食べ物レポート

新商品を食べてみた

いつもお馴染みの埼玉県発の町中華、日高屋でこの秋の新作を食べてみることにした。似たようなラーメンは他のチェーン店でも販売しているから、ちょっとした食べ比べ気分だ。
肉そばの定義がどんなものかはわからないが、個人的にはチャーシューの代わりに豚肉の生姜炒めのような味付き焼き肉が乗っているものだと思っている。だから、ビジュアル的には茶色一色で、「そそられる」感じはしない。ところが、今回は黄一点(紅一点ではなく)でゆで卵の半分が乗っていて色気を出していた。ちょっと、やるなあ。
味付けは、シンプルな醤油味という感じだが、普通の醤油ラーメンとは違っている。最初に見たときは、サクッと食べていけそうだったが、思いのほか手強い原因は脂身の多い焼肉のせいだ。脂っぽさと量が多いことのダブルパンチで、胃袋にはなかなか厳しい。まあ、これが好きな人にはたまらない「肉感」なのだろう。普通に美味しくいただきましたけど、完食するまでは大変だった。

ポスターと同じビジュアル

その後で気分を変えて野菜炒めを食べようと思ったのだが、これまた急に気が変わりキムチ味のバクダン炒めにしてみた。
これもいつものことだが、バクダン炒めは作り手によって味も見栄えも全然違う。同じメニューでも店ごとに味が違うというのはチェーン店アルアルだが、バクダン炒めに関しては、店ごとどころか作り手によって全く変わるびっくり箱みたいなメニューだ。

茶色い野菜炒め?

今回もその期待を裏切らず、これまで見たことがないハイレベルのものが出てきた。バクダン炒めは、基本的にキムチ味なのでルックスは赤い(はずだ)。肉の量はその日によって違うが、キムチが多めの場合は肉が少なくなっている気がする。
今回は、まず赤くない。おまけにキムチ味は薄めで辛味も控えめ。そして、肉の量が通常の倍くらい入っているような感じがした。肉野菜炒めの、肉増量バージョンといった感じだろう。今まで食べた中でも、一番の変わり者だった。
ただ、バクダン炒めの「日によって変わる味」を非難するつもりは毛頭ない。逆に、今日はどんなのが来るだろうと毎回楽しみにしている。しかし、その予想を超えるものが出てくるとため息が出る。(ほほう、今日はここまで来るのか、これはほぼ北極まで来た感じだな、などと感心させられるからだ)
町中華の楽しみ方はいろいろあるが、一つのメニューを食べ続けると、初めてわかる(たどり着ける)奥義があるのだ。(奥義習得者として威張らせてもらおう)

でも、奥義を極めるのに気を取られて食べすぎた。

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すすきの マティーニ・ナイト

スタンダードなマティーニ うまい

北の街で有名な老舗のバーに来たのは半年ぶりだった。前回はかなり渋めのアイラモルトを飲んだ記憶がある。今回も、例のヨードチンキ臭い酒を飲むつもりだったが、ふと気が変わりカクテルにしてみた。ついた席がカウンターで、シェイカーを振るバーテンダーの姿が目に入ったからだ。
あまり深く考えず、マティーニにしたのは口当たりの良さと、本格的なカクテルにしたいかったせいだ。カクテルのお作法として、冷えたカクテルグラスについた水滴が、滴り落ちる前に飲み干すのだそうだ。そんなカッコ良いことを、教えてくれた先輩はいない。そもそもバーに連れてきてくれるような小粋な先輩に出会ったこともない。バーは全て一人歩きで覚えた。
この飲み方もカクテル関係の本を読みあさった時に覚えたことだ。確かに水滴がこぼれるほど時間が経つと、冷えたカクテルがぬるくなる。それはまずい。

ウォッカマティーニ・オンザロック アメリカのバーでは普通に頼める


お江戸のバーでそんなことを考えながら、くいくいと3杯ほど違うカクテルを飲んでいたら、年配のバーテンダーに呆れられたことがある。やはりカクテルはビールのようにグビグビ飲むものでもないのだ。

二杯目は、ウォッカベースのマティーニをロックにしてもらった。味変という意味もあるが、カクテルグラスで飲む二杯目はちょっと酔いが厳しい。ロックで少し薄まったものの方が優しい気がする。
マティーニといえば世界的に有名な大英帝国の諜報員が好んで飲む酒だが(映画の中で)、あのレシピーはかなり特殊で、バーに行って頼むものではないような気がする。相当にスノッブな飲み物だ。あの女たらしの情報員はただのアル中オヤジなのかもしれない。しっかりとしたバーでは諜報員スタイルのレシピーでも作ってっくれるはずだが、気恥ずかしくてそれを注文したことはない。

強めのカクテル二杯で締める夜は、なかなか深いものがあったのだよね。

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そばフェス 会場を見てきた

大通公園でのイベント、そばフェスは今年が初めての開催とのことだ。北海道は日本有数のそば産地だが、国産蕎麦はなかなかお値段が高いので、国産蕎麦粉を使った蕎麦はもはや高級品だ。北海道産蕎麦粉など滅多にお目にかかれるものではない。それをイベントでやってしまおうというのは、なかなかの心意気ではないか。
似たようなイベントとして長野県松本で行われる蕎麦祭りがある。今年で17回を迎えたようだ。松本城のある公園で全国各地の有名蕎麦処からも出店される賑やかなイベントで、コロナ前は毎年のように通っていた。蕎麦フェスも同じように長く続いて欲しいものだ。

10月下旬、新蕎麦の時期の開催は、北の街でもギリギリのタイミングだろう。この時期を過ぎると、外では蕎麦を食べる気が起きないほどに冷え込む。

この時期は一斉に紅葉が進む。一週間あれば街の彩りが変わるほどだ。ただ、今年はたまたま暖かい天候に恵まれたようで、大通公園を歩いていると軽く汗ばむくらいの気温だった。ただし、その3日後にはダウンを着て歩く人もいたので、気温が急激にアップダウンしていたのだけれども。

蕎麦を食べるにはチケットを買い、それぞれの産地が出しているブースで蕎麦を手にいれる。今年が第一回なので、どの店の蕎麦(どの産地の蕎麦)を選ぶかの情報が全くない。
記憶の中にある蕎麦の名産地といえば、幌加内、江丹別、新得(北海道的難読地名で、ほろかない、えたんべつ、しんとく)だが、そこからも出店されている。
蕎麦という料理は簡単そうで、実は蕎麦とツユの合わせが難しい。蕎麦はうまいがツユがね……………という店も多い。特にツユの味は絶対的な美味さというものが存在しないようだ。地域の好みで味が違っている。昆布出汁が強かったり、甘味が強かったり、あるいは塩味控えめであったりするので、地方によってはこれが蕎麦つゆなのかと思うほどの変化がある。だから、自分の好みを押し付けてもいけない。
個人的には、お江戸の蕎麦屋はやはり味が濃過ぎる気がする。味のバランスとしては「長野県中央部 松本付近」の蕎麦とツユの組み合わせが良いと思うのだが、それも個人差というものだろう。経験的に北海道ではツユに特徴がある蕎麦店・地域は少ないように思う。

この時期なので、テントは風除けの覆いがあり、なんと室内には石油ストーブが設置されている。耐寒設備としてよく考えられているとも思うが、なんだか避難小屋での緊急食堂みたいだなとちょっとおかしくなった。
全体的に働いているスタッフがほぼ全員、若い方だったのも意外だった。偉そなおっさんもいないし、確かに蕎麦祭りというよりそばフェスという言葉が似合っているスタッフだった。

蕎麦と酒がセットで売られているので、蕎麦以外にも酒のつまみ対応の出店があるのが嬉しい。ただ、夕方からここに来て酒を飲むのは、相当に防寒対策をしたとしても覚悟がいる。おそらく震えながら蕎麦をたぐった後、暖房の効いた居酒屋に逃げ込んで二次会ということになるのだろう。まあ、それも北国の「寒い」秋の楽しみ方というものか。

個人的には、夏の公園ビアガーデンよりも楽しみ甲斐があ流と思うけれどね。

食べ物レポート

鮨ランチは、満腹でした

北の街でお昼に密会?する?には好適地 よくお世話になってます

北の街でランチをやっている鮨屋は多いが、ビジネス街で週末にランチ営業している店は貴重だ。週末に人と会う時にはよくこの店を使うのだが、個室があるので密談向きなのだ。
本店は昔から、夜の遅い時間にお世話になっているが、昼時であれば駅前通り沿いにあるこの店を使うことが多い。意外と外人観光客が押し寄せてこないところも気に入っている。近頃では珍しい喫煙可能店なのだが、思いの外タバコの匂いはしない。

ランチセットは実に大盛りな組み合わせで、まずは茶碗蒸しとそばが出てくる。これがアペタイザーらしいのだが、これまではランチセットを頼んたことがないので、このボリューム感は知らなかった。

なんだか色のバランスが取れていないような気もする

ランチセットは松竹梅があるのだが、値段とともに鮨の貫数が増えるので、松を頼むと食べきれない量になる。おまけにシャリ玉も大きめなので、よほど腹ペコでない限りは竹で十分だ。
昔は松竹梅の梅(つまり安い方)を頼むと、鯖とイカとタコが入っていた。好物のネタを食べるには松とか竹を注文してはいけなかったの。その記憶を頼りに、とりあえず安いセットものを注文してイカとサバをゲットし、そのほかに食べたいものがあれば単品追加をしていた。
今回も竹を頼めばイカやサバくらいは入っているものだと思っていたら、何とどちらも見当たらない。おやまあ、鮨ネタのランキングはとうなってしまったのだろう。
北の街来てまでわざわざマグロを食べる気もしないし、かといってサーモンは鮭とは違い、すでにほぼ完全輸入食材だ。日本中どこで食べて同じ気がする。マグロとサーモンが主役とは、地元民にはあまり気にならないのだろうけれど、こちらにはおおいに気になるネタの組み合わせだった。食べるのであればイカと鯖は追加注文するしかない。
時間をかけて完食したが、予想通り動くのが嫌になるくらいの満腹感だった。追加など考えたくもない。おまけに、何と食後にコーヒーが出る。鮨にコーヒーねえ、と思いつつも初めて鮨屋でコーヒー飲んでみたら、意外と本格的なものが出てきた。酸味が強いのでモカが多めのブレンドらしい。このコーヒーのこだわりはすごい。が、鮨の後に残る味としては微妙な感じもする。ただ、これが北の街ではビジネスランチとして成立しているのだ。うーん、なるほどね…………という感じがした。

たまには好きなものを食い散らかすのではなく、定番ランチを試してみるのもお勉強になるなと思った。でも次回はランチセットではなく単品注文するぞ。

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この葡萄が食べたいからの妄想

種アリなので不人気らしいが、

お江戸の周りではほとんど見かけない「キャンベル」と言うブドウがある。小樽周辺ではこの葡萄を栽培する一大産地があるので、地元では一般的な葡萄だ。糖度はとても高い。巨峰などの大粒ブドウよりよほど甘味があると感じる。(糖度を測ったわけではないのであくまで感覚的なもの)
このブドウを使ってワインが作られているのだが、仕上がりがちょっと甘めというか,ワインというより葡萄酒という言葉が似合う。ワインは葡萄で味が決まるのだが、ヨーロッパ系のワインとは随分と違っている。
甲州や信州でも地元特有の葡萄を使ったワインが製造されているが(こちらが日本ワインの本場だ)、出来上がったワインは酸味がキリッとしたヨーロッパ系ワインに近い味がする。

ワイナリーの社長に聞いた話だが、同じ品種でも土地によって葡萄の味は微妙に変わるそうだ。だから、いくつかの畑で取れた葡萄を使って原酒(原ワイン?)を作り、それをブレンドすることで味に幅を持たせる。フランスのボルドーなどは、数ある名シャトーでそのブレンド技術が一子相伝みたいなものになっているらしい。
だから、このキャンベルという葡萄を使ったワインも、もう少し幅が広げられるのではないかと、ずっと思っていた。

葡萄の栽培はまさに惜しげもなく人手を投入することが必要な農業らしいが、生の葡萄を売るのではなくワインに加工することを起点として、高付加価値を生み出す「新型農業」の取り組み方にかえられないだろうか。
最近では夏の気温上昇のせいで、本州の葡萄産地がじわじわと北上しているが、そのため北海道で葡萄栽培をはじめるワインの作り手も増えている。
生の葡萄であれば、移送の問題(移動中に粒が落ちてしまう)がある北海道は首都圏向け販売には不適地になる。キャンベルがお江戸で食べられないのも、まさにそれが原因だ。だが 、ワインという加工品にすれば輸送問題は心配無用になる。

どうも葡萄農園も跡継ぎ問題が深刻なようなので、一時期はやったクラフトビールで町おこしより、カリフォルニアのワイナリー的に6次化された農業・工業・商業複合体ビジネスを北の大地で生み出せないものかと思った。
農業福祉連携法人にして、社会的弱者の自立支援と徹底した機械化による効率追求を合わせて行う。収益あるビジネスにして永続化させる。補助金で持たせるのではなく、儲かるから続けられるというのが重要なポイントだ。ちなみにカリフォルニアのワイナリー経営は社会的経済的に大成功した「成り上がり者」が目指す最終ゴールらしい。日本の金持ちも、北海道でワイナリーを持つという夢・理想を抱いてくれないかな。

何を食べても酒がらみのビジネスしか思いつかないというのは、我ながら呆れてしまうが、地域おこしというより北海道という土地だからできるビジネスとして大規模ワイナリーを……………という妄想をしてみました。

街を歩く

老舗ラーメン屋で衝撃

北の街でラーメン屋に入ると出てくるのはサッポロビール優先か?を確かめるため、老舗中の老舗ラーメン店に潜入してみた。そこで発見した衝撃的な事実は……………

なんと、ついにラーメン一杯1000円時代になってしまったという事実た。原宿で見かけたブティック系ラーメン店は1000円を超えた値付けをしていた。それをみた時、「ああ、ついにこの時代が来たか」と思ったことはある。が、場所が場所だけにこの値段もしかたがないかとも納得した。
新興ラーメンチェーンで、全部盛りトッピングを注文すると1000円超えることは、いまや当たり前になったのでラーメン1000円越えは珍しくない。
しかし、お江戸と比べてそこそこ物価が安い北の街で、ついにプレーンなラーメンが1000円超えとは………
時代の変化をしみじみと感じてしまった。もう一つ衝撃を受けたこと、辛味噌ラーメンが追加になっていた。老舗も変化していかなければ生き残れない。
時代の変化とは、これだろう。味噌ラーメン発祥の店ですら、味噌から辛味噌にトレンドが移っているらしい。あれこれショックだった。

普通に醤油ラーメン

この店のラーメンは、表面を厚く油が覆っているので、湯気が立たないがスープはとてつもなく熱々の一杯だ。食べると危険レベルの熱さだが、そこが良いのだ。普通のラーメンを注文してもチャーシューがたっぷり乗っているので、チャーシューメンは頼んだことがない。しみじみとこのラーメンがうまいなと思う。自分の好みでもあるが(それを押し付けるつもりはなく)、いわゆる万人受けするスタンダードな「北の街醤油ラーメン」だ。

本来の目的はビールのブランド確認だったのだが、やはりサッポロだった。クラシックは良いのだが、缶ビールというのはちょっと寂しいかも。何よりも、ラーメンのボリュームが多いので、ビールと合わせるとはち切れそうな満腹感になる。ごちそうさまでした。

追加で一つ
隣に修学旅行できたらしい制服の女子高生二人組がいた。いわゆる西国訛りがあるので地元民ではないのは明らかだ。その二人が一つのラーメンをシェアして食べていた。コロナの最中であれば、ありえない光景だろう。箸をつける前に綺麗に取り分けて食べるのではなく、一人が丼で食べているものを、小丼に時々移し替えるというやり方なのだ。
しかし、カウンターの上にはコロナの名残でパーテーションが残されている。ラーメン専門店で一杯のラーメンをシェアするという食べ方も衝撃的だが、あの狂気のようなコロナ対策は衛生観念に何の変化も及ぼさなかったことが、もっと衝撃的だった。

街を歩く

文化の日なので考えたこと

ススキノの渋い炉端焼き居酒屋で飲んでいたら帰り際にビールをもらった。開店60周年なのだそうだ。店内カウンターの写真をラベルにして貼ってある。クラフトビールメーカーっぽいなと思って裏のラベルを確かめたら、なんとサッポロビールのものだった。大手メーカーがよくこんな細かい仕事をするなと思ったが、よく考えれば地元なのだから、こうした需要は多いのだろう。
お江戸界隈でもこんなサービスをやっているのだろうか。随分と昔だが、金婚式の写真、もちろん夫婦の並んだ姿をラベルにしたワインをもらったことがある。その方が支援していた、今でいう農福連携(農業と福祉)のワイナリーで作られたものだった。そこから連想してあれこれ考えてしまった。

このような記念品需要、つまり極小ロットでの生産になる特需商品は、生産効率を考えればとても間尺にあった商売ではない。大手メーカーは手を出さない分野だろう。だが、確実に需要のある隙間分野でもある。
メーカーの論理として、効率を追うために械化をするのが一番最初の経営努力だ。結果として、大量生産すれば価格も抑えられる。大量生産、大量販売が前提とされるものづくり、これが近代資本主義というものだ。
ただ、人手をかけても喜ばれるものづくりをする、商売をするというのが、大量生産の反対側に存在する。一点もののブランド品のような高付加価値商品で高価なものが典型的だ。

ただし、安くて便利な大量生産品と手作りの高額品、そのどちらとも異なる「手間暇をかけることに意味があるもの」を作り出す第三の道があるのではないか。それは安くもないし大量にもできない製品になる。
例えば宅配便会社の会長が引退した後に始めた、知的障害者を従業員とした製パン業のような事業の形がある。この事業の生み出すものは、一つではない。結果的に美味しいパンを社会に提供するのだが、一番大切なことは障害者に普通の賃金を支払う事業体を生み出したことだ。最大の製品は社会的な雇用の受け皿作りだろう。
社会全体の中で弱者も共に生きる術を生み出していく。はみ出しもの扱いされている者を受け入れる場をビジネス的に成立させる。ボランティアではなくビジネスだからこそ永続させることができる。これまで不遇な扱いを受けてきた社会的弱者に対して、自立のための手段・職を作り出すことを目的とした、第三の事業形態だ。
大量生産で作られ安いか買うでもなく、こだわりの高価な一品を買うでもなく、社会を支えるために買う。近代資本主義の進んだ先に生まれる「共生支援」事業体とでもいうべきか。農福連携はその典型的な形なのだと思う。

人口が減り社会を支える仕組みが急速に変わっていく、この先の日本では必要な考え方のように思う。働き手が減り高齢者の活用などという戯言を言う前に、農福連携のような仕組みづくりを考える政治家(政治屋ではない)はいないものだろうか。
ここまで円安が進めば、日本へ出稼ぎに来る外国人労働者は激減するはずだ。究極の人減らしにつながる多機能ロボットの開発にも、あと20年くらいかかるだろう。アトムは2000年ではなく2050年くらいに生まれるはずだ。「共生事業体」は、その隙間をつなぐことができるのではないだろうか。

一瓶のビールをきっかけに少しマジめなことを考えてしまった。

街を歩く

街角の風景 あれこれ3題 

ソフトドリンク自販機の側面に描かれている

夜景文化発祥の地、とは知らなかった。他の夜景で有名な都市、例えば神戸とか函館では、この札幌の主張に対してどういう言い分があるのか聞いてみたいものだ。夜景の認定組織はあるように記憶しているが、夜景文化となると認定組織はないだろうなあ。
ただ、この推しスポットは全部行ったことがある。それも、同行者ありで。若い頃は、あれこれ煩悩に紛れて活動していたのだなあ、と遠い目で空を眺めてしまった。
ちなみに藻岩山中腹にある、夜景を見るためだけ?に存在する、照明のないバーには一度も行っていない。ぜんぜん予約が取れなかったせいだ。今更行く気にもならないからそれはそれで良いのだが………

警察署の隣で、ビルの解体工事が続いている。夏に来た時は、ビル全体が見えていたが、もう3階分くらいの高さしかない。作るより壊す方が簡単なのだな。
来年には解体終了するだろうが、その後また基礎から積み上げてビルの再建設が始まるはずだ。ここには、日本一SDGsに逆らったビル建築現場として記念碑でも残しておくべきでは、などと考えます。

これもまた不思議な表現で、今では喫煙者の中にも二種族がいるのだなと理解した。被差別者?の中にも、より差別される一族が存在するとは………
ただ、ピクトグラム(イラスト)が、喫煙者でもよく分からんのではないかというほど一般的ではないのに笑ってしまった。電子タバコの接種器?は、TVCMで見たお尻の病気の薬に見える。
ともかく、ある種の切実なニーズがあるということはよくわかった。

街を歩く

ごま蕎麦と天ぷらで

北の街で都心部のあちこちにあったゴマ蕎麦屋の支店が、ビルの建て直しなどの影響でどんどん減ってしまい、ちょっと困った事態になっている。それでも、学生の頃から通っている店はいまだに健在で、そこでちょいとそばをたぐる気になった。
長めの散歩をした後なので、休憩も含めての蕎麦タイムになったが、注文するのはいつものもりそばだ。
冷たい蕎麦の王者といえば納豆そばであると信じている。昼に食べるのはこれに限ると思っているのだが、サラッと行きたい時にはやはり「もり」になる。そばを楽しむには、シンプルなものほど良い。料理としての蕎麦であれば、カレー南蛮やおかめそばだろう。豪華さを味わいたい時には、天ざるとか鴨せいろになる。ただ、もりそばはつゆと蕎麦の真剣勝負なので、店の格はここに出ると思っている。腹に余裕があれば、森戸かけを順番に頼む。かけそばの方が出汁の具合がわかりやすい。

この店は蕎麦つゆをケチらないのが良い。そばをザブンとつゆにつけても足りなくなることはない。蕎麦の名店は全国あちこちに多いが、胡麻を練り込んだ蕎麦はあまり見かけない。そういう意味でこの店は貴重な蕎麦屋なのだ。最後に蕎麦湯でつゆを割って楽しむのを覚えたのもこの店だ。蕎麦湯を飲みながらぬる燗で締める。

歳をとって覚えたのは、そばにはぬる燗という注文の仕方で、これはビジネスタイムのランチではない時にできる楽しみ方になる。流石に仕事の時の昼飯では、和風ファストフードとして蕎麦屋を使うから、酒はなしだ。
最近では、蕎麦屋の楽しみは蕎麦なのかぬる燗なのか、微妙になってきたが……………
蕎麦が来るまでチビチビと酒を舐めている時間が楽しい。

いつものゴマ蕎麦屋の後は、立ち飲み屋に寄ってみる。この店は小樽の有名食堂が出した支店で、焼き鳥とおでんを楽しめる。おでんもうまいが、おでんの出汁が染み込んだ大根を天ぷらにしたものがお気に入りだ。最初の注文をぬる燗と大根の天ぷらにして、後はのんびりあれこれ考えながら注文する。凝った料理は置いていないが、酒飲みの肴としてはよく考えられているラインナップだ。自宅の近くにこんな店が欲しい。

ちなみに歳をとったから淡白なものばかり食べているのかといえば、全くそんなことはない。枝豆に冷奴で肴は十分という「オヤジ・ジジイ」もよく見かけるが、全くそんな嗜好になることはない。まあ、好きなものを好きなだけ食べるのが幸せというものだから、枝豆に冷奴を否定するつもりはないが、決して同調はしない。
飲む時に肴をシェアするのも嫌なので、同行者が食べたいといえば一皿ではなく二皿注文する。もうあれこれ周りに気を使うのも飽き飽きしていることだし。

一人飲みにこだわるのは、案外とこれが理由なのかもしれない。わがままなのは間違い無いと思う。

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行列のできる自販機

JR札幌駅の改札口を出たところで、長い行列ができていた。気になって行列の後ろまで確かめに行ったら、何と愛用のサンドイッチ屋が駅の中に自動販売機を置いたらしい。昼のピークはとっくに過ぎただろうという時間だったが、その時点で十人くらいが並んでいた。
案内板を見ると、どうやら一時間待っても買う人がいるらしい。住宅地の外れにあるなじみのサンドイッチ屋がすごい人気者になっていた。
実はこの店の本店も、いつ行っても行列ができる繁盛店だ。普通に10−15分は待たされる。夕方に行った時には30分近く待ったこともある。だから自動販売機でも待ち時間があるのは不思議ではない。
行列の理由は、メニューの種類が多い、お値段が安い、作りたてで美味しいとまさに三拍子揃った優れものであることだ。

行列の長さを見ると、商品補充の回数が多いのもよくわかる。しばらく並んでいる人たちを見ていたが、だいたい三個ほど買う人が多い。お土産なのかもしれにない。自分で食べるのであれば3個は多いだろう。具沢山のボリューム満点なサンドイッチだ。これを食べるとコンビニでサンドイッチを買う気がなくなるほどの逸品なのだ。バッグから白い買い物袋を取り出す常連らしき人もいた。

夜も更けてくると流石に客も減るのか、商品がたっぷり入っていたが、昼頃にはほとんど在庫がなくなっている。面白いのはサンドイッチが何の法則性もなく並んでいることだ。たまごサンドやポテトサンドなどは人気商品なのだが、何段にもわたってバラバラに置かれている。上段のポテトサラダが売り切れていても最下段に残っていたりするので、よく注意して在庫を確かめないといけない。つまり商品を選ぶのに時間がかかる。この辺りは改善してもらいたいなあと思うが、そうなると売り切れるのが早くなりすぎて、補充の頻度が増えるから忙しくなりすぎるのを避けるためではと、勘繰ってしまった。売れすぎも困ったものらしい。
帰りの電車に乗る前にこの自動販売機を覗き見する癖がついた。タイミングが合えば行列が途切れていることもあり、夜食がてらに一つ、二つ買うのには都合が良い。
しかし、この行列のできる自動販売機の人気はいつまで持つのだろうか。次に見に行く時までにも、おそらく行列が途切れることはなく、二台目の販売機が設定されているような気がする。