街を歩く

熱海駅の風景と学び

熱海の駅の降りたのは十年ぶりくらいだろうか。ただ、熱海に遊びに来たことはない。いつも会社の用事で来ていた。温泉街のそぞろ歩きみたいな体験は一度もない。たまたま、時間がちょっとあったので、熱海駅前を観光客のふりをして歩き回ってみた。
予想していた外国人観光客は思いのほか少ない。温泉が目当てであれば、山の中にある秘境温泉みたいなところの方が、外国人ウケしそうな気もする。熱海の駅前商店街で目立ったのは、高齢者カップル(いかにもという感じがする)と若い女性の二人組だった。
平日の午後だというのに、やたら人がいるのは流石に日本屈指の温泉地だ。が、熱海には海岸で銅像を見る以外に何か見ものがあっただろうか。それが気になる。

これまで何度か熱海に来ていながら、全く気づいていなかった駅前の展示品、軽便鉄道の機関車を見つけた。あまりの小ささに実物だとは思わなかった。鉄オタ的な芸術家が作った立体アートだろうと誤解してしまった。
こんな小さな機関車で、客車や貨物車を引いていたのかと感心した。D51あたりの大型機関車と比べると大人と子供の違いがある。今でば、蒸気機関車というとどこかの公園などに放置されているのがほとんどだろう。動態保存されている車両は、一部の私鉄で運行されている蒸気機関車がほとんどだ。あとは、鉄道博物館に残るくらいだろうか。
ただ、蒸気機関車の走る姿はまさに勇姿だ。煙と蒸気をたなびかせ爆走する。電気で走る列車とは異なる、単純な「力」を感じる。できればこの小さい機関車も復活させてくれないものだろうか。

テレビの鉄オタ番組(?)を見ていると、まだ全国各地に保存されている動かない機関車は多い。ゼロから再生するのは難しいだろうが、部品の再製造、ワンオフでの製作くらいはできるだろう。
こんなことにこそクラウドファンディングが活用されないものだろうか。九州のとある町では、「震電」の復元もクラウドファンディングで行われた。全国の地域おこしグループの方々には、ぜひ再考をお願いしたい。蒸気機関車で町おこしだ。
人気の出ない名産品(特に食べ物系)を開発する前に、人の心を惹きつける動くオブジェクトを作り出すことは重要だと思うのですよね。

書評・映像評

すでに昭和は歴史の彼方

画像はヤングマガジン公式サイトのものです。
明らかにダーク系にみえるが、中身は本当にダークストーリー。

久しぶりに衝撃的なコミックを読んだ。
時代は昭和初期の満洲。歴史的にはほぼ棄民だったと思える満洲開拓団の一員である若者が、戦傷して復員したあとにアヘン商売に手を染める。それを犯罪への加担とするか、人生の転落と見るか。現代の倫理観で言えば明らかに犯罪なのだろうが、当時はアヘンの栽培と販売は国家事業だった。帝国陸軍が最大の麻薬卸だというのだから、暴力団以上の反社会組織だったということになる。
闇のアヘン販売に手をつければ、アヘン商売を仕切る関東軍(帝国陸軍満洲派遣部隊)と青幇(中国の裏社会を牛耳る組織)の双方から追われる身となる。
明治後期の帝国陸軍による犯罪を描いた「ゴールデンカムイ」と似通った設定のようにも見える。「金神」は、それぞれの欲望に塗れた登場人物が、最後にはどんどんと死んでいく、かなりダークな物語だった。
清朝末期から昭和にかけて満洲を描いた名作には浅田次郎作「蒼穹の昴」シリーズがあるが、これも出てくるキャラが皆濃すぎて、おまけにほとんどが悲惨な末路に至る。浅田作品では珍しい、救いの薄い物語だ。
その二作と比べても、こちらの方がよりダークな展開になっている感じだから、少年誌での連載は無理だろうし、青年誌であっても中身はかなり重い。
昭和の満州を舞台に悪逆非道な関東軍、満州経済を仕切る経済博徒な満鉄、国威高揚を狙った宣伝工作に暗躍する満映。中国の裏社会を代表する青幇と悪役は揃いすぎるくらい揃っている。おまけに、中華帝国の中に組み込まれた異民族、モンゴル人が絡み合い複雑な抗争と人間関係が描かれる。
実写化されても映像化が難しいシーンも多い。その上、帝国陸軍を始め満州駐在の日本人は基本的に悪人扱いなので、シナリオ起こし自体が困難な気もする。
貧困だった時代の日本を振り返るという視点は、満州ものの作品に共通するものだが、ここまで日本を悪と突き放したストーリーも他に見た記憶がない。
同様に満州を舞台にしたコミックは村上もとか作「龍ーRON」があるが、こちらは主人公の設定のせいか、明るい物語だった。それと比べると、この満州アヘンスクワッドの暗さは強烈だ。

改めて思うが、昭和初期はすでに100年近く前のことで、すでに歴史的時代扱いになってしまった。某国営放送の大河ドラマでも明治を扱うことはあるが、そろそろ昭和が舞台になる日も近いようだ。敗戦による、あの時代のトラウマを感ずる世代もすでに大半が鬼籍に入り、ようやく感情任せではなく歴史的に語れる時期になったのだろう。
戦争の時代には同じ日本人でも、加害者であるものもいたし、被害者であるものもいたことを、冷静に語る人たちが生まれてきたということだ。
昭和中期には戦争を知らない子供たち、などという免罪符があったが、その方達もすでに後期高齢者となった。
戊辰戦争後の明治政府と昭和の軍閥政権は連続したものなのだが、なぜか昭和の政権だけが切り離されて「悪」として語られることが多いような気がしている。それも敗戦による民族的トラウマなのかもしれない。
悪かったのは日本人(自分達)ではなく軍部だった。暴走した軍部が国を滅ぼし、自分達はその被害者だ。というような解釈が、昭和の時代においては、暗黙の認識だったような気がする。
そのトラウマがない世代(おそらく平成生まれ)が、クリエーターとなって歴史検証を始めた。良作品だと思う。

公式サイトはこちら → https://magazine.yanmaga.jp/c/mas/

書評・映像評

文明再生 にハマる話

画像はオーバーラップ 公式サイトからリンクです
ちなみにどちらも獣耳キャラではありません。イラストと本の中身はだいぶ印象が違うのだけれど。

崩壊した文明を再興するという話が好きだ。一番最初に読んだのは超名作SFであるアジモフ作「銀河帝国の興亡」だった。次に感動したのはライバー作「闇よ落ちるなかれ」だが、これは文明再建というより文明の衰亡を防ぐという話だった。
子供の時に何度も繰り返し読んだ、サバイバルものの典型である「ロビンソン・クルーソー漂流記」がきっかけだったと思う。個人のサバイバルから人類、文明のサバイバルへと興味と関心が移った感じだろうか。
核戦争で荒廃した社会を描く「北斗の拳」よりも、崩壊した文明再建を目指す「Dr.Stone」の方が気に入っている。(どちらもお話としては大変面白い)
なので、この本の題名を見た瞬間、不見転で手に取っていた。題名が素晴らしいの一言に尽きる。「文明再生記」と書かれているのだ。読まずにはいられない。

お話は前世の記憶を持った転生者が、文明崩壊し中世レベルまで後退した社会にうんざりして、なんとか自分の知っている安楽で安全な社会を取り戻そうと悪戦苦闘し始める話だ。
主人公はまだ10歳の少年だが、前世記憶が残るせいか、やたら大人くさい発言をする。子供らしくない子供が、次々と失われた文明の技術を取り戻していくのだが……………というものだ。
文明再興における最大の道具は、本であり、識字率をあげること。つまり教育だというのがメインテーマのようだ。実に楽しいお話ではないか。ワクワクして一気に五巻まで読み切った。続きが早く読みたいのだが。刊行ペースは一年に二冊程度。完結するまでには何年かかることか。良作なのに。

そこでコミカライズされた原作を読もうと探しているが、書店では見かけたことがない。ラノベ作品に特有の事情で、書店の店頭で販売されているのはせいぜい直近半年で発売されたものばかり。ほぼ雑誌扱いなのだ。大長編化しているベストセラー(だいたい三十巻くらいになっているもの)であれば全巻揃っていることもあるが、十巻程度で完結した作品は、まず書店ではお目にかかれない。結局、本が欲しければAmazonで注文するしかない。
棚の数に限りがあるという書店の事情もあるだろう。ただ、おそらくラノベの読者の大半が、「紙の本」ではなくデジタルブックで読んでいるのではないか。となれば、書店に在庫があるかどうかはあまり問題ではない。
自分のことを考えてもコミカライズを読んだ後で原作を読もうとしたら、買う形状は電子書籍だろうなあと思う。便利でお手軽、いつでも買えるし、いつでも読める。

つらつらと考えるに、まさに本屋受難の時代なのだ。だから今回はあえて、「紙の本」を行きつけの書店で注文しようと思っていたら、なんとその本屋も来年では閉まるらしい。困った時代だ。文明再建はデジタルの波で邪魔されてしまうらしい。

「コミックのサイトはこちら →
https://comic-gardo.com/volume/4856001361321536399

原作の特設サイトはこちら →
 https://over-lap.co.jp/narou/865545739/

食べ物レポート, 小売外食業の理論

町中華と麺専門店の立ち位置

山田太郎 酸辣湯麺と鳥唐揚げをセットにしてみた

山田太郎という麺専門店では、定食メニューも存在する。サイドメニューである唐揚げや餃子を定食にして販売している。ただし、これはあくまでも麺業態の余儀であり、飯屋(丼飯とおかずの組み合わせ)になるつもりはないはずだ。
飯屋はすでに本業の山田うどんが、麺類専門店から定食+麺の店に転換して、おまけにうどん屋なのにラーメンを投入した業態変革を完了している。店名も「山田うどん」から「山田うどん食堂」になっている。個人的に見る限りでは、埼玉の最強定食屋ではないか。
その山田太郎で、微妙なサイドメニュー主役争いをしているのが餃子と鳥の唐揚げだ。どちらも人気商品だが、餃子のメリットは原価が低く抑えられるが調理時間が長いこと。唐揚げのメリットは調理に時間がかからないことだ。

サイドアイテムとして餃子に勝てるか

唐揚げの完成度はかなり高い。一般的に鳥唐揚げもも肉を使うことが多い。もも肉に生姜やニンニクなどを使ったタレに漬け込み味付けを施し、ボール状の肉塊をあげる。ただ、衣になにを選ぶかで食感はだいぶ異なる。そのあたりが、店のノウハウということになるのだろう。この店では比較的薄い衣でさっぱりとした感じになっている。
面白いのは唐揚げ単品を注文しても盛り合わせに野菜がついてくることだ。マヨネーズも付いているが、これは野菜向けではなく唐揚げ用調味料だと思われる。さて、この唐揚げと餃子、どちらがサイドアイテムの勝者なのだろう。値段は唐揚げ一個、餃子3個、どちらも140円という手頃な設定だ。実食した結果として、個人的には唐揚げが優勢になりそうな気がする。
複雑なメニュー構成を持つ町中華と比較的絞り込んだメニューで運営できるラーメン専門店では、オペレーションに求める基準が違う。専門店であれば、より単純な工程でできること、調理時間が短いことが重要だ。町中華であれば食数を稼げる低原価アイテムの存在が必須だろう。
餃子の王将が店内手作りにこだわっていたのは、この低原価維持にあったのは間違いない。(すでに餃子は手作りの方がうまいというのは伝説だろうと思っているので)

満洲の9月限定 辛い麻婆茄子

埼玉の町中華である満州は、店名にある通り餃子推しのブランドだ。基本的に全てのセットに餃子がついてくる。注文する客もそれはわかっている。餃子と合わせて食べることを前提に味付け、レシピー設計されているのだろう。
肉もりもり系のメニューが少ない。豚生姜焼きくらいしかない。チャーシューメンはあるが、チャーシュー単品は存在しない。つまり、肉を食いたければ餃子だよ、と暗に言われているのだ。牛肉を使ったメニューもない。昨年には好物だった鳥唐揚げも廃番にされてしまった。(これは悲しい)
つまり、山田太郎とは全く異なる方向感で、餃子専門で唐揚げなしのブランドとして構築されている。月替わりメニューも基本的には野菜が主力の料理になっている。
実に戦略的なメニュー企画、商品開発だろう。町中華でありながら、極めてファストフード的発想でメニューとオペレーションを組み立てている。業界の教科書的存在だろう。

コロナを乗り越えた外食企業の戦いは、値上げと客数減少の防止という二律背反する課題を解決することだ。次の生き残りステージでは、勝ち組同士が激突する。(コロナで生存失敗したブランドはそろそろ淘汰が完了するので)
それを横から観察するだけというのは、楽しいのか悔しいのか、ちょいと微妙だけれど。

食べ物レポート, 小売外食業の理論

しばらくぶりの山田太郎

ふと思い出して、山田うどんが経営する山田太郎に行ってみた。おそらく半年ぶりだと思う。面白いことだが、この店はほぼ2ヶ月に一度新メニューを投入してくるのだが、個人的な感覚で言うと当たり外れが大きい。ただ、新メニューを食べてみて気に入らないとしても、後悔するような大ダメージは受けない。商品開発者の意気込みが空回りしているなとか、味のバランスが偏ったのかなとか、あれこれ想像することで流している。チャレンジは大事だと誉めておく。
今回は、夏に合わせて(9月でもまだ猛暑日が続いているので)酸っぱ辛い麺を投入したらしく、それを食べてみることにした。
ちなみに、酸辣湯麺は他の中華屋でもよく頼むのだが、店によって駄作が多いメニューの典型だ。酸っぱ辛いが売れてるらしいので、うちでも作ってみました的な完成度の低い酸辣湯麺は非常に多い。確率的に言えば、ほぼ5割で「ダメ」に当たる。実に博打な食べ物だ。そして今回の勝負は、惜しいレベルで負けだった。

出てきた酸辣湯麺を見て、ああ、これは失敗だったなと直感した。見た目が辛そうではない。それだけで、この手の商品は客の期待を裏切るのではないか。麻辣系の坦々麺はビジュアル的には赤くないが、それでも辛さや痺れを想像してしまう。実際に食べると辛さと痺れで脳天を突き抜ける刺激がある。その経験値がビジュアルと味の差を許容すると言う、凝った設計の商品もあることはあるが。やはり、見た目と味が直結している方が、期待通りの味を保証する方が、大衆向けの店には必要だろうと思う。
つまり、酸辣湯麺は辛くて酸っぱいのだから(酸っぱいのビジュアル化は難しいが)、やはり見た目重視で赤くて辛そうでなくては困る。(個人的見解です)
食べた感想は、酸っぱいタンメン、チョイ辛にしてみましたといった感じだった。卓上にあるラー油をドバッと追加して、ようやく酸っぱくて辛いものに味変できたが………
やはり、「酸っぱい」と「辛い」はチューニングが難しいのだろう。カレー屋や辛いラーメン屋のように辛さを5レベルくらいから選べるようにする仕組みを取り入れた方が良かったのではないか。
まあ、あれこれ注文をつけたい変更点はあるが、あくまで個人の思考としてだ。埼玉タンメンの変形として設計されたはずだから、万人受けするマイルド指向が開発テーマなのかもしれない。辛さを追求するのであれば、辛味噌別添とか、選べる2種の唐辛子とか、もう少し捻りがあると良かったな。正直な感想だ。来年にはきっと改良版が投入されるだろうと期待しつつ。

開店当時は自分のスマホから注文する仕組みだったが、コロナ終息とともに使い勝手の悪いシステム(スマホは画面が小さいのでメニュー一覧が見にくい)から、普通のタブレット注文端末に変わっている。
この画面構成が他のラーメンチェーン店よりわかりやすい。同業と比較すると、埼玉が誇る二大町中華チェーンでは、この部分が立ち遅れている。一つはいまだに紙メニューしかない。もう一つでは画面が単調でうまそうに見えないと言う根本的な欠点がある。どちらも、改良に頑張ってほしいものだ。

注文タブレットの下には、紙メニューがしっかり存在していて、従業員が口頭で注文を受けてくれる。すでに、非接触とか隔離とか言う言葉は死語になっているようだし。経営的にはオーダーエントリシステムかタブレット注文か、どちらに限定したいだろうと容易に想像できる。ただ、どこのレストラン、食堂チェーンでもこの注文の仕組みの二重構造は撤去していない。典型的な二重投資になっている。
これもそろそろ見直して良い頃ではないか。写真入りのメニューブックはスカイラークが元祖だったらしいが、すでに50年が経過した古典的なシステムだ。団塊の世代と言われたボリューム層もすでに人生の最終期に入り、後期高齢者として社会活動が鈍っていく。団塊世代に向けた様々な仕組みや対応はそろそろ見直す時期だろうと思うのだけど。

食べ物レポート

辛いラーメン あれこれ

狭山市民会館の中にある喫茶レストランにて クロチョンラーメン

ラーメンとは不思議な食べ物で、専門店が多いが、ふらりと入った町中華の店で絶品のラーメンに出会うことがある。喫茶店でラーメンが置いてあるのにびっくりしたりもするが、そんな店が予想外に旨かったりする。
今回は市民会館のレストランという食べ物屋としてもかなり穴場な場所で、個性的なラーメンに出会った。単純にいえば「辛いラーメン」ということになる。辛さは5段階あり好きな辛さを選べる。とりあえず初回なので2辛にしてみたが、これも思ってた以上にマイルドというか程よい辛さだった。
房総の先の方の町に、山の中の一軒家ラーメン屋があり、そこのラーメンがアリランラーメンという。辛いニンニク味が特徴だが、そのアリランラーメンと食べた感じが似ていた。名前にあるクロチョンという不思議な言葉は、どんな意味があるのだろうか。
食べたのは醤油味だが、味噌味もあるようなので、次はレベル3辛で味噌味を試してみたい。ちなみにこの店の推しメニューはナポリタンらしいが。なにやら昔懐かしい味のような気もするのでそそられる。ラーメンもかなり高いレベルだと思う、

満洲の旨辛菜麺 ちょっと辛い

二軒目。満洲の夏キャンペーンは9月に入ると終了して、秋茄子メニューに変わっていた。ナスが乗った麺もあるかと思ってのこのこ出かけたが、どうやらナス料理は単品だけらしいので、満洲特製の辛いラーメンを注文した。これが辛いという人は、相当辛さに弱い人種だろう。ピリ辛というよりほんのり辛いみたいな感じがする。おそらくトッピングの野菜炒めが辛さを吸収してしまうからだ。
他のラーメンチェーンではもう少しストレートに辛さを追求している気がするが、どうも満州は子供でも食べられる辛さを指向しているようだ。玄米の使用や野菜産地にこだわるあたりが、町中華としては微妙に変わった店という印象がする。
おまけに、町中華としてはメニューの絞り込みがすごい。ほとんどファストフードだ。それでも高齢者を中心としたコア客層を捉えているのだから、外食企業の商品戦略としてはお手本みたいなものだ。
月一のキャンペーン商品も数年間通して見れば、これまた月替わりのルーティンで年間の出し物が決まっている。ここ2・3年、ほとんど新しい商品は出てこない。また今年もやりますよ的な、ファストフードの月見商品のような、年間定番の出し入れローテーションを守っている。

この辺りの匙加減がオペレーションを救っているのも確かだから、普通の大衆向け飲食店は満州に学ぶ点が多いだろう。客の視点からすると、うまい不味いよりも、そして珍しいものがあるかないではなく、好みの定番がいつでもある、という安心感が重要だ。普通にうまい、という言葉がぴったりくる。
旨辛菜麺、もう食べ飽きてしまったような気もするが、それでもよく注文するのが不思議。

食べ物レポート

東海道で特殊おにぎりを買う

東海道線で静岡県に入ると、静岡ローカルの弁当惣菜屋である天神屋に出会うことがある。静岡ローカルフードチェーンの二大巨頭、天神屋とさわやかが、なぜ静岡県の県境を越えて出店しないのか、よくわからない。どちらも戦闘力の高さでは定評があるし、食材が静岡限定というわけでもない。中華チェーンの五味八珍を加えれば静岡勢で関東郊外商圏を完全制覇するのも夢ではないと思うのだが。
その天神屋の名物らしい(ちょっと前まで知らなかった)たぬきむすびを手に入れた。名古屋の天むすは海老天が入ったおにぎりだが、こちらは天むすのエビ抜きというか、天ぷらの揚げ玉(天かすとは言いたくないので)だけをいれたおにぎりだ。お江戸の蕎麦屋でいうところの、たぬきそばをおにぎりに仕立てたという感じだろうか。
コメの中であげ玉が適度にふやけているので、たぬきそば的な揚げ玉のうまさがでてくる。具なしおにぎりなのだが、絶妙な旨みがある。これを開発した人はすごいなあと思うが、元ネタはやはり天むすだったのだろうか。
静岡人というか、駿河人の思考形態には何か独特のものがあるようだ。同じ静岡の中でも旧駿河と旧遠江では地域性が多少異なるようだが、それがミックスされ静岡県特有な大発明につながるのかもしれない。
そういえば、ヤマハもホンダも静岡生まれの企業だったような記憶がある。すごいなあ。

駅弁

東海道 各駅停車の旅で駅弁

どうも自分の日常行動範囲内にある場所で駅弁を買う気にならない。いつでも買えると思うこともあるが、駅弁はその味、うまさだけではなく旅の雰囲気(例えば車内で食べるとかお土産にして自宅で楽しむとか)を纏っているからこそのうまさだろう。
弁当単体として考えると、デパ地下で買う高級弁当よりも高いのだから、やはりそこに何某かの旅情的なものを求めてしまう。
だから、横浜のシウマイ弁当など頻繁に買い続ける駅弁は極めて例外で、それは駅弁というより弁当としての完成度、コスパを高く評価しているからだ。東京駅の駅弁を楽しむのは、やはり東京に新幹線でやってきた人たちの特権だと思う。首都圏に住む人間が東京駅で駅弁を買って旅に出るというのは、それとはちょっと違う駅弁の使い方ではないか。(個人的偏見です)
そういう観点で言うと、湘南の有名駅弁は確かにハンディキャンプがある。いつでも買えると思っている点と、知人友人が通勤で使っている路線で販売されている駅弁なのだと想像すると、いかにも日常性が強すぎる点が、駅弁としての評価を辛口にしてしまう。特に、湘南の駅弁は品川駅で買えたりするのだから、旅情というポイントはかけらもない。
それでも、たまにとてつもなく食べたくなるのは、やはり食べ物として高い完成度にあるからだろう。スーパーの惣菜売り場や、テイクアウトの寿司屋で売っている押し寿司とは一線を隠していると思うからだ。

酢で締めた魚の押し寿司を食事として淡々と食べると、すぐに食べ飽きてくるものだ。(これも個人的偏見です) 大阪でよく見かける押し寿司は、その点を克服するべく、具材を色々と変えた組み合わせで販売している。さすが、食文化のレベルが高い「なにわ商人」の感覚だと褒め称えたい。
それと、この大船の有名駅弁を比べるのも失礼な話だと思う。この押し寿司を弁当として考えるとコメの量が多すぎる。具材もアジと小鯛だけだ。ただ、酒の肴として考えると、これはなかなかレベルの高いつまみだ。そして、アジも大小サイズを使い分けているので、同じアジでも食べ比べができる優れものだ。
そのため、この押し寿司を車中で食べることはほとんどない。いつでも持ち帰って、家飲みをする時のつまみになる。普段の駅弁とは使い勝手が違うが、デパ地下でブース販売しているのを見つけると、ついつい買ってしまうのだから、駅弁の進化系というべきだろう。旅的要素を削ぎ落としてもうまいと感じるのは、シウマイ弁当と同じだ。そう考えると、東海道沿線の駅弁は、かなりレベルが高い。ただし、コスパは悪い。そこには目を瞑ることにしている。

しかし、よく考えると相模湾で取れるアジと駿河湾で取れるアジは、同じ味がする物だろうか。そんなことを考えついてしまい、次は駿河湾、つまり静岡県東部でアジを使った駅弁探索をしてみようかと思っている。

食べ物レポート

むさしのの名物で物申す

カレー料理は東西文化の融合が高いレベルで行われたことを意味する文化指標だ と言いたい

武蔵国とは、現在の東京都、埼玉県を合わせた地域になるはずだが、当時の都からみればほぼ地の果てだろう。北関東は下野、上野と名付けられているが、これは大和朝廷東征時代に「毛野国」があった場所だったそうで、そこが征服された後につけられた国名のようだ。「下の毛の国」がなまって「しもつけ」になり、「上の毛の国」が訛って「かみつけ→こうつけ→こうずけ」になった。
似たように大和朝廷の征服過程で統合された旧国名称が残されているのは、九州大分県周辺にあたる豊の国領土が豊前豊後となり、岡山県および広島県東部にあたる吉備国の備前、備中、備後のような感じだろうか。国名に滅ぼされた国の名称が残るのは、統合されたとはいえ、それなりに大国であったことの名残りだろう。非征服民への慰謝みたいな物だろうか。

僻地扱いされていた関東以北にある国は、いきなり「陸地の果て、国としては一番奥にある」などとこれまた酷い差別扱いで「陸奥」と名づける。大和朝廷のネーミングセンスは(統治センスも含め)、かなり低レベルというか繊細さに欠ける。
おそらく現在の宮城以北の諸部族、東北の地に住む先住民は、大和民族とは他民族と思っていた節がある。東征により従えた北関東までの国家群は、少なくとも同型民族扱いしていたはずだし、北関東に多数残る古墳群からは大和朝廷の影響が強く感じられる。尾張の豪族、信濃の豪族についてはまた別のストーリーがあるようだ。


話を戻すと当時の「武蔵国」は、今のように平野が広がっている土地ではなく、利根川、荒川などの大河川でズタズタに分断された「湿原」地帯だったようだ。農業先進地域である西国では、灌漑がすすみ治水事業も行われていたが、戦国末期まで武蔵国は湿原地帯、未開の地として放置されたままだったようだ。
だから、水がつからない場所、つまり台地や高地部分で麦作が盛んになった。他にもいくつかの要素はあるが、武蔵国と上野国では麦がたくさん取れ、それをうどんにして食べた。うどんは農業後進地帯のローカル食であり、米の代替食だったのではないか。などとあれこれうどんを食べながら考えていた。
生まれ育った北の島では、開拓当初の時期は米が取れないばよが多かった。先人の苦労で米の北限はジリジリと北上していったが、代用食として馬鈴薯、つまりじゃがいもが幅を利かせていた。
ローカルなじゃがいも料理(それも実に素朴で料理とは言えないレベルが多い)は、今ではすっかり観光客相手の売り物になっている。家庭の日常食としては衰退してしまった感がある。


じゃがいも料理とはまるで異なり、武蔵野うどんは今でも現役バリバリのローカルフードだ。つゆに入ったかけうどん的な物ではなく、もつけ汁で食べるスタイルが原型だが、そこからかなり派生的に「つけ汁のバリエーション変化」が生まれた。おそらく最初の頃は、出汁の効いた醤油味だったのだろう。それに、肉やらキノコやらの豪華な具沢山のつゆが加わったはずだ。つゆ革新運動?の流れにあわせて、カレー味は生まれた。蕎麦屋のカレー南蛮の直系子孫というか、丸パクリでしかないとは思うが。
だが、そのパクリ品が最近は実にうどんにあう、うまいと感じる。一番ポピュラーな肉汁うどんより、カレー味の方が料理としては一段レベルが高い気もする。カレー粉が一般糧に生で広がるのは明治後期以降らしいので、カレー味は比較的新規導入された物だろう。ひょっとすると昭和生まれかもしれない。

関東の蛮族と馬鹿にされていた大和朝廷の時代とは異なり、いまや武蔵国の文化レベルは格段に違うのだよ。というか、武蔵国が日本の文化を牽引している。その食文化の最高峰が「武蔵野うどん」というと言い過ぎか……………

「ところん」には武蔵野うどん伝道大使になってほしい

ちょっとだけ付け加えると、武蔵野うどんの中心地はどこになるかと問われれば、答えはいささか微妙になる。東京都下の多摩地区と埼玉県西部にある所沢狭山市周辺がうどん屋の密度が高い。武蔵国の時代には、地理的行政的境目がなかった一塊の地域であったせいもある。
周りに水田がないこと、地形が台地であることから当然ながら麦作地帯だったと推測できる。川越付近は(その昔は武蔵国の中心都市だった)周辺に大河があるので稲作が盛んだが、川から離れた地域、熊谷から行田にかけての内陸台地でも、うどん(小麦粉製品)はよく食されているらしい。(加須はうどんで町おこしをしている)

個人的には、旧武蔵国西部地域、つまり川越、所沢、熊谷、加須などが連携して埼玉うどん文化圏を名乗り、武蔵野うどんの普及拡大キャンペーンでもすれば良いのになと思う。
うどんは讃岐うどんだけではないぞ、という坂東武者の心意気(なんだ、それ)を見せても良いではないかと。だが、埼玉県庁に巣食う官吏は文化より経済、それも東京隷下での属国化を選んでいるようだ。
大和朝廷の時代から、地方官吏の考えは中央に媚びへつらう、変わりばえのしない物らしい。

食べ物レポート, 旅をする

新潟のカレー料理インスパイア

去年新潟に行った時には見かけなかった(見つけられなかった)、土産物の新作があった。一つ目は、バスセンターのカレー味という柿の種で、そもそもバスセンターの立ち食い蕎麦屋が万代そばという店名であると初めて知った。
食べてみると、確かに一般的なカレー味のスナック菓子より甘さが感じられる。独特なカレー味で、言われてみればこんな味だったかなあと納得する程度には似た味わい?がある。
新潟は柿の種の本家本元がある土地柄だから、こういう変わり種柿の種も人気がありそうだ。お土産にすると、バスセンターのカレーの蘊蓄を語るきっかけにもなるし、手頃な土産物と言えそうだ。まさに、手土産には好都合な、お手頃な一品だ。一家に一袋的な感じだと思う。
新潟から帰る時の新幹線で、これをつまみにビールを飲むという状況を考えてみれば、これまた実にぴったりする優れものだ。

これも今回初めて知ったものだが、新潟では有名なカレー味のとり半身唐揚げが、ローカル名物として存在している。一度食べてみたいと思ったが今回は機会がなかった。次回はぜひ挑戦したいものだが、そのカレー味唐揚げを再現したもののようだ。
これもその鳥唐揚げ専門店の監修だということだから、食べた感じから元の唐揚げの味を推測すると、かなり辛めでスパイスが尖っている味付けのようだ。ガラムマサラ系のスパイシーさが強いのではないか。
カレー味のスナック菓子としては、相当に辛めの設定になっている。車内でビールのお供というより、家飲みの時に箸でつまみながら(手が汚れないように)、ハイボールでも飲むのに合いそうだ。
今回は一つしか買ってこなかったのが残念だ。いくつか買い置きをしておきたい代物だが、これは新潟でしか売っていないだろうな。
最近、あちこちで亀田製菓製のローカル味小袋スナックを見かける。全国のご当地名物をコピーした商品は、地元+観光客土産として市場価値があるからだろう。
おそらくコロナ環境下での観光業不審も影響していたのだと思うが、なかなか目の付け所が面白い。ご当地版キットカットはかなり昔から存在していたが、コメ菓子の方がより人気になりそうな気もする。
しかし、新潟市民はそんなにカレー味が好きなのだろうか