旅をする

国宝の城 文化の極み

日本に残る城は(正確には城跡は)数万とも言われる。廃城になった後、草木が茂り山に帰ったような場所が大半だ。そんな場所でも現地に行くと、堀の跡などが地形に残っていて、ありし日の姿を思い浮かべるというリアル+バーチャルな体験を同時に行うのが、城マニアというオタク界の一角を占める勢力の独自な楽しみだ。
その在りし日の姿を思い浮かべるには多少なりとも専門知識があった方がよい。最低知識として戦国前期から江戸時代初期にかけて、最も先頭的な時代に進化した築城術の理論だ。例えば石垣の石の積み方で、最初はそこいら辺に転がっている石をパス流のように組み合わせて石垣を作っていた。それが時代が降るにつれ、石を整形してより頑丈で、より攻めにくい形に変えていった。
自然の石は凸凹しているので、よじ登る時の手がかり足掛かりが豊富だ。それを整形して平面加工すると、よじ登ろうにも手がかりがない。そんな仕掛けがどんどんと進んでいったのが戦国末期の城で、完成系は戦国時代の学習が最大限に生かされた江戸城だろう。
そして、西国に多く残されている築城された当時そのままの城で、ダントツの美しさを誇るのが松江城天守だろう。勇壮さで言えば松山城だが、城としての景観として評価するのであれば、松江城を推したい。
これに匹敵するのは、長野県の松本城、そして姫路城くらいだ。これ以外の「大きな城」は、ほぼ全てが戦後に復元されたもので鉄筋コンクリートの耐火建築物だ。見栄えは良いが中身は別物よ、ということになる。ハリボテとは言わないが、城の外見をよそおった歴史オマージュとでもいうべきだろう。

松江城の美しさは、広い堀に隔たれた小高い丘の上に立っている城というフォトジェニックな構成にある。そもそも城の目的は、そこに立てこもり防衛戦を行うという純軍事的なものであったが、戦国後期以降は領地拡大で大規模経営に成功した地方の覇者が、領民や配下の武将に対して威圧的効果を持たせることが主眼になった。織田信長の岐阜城から安土城への引っ越しが、その転換を表す好例だろう。松江城も、その例に従って支配者の権威を知らしめるという目的が主だったようだ。

石垣に使用される石も、人の背丈を超えるような巨石を使うことで、「俺の殿様はこんな大きな石を運べるほど、力がある(人を動員できる)のだぞ」と威張ることができた。大阪城や江戸城では高さが3mをこえるような巨石がたくさん使われている。重機のない時代に人力だけで数tを超える巨石を運搬し加工するのだから、それはピラミッド建設みたいな大量動員工事だったのだろう。
ちなみに、大阪城は秀吉が作った巨大城は一度完全に埋められてしまい、その上に徳川家建造の大阪城が上乗せされたので、現在見る巨石も徳川家による大量動員建設だった。ただし、埋められた豊臣製大阪城の方がはるかに大きかったらしいが。

城を見にいっても、ついつい気を取られるのは石垣で、店主の中にはあまり興味がない。ただ、たまに内部に入るとほとんど垂直に立ち上がっている階段というより梯子がしんどい。登るのは良いが下りの時に足を滑らせたら酷い目にあうという恐怖心が、ついつい躊躇いになる。保存状態の良い城ほど中の移動は危ないのだ。暗いし……………。滑るし……………。

あいにくの曇りだったが、やはり日本有数のフォトジェニックな城だ。青空を背景にすればもっとバエルだろう。この美しい城に江戸期有数の茶人領主が住んでいたというのは(厳密には城の中に住んではいないはずだが)、なんとなく理解できる。
この街は現代日本では首都東京から離れた日本海沿岸の地方都市だが、古代から江戸期までは大貿易航路である北方航路を抑える主力都市だった。日本海沿岸に文化都市が多いのはその表れなのだ。京都という文化を消費するだけの街より、その伝播先で経済と文化を融合させた日本海諸都市が時代を率いていた。
戊辰戦争の後、東京という新興都市、成り上がり者の街を偏重する時代が始まったが、それはそろそろ終わりになっても良い気がする。松江からその動きが起きてこないかなあ。

食べ物レポート

ご当地おでん in 松江

松江おでんがどれほど有名なのかはよく知らない。出雲そばほどの知名度はないような気がする。それでも、この優しい味のおでんはなかなか記憶に残る。今回も久しぶりにおでんの名店を再訪した。
松江の街は松江城、県庁付近を中心とする旧市街と駅前を中心とした新繁華街に分かれているようだ。その中間を川が流れているので、川を挟んで南北に飲食店や飲み屋が固まっている。このおでん屋はその川沿いにあるので、よく言えば中間点だし、悪く言えばどちらからも遠い場所になる。結論から言うと、目的来店をする店、わざわざこの店にやってくる客が集う店と言って良い。
カウンター席に座ったが、従業員と客の対応を見ていると、やたら常連比率が高い気がする。

さて、松江おでんだがその特徴は………よくわからない。おでんの具は地方によって随分と異なる。食べ物界で言えばおでんはラーメンよりも自由なローカル・ルールで生きている。なんでもありだ。
お江戸で人気のちくわぶという粉物具材(魚の練り物ではない)は、西国には存在しない。北海道のおでん屋ではワカメがあったが、全国のおでん屋の中でワカメを見かけることは少ない。がんもどきはおでんの絶対定番だと思っていたが、がんもどき自体が存在しない地域もある。さすがに豆腐はどこでもあるが、はんぺんをおでんの具材に使うかどうかはやはり地域差があるようだ。今回の一番推しは「筍」だった。これは、うまいものだなと感心した。
出汁は甘めで色も薄い。昆布とアゴだしを使っていると思うんだが、これは西国の日本海側ではほぼ標準的な組み合わせのようだ。
大阪のおでん(関東炊きと言われるもの)も、西国版おでんとして色は薄いが味は濃厚だった。それと比べると、松江おでんは明らかに薄味、甘めの味付けだった。

追加の料理でイカの煮物を注文してみた。どうやらおでん出汁で煮込んだ気配がある。これも醤油で真っ黒になる程に煮込んだ関東風煮物を見慣れている目からすると、やたら新鮮に感じる。イカでも上品なルックスになるのだなあ。

最初に頼んだタコだが、これだけはおでん鍋の中で仕上がっているものではないようで、注文後の調理になるらしい。串に刺さったタコの足は柔らかく、これまた上品な仕上がりだった。しかし、このサイズの足ということは随分と小ぶりなタコなのだな。

カウンター席は川に面している。夕暮れ時の光景はなかなか風情がある。これが、陽が落ちた後であると、もっと飲み屋的な情緒がますのだろうなあ。ちなみにこの店の前にはバス停留所があり、飲んだ後に駅までバスで帰ることができる。超便利スポットだった。ありがたや。

食べ物レポート

駅そばの経験値を増やす

旅先に行ったらご当地名物の美味いものを食べたい人は多いだろう。個人的には最近になり、仕事としてあれこれ試食をしなければならないぞなどと、強迫観念に襲われることもなくなったので、適当にご当地名物を楽しめば良い「お気楽モード」になった。めでたい。
だからというわけではないが、ぶらりと歩き回るうちに目についた立ち食い蕎麦屋に入ることが多い。昔はお江戸の駅前や駅のホームにやたらとあった立ち食い蕎麦屋も、この数年で激減したようだ。疫病の影響とはこうも深刻なるものかと嘆きたくなる。
もともと立ち食いそばという業態は商売として滅びゆくものだったのだろう。駅ナカ環境の変化(経営の変質)も大きいが、何より人手不足の影響が深刻だ。(早朝から深夜までの長時間営業が主流なので人の手当が大変)
それでも、いまだに営業を続けているありがたい店を見ると、ついつい応援がてら暖簾をくぐってしまう。
お江戸でいえばターミナル駅周辺にはいまだに立ち食いそばがわずかに生き残っているが、駅の中、特にホームの蕎麦屋で生き残っているのは、この品川駅山手線ホームと、あとはどこだろうか。五反田はまだ生きているはずだが。立川のホームの蕎麦屋はどうだったか。確か自動販売機売り場に変わっていたような気がする。

お江戸の力業? イモコロッケを乗せる剛腕ぶりだ ネギは白ネギ

店内に「名物はコロッケそば」と書いてあった。おすすめのまま久しぶりにコロッケそばを頼んでみた。これはお江戸のチープ・グルメの典型だとずっと思っている。今ではコロッケトッピングも全国に広がっているようだが、具材がイモだけのコロッケが乗っているそばは、中身が少なくほぼ衣しかない「かき揚げそば」と双璧をなす、立ち食いそば界の二大スターだろう。実にチープだ。
コロッケもかき揚げも蕎麦のつゆを吸ってぐだぐだになる頃が食べ頃だ。コロッケから染み出す油分がつゆに濃厚さを加える。といえば格好良いが、実際にはちょっと伸びた柔らかい茹で麺と溶けたコロッケという炭水化物のみの組み合わせに「脂肪」が加わることで旨みが増す。タンパク質は………基本的にゼロだ。チープだ。
海老天そばとは比較するまでもないが、ゲソ天そばと比べるてみても2段階ほどレベルが下がる。明らかに上等感にかける。だからこそ、これが良いのだと思うし、この安っぽい味が好きなのだと自己弁護する。
汁を吸ってぐだぐだになったコロッケは、そばを食べ終わったあとに、最後の締めとして一気に食べる。なんとなく貧乏感丸出しな食べ方だが、お江戸に出てきて初めてコロッケそばを食べて以来、この食べ方はずっと変わらない。まさにチープの王道だ。
ちなみに生まれ育った北の街では、コロッケそばは存在しなかったように記憶している。今でも、多分売っていないのでは? 不確かな記憶であるし、次回確かめてみようか。

今回の旅の続きで、たまたま岡山駅で立ち食い蕎麦屋を見つけた。在来線と新幹線の接続口近くにある。ちょっと引っ込んだ場所で、知る人ぞ知るというか、通過する旅行客は相手にしないぞと言いたげな立地だった。
JRグループ各社の経営方針というか、駅ナカ開発による収益拡大路線で、一番えげつないのがJR東日本だというのは誰しも認めることではないか。特に首都圏の巨大ターミナル駅は、すでに多毛作による商業施設への転換が進み、なんとも異質な空間になっている。おまけに地の利を占めるJR(運営子会社)が、家賃ぼったくりするため駅ナカ施設はほとんどが高単価な店になりがちだ。
そのJR東日本の次に大規模駅を抱えるJR西日本だが、どうも駅開発のコンセプトがふにゃふにゃしている感じが強い。当然ながら、収益性を考えたビジネスミックスを構想しているはずだが、なぜか立ち食いそば撲滅推進派のJR東日本とは反対方向を向いているようだ。つまり駅そば存続派であるらしい。
JR西日本最大のターミナル駅、新大阪ではまだ立ち食いうどん屋が健在だった。(この前行った時までは)そして、岡山では立ち食いではなくカウンター席がある「座れる蕎麦屋」だった。えらいぞJR西日本。

なんとはなしに優しい ネギは青ネギ

ということで、岡山駅ではちょっと奮発して営業応援してしまった。トッピング全部乗せを頼んだのだが、なんと料金はかけそばの2倍近い。が、これも一期一会だ。おそらく二度とこの店でそばを食べることはあるまい、と大盤振る舞いしてしまった。
実食した感想は、東西における食文化の違いでがはっきりしている、つまり出汁が違うということだ。おそらく昆布とアゴだしだと思う。甘めでやさしい。お江戸のだし、つまり醤油の辛味がガツンと来て鰹出汁の強烈さが支える「濃いつゆ」とは全然違う。そばも柔らかめで腰がほぼない。
コロッケそばのチープさと比べると、お上品というか料理として一段上の感が強い。小倉で食べた九州系?とはまた違う、西国の味だった。確か、姫路でもホームの立ち食いそばが現役のはずで、機会があれば西国立ち食いそば比較をしてみよう。ぜひ立ち寄ってみたいものだなあ。

食べ物レポート

なつかしのハンバーグ

久しぶりにハンバーグ専門のファミリーレストランに行った。この店のアイコンとでもいうべき、大きな木製メニューボードも健在だった。実はこのブランドが誕生した頃から、ずっとお世話になっている。
一号店は岩手県盛岡市に開いたと聞いているが、2号店はなぜか札幌だった。そして、札幌の2号店(当時は店名が異なっていた)に足繁く通っていた。アルバイト代が入るとその店に行って特大サイズのハンバーグを食べ流のが月一の楽しみだった。記憶の中では、店内は今のようなカジュアルなスタイルではなく、もうちょっとアップグレードしたものだったが、いつの間にか今のスタイルに変わっていた。
ハンバーグというものが牛豚合挽き肉だと思い込んでいた時代で、牛100%のハンバーグを食べてその味に衝撃を受けるのは、それから数年後だったようだ。人生初期に刷り込まれた習性なので、今だに合挽肉のハンバーグは「旨い」と思う。牛肉100%の味とは違う楽しみ方だ。
ちなみに牛肉100%のハンバーグ(ハンバーガー)を食べて、これは旨いと思ったのはアメリカ合衆国で高級ハンバーガーレストラン(ファストフードではない)に行った時だから、もっとずっと後のことになる。
アメリカで食べるハンバーガーは肉肉しい。というか、肉が獣臭い。日本のファストフードのハンバーガーは、肉が紙っぽいといつも思っているし、味が工業製品的な感じがする。紛い物とは言わないが、米国ハンバーガーとは違うものだろう。


その点、合い挽き肉ハンバーグはいつ食べても旨い。まさに日本化されたうまさだと思う。ただ、ちょっとだけ不満を言えば、この合い挽きハンバーグにたっぷりとトマトケチャップをかけて食べたい。デミグラスソースなどではない。ケチャップだ。最近流行りのチーズソースなど勘弁してくれと思う。ハンバーグは「カ◯メ」のケチャップ一択しかない。できれば米国製のケチャップは避けたい。長野県のローカルケチャップメーカーもちょっと好みと違う。

サイドに福神漬けが載っていると完璧なのだがなあ

などと言いながら、実はカレーがかかったハンバーグが好きだ。これも学生時代に刷り込まれた「歪んだ食習慣」だとわかっている。学生食堂で一番安いランチセット150円の時代(なんと古いことだろう)に、プレーンカレーも150円。そしてハンバーグカレーが180円だった。
だから、週に2ー3回はハンバーグカレーを食べていた。ただし、それが旨いカレーだったかというと全く違う。今あれを食べたら完食できないレベルだと思う。ただ、一番安いランチでは肉がついてこない。一番低価格で肉料理が食べられるのがハンバーグカレーだっただけだ。不味さを調整するべく、醤油をかけたりソースをかけたり、さまざまな味変を試みた。が、どれも虚しい努力だった。
おまけに1-2年目の使う学生食堂ではカツカレーが提供されていなかった。3-4年が使う上級食堂(笑)ではカツカレーがあったが、確か230円だった。一度そのカツカレーを試して感動した。これがカレーの味だと思った。早く偉くなって?カツカレーが食べたいとしみじみ感じた。

以来、ご馳走第一位はカツカレー、第二位はハンバーグカレーで、今でも食堂に入りカツカレーがあると条件反射的に注文したくなる。ハンバーグ店でもカレーソースがあると、ついついそれにしてしまう。
この年少期に取り憑かれた強力な呪縛に勝てるものは「オムライス」しかない。ただ、オムライスにハンバーグを乗せてくれる洋食屋は極めて稀で、おまけにそういう店はオムライスにかかっているのがケチャップではなくデミグラスソースなことが多い。それではダメなのだ……………

かくして、いつものハンバーグ店でカレーソースがかかったハンバーグを愛用している。きっと人生の最後までこの店のハンバーグを「オイシイ」と言い続けるのだろうなあ。

旅をする

高知空港にて

高知空港にはほぼ毎月通っている。高知でのお仕事が定期的にあり、月初には高知にいることが多い。その高知空港で手荷物引き取りのため出口に向かうと、なんだか新作ポスターが貼ってあった。ド派手なポスターだなと思いながら、つらつら眺めてみると、そこにはなんと長いおつきあいになる先輩の姿があるではないか。ああ、びっくりした。この方とは、今回も楽しい夜を過ごさせていただくはずだが、確かに写真の通りに「飲むには良い店」「宴会向きの店」の典型なのだ。
そういえば、高知で飲んで深刻な気分になったことはない。いつでも大口を開けて笑い転げている記憶しかない。ともかく明るいところなのだ、高知は。

その店がある漁師町の有志がクラウドファンディングでカツオ叩き巨大サンプルを作り、手荷物を引き取るターンテーブルに乗せて、カツオの本場高知をアピールすると言い始めた。それは面白いなあと思っていたら、ついに実現していた。
クラファンが目標額に足りなければ、それなりにお手伝いしようかと締め切り一週間前に確認してみたら、なんとすでに目標達成していた。すごいものだ。若さの熱量……みたいな言葉が思い浮かんだ。結局、達成したお祝いにと、気持ち程度の支援をさせてもらったが、あちこちでクラファンによりイベントやらオブジェやらが出来上がるのは現代風の慈善事業?と言うか、「推し活」と言うことなのだろう。ちょっと前の公営放送番組、日曜夜の歴史ドラマで幕末の野心満々なおっちゃん(お札になった人)がやっていたことは、これの大規模版だったのだろう。
かたや税金を湯水のように垂れ流し不評を買った東京オリンピックや、現在進行形で税金の無駄遣いと言われる不人気万博などをみると、官製プロジェクトのダメっぷりが余計に目立つ。そんなにやりたければ、自治体がクラファン募集してクズな博覧会でも国際運動会でもやればいい。ただ、絶対に目標額は集まらないと思うが。

そのクラファンの流れで、空港にある食堂に「カツオの漬け丼」と言う旨いものが導入されたそうで見学に行った。高知で食べるカツオはお江戸で食べるものと、明らかにものが違う。航空券を買って旅をして食べる価値があると、熱を持って友人に話したりするが、いつも鼻で笑われる。「食べてみなければわからない体験」なので押し付けるつもりはないがついつい熱く語ってしまう。高知のかつおLOVEなのだ。
個人的な職業経験から判断するに、高知人のカツオ愛には高知人独特のかなり厳格な指標があり、高知人以外には理解し難いハイレベルな選別が行われているようだ。まあ、だから日本国太平洋岸のどこでも取れる「カツオ」が、高知では特別視されている意味がわかる。まさに当然ながら「食べたらわかる」と言うことだ。高知人以外には、聞いただけではよくわからない難解な愛情表現であることに間違いはない。

高知人のカツオに対する宗教的なものに近い愛情はさておき、基本的に高知人の気質は日本人には珍しいラテンなものらしい。高知の友人に言わせると、どうも大軍を率いる大将になっても、ドンキホーテ的な大将一騎駆けが好きだといことだ。後ろに陣を構えて全体指揮を取ると言うのは、高知人的なスタイルではなく美学には合わないらしい。そして、困ったことに、そうした先頭を走りたがる大将を補佐する二番手も、大将の後に続いて一緒に先頭集団で走りまくるらしい。
ビジネス的にいえば(笑)危機管理が全くできていない。No.1とNo.2が連続して討ち死にしたら、もはや軍の体裁を成さないだろうに。まあ、愛すべき高知人気質というべきなのだろうな。
そんなラテン系の血が騒ぐのが夏の真っ盛りに行われるよさこい祭りだ。ただ、この時期の高知は殺人的な暑さなので、実はこれほど有名なイベントをいまだ見に行ったことはない。
応援する踊り子集団が演ずる群舞を見て興奮してしまい、熱中症になるのは間違いない。だから月例の高知出張も、8月はお休みにしたくらいだ。

そのお祭りの主役ともいうべき鳴子(巨大バージョン)も飾ってあった。その横には空飛ぶリョーマらしき人物のパネルがある。よくみると、なんだか不思議な漢字が書いてあるので、どうもインバウンド対応らしい。ついに高知よさこいがグローバルになる日が来たかと思うと感慨深いが、それでもリアルに見に行く気にはならないのが…………

街を歩く

空港のラーメン

スープと麺のバランス 極太めんまとチャーシューのバランス なんとすばらしい

千歳空港の大混雑状態が戻ってきて、ラーメン道場にも行列の店が次々と復活している。一番行列の長いのはエビそばの店だが、それ以外でも味噌ラーメン系を中心に10分待ち程度はザラにおきる。
味噌ラーメンの人気店がだいぶ待たされそうだったので、比較的空いていた「いつもの店」に入った。「我流」と書いてあるが、ラーメンに定石などないだろうと思う。
繁盛店の店主は皆どこかの店で修行をすることはあるだろうけれど、結局自分の味、独自性を追求して次の繁盛店を作り出す。あるいは失敗して廃業する。
だから、世の中に存在するのは成功した我流ラーメン店と、現在進行形で我流の評価が行われている店の二つだろう。現在進行形の店は半年後も生き残っていられるか、半年後に閉店するかという執行猶予段階にある我流店だと思う。
そして、この店は生き残りに成功して様々な我流店舗を拡大できた、素晴らしい成功事例の我流なのだ。普段は塩味を頼むのだが、今回は味噌味に浮気をしてみた。食べてみれば普通にうまい。というか、普通の味噌ラーメンよりもっともっとうまいなあ。

ラーメンを食べながらメニューを見ていた。そうか、ついに北海道でもラーメン一杯1000円越えの時代か。空港の様な特殊立地は別だとは思うが、1000円を超えたラーメン店の支持、人気度合いなどちょっと見てみておく必要があるな。チェーン店は1000円の壁をどこまで超えずに頑張るか、個人店は1000円を超えてどこまで値上げが進められるか。、二つの流れがあるからだ
個人的にはラーメン店の2年間生存率がまた一段と下がる気がしているのだが。

食べ物レポート

朋、遠方から集まる

昔同じ仕事場にいた同僚が立川で居酒屋をやっているのを思い出し、元同僚の定例飲み会をその店でさせてもらった。立川駅前、飲食店ビルの裏通に面したちょいと隠れ家的な立地、それも一階ではなく中層階にある。ぶらりと飛び込みで入るのは、まずあり得ない立地なので、口コミで客が広がるのだろう。常連客主体で盛り上がる、良い居酒屋のようだった。

もつ煮込みがうまいと言われ、まずそれを注文した。店主も一緒に飲んでいるので人数分マイナス1で注文しようとしたら、店主曰く「俺も食べる」と。なるほど、自分の店の商品を金を払って食べるほどうまいと思っているのだ。それは自信がある商品だろうと確信して実食。いや、確かにうまいぞ。世の中、グデグデに味噌味で煮込んで味が味噌一色になっているもつ煮込みが多い。それはそれでうまいのだが、この店の煮込みはもつそれぞれの味が独立して感じられる塩味だった。
宴会でわいわいと話をしながら食べると料理の味は二の次になりがちなので、今度は一人で食べに来ようと決めた。それくらいにうまい。

ニンニクが旨さの決め手

おすすめはトンテキだということなので、これまた大ぶりなトンテキを注文した。三重のトンテキはわざわざ現地まで食べに行ったことがある。あの独特のニンニクソース味を期待したが、ちょっとマイルドけな仕上がりだ。お江戸ではこれくらいのマイルドバージョンの方がウケが良いのかもしれない。
これも、次回再チェックメニューだ。やはり肉料理は独り占めしてガシガシ食わねば、食った気がしないというものだ。(個人の独善的意見です)特にワイルド系の料理は、お腹の治り具合が味付けの重要な部分だと思っているのでシェアしないで一人食いしたいものだ。

もつ焼き屋だから当然のように「もつ焼き」はある。メニューを眺めてみると、あちこちに一風変わった料理が散りばめられているので、それはぜひ試してみたいのだが、全てを試すにはあと二、三回は通わなければならないだろうか。

なんせ、この店は昼から時間制限なしの飲み放題をしているので、3時のおやつの時間より前から入店してソロ酒に挑むのが良さそうだ。それにしても、豚軟骨煮は沖縄風なのだろうか?それともハワイ風? いやいや、次回が楽しみだな。

街を歩く

POP 言葉の暴風 三点セット 

清少納言さまも思わずのけぞる新種の「春は……………」

北の街で知らない人はいないだろうというくらい有名なパン屋さん「どんぐり」がおむすび屋を開けたのはコロナがはやる前だったような気もする。ちょっと大きめのおむすびをずらりと並べて売っているのだが、コンビニおにぎりと比べると値段はお高めだ。それでも人気なのは、コンビニおにぎりが冷たくて、握りが甘くて食べるとぼろぼろこぼれる、何というか「おにぎりもどき」な店に不満を持つ客が多いからだろう。
TVコマーシャルで威張っている割に、なるほどと納得できるほどの品質が伴わないのだから、やはりあれこ過剰広告と言いたいものがある。そのおにぎりもどきと比べると、こちらの手で握ったおむすびは雲泥の差があると言って間違いない。
そういう悪口を言うくせに、コンビニおにぎりにはよくお世話になっているので、そのうちバチが当たるかもしれない。
ただ、この店はパン屋さんがやっているおむすび屋だけあって、種類も具材もとてもユニークなものが多い。おまけにサイドアイテムが凄すぎる。「いぶりチーアジフライ」など、街の総菜屋では見かけることもないユニークさだ。
しかし、何と言ってもPOPに書かれているおすすめの一言に衝撃を受ける。その造語センスに打ちのめされてしまった。凄まじい破壊力があるではないか。
「春はあげもの」のフレーズはまさに爆弾だ。。清少納言様が聞いたら卒倒しそうな乱暴さだが、何となく気持ちはわかる。いや、激しく同意する。言葉のセンスは、ある意味で暴力的とも言える支配力につながる。


そのおにぎりの横でひっそりと売れているのが「ちくわパンのツナマヨ」で売り上げ三位とは何ともすごい。ツナマヨが売れるのだな。まさにありそうでなかった惣菜というかパン用スプレッドだが、それをちくわパンの本店ではなく隣のおむすび屋で売るというあたりが、何とも小癪な作戦ではないか。これでは、隣のパン屋で食パンを買い、そのままおむすび屋に直行してちくわパン用ツナマヨを買うという強制ルートが出来上がってしまう。すごいなあ、どんぐりマーケティング。

スタッフに人気なのですね 

隣のパン本店に行ってみたら、これまたすごい「コピーワーク」を発見してしまった。「アボタルの礒野エビヲ」ですと……………思わずその場で固まってしまった。おまけに、何と310円という惣菜パンでは上限であるはずの300円越え。すごいというしかない。おそらく山盛りに陳列していたであろうアボタルパンがほとんど完売状態になっている。その人気は味の良さなのか、言葉の威力なのか。すごいというしかない。
よく見ると、スタッフダントツ人気と書いてある。あれ、これおかしくないか?客に人気があるのでハンク、作り手売り手の人気商品って……………そう言う時代らしい。

スイーツは別腹 ですか 正面切って言われると否定できない?

アボタルの衝撃力にやられよろよろ隣のコーナーに行ってみれば、これまた破壊力抜群の秀逸コピーにお出迎えされた。「おかあさんシュークリーム」ですか。この店は本当にパン屋なのだろうかと思うくらいの甘いもの商品群が並んでいる。おまけに、POPに「スイーツは別腹」と書いてある。
そうか、パン屋のスイーツはケーキ屋のスイーツとは違うのだ。例えば、メロンパンやあんぱんを食べた後、別腹でシュークリームを食べなさいと推奨しているわけだ。そして、かなりの割合で「スイーツは別腹」を信じる信徒が存在するようだ。「どんぐり」は新興宗教化しているに違いない。甘いは正義!と……………


初めてどんぐりの本店に行った時も、似たようなことを感じた。POPの作り方がとてもうまいのだ。だが、その技はどんどん磨きがかかっている。販売の技術の教科書で取り上げるべきレベルの題材だろう。
ちなみに、北海道の繁盛パン屋は全道あちこちにあるが、共通して言えるのは、どの店もPOPが上手い、コピーが素敵ということだ。現代のパン職人はコピー開発力も必要とされる時代なのだなあ。

食べ物レポート

小樽の隠れ名物・・・のはず

小樽の街中にある老舗食堂が札幌に出した支店は北海道庁の目と鼻の先にある。北海道庁付近の居酒屋は、基本的に北海道庁関係者が多数利用している。仕事柄、ちょっとそういう関連の方たちとはお会いしたくなかったので、札幌駅周辺で飲むことはあっても北海道庁付近には近寄らないようにしていた。だからこの店には入ったことがない。
ただ、たまたま店の前を通りかかった時、それも昼飯時に、店頭のノボリに目を奪われてしまった。一旦、店の前を通り過ぎたのだが、のこのこ戻ってきてしまった。それまでは蕎麦を食べる気満々だったのだが、急に気が変わった。あんかけ焼きそばには怪しい吸引力があるのだ。

ランチとしてはスーパーヘビー級

小樽のあんかけ焼きそばは昔から有名だったのだろうか。少なくとも昭和中頃は、さほど名が通っていたと思わない。平成の真ん中ぐらいの時期に、何となくご当地メニューブームに便乗してメディアに登場するようになったという記憶しかない。
小樽あんかけ焼きそばの特徴は、麺が生麺を焼いたもの、海鮮系の具材がたっぷり使われている、量が多いという感じだろうか。かかっている餡も油分が多くコッテリとした味だ。長崎の皿うどんの餡は比較的あっさり目の味だから、それと比べると見た目は同じような餡だが決定的に味が違う気がする。
上にかかっている餡は実に熱々なのでハフハフ言いながら食べる。本当に熱い。そえられている紅生姜をぱらぱらとかけて味変部分を作る。麺量も多いし、餡もたっぷりなので完食すると身動きしたくなるほどの満腹感におそわれる。


今回初見のこの店を毛嫌いしていたわけではなく、小樽の本店や最近千歳空港に開いた支店はたまに使うのだが。次にこの店に行くときは、比較的夕方の早い時間に行って、一番奥の席に座ってあれこれ飲み食いしてみようか。17時から1時間一本勝負にすれば、あまり面倒臭いことにならないだろうし。ちなみに、官公庁付近にある飲み屋は混雑する時間が早い。定時退社(退庁)するものが多いせいもあるのだろうが、実は定年退職後時短勤務で再雇用される爺さまの存在がある。時短勤務なので10時ー16時のような、羨ましいシフトで働く方が16時5分から飲み始めたりするからだ。お江戸でいえば半蔵門界隈には夕方、早くから営業する居酒屋が多かったなあ。


夜のメニューにオムライスがあるかどうかも確かめてみなければ。(ちなみに、小樽水族館の食堂はこの会社が運営していて、その水族館名物料理がカメの形をしたオムライスなのだ)

街を歩く

地下食堂を発見した

JR札幌駅が改修されJRタワーができるまで、札幌市ではトップクラスの高い建物だった札幌市役所だが、その入り口、メインロビーの下は庭園になっている。たまたま市役所に用事があって訪れたのだが、何とこの庭園の存在に気がついたのはこれが初めてだった。雪解け直後の春先なので何だか見栄えが悪いが、もう少しすれば緑あふれる美しい造形になるだろう。
そこでふと気がついた。地下からこの庭を見ることができるのではないだろうか。結局、市庁舎に戻り地下に降りてみた。何と地下は売店(コンビニ風)と食堂だった。これも初めて知った。

おまけに地下食堂は「市食堂」というブランド店だった(笑)すごいな。札幌市役所はそろそろ築50年を超えると思うが、その間ずうっとこの食堂は営業していたはずで、それを今更ながら初めて知るというのは何とも間抜けな話だ。

営業時間もそれなりに長い。午前中10時から開店とは、これまたすごい。昼飯は大体が11時から営業開始の店が多い。おまけに、市内中心部で喫茶店がほぼ壊滅していることもあり、喫茶店のモーニングなどほぼ期待できない。朝飯を食べるところはファストフードくらいしかない。


これは、ひょっとしてすごい穴場なのではないかと気がついた。ショーケースに並んでいるメニューを見ると、お値段は市価の3割安程度、サンプルの見た目で言えばボリュームも十分にある。メニューバリエーションもなかなかのものでファミリーレストランよりよほど美味そうだ。
これは一度、いや二度三度と試しにきてみなければと思った次第。おそらく12時前後は大変混雑するから10時台の早飯とか2時過ぎの遅い昼飯が良さそうだ。

食堂の入り口に貼ってある札幌市の特産玉ねぎ「札幌黄」の限定販売ポスターが、ちょっと泣けてくる。札幌黄は札幌市の農地が住宅に置き換わっていく過程で一度消滅した玉ねぎの品種だったはずだ。
それを復活させるプロジェクトは10年近く立ったはずだが、ようやく量産体制になったということだろう。この玉ねぎ、札幌黄は甘みが強く、カレーや肉じゃがに向いていると記憶しているが、今年はこのオーナー制度に応募してみようか。北海道の伝統野菜と言われるとちょっと違和感があるが、ちょっと前に開基150年を超えたのだから、そろそろ北海道でも「伝承の品」と言う言葉を使っても問題ない程度には歴史が出来上がったのだな。
オリンピック騒ぎですっかり嫌気がさしていた札幌市役所だが、良いこともやっているのだな。ちょっと見直しました。