街を歩く

〇〇市役所で遊ぼう

〇〇市の市役所は一階ロビーに喫茶店があった。しばらくお休みしていたいが、最近復活した。以前は、市内に展開する喫茶店チェーンが運営していたのだが、現在は障害のある人たちの支援組織による運営に変わったらしい。シティーホールのロビーだから、普通の喫茶店という風情はない。いや全然、ない。おまけにかなりうるさい。
それでもこの場所が気に入っているのは、ともかく明るいからだ。天井が高い一階の全面が窓なのだから日中は実に明るい。本を読んだり、パソコンをいじったりするのには都合が良い。街中にはすっかり喫茶店が減ってしまい寂しい限りだが、この店があれば大丈夫だ。

店構えが簡素な分だけ、コーヒーのお値段はお手軽になっているので、シアトル系コーヒーチェーンや、セルフサービス系珈琲店より使い勝手は良い。今度はお店が長持ちしてくれれば良いのだがなあと祈っております。

その明るい一階の地下に、これまた明るい地下食堂がある。地下で明るいとはなんだと思うかもしれないが、ここの地下も前面の壁面が大きな窓で、その先には庭園がある。見晴らしの良い地下という不思議な立地なのだ。当然ながら、窓際の席は人気がある。今回は昼飯にはまだ早い時間に行って、良い席を確保した。

この日の狙いはカツカレーだった。最近、妙にカレーが気になっていて、あちこちでカレーを注文するのだが、ついついカツをトッピングにしてしまう。個人的にはハンバーグカレーはカレー道からして邪道ではないかと思うのだが、ギリギリのレベルでメンチカレーは許せる。エビフライカレーは、なんだかエビフライに申し訳ないので頼まない。
カツカレーという名のペラペラな「紙カツ」が乗っているのが好みだ。が、市役所地下食堂のカレーは、紙カツというほど薄くはなかった。カツ丼でも大丈夫なほどで、やや重量級な感がある。おまけに、カレールーがお芋ゴロゴロ本格派の家庭カレーだった。辛さは……………あまりない。甘めの味付けというより、辛さ控えめという感じだ。そして、ご飯が大盛りでたっぷりで、一皿がとても重い。

その上、味噌汁サービスですと、問答無用で味噌スープ付きのカツカレー定食だった。結局、完食一歩手前でギブアップした。まずいからではなく、量の多さに負けた。カレーの味は、普通に美味い。こういうカフェテリア方式のカレーはだいたいまずいものだが、ここは再訪したくなるレベルだ。ただし、次は完食できるようカレー単品にしよう。カツは抜きだ。

お江戸では冷やし中華と呼ばれる冷たいラーメンも、こちらでは「冷やしラーメン」と呼ぶ。ただ、味付けは似たようなものだ。最近の流行りに合わせたゴマだれなどは使わないのが嬉しい。酢がキツイ醤油だれが望ましい。
冷やし中華発祥の店と言われる仙台の中華料理屋で食べた冷やし中華は、トッピング別盛りの豪勢なものだったが、個人的にはその高級料理風な冷やし中華より、具材をバラバラと麺の上に乗せた乱暴な平民スタイルが良いなあと思う。安いハムの代わりにチャーシュー細切りが乗っていると、だいぶ高級感が増してくる。個人的にはチャーシュー乗せ冷やし中華が好みなのだが、流石に市役所食堂ではそこまでは望めない。

次回は、冷やしラーメンで決まりだなあ。市役所は展望台もあるし、なかなか遊び勝手が良いところなのだよね。

街を歩く

立体パネルについて

史上空前のゆるキャラブームというか。今やありとあらゆるもの・ブランドの目印、アイコンとして「キャラ」を作り上げることが大命題になっているようだ。北海道の老舗銘菓「わかさいも」にも、何やらよくわからないがゆるふわ系キャラが造形されていた。
ちなみにわかさいもという菓子だが、中身は芋ではなく豆の餡だ。味はうまいがネーミングがややこしい。そして、そのキャラはモモンガから作られているのはなぜだろう。モモンガだから空飛ぶ芋キャラみたいなことなのだろうか。よくわからんなあ。

そして、こちらはかの有名な俳優さん(イメージキャラクターらしい)とのツーショットだが、確か人間の方が先行したブランドキャラ・モデルだったはずだ。人間モデルの高齢化対策に、2代目キャラとして「ゆるキャラ」が作られたのだろうか。確かにゆるキャラは歳を取らないしなあ。ただ、経年劣化するのは人もキャラも同じなのだけれど。(調べてみたらこのかた北海道三笠市出身のようだがわかさいもとのかんけいはなんだろう。社長の同級生とか?)

少なくとも、ゆるキャラブームのせいで、店頭の立体パネル造形は絶対必需品になりつつある。ただよく考えると、平面キャラ・二次元キャラの擬似三次元化なのだな、などと余計な思考に耽ってしまった。2D→3Dに意味はあるのかなあ。

旅をする

高知 3題

高知県の旅で気がついたことをあれこれ書き連ねてみると、一題目はお弁当の話だ。高知県西部にある四万十町で、弁当・惣菜の店を地元のお母さんたちが運営しているらしい。そこの日替わり弁当というか日替わり惣菜セットがこれだ。一箱ごとに中身はバラバラだとのこと。十種類くらいのおかず・お惣菜が詰め合わされている。これが400円なのだ。
最近の諸物価値上がりの中、この値段を聞いて頭がくらくらした。原価、人件費、あれやこれやを考えると400円で儲かるはずがないとは思うのだが、地域の「惣菜や」をなくさないための経営努力らしい。
地域に一人暮らしの高齢者が増えていることが要因でもあるようだ。商売と公共サービスの中間点みたいなことだと感じいるのだが、最近増えている「こども食堂」ともあい通じる社会の安全ネットみたいなことだと思う。「儲かること」と「地域を支えること」のバランスが400円という値付けになる。
とても考えさせられた。新しいビジネスモデルとして検討すべきだとも思った。付け加えると、このお弁当は、極上のおいしさでありました。

二題目は、これまで何度も見ていた、高知駅改札口階段の風景だ。ふと気がついてしゃがみ込んで見てみた。つまり、子供、特に幼稚園児の視点まで下げてみた。そうするとアン◯ンマンがよく見える。大人の視点から見るとちょっと歪んでいるのだが、子供視点であればしっかりと見える。設計者の意図が初めて分かった気がした。
最近のウル◯ラマンや仮面◯イダーの精神的な屈折ぶりを思うと、このヒーロー「アン◯ンマン」の真っ直ぐさ、実直さは眩しいくらいだが、幼い子供たちにはこれくらいの絶対正義、決して屈折しない正義の具現者が必要だ。
子供が屈折を覚えるのは大人の入り口、厨二になってからで良い。いや、屈折しまくった大人こそアン◯ンマンの素朴さを見習うべきだろうなあ。来年は某国営放送の朝ドラがアン◯ンマン(作者)の話になるそうだ。あんぱん時代が来るといいな。

3題目、土佐弁は自分にとって第三外国語だと思っているが、その検定試験を発見した。正答率は7割以上あったので(よく覚えたものだ)、土佐弁初級検定は合格していると思って良いだろう。中級試験は口頭問題で、ネイティブスピードの会話ヒアリング能力になる。これは、まだ自信がない。
上級試験は、スピーキングだが、これにはあと10年くらいかかりそうだ。こじゃんときばらねばなあ。

旅をする

ど・宴会してきた

今年の高知観光ポスターは過去最高の出来でございます、と褒め称えたい。このモノクロ一色のポスターを「看板」として持ちあげ、いくつかの観光シーンをビジュアルで見せつける構成は実に素晴らしい。広告賞を取りそうな出来上がりだと感嘆している。
「どっぷりど級」は、「どっぷり、弩級」ということだろうが、すでに日本人の大半は弩級という字が読めないだろうし意味もわからないだろう。
だから、これは造語と考えるべきなのだが、広告表現としては問題ない。ちなみに弩級とは英国戦艦ドレッドノート級を表したもので、アメリカ合衆国を米国、連合王国をイギリス、英国と表記するような日本的略語だ。弩級は当時の一流戦艦の標準仕様であり、それを超える戦艦を作ろうと海洋国家は競い合った。超弩級という言葉が新聞をにぎわしたはずだ。日本の超弩級戦艦は、長門と陸奥、超超弩級が大和と武蔵だ。(記憶モードです)
だから、極上田舎は日本のあちこちにあるかもしれないが、高知はその中でも抜け出て極上、つまり弩級という意味になるはずだ。コピー全文を読めばなるほどという気がする。確かに高知っぽいことが並べ立てある。

その「ど・高知」の「ど・宴会」の店が、我が尊敬すべき年上の友人、先輩の店だ。今回は、まさにど・宴会を催してくれた。手作り料理がうまいのは間違い無いが、一番のご馳走は店主夫婦の会話にある。遠くからはるばる飲みに訪れる客も多いという。ただし、それをしっかり理解するのは難度が高い。
個人的には土佐弁を第三外国語として理解している。日本語の文法は守っているが、語彙が全く違う異種言語だ。概ねイントネーションも異なる。西国の言葉は京都がルーツであり、京都から離れるほど差異が広がるが、土佐弁は地理的距離の割に京都言葉との乖離が少ないようだ。意外と柔らかい響きを持つ言葉で、女性が使うと耳に優しい。男が喋ると喧しいと感じるのは、性差による「差別」意識なのかもしれない。まあ、反省はしないが。少なくとも高知の男はよく喋る。放っておけばノンストップで10分や20分はしゃべくりまくる知人が多いせいだろう。
これでも土佐弁を学習し始めてから(学習か?)10年以上経つのでそれなりにヒアリング能力は上がっている。それでもネイティブスピードでの会話になると、理解度は良くて8割、おおむね5割程度というところだろうか。それでも、店主ご夫婦の会話が最大の楽しみであることにまちがいはない。

その「ど・宴会」のもう一つの主役がカツオの大盛りだった。ちなみにこれが4人前で、同席した鮮魚店社長のご厚意が満ち溢れている。この大量なカツオが最後には全て消えていた。高知人のカツオ・ラブは凄まじい。この量、おそらく普通に頼めば10人前だろう。

ど宴会とは別の日に食べたランチの2人前刺し盛りがこの量で、カツオ2種と白身(イサキともう一種だが、名前は忘れた)2種だった。これもお友達仕様なので、山盛りてんこ盛りだから、通常の2人前ではない。そこは注意しなければいけない。こちらも普通に頼めば4-5人前なのだと思う。
昼から酒も飲まずに宴会モードでカツオを食いまくるのはなかなかの快感だ。観光ポスターに書いてあることに間違いはない。高知は、「ど」を楽しむ極上な場所だ。ただ、10年以上通い続けているが、今だに観光名所なるところに行ったことがない。これはいかがなものかと反省している。次回は、「はりまや橋」と「桂浜の龍馬像」以外の名所に行ってみようと、こっそり思った。

街を歩く, 食べ物レポート

地下食堂街という誘惑

北海道を代表するバス会社「中央バス」の札幌ターミナルは、札幌から道内各都市への長距離便が発着する交通の要所だ。最近、札幌駅前のバスターミナルは閉鎖されてしまったが、それまでは交通の便が良い札幌ターミナルがバス基地としては主力だったので、この中央バスターミナルは場末感が漂うところだった。
そもそも札幌の都心部としてはハズレにあり、中心地である地下鉄「大通り駅」からは随分と離れている。ただ、よく考えるとこのすぐ近くに札幌市営バスのターミナルもあるので、はるか昔、札幌オリンピック開催が決まった頃に交通網の集約が行われたのかもしれない。
個人的にはほぼほぼ使うことのなかった長距離バスなので、このターミナルに来たのは何十年ぶりになる。最後に来たのは学生の頃だったかもしれない。
その「懐かしのバスターミナル」地下にあるラーメン屋の話を聞きつけてわざわざ尋ねてみることにした。我ながら、酔狂なことだと笑ってしまう。

地下にある食堂街は、全盛期であればなかなか賑やかだったのだろうなと思わせる。客席が10ー20席程度の小ぶりな店が多い。残念ながら閉店して空きテナントになっている箇所もいくつかある。というか、昼は営業している店の方が少ないくらいだった。それでもあけている店は人気店のようで、開店前から待ち客が並んでいたりもする。このラーメン屋も昼前に行ったにもかからず10分ほど待つことになった。

お目当ては札幌でも珍しくなくなくなった「とんこつラーメン」だ。この店はかつての有名店が一度閉店した後で、復刻した「老舗ラーメン」の後継だそうだ。一般的な札幌ラーメンとはちょっとテイストが異なる。
そして、サイドアイテムとして提供されるカレーが、どうも名物らしい。チャーハンではなくカレーというところがなんだかすごい。席について迷うことなくラーメンとカレーと注文した。

ラーメンはクセがある。ドロドロ系のスープが苦手な方には向いていないかもしれない。2度3度と食べるたびに好きになっていくタイプとでも言えば良いだろうか。個人的にはもう一度食べてみたいと思った。どこか他の店と違うが、その違いがうまく言えないという「難度の高い」ラーメンだと思う。

カレーはサイドアイテムなので半量だが、カレーだけで注文したくなる本格派だった。札幌といえばスープカレーというくらい、スープが有名になっているが、実は伝統的なドロドロ・ルーのカレーもうまい店が多い。ただ、それとも異なるサラッとしたキーマカレーだった。これはクセになりそうだが、ラーメンと合わせると膨満感が激しい。困ったものだ。半ラーメンとカレーという希望は聞き入れてもらえるだろうか。

そのラーメン屋の向かいは夜だけ営業の居酒屋らしい。この店作りがどうも怪しげで興味をそそる。今度は、夜に居酒屋に行って、その帰りに締めでラーメンを食べようか、などと体に悪いことを思いついてしまった。地下食堂街(もはや死語だろうに)は実に怪しく素敵なのだなあ。

旅をする

成田空港で見つけた不思議

北海道行きの時に使うLCCは成田発で、感覚的には羽田と比べてものすごく遠いのだが、冷静に自宅から空港までかかる時間を比べてみたら30-40分程度の差しかない。おまけに成田空港まで東京駅から直通バスで行けば、移動は明らかに成田までの方が楽ちんなのだ。今の羽田は平日早朝からとてつもない喧騒に包まれている。外国人観光客も過剰だ。

そして彼らは日本人にとっての暗黙のルールを理解していない。つまり歩いたりすれ違ったり荷物の持ち方だったりが、日本人と外国人観光客とでは異なるので、イラっとすることが多い。
一番困るのは騒いで走り回る子供を放置することだ。日本人も放置する親が皆無だとは言わないが、あれほどではないだろう。子供が誘拐されても気が付かないほどの放置ぶりに見える。大丈夫か?と聞きたくなる。今の日本は、犯罪大国化しているし、チンケな金を目当てで誘拐するくらい当たり前になりつつあるぞ………といっても信じないだろうなあ。
そんな空港の光景を見てあれこれ考えていたら、不思議なものを見つけた。飛行機に乗るタラップは、だいたい飛行機を正面から見て右側についている。これまで飛行機には百回以上乗っているはずだが、左側から乗った記憶はない。

飛行機の離陸前準備をぼうっと眺めていたら、左側になんだか見たことのないトラックが乗りつけてきて、コンテナみたいなものを持ち上げていた。飛行機の機体との間に何やら通路のようなものがあるが、何かを出し入れしているようにも見えない。しばらくするとコンテナ状のものが下がってきて、車はどこかにいなくなってしまった。車椅子の乗客を乗せるのかとも思ったが、そういう場合はたしか乗務員・地上係員が何人かで移動を手伝って通常口から乗せるはずだ。
あれこれ考えて、機内食みたいなものを持ち込むのだろうと気がついた。ただ、LCCでは飲み物や食べ物のサービスは有料でほとんど使っている客を見たことがない。長距離便であればそれなりに飲食の需要もあるのだろうが、たかが1時間程度のフライトではなあ………と思った。一体何人前の飲食部を持ち込んだことだろう。出前のオカモチくらいで持ち込める量ではなかったのか。


普段気が付かないようなものが、意外と世の中には転がっているのだなと、空港での学びでありました。それにしても、あのコンテナを持ち上げるトラックは空港の中に何台あるのだろうか。ますます気になって仕方がないことが増えた。

街を歩く

暑中お見舞い申し上げます

家の片隅でひまわりを育てていた。プランターに植えた小ぶりなものだが、久しぶりに見た黄色い花はまことに夏らしい。実はひまわりが好きなので、地平線まで全部ひまわり畑みたいなところに行くと想像するだけでワクワクする。ひまわりは「夏が来た」のサインだ。
夏の暑さには辟易することもあるが、やはり寒いより暑い方が良い。寒さは人を殺すことがあるが、暑さで死ぬことは(たまにしか)ない。

暑い季節は、どうしてもツルツルっと冷たい麺が食べたくなる。絶対定番は冷やし中華だが、つけ麺という選択肢もある。特に冷房がよく効いているお店ではつけ麺の方がよろしい。
ただ、残念ながらつけ麺は、「麺」をモリモリ食べる食い物なのでトッピングというか添え物が少ない。できればサイドアイテムを追加したいところだが、基本的につけ麺は麺の量が多いので、下手に何か注文すると両方食べ残してしまう。なかなか危険な選択だ。この日は、餃子を半皿だけシェアしたがそれでも多かった。加齢とともに食が細るのは仕方がないが、隣で大盛りを食べる人がいるとしみじみしてしまう。

暑い時期にあえて熱い麺を食べるのは体に良いらしい。発汗作用を正常化するというような話だった。(多分)
そこで、ちゃんぽんを注文してラー油をドバドバかけてみようと思ったのだが、なんとラー油が見つからない。これは事前の調査不足だった。普通に美味いちゃんぽんを食べながら、辛い味を選んだのだが、それも5倍辛くらいにすればよかったなあ、などと思っていた。
みなさん、熱い夏を元気に乗り切りましょう。

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ひさしぶりの関空

搭乗ゲート前は空いている

関空から飛行機に乗るのは10年ぶりくらいだ。あの頃は、関西国際空港というのも名ばかりのガラガラに空いた空港というイメージしかなかった。週末であってもレストランはガラガラ、どの店も席待ちになることなどなかった。それが今ではどの店も待ち行列ができるほどの混雑ぶりで、おまけに客の大半が外国人観光客という盛況だった。感覚的には、東南アジアの大ハブ空港にいるような騒々しさだった。というより、うるさすぎる。空港ロビーがわーんという騒音で満たされている感じがした。確かに「国際空港」という言葉に似合った賑やかさというか、お祭りの縁日的喧騒でありかしましさだ。

関空は人工島なので、本土と島を結ぶ橋がある。それを見たのは初めてだった。これはなかなか見応えのある景色だと思う。台風の大波で空港が水没したという事件を思い出しだが、確かに海面には近い。海沿いにある空港は多いが、この関空は周りが全部海だから、見栄えは良いのだ。

離陸と同時に窓の外を覗いてみたら、これまた綺麗に奈良盆地が見えた。外をいていて気がついたのだが、一度南向きに離陸した後、270度時計回りに旋回して東を目指す。奈良盆地から伊勢湾、愛知県東部を通過して羽田絵向かうのだが、眼下に見えるチケはまさに地図の見たままだった。これはなかなか感動する。

愛知県から静岡県上空に移ったと思った頃からどうも進路が怪しくなってきた。神奈川県三浦半島を越えて羽田空港に向かうと思い込んでいたら、どうもだいぶ南方に変針するらしい。そろそろ富士山が見えるはずと思っていたら、いきなり雲が広がり始めていた。写真中央部にうっすらと見える小さい出っ張りが、どうやら富士山らしい。
おまけにこの後どういう進路になったかというと、だいぶ南に向かいぐるっと回って千葉県南方沖から一旦北上、その後に千葉市南方あたりから羽田に向かうという、地理感覚が混乱するコースだった。

都知事選で東京都内上空を通るコースが不安すぎるのでコース変更させるぞ、みたいなことを言っていた候補がいたが、千葉県民は羽田に飛んで行く飛行機のほぼ全部を引き受けている。東京都民の不安解消のため、千葉県民は我慢しろということだったのだろう。そんな東京都民ファースト主義(?)では落選しても仕方がないのではないか。地方自治とは基本的に隣県との調和を求めない「傲慢な自己都合」が重視されるようだ。どこぞの県知事も、その傲慢ぶりを発揮したまま引退したが。そういう「連中」に限り、自分は県民から選ばれた、と宣うのだがなあ。関空からのフライトコースが特殊なのかもしれないが、千葉県上空でそんなことを考えていた。

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最近の回転寿司は先端文化

なんでもミックスすればうまくなる?

回転寿司が一皿100円で亡くなってからずいぶん時がたったが、どうも値上げをした割に品質が上がってもいない。単純値上げというより、世間の値上げに便乗しただけという気もする。ただ、そんな中で最近あちこちで試してみるメニューがある。軍艦巻きでミックスされた具というか、刺身の切れ端を集めたもの、つまりバラチラシ的なトッピングのものだ。これが同じ店でも日によって違うことが多いので、今日はあたりだとか今日はハズレだとか、おみくじがわりに占うメニューにしている。この日は、中吉くらいだった。

鯖が値上がりしているらしく、今ではマグロに匹敵する価格帯に出世したせいで、青魚の酢締めは小肌くらいしか「お気楽価格」で楽しめなくなった。味もまだ低価格ゾーンで頑張っているが、そのうち高級魚の中に入っていきそうな気配が濃厚だ。この小肌はまだお安い。

予想外にイカっぽいのがすごい

イカはブランド品になってしまい、回転寿司では高級ネタに大躍進だ。これまでは相撲で言うと前頭5枚目くらいの小兵だったはずだが、今では関脇くらいに偉くなっている。日本海のイカ乱獲二より資源不足で、おまけに世界のどこかにイカの大産地があるわけでもないらしい。タコはもはやアフリカ産が当たり前だが、東海岸のタコは取り尽くしたらしく、今では西海岸方面に産地が映っているようだ。このイカはどこのものか知らないが破格の安さだった。

好きだけど、これはもう鮨ではない創作料理だろう

100円回転寿司が生み出した最高傑作というか最大の手抜き料理が、この巻きもしない軍艦巻きもどきだ。海苔の上にシャリ玉を置いて上からネタを載せて終わり。握り寿司という文化の片鱗もない、インベーダーのようなメニューだが、最近これがじわりじわりと広がっている。最初は「ウニ」などの高級食材だった。それが今では、マヨネーズで和えたミックスシーフードまで広がっている。
こんな進化した寿司もどきを、外国人韓国客が喜んで食べている姿を見ると、なんだか微妙に申し訳ない気がする。彼らは伝統的日本文化を楽しんでいるつもりなのだろうが、回転寿司は日本の最前線で展開される実験文化だ。握るのはロボットで、従業員の多くは日本人ではなくなりつつある。まさに21世紀日本社会の象徴だ。
ちなみに、こののりのうえにぺろんとのっているものは「つつみ」というのだそうだ。つつんですらいないと思うけどね。多分、自分で包んで食べろ、ということなのだろう。

街を歩く

お江戸の居酒屋

お江戸は高田馬場の居酒屋で、実にお江戸らしい食べ物が出てきた。JR高田馬場駅から坂を登ってしばらく歩いたところにある。駅前とは言いがたい難しい場所だが、地元民に愛される人気店のようだった。

もつ焼きと焼き鳥の違いを知ったのはお江戸に来てからだった。生まれた街では焼き鳥と言いながらもつ焼きも合わせて出てくる店がほとんどだったからだ。そのもつ焼きの店で、これまた実にお江戸らしいというかびっくりするメニューがあった。キャベツだ。味噌誰がついている。福岡の焼き鳥屋では、バラバラになったキャベツがお通しがわりに出てくるが、ここではゴロンとぶつ切りになったキャベツだった。冷やしトマトというメニューにお目にかかったのも、最初はお江戸の居酒屋だった。どんなトマトが出てくるのかドキドキして待っていたら、輪切りのトマト(確かに冷やしてあった)が出てきて、度肝を抜かれた。それと同じで、キャベツがゴロリというのは……………やはり、お江戸はすごい街だ・

次に出てきた仰天メニューはアンチョビーポテト。確かにアンチョビーの塩味が効いていてなかなかの珍味だ。しかしルックスがあまりにシンプルではないか。ぱっと見では大学芋に似ているような気もする。これも、名前と実物があまり一致しない、凄技だろう。

アボカドのベーコン巻きという名前を見て想像したものと出てきたものが、なんというか微妙な感じがする。見た目は名前通りだ。決して裏切ってはいない。食べていると火の通ったアボカドはなかなか美味い。生で食べるよりも美味いかもしれない。ベーコンの塩味とよくあっていると思おう。だが、なんだかこれは違う……………と思ってしまう不思議なメニューだった。創作料理といいう言葉を看板に掲げている店があるが、あれはまさに、お江戸のこんな店のことを言うのだ。

こんな凄技のメニューを見てもあまり驚かなくなったのだから、もうすっかりお江戸暮らしになれたと言うことだなあ。