食べ物レポート

信州名物 野沢菜のおやき

自宅近くのスーパーにて、期間限定ご当地名物コーナーで発見した

長野県の郷土食として有名な「お焼き」だが、30代中頃までその存在を知らなかった。二十代に北海道から転勤してきて埼玉県の地方都市で暮らしていた。まあ、金もなく知識もなく、何が美味いとか何が名物だという情報を全く持ち合わせていなかった。
一年ほど米国で暮らしたあと日本に戻ってきて、日本の食事とはなんなのだろうという問題意識が芽生え(笑)、あれこれと有名な食べ物に挑戦するようになった。その頃は埼玉の地方都市から川崎という大都市に引っ越しをしていて環境が良くなったせいもある。
その後、仕事で全国の著名な食べ物を研究する機会があり、その中で信州お焼きを知ったが、実食したのはその一年後だった。今振り返ると、インターネットでの情報検索などかけらも見えない時代で、情報とは「書籍」「雑誌」から得るもの、あるいは口コミが有力手段だった。だから、20-30代の貧乏サラリーマンに高い情報収集能力を臨む方が無理な時代だったように思う。相当な本購入代金を負担できる経済力、口コミを動員できる人脈形成、どちらも若いサラリーマンには手の届きにくい「知財」だったはずだ。
だから、初めて「お焼き」を食べた時はドキドキしていたものだが、実食してかなり残念感があったのは記憶している。今思い出しても笑ってしまうのだが、その頃から情報を美化して過剰な期待を持つ性癖があったようだ。その後、お焼きは何度も食べる機会があり、手頃な昼飯として好物になったのだが、初見時は「がっかりなたべものだなあ」という諦めと共に食べた。
その憧れと失望のない混じった食べ物が、今では普通にスーパーで売っている。流通の進化のせいか、情報が行き渡ったせいか、よくわからないが、地域の特産は現地に行って食べるものという常識はもはや存在しない。

袋から出す時に割れてしまった

もともと、お焼きとは野菜の漬物などを小麦粉で練った生地の中に入れ、囲炉裏の灰の中で加熱したものらしい。だから中に入るものは甘い味、しょっぱい味にこだわらず色々とある。小豆あんの入ったものは定番だが、野沢菜漬け、茄子の味噌炒め、切り干し大根など実に多彩なバラエティーがある。個人的に野沢菜漬けの入ったものがいちばんの好みだ。

生地はイーストやベーキングパウダーが入っていないのでふかふかはしていない。厚手の餃子の皮と言っても良い素朴な生地だ。だからつくる時の皮の厚さによって仕上がりも変わる。製造メーカーによって生地の厚みには随分差があるので、好みのメーカーを見つけるのも楽しみだ。
ちなみに、お土産で販売されているものは中の具材もたっぷり、生地も厚めのものが多いように感じる。個人的な好みで言えば、長野のローカルスーパー・つるやのPB品が一押しなのだが、これは現地に行かないと買えない。おまけに自社工場で製造したものを配送するので、場所によっては当日の昼過ぎから午後にならないと入荷しない。なかなか手に入れるのが難しい商品だ。

通販では冷凍品もあるので全国どこでも調達可能だが、こればかりはやはり長野県の現地で食べよう、と言っても長野は広いしあちこちでローカルお焼きがあるから、どこの現地に行って食べれば良いのか迷う。
長野市に行って善光寺参りをし、帰りに門前町でお焼きを土産に買うというのが一番ポピュラーなお焼き調達ルートかもしれない。
不思議と肉入りお焼きとかチーズ入りのおやきを見たことがないが、これも近い将来、お土産専用品として出現しそうだ。京都の生八ツ橋的な奇形進化をするのは時間の問題だろう。ただ、自分で食べてみたいとは思わないけれどね。

街を歩く, 食べ物レポート

サイゼリヤのゴージャスランチ

たまに肉を食べたくなるとサイゼリヤに行く。コスパが良いということもあるが、単純にサイゼリヤのハンバーグがうまいと思うからだ。肉肉しいという感じがする牛肉ハンバーグが好みだが、ランチセットに出てくる合挽肉のハンバーグも捨てがたい。ただ、合挽肉ハンバーグを食べたければ、びっくりドンキーの定番なので、そちらに行くのも良いのだ。牛肉ハンバーグであればサイゼリヤ一択になる。他のファミレスや肉食堂のハンバーグを鎧袖一触する優れものだ。
豚肉生姜焼きという庶民的な肉料理も飯にはよく合うが、肉だけ食いたい気分の時はハンバーグがよろしい。そんな「肉食べたい欲求」に追い込まれて店内に入ると、メニューを見てちょっとだけ気分が変わる。急にエビが食べたくなったのだ。
昔はサラダのトッピングに使われていた小エビが、最近は単品で食べられるようになった。甘めのドレッシングがうまい。イタリアンなのにワカメが使われているのがちょっとおかしみがある。前菜というより副菜という感じの量だ。

えびのついでに冷たいチキンを頼んでみた。ただ、これは完成度がエビに負けるなあ。普通に美味しいチキンだが、ドレッシングをもう少し強めないと自分には薄味すぎる。この辺り、どういう仕立てにしたいのかもよく見えてこないので、あまりに普通な感じがする。自分のうちで食べられそうな存在感しかない。
そこで、サイゼリヤ特製の赤くて辛いソースをかけて食べてみた。正解だった。辛いチキンは美味い。最近のサイゼリヤは「セルフ混ぜ・味変」推しだから、こういう商品を登場させたのかもしれニア。

ハンバーグには目玉焼きがのっている。いかにもサービスですという感じが素敵だ。半熟の黄身を肉と合わせるとこれまた美味い。ポテトとコーンの付け合わせはハンバーグの定番みたいなものだが、この量もよく計算されていると思う。400円で与える満足感としては、日本の有数外食チェーンの中でダントツ、群を抜いたトップだ。某ハンバーガーM社も普及品ハンバーガーではこのレベルに遠く及ばない。ブランド代表商品のBigMですら、このワンプレートハンバーグには負ける。ましてやフライドチキンや牛丼では敵うはずもない。
ただ、この手のコスパの良い店は絶対的な客数が必要なので、地方都市ではなかなか展開しずらい。首都圏や関西圏では各駅停車に近い密度で店舗が配置されているが、地方都市になると大きなショッピングモール、あるいはせいぜい駅ビルにしか出店していない。言ってみれば地方格差のある都会型ブランドなのだ。だから、地方都市での密度を上げるより国外での展開を選んだグローバル企業でもある。
ファストカジュアルの本場、アメリカ西海岸あたりで展開すれば、抜群の戦闘力を誇りそうだがなあ。なぜか、ユーラシア東岸が主力の展開地だ。

この三皿注文してほぼ千円、休日のランチとしてはあまりにゴージャスだった。

街を歩く

新宿中村屋の肉まん

新宿中村屋といえば、印度カリーと思い込んでいたが、ちょっと調べてみると色々な商品を販売している。というか、歴史的に色々な商品を全国に先駆けて投入してきた進歩的企業だったのだ。お見それしました。
その中村屋の肉まんを買ってみようと高級スーパーに出掛けてみたら、肉まんとあんまんのセットで売られていた。自分としては肉まんオンリーで良かったのだが、セット販売では仕方がない。
それにしても、包装に載っている肉まんと豚まんの写真が斬新だった。饅頭を真ん中から割って中身を見せるという構図は初めて見た。うーん、なんか饅頭っぽくないが。

饅頭は、一個ずつ袋入りされていて、肉まんとあんまんは個包装の色違いで区別がつくようになっている。
完全に電子レンジ対応なので、使い勝手は抜群に良い。30秒ほどのレンジアップで温度ムラもなく熱々の饅頭に仕上がる。

温めた肉まんを割ってみると、幾分皮が厚めなのがわかる。皮自体が甘めの味付けで、肉まんの濃い味(塩味)とのバランスが良い。これまで食べてきた肉まんを比較して、バランスの良さという点では一番良いかもしれない。
老舗の肉まんやでは皮は薄味、アンも薄味な傾向にある。また、量販店で売られている値段が安い物だと皮の比率が上がり肉肉しさが薄れる。その中間点的な仕上がりをしているのがこの肉まんだった。
老舗の手作り(たぶん)とは異なり、機械による量産型だとは思うが個人的には一番好みだ。手作りが一番うまいというのは、現代のおとぎ話でしかない典型だろう。
ちなみにあんまんは、レンジアップすると中のあんこが火傷するほど熱くなるので要注意だった。

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夏の終わりに冷麺 Part3

今年の夏はあちこちで冷麺を食べた。冷やし中華とは違うさっぱり系の冷たい麺が受け入れらたということだろう。たまたま入ったファミレスでも冷麺が夏メニューとして登場していたので、早速試してみることにした。
おそらく今年食べた冷麺のベストだと思う。麺とスープ、どちらも冷麺らしい。太めのもちもちとした歯触りの麺と、コクのあるすっきりとしたスープのバランスが良い。トッピングは冷麺的というより冷やし中華的だが、お決まりのキムチが多めに入っているのが良い。
できればもう少し麺量を増やして欲しいが、ラーメン屋の冷麺よりは仕上がりが良いようだ。実はこの後にパフェを食べようと思ったのだが、店内が昼どきで満席だったので諦めた。

そのファミレスの隣にはコンビニエンスストアーがあり、そこで冷たいアイスクリームでも買おうとしたのだが、この夏のイチオシはスムージーでこれも良いかなと思った。が、やはりお値段がネックになる。コンビニでこの値段を払うのはどうにも抵抗があり、ついついいつものガリガリ◯にてがのびる。そう言えば、なぜかこの店は夏の絶対定番、スイカバーが置いていなかった。なぜだろう。もう今年のスイカバーは終了なのだろうか。まだ30度越えの暑い日が続いているので、ぜひスイカバーを所望したい。

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ドローンの視察

仲良く付き合っている知り合いがドローンの会社を立ち上げた。北海道で農業支援の事業をするということで、面白い話だといつも近況を聞くのが楽しみなのだが、今回はドローンのデモフライトを見せてもらえることになった。自宅からほど近い場所だったので、いそいそと出かけた。
ドローンの展示会には何度か行っているが、実機が飛ぶのを見るのは初めてだった。見た目の感想としては意外と華奢だなという感じがした。ドローン会社の方が一人で持ち運びできるくらいだ。ただ、これに農薬や種などを空中散布するため「ブツ」を10kgほど積み込むので、それは後から積み込むことになる。

あれこれとセッティングをした後で飛行開始。予想以上の爆音で、これでは隠密任務は難しいだろうと思う。農場で牛などが近くにいるろ暴走を始めそうだ。実際に、十勝では夕方に牛を厩舎に追い込むのにドローンを使っている。牧羊犬より優秀らしい。
プロペラが巻き起こす下向きの風、ダウンウォッシュも想像以上で、下が地面であれば砂埃が舞い上がるレベルだった。同行した専門家によれば、プロペラの形状や材質によってもう少し静かなものもあるそうだ。
事前に地図に合わせて飛行経路を設定するので、目視で手動運転する必要はないらしい。その方が散布むらも少ないのだそうだ。方向転換の時には、軽く傾いたりするのは、よく見るヘリコプターの画像と同じだった。(当たり前だなあ)

値段を聞くと機種にもよるが、最低100万円くらいらしい。確か自衛隊の戦車弾が一発これくらいの値段だったと記憶している。となると戦車で一発打つのとドローンで攻撃するのはほぼほぼ同じお値段となる。遠くウクライナで、家庭の内職レベルで戦闘用ドローンを大量生産しているという意味がよくわかる。
ドローン製造では大陸の国がほぼ独占しているらしいが、いざカマクラ的な事態になるとウクライナのようにガレージ工場で大量生産できるのだから、これは貧者の核兵器並みの軍事革命ではないのか、などと農業ドローンを見ながら思っていた。
ところが、今朝のネットニュースではドローンにテルミット(焼夷剤)を積んだものが、対ロシア戦で活躍していると報道されていた。貧者の核兵器はすすでに実用化されている。2-3年もすればRX-79とかMS-08とかいう形式番号で、黒い三連◯とか赤い稲妻とか白いやつとか呼ばれるようになり、空飛ぶドローン母艦が出現し……………が実現しそうなのが怖いなあ。

ちなみにトヨタとかホンダの最新鋭工場を改造したら日産1万機くらいは楽勝で製造できそうだ。国産GPSとの連動をとれば、精度数cmでのピンポイント移動が可能だし、国産の携帯キャリアの電波が届くところでは、完璧な制御が可能だろう。まさに国土防衛の切り札的兵器だが、自衛隊は米国製大型攻撃ドローンの研究しかしていないような気がする。
ドローンについてはもう少し研究してみようかな。

街を歩く

夜の新宿で

正面が歌舞伎町タワー

久しぶりに夜の歌舞伎町を歩いたら、なんと旧コマ劇場前、現在のトー横が防護策で隔離されていた。一連の新宿騒動、つまり家出少女のような行き先のない子供達を救護する活動とそれに対する反対運動や、この広場で屯していた若者が起こしたあれこれの事件対策として、柵で囲って誰も入れない(入れないことはないらしいが)という、極めて分かりやすい日本的な対策が取られていた。
確か都知事選の間もこの辺りの治安維持みたいな話が出ていたように思うが、新宿歌舞伎町はどんな規制をしても必ず裏を掻い潜る奴が出てくるし、弱いものを助けるという名目で荒稼ぎする、いわゆる貧困ビジネスを企む奴もこれまた多い。抜本的対策を取るなら、歌舞伎町全域を公園にでもして真っ平な無店舗地帯にするしかないだろう。そんなことができる都知事などいるまい。だから対策はいつも取り繕うだけになる。

そして、その囲いのある広場の横では路上で爆睡している方もいた。誰一人声をかけようともしないが、それが新宿というか大都会らしい光景だろう。下手に手を貸せば最後まで面倒を見るハメになる。例えば救急車を呼ぶとすると、救急車が駆けつけた後に事情説明をしなければならないし、とても時間と手間がかかる。(実体験で確認済み)
警察を呼んだとしても、自分の携帯電話番号が記録され、やはり面倒なことになる。(事後処理に付き合わされる)
新宿歌舞伎町は、おそらく10mおきに防犯カメラが仕掛けられているので、何かあった時には画像記録が残っているはずだ。だから、こうして道で寝ている人も、それなりに安全と言えば安全なのだろう。夏の終わりとは言え気温は夜でも25度近くあるし、北海道薄野の冬のように凍死する危険もない。終電までに目が覚めればとりあえずおうちには帰れるだろう。経験的には、30分ほどすると、路上睡眠者のほとんどはいなくなっている。路面の冷たさで目が覚めて帰るのだろう。


というようなことをみんな考えていると思う。ちなみに土曜の早朝であれば、この手の爆睡人種は新宿のあちこちにいる。渋谷では目抜通りで倒れている(?)こともあるので、都会ではありふれた光景なのだ。ホームレスが追い出されていなくなった街で、なぜか路上睡眠者が増えるのは21世紀的な面白い現象かもしれない。

食べ物レポート

イカ天とちくわ天 ドッグ

イカ天ドッグ

館山のパン屋で見つけてきた不思議パンの一つが「イカ天」ドッグだった。人の想像力はどこまで遠くに行けるのか、の見本ではないかと思う。イカ・タコ好きとしては絶対に見過ごしてはいけない一品だろうと、熱い思いを抱いて買い込んだ。
食べてみると、うーん、なんだかなあ。イカの味はするのだけれど………近くのパン屋で売っていれば週一くらいで買うとは思う。ただ、期待が高すぎたからなあ。
イカ天を食べるのであれば、大阪駅そば、阪神百貨店の名物イカ焼き風に濃いソース味にすると良いのかもしれない。コテコテの大阪味みたいなものになれば、限界突破の可能性はあると思う。でも館山だからなあ。ソース文化は薄いだろう。

ちくわ天ドッグ

ちくわ天は立ち食い蕎麦屋で蕎麦に乗せて食べるものだ、みたいな先入観がある。たまに居酒屋に行ってちくわの天ぷらが置いてあっても、どうも食指が伸びないのはこの固定観念のせいだろう。イカ天ドッグを買った勢いてついで買いしてしまったが、これはちょっと勇足だった。単純にちくわ天の味が薄い気がする。イカ天ドッグもそうだが、意外とあっさり味でちょっと物足りない。
一緒に買った特製あんぱんの迫力とあんこの暴力とでも言いたいあんこマシマシン状態と比べると、イカ天ドッグもちくわ天ドッグも実におとなしい感じだ。長年のレシピーを守っている店のようだから、地元館山のお客さんにはこの淡白さが受け入れられているのだろう。あまり勝手な思い込みをせずに、素直に味わってみればまた違う感想になるかもしれない。あるいは、好き勝手にソースダボダボかけて味変してみるという手もありそうだ。
などと文句ばかり言っているようだが、このパン屋さんにはもう一度、いや二度三度行ってみたい。良いお店だったのだよね。何年かに一度巡り会う「また行きたいパン屋さん」だった。

ちなみに最近出会ったパン屋の上位にいるのは、岡山の木村屋だ。中村屋、木村屋とお江戸の名店から暖簾分けした名店に出会えるのは、もう一つの旅の楽しみだなあ。

食べ物レポート

5年ぶりの鳥貴族 vvv

目黒でホール落語を聞いた帰りに同行者とよく立ち寄ったのが鳥貴族だった。良い演者、演目をみた後は、その感想を話したくなる。そんな時にちょいと立ち寄るには便利な店だった。
そんなことを思い出し、鳥貴族に入ってみたが、よく考えると最後に鳥貴族(多分、東京都内のどこかの店)に入ったのはコロナの前だったから、少なくとも5年ぶりになる。値段は290円(?)から370円に上がっていたが、以前は本体価格表示で消費税込みだと330円だったはずだ。今は税込み価格なので、実質的には1割程度の値上がりということになる。このご時世、随分と良心的な価格調整だと感心した。
まず、ちからこぶの黒胡椒串焼を注文したのだが、「ちからこぶ」とは耳慣れない言葉だ。調べてみると手羽元らしい。鳥貴族は大阪発祥のチェーン店なので、鳥の部位の名称がお江戸とはちょいと異なる。食べれば美味いので問題ないが、頼む時にこれはなんだと思ってしまうことがある。まあ、たいした問題ではない。
さらに載っているマヨネーズにちょっと驚いた。そういえば、焼き鳥にマヨネーズをつけて食べるのは初めてかもしれない。マヨネーズをつけてみても、普通に美味しい黒胡椒焼き鳥だった。

もう一つ気になっていたのが「岩下の○生姜」を使った鳥唐揚げだった。生姜を使った食べ物は気にいっているので、これも勇んで頼んだのだが大正解だった。ただし、出てきた時はルックスにびっくりした。串に刺さった唐揚げが登場して生きたからだ。失敗して黒焦げになった焼き鳥が間違って出てきたのではないかと思ってしまった。
抜刀唐揚 ~紅生姜編~ とメニューには書いてある。串を外してお召し上がりくださいとのこと。何事も慌ててはいけない。あちこちで鳥唐揚げは食べ続けているが、これはとても好ましい味付けだと感じた。個人的には大好物認定しよう。
すりおろした生姜をつけだれに入れて生姜味の唐揚げにするのは普通だが、これはそれとは異なり、もう少し生姜の主張が強い。それが実に美味さを感じさせる。まあ、単純に個人的なショウガ大好き嗜好にハマっただけかもしれないが、うまいものはうまい。

コロナの後、鳥貴族は拡大再開しているようで、それはそれでめでたいことなのだが、自宅のそばにあった店は閉店してしまった。なんとか再出店してもらえないものだろうか。でもパルコが閉まったせいで、街は一気に寂れているから無理かもしれないなあ。
そういえば、この店の従業員の話す言葉が、全くどこの国の言葉かわからなかった。顔つきはアジアン系だったので、ミャンマーとかカンボジアとか、東南アジア内陸部の人たちだろうか。東京都内の居酒屋では、人手不足のせいで多国籍の人たちが働くから共通語が日本語になっていると聞いたが、確かにそうれはありそうなことだ。となると、ますます自宅付近での出店は望めそうにないなあ。

街を歩く

五十番 まんじゅう Part2

五十番の饅頭はどれも大ぶりでずっしりとする重さがある。ただ、チャーシューマンは二回りほど小さい。皮とアンのバランスのせいだろうか。個人的にはこの味付けの濃いチャーシューを使った中華まんは好物だ。アンの味があまじょぱいのが良いなあと思う。
肉まんでは筍などがコリコリとした固めの食感で楽しみを加えてくれる。チャーシューマンはチャーシュー自体の固さが、その食感の変化をもたらしている。
実は、この濃い味の方が肉まんよりも皮とのバランスが良いと思うのだが、ひょっとするとチャーシューマンだけ別製の皮なのかもしれない。そう思わせるほど皮とアンのバランスが良い。小ぶりなので、もう一つ食べたくなる。

皮の頂上部が弾けているのが美味さをそそる

二つ目は今まで食べたことのなかった緑色の饅頭で、ニラとエビの饅頭だった。皮の緑色はニラ由来のようだが、食べてみるとあまりニラは感じない。ただ、緑色の饅頭は食欲が湧かないかと思ったが、意外とそうでもない。おそらく世の中に大量に出回っている「抹茶製品」のおかげで、自分の中の食べ物と色の関係が少し乱れているようだ。

レンジアップしてから中を割ってみると、中身も緑系の色彩となっている。これもニラによるものらしい。食べてみると、確かにニラっぽい味がするし、エビの食感も楽しい。ただ、どうも味がぼやけている感じがするのは、強烈なニラの匂いを期待しすぎたせいだろう。
自分の中では、ニラレバ炒めとエビチリが合体したようなイメージがあったが、食べてみれば優しい味付けで、ほんのりとニラ、食感がえびのぷりっとした感じという、高度な芸術的バランスだった。もっと粗野な味付けでも良いのだが、やはり緑の食べ物はお上品になるらしい。

五十番の饅頭はラップで個包装になっていた。昔は経木で包まれていたような記憶があるから、いつから都会的な個包装に変わったのだろうとちょっと不思議になる。

大判の肉まんも美味いが変わり饅頭も捨てがたい。老舗の力というやつか。

街を歩く

館山でパン屋に行く

館山駅に着いた時はそれなりに疲れていた。首都圏でも西の果てに近い場所にある自宅から、南の果てである千葉県房総半島の先端付近まで列車の旅をしてきた。時間だけ考えると、新幹線であれば広島くらいまで行ける。東北新幹線であれば函館まで行ける。飛行機であれば沖縄の離島に行ける。そんな長距離移動をTシャツ・短パン・サンダルでこなしてきた。日帰り旅行というにはちょっとハードルが高い。
駅にいた子供連れのファミリー旅行者は、海外旅行にいくのかと言いなくなるほどの大きなスーツケースを持っていた。やはりリゾート地なのだ。駅を降りたら楽器を抱えた大学生の集団がいて、どうやらクラシック演奏をする学生の合宿らしい。
聞き慣れない外国語を話す若者も混じっていたから国際交流絡みの合宿のようだ。この暑い夏の日本に外国からわざわざやってくるとは、音楽やるのも大変だなあと妙なことに感心した。

駅の隣にあるバスの待合所で、これまたお約束のご当地キャラに出会った。と思ったら、家に戻って調べるとアニメキャラで、地球外からの侵略者と第二次世界大戦当時の航空機(のようなもの)で戦う乙女の話だった。
なんだか、大洗を舞台にした学園戦車戦ものを思い出す。館山には自衛隊のレーダー基地があるし、対戦前は航空基地があったはずだから、「航空軍都」と言っても良いのかもしれないが、キャラが乙女だからなあ。
原作者というか設定者の趣味が(軍オタ的)爆発したストーリーみたいだし。当時は関連グッズも発売されたのだろう。ただ、今ではすっかり館山駅は静かなものだった。

その戦乙女キャラにお出迎えされたバス待合所から歩いてすぐのところに、これまたシックなパン屋がある。本郷中村屋(その後、移転して新宿中村屋になる)で修行した方が、当時の避暑地館山に出した店とのこと。昔ながらのパン作りをしているらしいときいて、館山に行ったらぜひ訪れてみたいと思っていた。しかし、今の気温を考えると海沿いとはいえ、ここが避暑地になるのだろうか。勝浦は海流の影響で30度を超えることはないと聞いたが。


その念願の中村屋で、これまた念願だったあんぱんを手に入れた。クリームパンがおすすめらしいのだが、手に取ったらずっしりと重い特選あんぱんにしてしまった。
ちくわドッグやイカ天ドッグなどみたこともない調理パンがあり、このパン屋は何度かたずねてみたいなと思ったのだが、再訪するのに館山は遠すぎる。またいく機会は、あるかなあ。