメンで通りそうだ。では、長崎ラーメンとは博多ラーメンと何が違う? ちょと不思議だが。答えは見つからない。

サイドアイテムで手羽先唐揚げがあった。串に刺さって一直線に伸びている。これもどこかで見たような気がするが、長崎名物なのだろうか。よくわからないまま、ラーメンを完食し手羽先をたべきった。諫早で通りすがりに入った長崎ラーメン店では、沢山の疑問点が見つかった(笑)

本当に長崎ラーメンとはどういうものなのか知りたいのだが。

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永遠に断線したままの新幹線?

長崎駅はとてもおしゃれになった

長崎新幹線、正確には西九州新幹線が部分開業してしばらく立った。新幹線が開業すると、ホクホクしながら乗りに行くのが常だったが、今回は流石に遠い。おまけに福岡から直通ではない。長崎から佐賀県の西部、武雄温泉までが新幹線区間で、その先は在来線に乗り継ぎという面倒くささだ。
色々と事情はあるらしいのだが、結局は在来線特急で十分用が足りる佐賀県と、なんとか福岡との時間距離を詰めたい長崎県の温度差にあるらしい。新幹線が通ると従来から利用されている在来線の維持費を地元自治体でも負担させられるようになる。その負担金を超えるメリットがあれば新幹線誘致、メリットがなければ新幹線反対ということになる。
この長崎新幹線の部分開通を他の新幹線で例えてみれば、東北新幹線で仙台と盛岡の間だけ繋がっていないとか、北陸長野新幹線で、長野・富山間が在来線接続みたいな話だ。これは乗客にとって不便だろう。

まつ毛きっちり エクステ?

まあ、そういった事由は色々あるのだが、とりあえず乗ってみようと、旅程では少し遠回りになるが長崎経由で移動をした。先頭車両は最近の高速車両の特徴である鼻先の伸びたものだったが、ライト周りがお化粧されている。なんと、まつ毛か描いてある。なんだか、ふーんという感じがする。
私鉄ローカル線では、けばい化粧をした車両もあるが新幹線は全国どこでもスマートなデザインだと思っていた。これは……………ちょっと予想外だった。

車内は落ち着いたデザインだが、JR九州独特なデザイン感はあまり感じられない。どちらかというと没個性的な東海道新幹線風だ。
新幹線に乗るといつも思うことだが、座席の位置と窓の位置が微妙にずれている。車窓越しの風景を楽しむには、これがなかなか不便だ。最新鋭車両でそれが治っているかと思ったが、相変わらずのずれた窓位置だったのが残念だ。
武雄温泉まではあっという間だった。体感的には東京・新横浜くらいだろう。新幹線区間は在来線特急より時短にはなっているようだが、それが特別にありがたいほどの短縮でもない。

博多には行かないのだけれどね

車体にはかもめと書いてある。博多行きだった。だが、途中下車して乗り継がなければいけない。困った新幹線だが、種々の事情で全線開通は今世紀中頃になるのではないか。リニア新幹線も含め、地元利益誘導型にしない新幹線延伸は、この国で不可能になった。これを地方自治体の横暴と呼ぶのか、それとも新幹線が地方活性の役に立たなくなった時代遅れのしろものなのか。こんな話もいつの間にか有耶無耶になってしまう。個人的には新・新幹線の開業は、高速道路の地方延伸よりも経済効果が低いと思う。新幹線が通ったら観光客が増えるとか、経済波及効果があるなどというのは昭和の幻想だろう。現在の山陽新幹線にある中型駅を見れば簡単にわかることだと思う。
今でも新幹線誘致をしている中国地方日本海側、あるいは札幌からの延伸を望む北海道新幹線次期工事と比べてみても、佐賀県の姿勢は独特なものだ。まあ、生きているうちには博多から長崎まで新幹線で行けるようにはならないだろうなあ。

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鉄むす in 島原

全国でローカル私鉄に乗るのは楽しみにしている。ただ、日程に余裕がある時でないとそれは楽しめない。ローカル線の事情、つまり運行本数が少ないことで乗車を諦めることがある。
それでも、JRの過疎地運行路線とは異なり、少なくとも一時間に一本程度は運行していることが多い。だから、朝あるいは夕方の通学時間帯を狙えば、そこそこの頻度で乗車ができる。島原鉄道はそれなりの幹線鉄道のようで、運行本数も多い。

全国のローカル私鉄では「キャラ」が設定されている。鉄道むすめというのだが、何故むすめしかいないのだと、一時期ネットで騒がれていたことがある。まあ、鉄道むすめのファンになるのは鉄オタの一亜種だろうから(多分、乗り鉄か撮り鉄か)、そこは男性比率が高いと想像できる。
鉄道旅のテレビ番組で乗り鉄女性が出てくるものも多いが、どうもメカ好き、メカフェチ系なおたくは男性に偏っている気がする。まあ、ジェンダー問題とキャラの関係は最近のネット世論では根が深い話題でもあるようだ。鉄道むすめと同様なご当地キャラである温泉むすめも騒動になっていた。結果的にその騒動から生まれた温泉むすこなど、あの後どうなってしまったのか。
UR東日本の鉄道キャラ(山手線)はイケメン男子だったなあ。などと、余計なことをあれこれ考えてしまったが、島原鉄道の神代さんは現代風なレディーみたいだ。以前出会った会津鉄道のお嬢さんはもっと都会っぽかったな。車体カラーに合わせてデザインされたユニフォームのせいだろうか。

車体カラーだけ見ると、自宅近くの西武線にも似ている。ちなみに黄色い車体はJR西日本山陽本線、JR東日本中央線、総武線などあちこちにあるから、それほど特殊なカラーリングでもない。

車内は対面式のボックスシートで、これは妙に懐かしい。車掌室?から神代さんが出てきそうな雰囲気がある。昔懐かしの車内検札などがあれば楽しいのだが、実際には運転手のみのワンマン運転で、乗車口では整理券が発行される。ほとんどバス的な運用だ。鉄旅した気分に浸るには十分過ぎる「乗り鉄」おすすめの路線だった。

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九州のローカル名物 長崎編

長崎県五島の名物「焼きりんご」を手に入れた。どうやら地元の老舗パン屋がつくる伝統菓子?らしい。ネーミングもすごいが、見た目も素朴というかシンプルだ。

袋から取り出してみると、ふんわり生地がかさねてある、洋風どら焼き的な菓子のように見える。パンではないと思う。
全国あちこちの土産物になっている、〇〇カスター系のようだ。この手のふんわり洋風どら焼きで一番有名なのは仙台の「はぎのつき」だろう。鎌倉や札幌でも似たような菓子が有名だ。最近ではスーパーでも当たり前のように類似品がお安い値段で売られている。まさに万人好みの人気者なのだ。それの五島バージョンということだ。

二つに割って中身を見てみた。懐かしのホイップクリームが入っていた。甘さ控えめ。北九州で「焼きりんご」は有名な食べ物らしい。地元の食べ物、まだまだ知らないものばかりだなあ。
しかし、これのどこが焼きリンゴなのだろう。見た目の茶色が「焼いたりんご」の色に似ているということだろうか。

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九州のローカル名物 鹿児島編

かるかんという食べ物は鹿児島名産だと思う。フワッとした饅頭という印象があるが、最近ではバリエーションがだいぶ増えているらしい。記憶にあるかるかんは、色も真っ白で食感は蒸しパンのようなふわもちとしたものだった。
一箱に10個20個と入った大型の土産仕様もあったが、少量パックでも販売されていた。気の利いた土産ということであれば、少量パックをあれこれ揃えてもっていく方が喜ばれるだろう。個人的にはかるかんに限らず、饅頭20個入りなどもらっても始末に困ると思う。朝から晩まで饅頭食べ続けの三日間まんじゅう生活……………そんなのは嫌だ。

かるかんはカステラのように甘い生地を楽しむものだが、中に餡を入れたかるかん饅頭も数多く売られていた。当然ながら、餡だけではなく生地のバリエーションもあるようで、薄紫というかピンク色のかるかん饅頭は、実に美しい。
食べてみたら、ふわもちな食感は変わらないが、やはり色気はうまさに通じるものがある。

かるかんは自然薯を使った菓子だと思っていたが、袋を見るとわざわざ「山芋入り」と書いてある。どうやら自然薯を使わずに作ったかるかんらしい。まあ、自然薯は大変高価なものであり希少なものだから、量産できる山芋で作るのは当然と言えば当然だ。
あえて山芋入りと記載するのは、最近の怪しいクレーマー対策(自然薯を使わずにかるかんというななど因縁をつけてくる面倒な人)なんだろうか。普通に美味しかったので、山芋入りに味の文句はありませんけどね。

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島原で龍馬に合った

島原のアーケード商店街は、夜6時を過ぎると誰も歩いていない。地方都市では当たり前の光景かもしれないが、夜6時を過ぎたら皆さん家に引き篭もるか、飲み屋に居座っているらしい。いや、そもそも地方都市は車社会だから街中の商店街ではなく郊外のショッピングモールに出掛けているのかもしれない。
その人の気配がないアーケードの中を、晩飯の場所を探して歩いていた。紹介された料理店は予約で満杯、二件目も同じく満席。どうやら、たまたま商店街の休業日に当たってしまったらしく、ほとんどの飲食店が休みだったせいらしい。夕食難民が確定してしまった。
アーケードは人が歩いていないが、灯りは結構明るい。どこかにラーメン屋でも開いていないかとキョロキョロとしながらアーケードの端から端まで歩いてしまった。アーケードの終わりくらいの場所に、なぜか龍馬のスタンドがあった。なんだなんだ、島原にも熱烈龍馬ファンがいるのかと近いてみると、なんと歴史的な背景が説明されているではないか。

龍馬が土佐藩脱藩浪士を率いて長崎で商売をしていたのは知っていたが、当時長崎に行く途中で島原を通過していたそうだ。高知から四国山地を越えて伊予(愛媛)に出て、そこから船で大分に渡る。大分から日田を抜け久留米・熊本方面に向かうのが当時の九州幹線路だった。どうやら熊本から海路で島原に渡り、長崎を目指したようだ。
徒歩の旅では山越えをできるだけ避けるのが標準的な道筋になるから、遠回りでも平坦な道と海路の選択になる。現代では山にはトンネル、谷には高架橋を渡し、どんどん直線で進むから想像し難い遠回りな工程に見えるが、江戸期以前は曲がりくねった街道が当たり前だったということだ。熊本から直行で長崎まで船便があれば船にしたのだろうが、やはり当時はそんな長距離ルートは就航していなかったのだろう。
にしても、龍馬と島原で会うとは、なんとも不思議な気分だなあ。

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乗ってははいけない(一部路線)

30年以上この航空会社を利用している。一時期、JALが経営破綻をしてボロボロになっていたこともあり、リスク管理という面からも国内、国外出張にはスターアライアンス組を使っていた。
とは言いながら、2000年代初頭はこの航空会社も運営がグズグズで、あまりにも出発時刻が遅れるのに辟易していた。On Time 、つまり定時で出発する比率を地上勤務者に聞いて呆れたことがある。なんと40%代だった。(記憶モードなので正確ではないが)
2本に一本は定時に飛ばないということだ。それも5分10分といったちょっと遅れますという感じではなかった。定時運行を信じてビジネスの約束をすると、アウトになりそうなほど不安定なフライトで、しばらく出張の日程を前泊するように変えたほどだ。
今では、さほど遅れもないようだが。同時期、米国United Airの定時運行目標が80%だったはずで、海外出張時にはどの航空会社を使うか定時運行率で選んでいた。

さて、一時はプラチナメンバーになるほど多用していたこの航空会社だが、高知ー羽田便で驚くほど連続して酷い目にあった。従業員のせいというより会社の仕組み作りの悪さだと思う。
まず、高知空港で手荷物を預けようとした。手続きをする3つの受付所がある。その3つは早いもの順で受け付けるようなのだが、なぜか受付待ちをするための行列レーンが一般用と有線客用に分かれている。受付所の前で合流する格好だ。
普通、こういう混合するラインを使用するのであれば、3つの受付のうち一つを優先専用にするのが一般的だ。多くの国際線では、そのようにしている。優先レーンの乗客がいないときに限り、優先専用受付口で一般客を受ける。当然、優先客はサクサクと進む。それは良い。
ところが、高知空港では「優先専用」受け口がない。たまたま、自分の前の一般客がやたら荷物が多い人、やたら乗りつぎ、乗り換えるらしい人で、受付口を占領してしまった。自分の目の前にある受付、その一つだけが稼働中という状況だった。驚くことに、この受付を「優先客」専用に運用をしたのだ。結局、優先客3-4人の対応があわるまで、一般客の列はどんどん伸びる。優先客を全部捌いてから、一般客を受け付けるという運用なのだが、3つある受付のうち二つが使用不可になる状況は想定していないのだろう。
まったく運用設定のミスだ。自分の後ろに10人以上の行列ができている。その列はどんどん伸びっる。そして、埋まった二つの受付口は一向に解放されない。
「責任者出てこい」と言いたくなる状況だ。高知空港の手荷物受付カウンターで、「優先客」の専用受付口を作って対応してよ。
ちなみに、羽田や千歳、福岡などの大空港では手荷物預けが機械登録できるのと、優先客はそもそも入り口から違っているので、このような混乱は「設備的」に起こらない仕組みになっている。人が臨機応変に対応できないのだから、仕組みで対応するのは現代ビジネスの常識だろうに。

羽田空港に着いてみたら、なんと降機場から到着ロビーにまでのバスが来ていない。バスが足りないというアナウンスがあるのには笑ってしまった。飛行機の到着時間は管制されているのだから分単位で決まっている。その到着時間に合わせてバスが手配できないとは、バスの運用会社のせいか? 
そもそも到着してからバスが来ないというアナウンスがあるまで、ずいぶんと経っていた。例の「機長からのご案内……………」というやつだ。
結局10分以上、待たされたのではないか。おまけに、タラップから地上に降りてみるとバスは一台しか来ていない。機内はほぼ満席だったはずだが。

その後もトラブルは続く。手荷物を受け取ろうとしたら、同じターンテーブルにずいぶん前に到着したはずの秋田便の荷物がまだ出ていない。当然、秋田便の荷物が全部引き取られた後でなければ、高知便の荷物は出てこない。ターンテーブル前は秋田便と高知便の客でごった返している。なぜ、空いている隣のターンテーブルを使わない?

少なくとも、高知羽田便に関して、この航空会社を使うのはかなりリスキーな選択ではないかと考えるに至った。今週は羽田千歳便でも試してみるつもりだが、結果次第では航空会社の乗り換えを考えなければいけないなあ。
次回の高知羽田便はすでに「鶴のマーク」に変更した。客を舐めんなよ、という無言の抗議でありますよ。

ちなみに我がライフタイムマイル(これまでの人生でこの航空会社を利用して飛んできたフライトマイル累計)は39万4700マイルだった。羽田千歳を往復すると1000マイルほどなので350往復はしたことになる。これが多いか少ないのかはよくわからんが、客のロイヤリティーというのは簡単に失われるものだと関係者は理解すべきだろうね。

補足 千歳羽田便でまたまた驚愕のクズ対応にぶち当たってしまった。詳細は、「乗ってはいけない 千歳便」に続く