街を歩く

京都ラーメンに出会う

この赤い看板のラーメン屋は、千葉市あたりに行った時よく目にしていた。名前もすごいが、やはり赤白の強力な店舗外観が昼でも夜でも目立つからだ。ただ、店舗前を車で通り過ぎるだけで一度も立ち寄ったことがない。名前のイメージから「二郎系がつんラーメン」だと思い込んでいた。
その店が自宅近くに開いたので、新規開店時期をずらしてオープンの賑わいが落ち着いた頃に、つまり運営力がついて商品の品質も適正化された頃、昼のピーク前に行ってみた。
視察をするときには、ピーク時の運営力を見るためにあえて行列に並ぶということもあるが、その店の地力を見るには昼のピーク前が良いと思っている。ピーク前であれば売り切れ商品もなく、従業員にも余裕があるからだ。

事前にブランドサイトを確かめることもせず予備知識なしで店に出かけた。店頭に立っている幟を見て、初めて自分の理解が間違っていることに気がついた。なんと二郎系ではなく、背脂ちゃっちゃ系ラーメンだったのね。と我ながら自分の不見識に笑ってしまった。
また、全部のせラーメンが税込みだと千円を超えるのも、今風のラーメン価格だから文句はないのだが、1000円越えの商品を店頭で推すというのがちょっと意外だった。

注文はタッチパネルでというアフターコロナの標準オペレーションだった。タッチパネル内部の動線は、まずまず一般的なものだ。昔ながらの紙メニューブックも置いてあるから、タッチばネル・タブレットアレルギーの客にも救いの道は残されている。
メニュー選択ではいくつか異なる味を選ぶことができる。辛味噌味に心が惹かれたが、それは次回に注文することにして、まずは「標準品」を頼むことにした。
しかし、背脂が乗ったスープを見るのは何年振りだろう。今になっては、なつかしいというほどのオールドファッションスタイルに見える。
薄切りのチャーシューにメンマというシンプル構成は、平成初期に大流行した背脂ちゃっちゃ系の標準スタイルだ。食べて見るとなつかしさも感じるが、普通にうまい。細めの麺と塩味が強めのスープがよくあっている。最近の主流、豚骨と魚介だしのWスープとは対極にある味だが、これは好みの味だ。
しかし、丼の中に色気がほとんど感じられない。緑も赤も黄色もない。そういう意味では麺とスープで勝負というストイックスタイルとも言えるか。現代ラーメンのビジュアル受け狙いとは一線を画している感じがする。

イチオシらしいサイドメニューのチャーハンを追加で注文した。これはシンプルな塩味で、普通においしい。ラーメンと合わせて食べるにはバランスが良い薄味の仕上げだ。チャーハンを単品で頼むと、もう少し違う仕上げをするのかもしれない。
個人的には、町中華でチャーハンを肴にビールを飲むというおっさん飲みをよくやるようになったので(だいぶ、体に悪いという自覚はあるが)、酒の肴的にたべるには塩味が薄いと感じる。
逆に言えば、一般的な町中華のチャーハンが塩味が強すぎるのかもしれない。ラーメンのお供にはこれくらいの味がちょうど良いのだと思う。これまた個人的には皿の横に紅生姜がついていてくれると嬉しい。卓上には、黄色い沢庵の細切りが付け合わせで置かれていたが、あの真っ赤な紅生姜に郷愁を感じてしまう。
美味しいラーメンランチを食べて満足した。あと、一・二度は残りのメニューを試すために来ることになると思う。そのときには餃子も試してみよう。

ただ、この日に一番驚いたことは、ラーメンの旨さではない。この店の駐車場の奥に、埼玉県ではそれなりに名前の通った高級卵屋の販売店があり(これが道路からは奥まりすぎていて存在がわからない)、おまけに自動販売機で卵や卵使用のお菓子が売られていることだった。
この卵屋は自宅からも相当に離れた場所に本店があるため、これまでは卵を買うために一大決心をして、一時間ほど車を運転しなければならない、目的を持った買い物をする必要があった。それほどのブランド力・魅力がある卵なのだ。
今ではすっかり値上がりしている卵だが、スーパーで1パック買う値段が、この店では卵一個に相当する。つまり、この店で10個入りのパックを買うと、スーパーでは100個の卵を買える。看板にある「自称世界一美味しい」は、なかなか正しいと思っているのだが、お値段も世界一?かもしれない。
ラーメン屋さんには申し訳ないが、この卵を買うついでに、また何度もこの店のラーメンを食べに来るような気がする。

街を歩く

メロンパン行脚 その3?

あちこちのパン屋に出入りして、変わりメロンパンを探している。いざ探し始めると、意外と変形メロンパンは見つからないものだとわかった。オーソドックスな丸くて表面がカリカリのメロンパンがほとんどだ。変わりメロンパンと言っても、生地を多少変えているくらいで、形状をいじることは少ないらしい。
ところが、渋谷にある高級スーパーで見つけたラグビーボール的なメロンパンは、なかなかの変形振りだった。このスーパーでは日替わりで全国各地から人気のあるパンを集めて、曜日ごとに販売している。だから、行く日によって並んでいるお取り寄せパンは異なる。たまたま火曜日がこのメロンパンの日だったらしい。兵庫県加古川市のパン屋さんが製造しているが、地元神戸ではおなじみのスタイルらしい。

このツルっとした表面は、見栄えに関わらずいつものメロンパン的な味がした。ただ、パンの中に白餡が厚さ1cmくらいで収まっている。普通によく食べるあんぱんのように、中身の半分以上があんで占められているという感じではない。生地の方が圧倒的に優勢だ。
食べると口の中でビスケット生地の甘さと白餡の甘さがミックスされるので、なんとも不思議な甘さになる。これが粒あんやこし餡であれば、食べた切り口が白黒に混じった見栄えになるので、あまり美しくないのかもしれない。見た目を考えての白餡なのだろうか。とにかく初めての味で新鮮な体験だった。
メロン味のクリームを入れたメロンパンは最近よく見かけるが、白餡入りは初めてだし、あんことメロンパンという組み合わせも想像の外にあった。色々なことを考える人がいるものだ。次に神戸に行く機会があれば、何軒かパン屋さんを巡ってみようと思う。白餡入りのパンが、あれこれバリエーションとしてあるのかもしれない。

たまたま、高級スーパーの売り場の近くで、これまた別な高級スーパーのPB商品が置かれていた。その「別の高級スーパー」では、スコーンのような、一般的なパン屋ではあまり販売していない種類が人気のようだ。ただ、スコーンやビスケット(お菓子ではない方)のような口の中の水分を全吸収する食べ物は苦手なので、スコーンの代わりにシナモンロールを買ってみた。
デニッシュのような、ブリオッシュのような柔らかくて甘めの生地と、控えめ甘さの味付けがバランスよく仕上がっている。
よく売られているシナモンロールは、アメリカ的なというか暴力的な甘さのものが多い。たっぷりのアイシング(砂糖でコーティング)で、パンを食べているのか砂糖を食べているのか錯覚するほどの甘さが、シナモンロールの特徴なのかもしれない。それはちょっと苦手というか、食べるのにも勇気と覚悟がいる。だから、こういうシンプルで控えめな甘さのシナモンロールがあると、実にホッとする。
まあ、食べ物の好みは人それぞれなので、誰かに強制するものでもない。自分の好みの味を探し出して、それを楽しめば良いのだ。同じ日に見つけた二軒のスーパーで、これまた全く性格の違うパンを発見して楽しむことができた。お江戸の街の良さは、こんな利便性にあるのかもしれない。
ちなみにこの日は別のパン専門店でクイニーアマンを買っていて、1日では食べきれないから買うのを諦めたパンも何種類かある。多すぎる選択肢は、贅沢な悩みにつながる。これがお江戸のよくないところでもあるのだなあ。

食べ物レポート

立ち食いそば名店の支店

お江戸の街には立ち食い蕎麦屋が多い。絶対的な人の数が多いから、大忙しで食事を済ませたい人の数も多い。ハンバーガーなどの洋風ファストフードや牛丼に代表される丼飯も、早く手軽に食事をしたいというニーズに応える業態だ。当然、お江戸にはその手の店がとてつもない密度で広がっている。
全国各地の大都市、中核都市でもファストフードはそれなりに展開はしているが、やはりお手軽飯屋の存在感はお江戸が一番だろう。そのなかで、やはり個人的な嗜好を言えば、お手軽に手早く食事ができるという点で、立ち食い蕎麦屋が最上位にランキングされる。老舗の蕎麦屋よりも利用する回数が多いかもしれない。
その立ち食いそば屋だが、老舗と言われる店はお江戸の東側に多い。江戸城の東側は昔からのビジネス街ということもあるのだろうが、八重洲、日本橋、神田あたりの伝統的な?ビジネス街ほど有名な立ち食いそばが多いような気がする。
逆に比較的新興ビジネス街である西新宿や渋谷あたりでは、名店と言われる店は少なく、いわゆるチェーン店が多いようだ。
その日本橋の老舗立ち食い蕎麦屋が、2年ほど前に西新宿に支店を出した。わざわざ日本橋まで行かなくても、新宿でこの店のそばが食べられるのはありがたいことだ。

寒い時期であればかけそばをたのむところだが(そして、追加別添でかきあげをたのんだりする)、この時期はやはりもりそばだろう。合わせてたのんたのは「岩下の新生姜」天ぷらだ。
昔、各地の天ぷら事情を調べたことがあった。もともと南蛮渡来の揚げ物料理「天ぷら」が全国に広がっていく過程で、それぞれの地方で独自な天ぷらネタが生まれたようだ。
天ぷらの代表といえば「海老天」みたいな感じもするが、地域によってはエビ以外が主力であることも多いようだ。豚肉を揚げた肉天なども、なかなか上手いものだが、やはり天ぷらの系統としては異質な感じもする。お江戸で言えば白身魚の天ぷらがかなりの人気ものだ。歴史的に有名な天ぷらネタといえば、やはり家康が好物だったらしい鯛の天ぷらだろうか。
そして、どうやら大阪南部発祥、大阪南部限定らしいのが紅生姜の天ぷらだった。この紅生姜の天ぷらから派生したのが紅生姜の一口串揚げらしい。デパ地下で紅生姜天を扱っているいるのはどこだろうと、関西一円で調べた時の知識だ。その時の調査では大阪北部には紅生姜店の文化が存在しないらしいとわかった。摂津と河内では食文化が違うということのようだ。
ご当地ネタということでは、全国にそれぞれ異なる「すごいもの」もあるが、それはまた別の機会に。
今回は、おそらく紅生姜天が系列進化したであろう「岩下の新生姜」が素材だった。この生姜の漬物が全国区であるとは思わないので(多分関東ローカル、せいぜい広がっても東日本圏ではないか)、お江戸で増殖しつつある新興勢力という感じがする。
新生姜は紅生姜と異なる味付けの漬物だが、揚げた時の色味が異なる(赤くない)ので天ぷら素材としては面白い。
ちょっと試してみようと注文したが、「まあ、生姜だし、こんな味だよね」という、まったく予想を裏切らない普通に美味しいレベルだった。
蕎麦の仕上がりも良かったし、いつものように感動したのがそばつゆのうまさだった。お江戸の老舗蕎麦屋では実に強烈な味、塩辛いものが多いが、それとはちょっと異なる。都会人が、蕎麦をつゆにたっぷり漬け込んで食べるために作られた「つゆ」だと思う。蕎麦通で意気を気取るひとには、違う評価があるかもしれない。
ただ、今では立ち食い蕎麦を食べる人の中心は、あまり肉体的な仕事をしないオフィスワーカー、サラリーマンが多いので、これくらいの味のバランス(お江戸の老舗蕎麦屋と比べると塩味控えめ)が良さそうだと思う。

実は、今回はお腹の減り具合もあり注文を諦めたのだが、この店のイチオシは「蕎麦」ではなくて「カレー」という意見もあるようだ。そのカレーについては、こう書かれている。「本格的和風インドカレー」と。
これもまた微妙で解釈が難しい日本語だ。本格的という言葉はは、和風にかかっているのかインドにかかっているのか。おそらく「和風インドカレー」が本格化しているはずはないと思うのだが。
説明文を読む限りでは「本格和風」なインドカレーなのかもしれない。ただ、本格和風ってどんなものなの?と思うし、形容詞として使っていいものかという疑問がある。
「本格和風」の後に、あれこれ言葉を繋げてみればわかる。「本格和風」+ハンバーガー、ホットドッグ、ピザなど洋物を並べるとなんとなくありそうな気もしてくる。逆に、「本格和風」+ぎょうざとか、ラーメンとか、うどんとかではしっくりこない。ありそうでなさそうなのが、「本格和風」+チャーハンや、天津飯、焼きそばなどだろうか。
蕎麦を食べながら、そんなことを考えていた。次回は、本格和風インドカレーだ。

街を歩く

日本語能力を考えさせられた

このポスターを読むと、日本語能力について考えさせられた。ツッコミどころ満載で、病院の中であきれるやら、情けなくなるやら、笑い出したくなるやら、なかなか貴重な経験だった。

まずは、今まで通り保険証を持参してください。とは、どういう意図なのだろう。マイナンバーカード持参では医療が受けられないということなのか。何だか医療拒否を匂わせているようにもにも見える。
吹き出しに書かれている文章も「保険証がなくても(登録済みの)マイナンバーカードがあれば医療は受けられます」が正しい表現であるような気がする。実際、保険証を持っていくのを忘れた時に、マイナンバーカードで医療を受けた経験がある。その時は、便利だなと思ったものだ。

保険証がなければ資格認定ができないことがあります。これはおそらくそうなのだろう。これまでも使われていた保険証の確認機器は設置されているはずだから、マイナンバーカードで「健康保険未登録」扱いになった場合は救済される。これは政府、行政の手落ちを非難しているのだが、その論理に間違いはない。

二番目に、保険証を見せていただく方が、手早く、簡単に済みます。と書いてあるが、これは正しいことだろうか。つまり、健康保険証には顔写真もなく、身分証明書としては、パスポートや運転免許証より明らかにレベルが低い。本人の顔写真なしでの認証は、昔々の紙でつくられた保険証時代からの名残だとおもわれる。しかし現代では明らかに証明書としては、不整備で不適切なもので、なりすましが簡単にできる欠陥品と言っても良い代物だ。
ただ、なりすましで被害を受けるのは「保険を支払う」機関であり、医療機関ではない。(なりすましがバレると払ってもらえないのかもしれないが)
なりすました本人は健康保険なしで正規患者として保険医療を受けられる。事実上の詐欺行為であるが、その詐欺行為で得をする。なりすまされた方も、実際に支払いをすることはないから損害はない。医者も、なりすまし詐欺者も、まりすまされた被害者も、誰も被害を受けない。
だから、保険証が簡単よと言い切る。勘繰れば、「なりすまし詐欺」の助長とも受け取れる。ただ、社会全体では医療保健の膨大な赤字が問題になっているので、なりすまし詐欺問題は、もっと慎重に取り扱うべきだろう。
ちなみに医療機関で、健康保険証以外を用いた二重の身分確認は、要求されたことがない。初診であろうが再診であろうが、なりすましは簡単にできるなといつも思っていた。なりすましには保健機構が医療機関に対して支払わないとして、医療機関での本人確認作業を厳格化するように牽制すれば、またこの話は変わってしまうだろうが。

三番目の紛失による被害は、それこそ余計なお世話だろう。紛失して被害を被るのは銀行など金融機関のキャッシュカードやクレジットカードの方がよほどひどいハメになる。
マイナンバーカード紛失でおこる被害は、ネット上で本人確認の必要な手続きをなりすまされるようなケースだろうか。たかが医療機関の協業組織に心配してもらうことではない。警察が本腰を入れて警戒している「振込詐欺」の方が、よほど注意すべき国民全体の関心がたかい犯罪だろう。まだマイナンバーカードを使った重大詐欺事件が記憶にないだけだろうか。

そして一番笑ってしまったのが、四番目の一文だ。これは日本語として意味をなしていないのでは? とすら思う。マイナンバーカードの取得は任意です。これは事実を言っているだけなので問題はない。それに続く文章が、何の接続詞もなく、私たちは保険証の廃止に反対していますとある。
反対であることの意思表明に文句があるわけではない。ただ、マイナンバーカードの任意取得とどう文意がつながっているのだろう。
現代国語の試験問題であれば、おそらく不適格文章とされるだろうと思うほどだ。そこで、この文章の意言い換えを考えてみた。
「ゾウは哺乳類です。私はカメが嫌いです。」こんな感じだろうか。この例文であれば、二文の間に、「カメは爬虫類です。私は爬虫類が嫌いです。」というようなツナギ文が必要だ。
このポスターで言えば、「マイナンバーカードの取得が国民全員に義務付されなければ」がツナギ文として最低限は必要だろう。
あるいは、国民皆保険を保障するという意味を論点に加えたいのでアレば、「マイナンバーカード取得が国民全員に義務付されても、現在のマイナンバーカードシステムでは医療事務に不正や不備が発生するため、マイナンバーカードシステムの改善作業や不正防止措置が完全に出来上がるまで」と付け加えるべきだろう。


要するに、医者の団体として、マイナンバーカードを使えと言われて高い機械を買ってみたが、あれこれ間違いが起こると事務作業も増えて面倒臭いし、おまけに自分たちが医療費を取りっぱぐれる可能性もありそうなので(こちらが本音か)、昔のやり方に戻せということみたいだ。
医療を受ける立場である患者に対して、何らかの配慮があるようには読み取れない。少なくとも、現在の現役医師は昭和後期以降に医師免許をとった受験戦争の勝ち組であり、間違いなく「秀才」ばかりのはずだ。このようなロジック破綻した、はたまた文意が不備な文章のおかしさを理解できないはずがない。となると、このポスターを作った協会事務局の日本語能力不足なのだろうか。事務局のせいにするのは、権威主義的団体、政党や行政関連団体では常道手段だ。
こんな怪しい日本語のポスターを見ると、お医者さんたちは大丈なのか?と疑ってしまうので、ポスターを作り直してくれないものかと、コロナのワクチンを打った後の待ち時間でぼんやりと考えていた。
医師である友人の顔を思い出しながら、これもアフターコロナの落とし物かなあなどと思っていた。

街を歩く, 食べ物レポート

ご近所で冷やし中華と新店

いつもの「満洲」に冷やし中華を食べに行った。前回は、あまりの混雑ぶりに冷やし中華を食べ損ねたので、ちょっと期待して昼のピークをずらした時間に行った。出てきた料理を見て、あれっと思ったのは、あまりに色気がないビジュアルだからだ。冷やし中華の彩りの良さには、味噌ラーメンなどとは比べ物にならない華やかさがあるはずだ。が、これは何だか妙に色褪せてみえる。
おそらく、紅生姜とカラシ、つまり赤と黄色が別皿になっているからだろう。味は期待通りの「普通に美味しい」冷やし中華だったから、全く文句のつけようはない。
色彩、特に赤は大事だなと改めて思う。真ん中にプチトマトの半分に切ったものでも乗っていれば良いのだろうか。そう言えば、昔の冷やし中華にはさくらんぼ(缶詰)が乗っていたような気がする。
ちなみに、満州の冷やし中華は安っぽいハムの細切りではなく、チャーシュー細切りが乗っているので、商品自体のグレードは高いのだよね。
この値上げの時期に、あれこれと開発してくる新商品は、やはり値段も上げるが品位も上げるという方向になるようだ。しかし、個人的には、冷やし中華の載せるのはゆで卵ではなく細切りの卵焼きにして欲しいのだがなあ。

その冷やし中華を食べた帰りに、コロナ前にはたまに行っていた寿司居酒屋の看板が変わっているのに気がついた。駅の反対側にある店が小ぶりなため、いつでも満席になる繁盛店だった。そのため、駅のこちら側に大きめな店を新設したはずだが、どうもコロナの時期と重なり苦戦をしていたのは間違いない。
代替わりをしたのかと、気になって調べてみたら、どうも同じ会社の中で新しいブランドを試すことにして改装をしたらしい。刺身と天ぷらを押し出した「新業態」のようだが、よくよく考えると寿司居酒屋も寿司ともつ鍋を推しにしていたから、ちょっと変わったスタイルという意味では同系列と言えそうだ。
今度、一度試しに行ってみようと思うが、この熱暑の中で天ぷらはちょっと気が重い。少し涼しくなってからにしようか。
コロナからの復調が進んでいることが、自宅近くでも見えてくるのだから、これはやはり世の中が随分と常態に戻ってきた証明なのだな。

街を歩く

いつもの一軒目

新宿でランチをと思った。その時、魔が刺した。のどがかわいていたせいだが、トマトサワーが飲みたいと脈略なく思いついてしまった。こうなると、どこに行けば良いのかと思い出すべく、脳細胞が活性化され全力で探索活動が開始し、脳内新宿マップで昼からサワーが飲める店を探しまくる。
結局、トマトサワーは普通の酎ハイやサワーでないため、選択肢を著しく狭めることになった。世の中、意外とトマト味のサワーを置いている店は少ない。いつものオヤジ向けチェーン居酒屋に行くことになってしまった。

じゃこ天 うましだった

このオヤジ向けの店もすっかりデジタル対応が進み、メニューはスマホから注文する。ただ、従業員の方からは「もしよければスマホでご注文してください」と見かけに応じた高齢者対応?をされてしまい、内心ちょっと思うところもあるのだが。
まあ、それは良い。人は見かけが8割だ。と気を取り直し、スマホメニューを見ると季節対応で「じゃこ天」があった。
この黒い揚げかまぼこ?のざらついた舌触りと、独特の味が好みで、酒の肴には向いているが、ご飯のお供には向いてない食べ物の典型だと思う。白身魚のすり身を使った「揚げ物」は、舌触りが良いが味が茫洋としているので、あまり好みではない。「じゃこ天」を名乗る類似品も多いが、やはり愛媛県南部のものがうまいと思う。

もう一つの新作が、蕎麦味噌もどきの「焼き味噌」だった。が、これは空振りっぽい一品で、申し訳程度に炙っているようだ。当然だが味噌の焦げた感じはない。この店で時々出る、よく頑張りましたけど花丸は上げられません的な商品だった。
焼き味噌の元はお店で手作りしなくても良いだろうと思う。工場で作っても大丈夫そうな感じがする。それよりも、お店ではしっかりと焦げるまで炙る、というのが客側の期待値ではないだろうか。ネギ味噌は美味いけどね。

最後は、メニューで見て期待が高かった「いかめんち」だ。残念ながら津軽地方の郷土食「イガメンチ」とは違うものだった。勝手にこちらが「津軽の揚げ物」を期待してしまったので、騙されたというより勘違いと諦めるべきだ。普通のメンチカツの中にイカが入っている。イカメンチであることに間違いはない。
このイカがタコに変われば、タコメンチだろうし、アジに変わればアジメンチになる。日本語としては正しい。商品に間違いはない。注文する客の勝手な思い込みだ。
でも、イメンチ、食べたかったなあ。

そしてランチらしく、締めの焼きそばを締めに注文した。この焼きそばは、縁日の焼きそばをほぼ忠実に再現したもので、具材は限りなく少ない。いや、ほぼないと言った方が正しいだろう(笑)
ソース味の麺を楽しむものだ。そして、たっぷりとつけられたマヨで味変をしながら味わうものだ。その食べ方が潔い。豚肉が欲しいだの、エビやイカは入っていないのかだの、キャベツは厚切りが良いだの、望んではいけない。
あれこれ食べているうちにトマトサワーがなくなったので、オヤジ向けの梅サワーを追加してみた。梅の味がほとんどしない、昭和の梅サワーだった。確かに、これは昭和を知るオヤジ世代にしか理解できない「懐かしの味」だろう。ただ、あまり懐かしみたくなる味ではないのだが……………

オヤジ向け居酒屋は本当に楽しい

街を歩く

渋谷の朝に学ぶこと

渋谷に早朝から出かける用事があり、日中は人でごった返すセンター街も流石に人影まばらな時間だった。その入り口にぶら下がる七夕飾りを見て、ああもう直ぐ夏が終わるのだなあと思った。暑さが続いているせいですっかり出不精になっているが、今年の夏も終わりに近づいている。モノの哀れというか、何やら感じるものがある。どこにも出かけないまま、夏が終わっても良いのかと。
帰り際にJRの駅で見た東北の夏祭りポスターで、背中を押された気になった。やはり夏旅に出かけようと決めた。

早朝の渋谷で見つけた、いかにも今風な告知ポスターだ。移転しますと書いてあるが、移転先の住所はどこにもない。インスタで見てねということらしい。
情弱ジジババは相手にしないという潔さ、というか冷静さを感じる。インスタで探してもらえないような客層は、自分たちの店に来て欲しくない。そういう思い切りが明らかに伝わってくる。あれもある、これもあるけど、自分たちだけの売り物は何もないという「ダメな店」が世の中に溢れているが、そんなダメ店舗を作らない秘訣は「あえて売り物を絞り込む」なのだ。住所情報すら邪魔と考えるところから、情報の断捨離が始まる。すごいなあ。
客が店を選ぶなら、店も客を選ぶ。そういう考えが時代の流れになっていると教えてくれる、一枚のポスターだった。

渋谷から原宿にかけて、街のあちこちに見られる意味不明の落書きだが、一時期はまるで街頭アートのように煽っていたメディも、今ではすっかり声を顰めているようだ。
その「迷惑な落書き」を禁止するポスターの上下に、これまた落書きが書かれている。「落書き禁止」が意味をなしていないではないか。これは、権威に対する挑戦か、あるいは自分たちを抑制しようとする権力、警察に対する嘲弄なのか。
それとも、単純に字が読めない頭の悪い人なのか。あれこれ考えながら笑ってしまった。
おそらく、「落書き禁止」と漢字で書くからダメなのではないか。「らくがき、だめだよ」とか「ラクガキするとつかまります。タイホするー」とか、優しくひらがな、カタカナだけで書く方が効果がありそうな気がする。
これも、落書きをする「わるいひと」がどんな属性を持つのか想定して、それにあった対応をするということなのだが。マーケティングの基本「人の心を読む」ができていないのだから、やはり警察や行政は、商売の基本がわかっていないのだろう。もはや、自分たちの権威がすっかりなくなっていることに気がついていないのか? いや、気がついているけど認めたくないのだろう。
街歩きは、学ぶことが多いなあ。

街を歩く

変わらない「ぼるが」にまた来てしまった

甘さのないハイボールが心地よい 
最近の居酒屋で不思議なのは酎ハイもハイボールも同じ値段であることが多い なぜだ?

一年に何度か無性に行きたくなる店がある。初めて連れて来られた時に友人から聞いたのが、この店は「ヤマ屋」が新宿発の中央線深夜便に乗る前に飲んでいるところだという話だった。70年代に登山がブームになった頃の話らしい。今でも深夜列車で移動して早朝から山登りをする人がいるのだろうか。
以前、早朝の中央線特急で松本に行く時、確かに登山仕様の乗客を見かけたので、今でも登山する人は多いのだと思うが、このご時世に登山者向けの深夜列車はあるのだろうか。そもそも運行しているのか?
どちらにしても、もう何十年も変わらないらしい老舗というか古びた店内が、なかなか居心地が良いので、懐かしさというより落ち着きやすい場所として惹きつけられるのかもしれない。
最近ではハイボールをちびちび飲むことも多い。

壁に貼られてあるメニューを見ても、今風のものは何もない。おそらく昭和中期から、並んでいる商品はほとんど変わっていないと思う。値段も全品一律とわかりやすい。
平成生まれ(最近ではZ世代と呼ばれる人たち)にとっては、お化け屋敷のようなものではないか。時間もさほど遅くなかったはずだが、店内に溢れているのは40-50代ばかりだった。昭和世代で埋もれるというのも、老舗居酒屋の居心地の良さの一つだし。類は友を呼ぶを地で行っている感じだ。

壁際に貼ってあるポスターがこれまたなんとも言い難い味を出している。トドメは壁に直付けされている換気扇で、喫煙時代にはいかにこの店内がモウモウとしていたかがわかる。時代の証拠みたいなものだろう。
いや、ひょっとするとコロナ対策で後付けしたものかもしれないとも思った。次に行った時に確かめてみようか。少なくとも、あの氷河期のような3年を生き延びたのだから、この先もしっかりと営業継続してくれるだろう。

これは一月ごろに撮った写真 今と変わりはないと思うけれど


愛想のない接客は初めて行った頃から変わらないが、今回はニューフェイスが登場して、にこやかな接客で楽しませてくれた。スペインからの移住者だと言っていたが、一体何が楽しくてコロナの時期に日本に移住してきたのか。次に会った時には聞いてみたいものだ。西新宿の古い店でも時代に合わせた変化は起こっているのだな。

食べ物レポート

十德でまた一杯

このところ、西新宿で飲む機会があればこの店に来ることが多い。そもそも、飲みにいく回数が減っていることもあり、西新宿比率、そしてこの店の利用頻度が上がっている。
昔は、西新宿で飲むよいえばヨドバシカメラの裏あたりにいくことが多かったのだが、そちらはすっかり足が遠のいてしまった。

夏ということであれば、やはり鱧が食べたい。西日本に行けば、この時期は居酒屋メニューが一斉に鱧に侵食されていたような記憶もあるが、お江戸界隈で「はも」はちょっとめずらしい系統のメニューのような気がする。夏といえば、同じような長い魚でもウナギの方が優勢であるようで、夏こそウナギと言われれば、なるほどそうだなあと感じる。
「はも」は、湯引き、おとしが好物で梅で食べるのは、この上ない喜びだ。(大袈裟だ……………) この時は「はも料理」三点セットでの限定提供メニューだったが、鱧の天ぷらもなかなかうまい。ちょっとだけ贅沢をした気分になる。

前に来た時から気になっていたのが、オムライス風の焼きそばだ。これを酒の肴にして飲むというのはどうかなあと思っていたが、締めのタイミングまで待ちきれずに注文して、冷たい日本酒に合わせてみた。が、これはなかなかのものだ。
中華料理屋でチャーハンをつまみに紹興酒を飲むようなものか。お好み焼きでビールを飲むのだから、焼きそばで日本酒も悪くはあるまい、などと思ってバリバリと食べた。
炭水化物は生魚(タンパク質)よりも胃袋に優しいかもしれない。ただ、炭水化物系は満腹感が出るまでノンストップに食べ続ける食べ物だから、やはり飲み屋では要注意メニューであることに違いはない。
うまいものは体に悪いというか、優しくない。まあ、だからうまいと感じるのだけれど。これは人類の祖先が、まだ雑食性霊長類だった時代から体に刻み込まれた習性なので仕方がない。米や麦は、ある意味で霊長類の一族にとって、麻薬に近い食物なのだと思う。

タコを入れたさつま揚げは珍しい。そもそも論でいえば、鹿児島では魚のすり身を揚げたものをさつま揚げとは呼ばない。そして、食べた限りにおいてだが、鹿児島のすり身の揚げ物は、かなり甘い味付けがしてある。現地で食べると、いかにも郷土料理という感じがする。
お江戸を含めた東日本圏内で売られているさつま揚げは、やはり「元の姿を失った」亡国の食べ物だろうと言う気がする。
現在、白身魚のすり身を混ぜて揚げるようになったのは、確か宮城県が発祥だったはずで、豊富に取れる白身魚(たら)を使った新しい「さつま揚げ」だった。
その魚のすり身の揚げ物をさつま揚げと呼ぶのは、西国出身者の郷愁みたいなものだろうか。確かに戊辰戦争後に定住した西国住民がお江戸の食文化に与えた影響は大きい。(はずだ)

その魚のすり身を揚げたもの(全国あちこちで郷土食として定着している)が、近年新しい具材を加え変形して進化している。今では当たり前のように売られているチーズ入りは歴史が古い。豆腐など植物性タンパク質を混ぜ込み、食感を変えるのも味変の常道だろう。
歯触りを変えるためイカやタコを加えるのも産地によって発生している。海とは全く関わりのないゴボウを巻き込んだ「ゴボウ巻」などというものも存在しているのだから、すり身揚げ物世界は許容度が大きいのだ。そのうちアボカド巻きとかベーコン揚げとかいう、日本と関わりのない食材の組み合わせも続々誕生しそうだ。

話が逸れたが、タコ入りのさつま揚げ?は実に好みの味で、できればスーパーで売って欲しいくらいのものだった。オムレツ焼きそば、新型さつま揚げなどをおかずに、居酒屋で酒抜きで飯を食うのは案外楽しいかもしれない。

街を歩く, 食べ物レポート

メロンパン 異形の進化への道

見た目はモスラ

メロンパン探しの旅(笑)は続けている。変わりメロンパンを見つけては試食をして、ああでもない、こうでもないとつまらない感想を書いてみるだけだが。
今回はクロワッサンにビスケット生地を被せたものだった。ブリオッシュの生地を使うメロンパンはよく見かける。生地のリッチさで高級感を押し出そうという意図だとわかる。そのブリオッシュよりもさらに濃厚な、つまりバターたっぷりのクロワッサン生地でメロンパンを作れば、それはスーパーリッチになることは間違いないと考えたのだろうか。ただ、甘さのバランスやビスケット生地のハードさ、クロワッサン生地のソフトさのバランスがどうなるかだ、と食べる前から思っていた。

案の定でバランスが悪い。クロワッサンにチョコレートをかけたものはたまに見かける。あれは全体の甘さを強めながら、表面のハードさはあまり変えない。クロワッサンの柔らかい生地によく馴染む。チョコ自体が強い味なので、クロワッサン生地のバターたっぷり感と相性が良いのだろう。
和菓子で言えば、外が甘く中が柔らかいとなると、おはぎがあげられる。人の嗜好というのは、洋の東西を問わずに多様な進化をするらしい。外が柔らかく中が甘いとなれば、和菓子では大福餅のような餅菓子がある。洋菓子で言えば(?)仙台名物萩の月みたいなものだろうか。あれに近しいといえば、アメリカンドーナツの典型、中にカスタードクリームの入ったふわふわのやつがある。

クロワッサンのメロンパンもどきは、どうやらアイデア倒れみたいだ。パイ生地もそうだが、クロワッサンも薄い生地の層を重ねてパリパリ、サクサクの食感を楽しませるものに、ビスケット生地のハードでカリカリという組み合わせがあわないようだ。
見た目はなかなか楽しかったのでちょっと残念だが、生地のバランスを改良していけば三代目くらいになると完熟するのかもしれないと思ったので、この店のメロンパンはしばらく継続審議とさせていただく。