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沖縄土産あれこれ

沖縄で買い揃えた土産物色々のうち、食べ物だけをピックアップしてみた。今まで一度も見たことのなかった塩煎餅を見つけたのは、ちょっと街外れにあった土産物店だった。見た目はなんとも素朴だが、お味も素朴だった。日頃見慣れたせんべいとは随分違うが、伝統的駄菓子というのであれば文句のつけyぷもない。名前が良いよね。

甘いイソ味のポーナッツは何度でも食べたいと思う悪魔的な旨さだった。バタピーの塩味もなかなか中毒的な旨さがあるが、この味噌味コーティングピーナッツは、人の意識を猿族にまで変更してしまう。それくらい魔物じみた中毒性がある。(個人的見解です)甘さとピーナッツに多い脂分が絶妙に絡まり合っているせいだ。和菓子の甘さには脂分が何のでここまで中速製が強くならない。洋菓子、バターやチーズを使った菓子が幼い子供に人気があるのは「糖」と「脂」が生存に直接繋がら重大な栄養分であり、それが本能に刷り込まれているからだ。
だから、このままいピーナッツはきっと子供も好きに違いないし、ヒト族と共通祖先を持つ猿族もきっと大好物に違いない。まさに「体が求める食べ物」だろう。サーターアンダギーもニアような特質をもつ。沖縄人、すごいなあ。

スーパーの惣菜コーナで見かけた沖縄風ぜんざいは、確かにお江戸あたりのぜんざいと違い豆が大きめでごろっとしていた。甘さは控えめなので、みつ豆とぜんざいの中間くらいの感じがした。
その常備版を見つけたので、ついつい喜んで買ってしまった。普段はあまり食べないぜんざいだが、この沖縄版ぜんざいであれば週一くらいで食べてみたい。しかし、沖縄は全県人口100万人程度のはずだが、オンリー沖縄の製品が豊かなことには驚くばかりだ。
ちなみにスーパーの食品売り場で必ず確かめるのが納豆売り場だ。納豆売り場は地域によって随分と異なる。並んでいる商品の種類や製造メーカーなど、東西南北で随分と異なっている。一般的に西国では納豆売り場は小さめの傾向にあるが・沖縄ではそこそこの広さがあり、これはちょっと意外だった。琉球王国時代に納豆文化が流入したのだろうか。このぜんざいは日本的というより大陸王朝的な匂いがするが、納豆は薩摩藩経由で入ってきたような気がする。

スッパイマンは100円ショップでよく見かけるので駄菓子の一種だと思い込んでいたのだが、沖縄では著名な菓子らしい。どこのコンビニでも大量に陳列されていた。疲れた時にはこの甘い梅を食べると元気が出る。沖縄名産だったとはなあ。

沖縄といえば〇〇の一つでもあるオリオンビールのコラボスナックがあった。ビール味がするのかと思ったが、普通にカリカリしょっぱいスナック菓子だった。これもコンビニに行けばどこでも買える人気商品だった。
グミも沖縄原産のものが売られていた。シークワーサー味は言われてみればそうかなという感じで、レモン味とかゆず味とか言われてもあまり差が感じられないくらいではないか。ただ、気分は沖縄になるところが重要なのだなあ。マンゴー味は、確かに一口食べたらあわかる「普通の味」に仕上がっている。個人的にはトロピカルフルーツの中でマンゴーが一番好みでもあり、この組は10個ぐらい大人買いしてくればよかったと後悔した。

ただ、色々と買い集めてきて楽しんだ後に気がついたのだが、やはり沖縄食品は銀座にあるアンテナショップに出かけていけば相当な種類を手に入れることができる。ここに並べてみたものも塩煎餅以外は手に入りそうだ。確かに、いつもアンテナんショップで買う「塩ちんすこう」は、本場に行っても買う気が起きなかった。お土産に頼まれたお菓子も銀座で買えたなあなどと後になって気がついた。

実に便利で、そしてちょっと味気ない世の中になったものだ。

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ミュンヘン市の不可思議さ

北の街で冬の風物となった感があるミュンヘン市は、すでに20年近く続いている。コロナの間はお休みしていたが、また元気に開催されるようになった。北の街で最大の冬イベントは知名度の高い雪まつりがメインとなっているが、観光客の過剰増大(オーバールーリズムというやつ)とか、大型雪像の制作依頼先である自衛隊との関係悪化とか(自分としては、どうも市役所の対応がタカビーなのではと疑っている)、あれこれ運営方法も含めた問題があるようだ。
ごくごく個人的な話をすると、雪まつりは夜に行って10分眺めて、あとは居酒屋に転がり込むためのイベントだと思っている。北の街では厳冬期であっても居酒屋の中は常夏の温度環境だ。

大通り公園全体を使う雪まつりとは異なり、ミュンヘン市は2丁目だけを使うこぢんまりとしたイベントだが、その分飲食施設が大量出店するので、冬の屋外立ち食いという何とも奇妙というか、よくやるよねという、摩訶不思議なイベントになる。
ただ、さすがに雪国育ちの面々はとりあえず屋外の寒さには強い。そして、わざわざ厳冬期に訪れる物好きな観光客は寒さこそがご馳走らしいので、これまた屋外耐寒飲食を我慢強く楽しんているようだ。

平日昼でこれほど人が出ているのは実に不思議な光景だ。北の街の繁華街は大半が地下道で結ばれていて、当然のことに地下道を歩けば雪で滑る危険もなく、暖房が入ったぬくぬく快適な地下通路を歩くものが多い。駅から大通りをつなぐ「チカホ」は、どの時間帯も通行人で溢れている。屋外を歩いているのは、寒さ体験が目的の観光客くらいだろう。

つまり、このイベント会場に登場する客を考えると、かなりの割合で「非・雪国」居住者がいるはずだ。一般的に雪の上を歩いて転ぶ人間はほとんどいないが、雪が圧縮されて固まる、つまり氷板状になると実に滑りやすい。スケートリンクを普通の靴で歩くと簡単に滑って転ぶが、この会場のように圧雪の結果で氷板になった場所は、スケートリンクのように平ではなく微妙な凹凸があり、スケートリンクより明らかに、そして余計に滑りやすい。
雪国居住者は冬になると「冬靴」に履き替える。冬靴の特徴は防寒性もさることながら、裏面ソールに滑り止め加工がなされていることだ。車で言えばノーマルタイヤとスタッドレスタイヤの違いみたいなものになる。
だから、氷板上の道路でもそれなりにスタスタ歩く。ところが、非居住者の中には、なんと「夏靴」のまま無防備状態で、この危険な場所に挑むものが多いらしい。

ちなみに圧雪状態のツルツル道路で滑ると、まるでアニメに出てくるバナナの皮で滑った状態になる。滑ったあと、体は水平になり空中に浮かぶ。足は空に向けて上方45度くらいまで跳ね上がり、視線はまさしく空を見上げることになる。そこからほぼ垂直に落下して背中を地面に直撃させる。尻から落ちればまだ救いようがある。尻の打撲はそれなりに痛いけれども、その後の歩行は可能だ。ただ、だいたいの人は受け身が取れないので、背中を強烈に打撲する。運が悪いと反動で後頭部も打ち付ける。失神するほど痛いらしい。
昔、東京の知り合いがすすきのの盛場と真ん中で転び肋骨を3本ほど折った。だから、写真に写っているようなツルツル路面には近づいては行けないのだ。危険が危ない。

ただ、真剣に思い悩むのだが、なぜ観光協会や市役所の観光担当の者たちは、この会場をロードヒーティングにして根本的な安全対策を取ろうとしないのだろうか。今年初めてやるイベントであれば費用対効果とか、来年やるかどうかわからないとか、非対応の理屈は通りそうだが、すでにこのイベントは20年近く続いている。おまけに、その間には東京オリンピックのマラソン開催を押し付けられて、公園周りはあれこれいじりまわしたはずだ。その時についでに改良工事をすれば、あの金に汚いオリンピック委員会(JもIも)ですら資金援助してくれたのではないかなあ、などと思ってしまうのだ。

誰かが転倒事故で死ぬまで何もしないのかな。雪の降らない南の国から来た人が事故に遭えば、深刻な国際問題にもなりそうな気がする。官の世界は狂気のワンダーランドに違いない。

ちなみに、北海道で最初にコロナが公式に発生(認定)したのは、雪まつり会場の管理事務所だったと記憶している。暖房のため密閉、乾燥、混雑、例の三密条件を完全に満たしていた環境だ。今の管理事務所がどう変わったのかみてみたい気もするが、窓開放で極寒地獄になっているはずもなさそうだ。
それに、雪まつりの混雑に乗り込むのは気が進まない。今年はインフルエンザが大流行しているそうだが、転倒事故と感染症拡大、どちらが怖いのかねえ。少なくとも転倒事故は人災だと思う。

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味付きピーナッツの話

今まで全く気が付いていなかったのだが、なぜか沖縄の土産物店で味付きピーナッツが売られていた。沖縄産の農産物といえばサトウキビくらいしか思い浮かばない。熱帯性の果実であるマンゴーやパイナップル、パパイヤクラだろうか。そういえば島バナナという小さいバナナも沖縄で食べるとうまいぞ、などと思いだしていた。しかし、ピーナッツ、落花生が沖縄と結びつかない。
それでも試しに買ってみた。アメリカ製のハニーローストピーナッツという甘くコーティングされたピーナッツは好物なので、それと似たようなものであればうまいに違いない。ハニーの代わりに黒糖がまぶしてあるのだから、甘すぎるかもしれないが不味いことはないはずだ。
ということでホテルで実食して。うまい。沖縄のピーナッツ、うまいではないか。食べ始めたら止まらない。あっという間に袋の半分を食べ切った。冷静に考えるとすごいカロリーのような気がする。危ない食べ物だ。

もう一種類買ってあった味付きピーナッツは食べるのが惜しくなり家まで持って返ってきた。なんと、この「味噌入り」がはるかにうまい。これを沖縄以外のどこかで手に入れられないかと商品名をよく見でみた。買った時は、中にあるピーナッツだけ見ていたから、商品名は全くわかっていないのだ。改めてみると「ピー糖」というらしい。
気になって沖縄の落花生事情をネットで調べてみた。なんと、沖縄でもピーナッツはほとんど作られていない。沖縄本島の北部にある伊江島で伝統的に落花生を栽培していたので、ピーナッツ加工品が地域名産として残っているようだ。まあ、そんな蘊蓄はどうでもよく、この味付きピーナッツをまた食べたいとあちこち探していたが、なんと北海道にある沖縄物産館で発見した。日本の南の果ての製品を北の果ての街で買い、わざわざ埼玉まで持って帰るという、輸送代を考えると地球環境に全く優しくない買い物をしてしまったが、ひとかけらの後悔もない。


北海道の沖縄物産館で売っているのだから、有楽町の物産館でも売っているに違いない。探索の手は着実に繋がった。めでたし。時間ができたら有楽町に行ってこよう。
ただ、もう一点わずかに疑問が残っている。沖縄で名産になる砂糖コーティングのピーナッツの存在は、日本の落花生王国千葉で知られていないはずはない。ひょっとすると千葉バージョンのコーティングピーナッツが存在するのではないか。(味噌に入ったピーナッツは記憶にある)
どうやら、甘いピーナッツを求めて千葉まで遠征するしかない気がしてきた。まあ、千葉は沖縄より近いけれど、有楽町よりは遠い。千葉のアンテナショップなんて東京には存在しないしなあ。この冬の宿題だな。

街を歩く

小料理屋と居酒屋の違いとは

小鉢ではなく一口サイズを何種類かというのも洒落ております

古い友人と年に3-4回、気になる居酒屋巡りをしている。有名どころ、老舗、新進気鋭の店など、その時々でお当番が店を選ぶ。参加者の歳も歳なので洋風居酒屋とか肉系居酒屋みたいな選択はほとんどない。どちらかというと渋めの店が多い。
そうした渋めの店、特に料理自慢の店であればコスパが良いとまではいえないが、みたことのない料理が出てきたりするので、大抵は満足して変えることになる。個人的に思うことだが、「良い店」の条件はお通しの質の高さだ。
しょうもない居酒屋ではもやしの茹でたのがお通しとして出てきたりする。あるいは工場で大量生産された業務用ひじきの煮付けだったりする。それには実に落胆する。もう2度とこの店に来るものかと思う。お通しなど出さずに個別料理の料金をあげれば良いのだと思う。


居酒屋業界で一般的な利益増収法がお通しだ。客単価3000円の店でお通しという名のサービス料を取り、利益率を10%引き上げるという姑息な営業形態は一体いつの頃から定着したのだろう。
ファストフードやファミレスでお通し代とかサービス料とかいう名目で、同じようなことをしたら間違いなくその店は潰れると思うのだが。ハンバーガーを注文したら自動的にピクルス三切れがついてきて、料金は300円取られたという事態を想像してみると良い。三日も営業すればSNSで大炎上するだろう。その乱暴な詐欺的商法が通用しているのが居酒屋だ。
そもそも居酒屋のおよおしというのは、注文した料理が出てくるまでの場つなぎ的な小鉢だったはずで、店主のうでの店どころだったはずだ。それは料金を取るようなものではなく、店側からの心遣い・サービスだったのだろう。手の込んだ技の光る小品が、いつの間にかぼったくりの象徴になってしまうとは嘆かわしい。
だからこそ良い居酒屋ではお通しに金を払う価値があるものが出てくる。お値段に見合った価値がある逸品ということだろう。

さて、そんな価値ある居酒屋と、これまた街でよく見かける小料理屋との違いがよくわからない。酒に重きを置けば居酒屋、、料理に重きを置けば小料理屋なのだろうか。小料理屋といえば寡黙な板前と愛想のいい女将みたいな連想をしてしまう。ただ、経験的にブスッとした板前・店主の店に入ったことはあるが、愛想の良い女将のいる店に入った記憶がない。きっと小料理屋とはどこかに隠れている都市伝説的名店なのだろうな。
今回の居酒屋は味も素晴らしいが、見栄えに重きを置いている感じがする。日本の懐石料理がフランス料理に影響して革命を起こしたのは有名な話だが、いまではそのニューベルキュイジーヌが日本料理に影響を与えている。懐石料理の様式美がフランスで拡散解放され、日本に里帰りしてきたら、和風の発想を離れ自由奔放な新・和食が生まれたという感じだろうか。この一皿、豚角煮なのだがまさにフレンチだった。

油淋鶏風の鶏唐揚げもすっかり日本では定着した感があるが、鶏唐揚げに緑をアレンジするのはかなり斬新だろう。甘酢系のタレとネギはよくあうが、味のバランスより彩りの効果が高いように思う。
器と料理の関係をしっかりと追い詰めるのが小料理屋で、大皿料理をすくって出すような無頓着さが居酒屋の良さなのかもしれない。見栄え重視か味重視か、はたまた価格重視かによって居酒屋から小料理屋の色合いが決まるのだろうか。
ぼてっとした陶器の器は親しみやスサや気軽さを演出するし、多彩の色を施した磁器であれば流麗とか洗練といったシャープなイメージになる。シンプルな白い磁器プレートであれば、まさにフレンチ的な料理の彩りを映すのキャンバスといったイメージになる。器と食べ物の色は強い関係をもつ大事な要素なのだ。
そう考えると、この店は洗練された居酒屋っぽいということになる。居酒屋と見せながら、小料理屋的な質の高い料理を出す。人気店になるはずだ。

この店は高田馬場駅からそこそこ坂を登ったところにあるビルの地下にある。飲食店には不向きな立地だが、この日も予約で満席だった。飲食店の売り上げは立地8割とよく言われるが、たまには立地の悪さを跳ね除け「店の力」で繁盛する。素晴らしい店主の力量であり努力の賜物だ。
ただ、こういう素晴らしい店は「俺でもこれくらい簡単にできる」と素人に勘違いさせてしまう魔力がある。プロの力量はさりげない部分の合体として隠されている。それに気がつけないから素人なのだが、勘違いして完コピすれば繁盛店を作るのくらい簡単だと思うのだろう。そこがそもそも間違っている。素人は完コピすらできない。似て非なるもの、似てはいるが決定的に三流なしろものしかできない。
飲食店の廃業率が高いのは、そういう無自覚な冒険者というかお馬鹿さんが多いからだ。アマチュア野球で地区予選敗退程度の実力しか持たないのに、プロに挑む者はいないだろうが、飲食業界ではそういう無謀が罷り通る。開店即閉店という高い授業労を払ってようやく学ぶ。脱サララーメン屋、脱サラ蕎麦屋など死屍累々の荒野だ。


自戒の意味も込めて申し上げる。立地の悪さを跳ね除ける力の持ち主は千人に一人くらいしかいません。そういう店主はほとんどが100店を超える大企業に成長していくものです。決して「素人」は真似をしないように。

街を歩く, 旅をする

セルフサービスの居酒屋

たたきのタレもまで 魚屋自家製特選タレ

足繁く通う高知県の漁師町で、魚屋の大将と二人で酒を飲むプチ忘年会をした。いつもはそれなりに混み合っている行きつけの居酒屋が、さすがに忘年会シーズンだけあり大人数パーティーがいくつも入っていて、店主が料理の注文を取れなくなっていた。とりあえず酒だけ頼のむと、魚屋の大将が何やら店主と交渉している。どうやら料理の手が回らないので、魚を持ち込むと言っているらしい。それなりの持ち込み料は払うということで決着がついた。
そして5分後、魚屋大将が自分の店からカツオ、大庄五人前を持ち込んできた。鰹の刺身と鰹のたたきのコンボだ。この一皿、居酒屋で注文すると軽く3000円は超えると思うが、とりあえずのつまみとしてはあまりに豪勢な「お通し」だった。二人で食い切れるはずもなく、最後の数切れは白飯に乗せてかってドンにしようと思ったくらいだ。これが、去年の12月、鰹のくい納め儀式となった。

おでんは大将のこのみで決まり 猟師町だからと言っておでんに鰹が登場したりはしない

鰹とお通しを食べながら、簡単に頼める料理としておでんが出てきた。というか、魚屋の対象がおでんの鍋から勝手に自分でとってきた。セルフサービスの極みだった。この日は大人数パーティーの料理が出揃ったのが二時間後、そこから自分たちの注文ができるようになったが、すでに鰹の食べ過ぎで満腹状態となり、腹にたまらないような簡単なつまみだけ注文した。これだったら、さっきでもすぐに出せた世、みたいな会話があったが、それはそれ。
セルフサービスの居酒屋というのは、案外楽しいものかもしれない。

食べ物レポート

衝動的に焼肉 井○頭五郎的選択

埼玉の誇り 安楽亭

所用がありちょっと遠出をした。あれこれと打ち合わせをした後、気がつけば昼飯の時間を過ぎていた。帰りの運転がてらどこかのレストランで遅めの昼食にしようと思ったのだが、前日に見たテレビ番組の記憶に引きずられてしまった。
それは深夜の飯テロとして有名な番組で、録画したものを適当に見ているのだが、たまたま前日に見たのが焼肉のシーンだった。その「飯テロ」記憶が空腹と連動して、たまたま進行方向にチェーン焼肉屋の看板が目に入った瞬間フラッシュバックした。実に衝動的な、だからこそ圧倒的な強さで「焼肉食いてー」となってしまった。気分はすっかり五郎さんだった。

一人焼肉など何年振りかと思うくらいだが、大衆価格の焼肉チェン店もこの数年間でかなりの値上がりになっていた。昔はワンコイン焼肉ランチなどという有難いものがあったが、いまは昔の話になっていて、焼肉ランチはだいたい1000円超だ。だが、今日は価格の問題ではないと断じつつメニューを睨んだ。この店は焼肉店なのにメニューがやたらと複雑だ。肉の種類や組み合わせをあれこれ悩むとほぼ無限大のメニューに拡散してしまう。
なので、まず食べたい肉を決める。カルビかロースかみたいな話だ。そこに豚とか鳥を混ぜると話がややこしくなるので、牛肉一本に絞る。続いて肉の量を決める。昔であれば200gや300gはへっちゃらだった(と思う)が、いまでは肉の量を慎重に決めなければいけない。一番下の量80gでは物足りないだろう。160gにすれば大きめのハンバーグくらいだからなんとかなるか。みたいなことで肉を決める。
そして、ランチメニューにはスープのオプションもある。セットメニューの基本はワカメスープだが、割り増し金を払えばカルビクッパに変更できる。カルビクッパは好物なので、これは外せない。ところがカルビクッパは量が多い。小ぶりのラーメン丼くらいの起きさだ。そうすると、総摂取重量が増加するので胃袋の限界問題が発生する。
だとすれば、白飯の量を並から小に変更だ。当然、もう一つのオプションであるサラダとキムチの選択も量の少ない方、つまりキムチを選ぶことになる。
ここまで慎重に考えてようやく注文できるのだが、注文はタッチパネルなので焦って決める必要はない。横に従業員が立っていて注文を取る従来型スタイルであれば、緊張のあまり適当に頼んでしまうに違いない。焼肉屋の技術向上は確かに役に立つではないか。ここまで、ほとんご気分は五郎さんになりきっている。

とあれこれ迷いながら頼んだ焼肉ランチセットだったが、結論を言うとカルビクッパはやめて焼き肉をもっと増量しておけばよかった。意外なことに思っていたより肉を食べても胃袋の余裕があったのだ。人は歳をとると食が細ると言うが、肉の量に関してはそうでもないらしい。さすがに丼飯で焼き肉を食う元気はないが、米を少なめにして肉をたっぷりであれば、まだ行けそうらしい。何年ぶりかの焼肉屋で気がついたことだ。

うーん、また肉が食いたい。

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日本列島 南北道行

成田からLCCで師走の旅をした。北の街との温度差は10度以上ある。機内はそこそこ暖かいのだが、千歳空港に降りた後のことを考えるとかなりの厚着になる。背中にリュック一つ背負っての旅なので、あまりもこもこと着込みたくはないが仕方がない。ダウンの重ね着をしようかと思ったが、そうすると交通機関内では暑くて仕方がない。温度調整に困るのは北向きの旅、それも冬場の特徴だ。

成田では上着一枚で大丈夫だったが、北の街について駅から歩き始めると突き刺すような寒さを感じる。一番外にはアウトドア用オーバーコート、一枚下にはダウンベスト、その下はフリースという防寒仕様で対抗するのだが、一旦室内に入るとこの季節の室温はだいたい27度前後。つまりお江戸であれば初夏の気温だから、筍の皮を剥くように服を脱いでいく。なんとも面倒臭い話だ。地元民は比較的薄着でコートの下は長袖シャツ一枚という着こなしが多い。
そもそも冬には屋外を歩かないのだ。市内中心部であれば、地下歩道が張り巡らされているため、大部分を地下で歩き最後の100mだけ地上を歩くというパターンが確立されている。だから、夜でも人通りは少ないがライトアップされたイルミネーションが雪道によく映える。

その雪国に行く直前には南国高知にいた。やはり12月ということでクリスマスデコレーションが公園を賑やかにしていた。当たり前のことだが、雪はどこにも見当たらない。気温は低いとはいえ雪が降るほどでもない。ジャケット一枚着ていれば夜でも街歩きに問題はない。なのに公園に人影はない。街に人が歩いていないのは、寒さだけのせいではないということだろう。
南国高知では室内が意外と寒い。北国では過剰な暖房が、いわゆる冬の贅沢として習慣になっている。店内が寒いレストランは、それだけで敬遠されるほどた。
ところが、南国土佐ではホテルの館内ですらうっすらと寒い。部屋の暖房を一旦最強に上げてしまうくらいだ。おそらく、冬のあたたかい部屋という概念がないのだと思う。冬の寒さに備えるよりより夏の暑さ対策が重要な地域なのだ。

そのちょっと前には、日本の最南の地にいた。やはりクリスマスを控えホテルの外もライトアップされているが、もみの木ではなく椰子の木だ。南国のクリスマスというのは妙に違和感があるが、それは体感温度のせいだろう。クリスマス=寒い季節というイメージが子供の頃から刷り込まれている。
お江戸に引っ越してきて最初のクリスマスに、雪が見当たらないのが不思議でしょうがなかった。それから随分と時間が経ち、雪のあるクリスマスが特別に感じるようになったが、半袖で過ごすリスマスはやはり珍しい。
ハワイに一年間住んでいた時に、一度だけトロピカルなクリスマスを体験した。クリスマスの当日に、小型のバイクで道を走っていてちょっと寒いなと思ったくらいだが基本は短パン、Tシャツの気候だ。体感温度は25度を超えていた。ハワイに赤い衣装のサンタクロースがいたかどうか記憶にない。赤い服のサンタを見かけたら、その暑苦しい雰囲気で記憶に残っていたはずだから、やはりトロピカルな地域にはトナカイの反りも含めて、存在しなかったのだろう。その後しばらくしてから12月のシンガポールに一週間ほど滞在したことがある。その時は蒸し暑さに閉口したものだが、寒くないクリスマスを迎える地があるのだと再確認した。暑いクリスマスはやはりちょっと変だ。


わずか一ヶ月の間に、日本の南から北まで旅をするなど、なかなかあるものではないなと思うが、その地の常識が違う場所では非常識になるのだと改めて感じた。ただ、雪のあるクリスマスと雪のないないクリスマス、寒いクリスマスと暑いクリスマス、どちらが良いと聞かれると「そもそもクリスマスなんていらない」と言いたくなる。
クリスマスは朝から晩まで働く日で楽しむ日ではないとずっと思っていた。前職でのトラウマの根は深いなあ。

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忘年会 パート2 時代の変化

昔々、サラリーマンをしていた頃の仕事仲間と忘年会をすることになった。忘年会パート2になるが、会場は古巣のオフィスがあった渋谷区恵比寿の飲み屋街だった。確かこの店は定食屋だったと思っていたが、今では昼は定食、夜は居酒屋の二毛作になっているらしい。
少なくともコロナの後に生き残ったのだから人気店なのだろう。この町でも、馴染みの店はコロナの影響でだいぶ閉店してしまった。

定食屋ということで気軽な料理が出てくるのだとばかり思っていたが、なかなか都会的なアレンジの料理、つまり手は混んでいるが量は少ないという小洒落たコースになっていた。確かにコロナ時代から生き残るために、「映え」がする料理に転身したらしい。
元々この店の売り物は肉じゃがのような煮物と秋刀魚やサバの焼き魚だった記憶があるので、出てくる料理全てが目新しいというか、びっくり仰天してしまうレベルの変身だった。そして、締めは土鍋ご飯という洒落のめしたものだった。店も客層もここまで買われるとは驚きだ。
飲み放題付きコース料理というのが平成で定着した都会スタイルの飲み方だとすれば、そこに懐石風なアレンジを加えた和洋中折衷料理、特にビジュアル重視というのが令和の標準になったようだ。面倒くさい会社の上司が混じったの宴会はすっかり拒否できる時代になり、自分の気のあった仲間・友人と楽しむのが目的となれば、当然記録に残せる、SNSに投稿できる食事スタイルが重視される。
シェアする鍋料理の人気が落ち、一人鍋に変わる。刺し盛りが消えで銘々分をとりわけする「見栄えの良い」カルパッチョに変わり、一匹まるごとの焼き魚ではなく骨がない切り身が焼き物になる。出てくる料理を見ながら、変化の意味を考えていた。
時代に迎合するということではなく、こういう変化を無意識に取り入れた店がコロナの時代の後に生き残ったのだなと改めて思った。

最後に一言申し上げると、土鍋飯を出すのであれば事前にお米にはよく水を吸わせておいてほしい。土鍋飯は芯の残った炊き上がりになりやすいのだ。日本の米飯にアルデンテは成立しないと思うそ。

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朝の渋谷

だいたい二ヶ月に一度、早朝の渋谷に出かける。その時の気分で朝食メニューを変えるのだが、腹ペコの時はそばか牛丼、軽く食べたい時はセルフ珈琲店でモーニングセットを頼む。特に、カイザーサンドというちょっと変わったバンズを使ったサンドイッチは珍しいので、これをよくたのむ。見栄えもそうだが、味もあっさり系のミックスサンドであり、なんとも都会的な雰囲気がある。まさにシティーライフを感じる、というと言い過ぎか。レタスではなくベビーリーフを使うあたりの演出が心憎い。

そんな早朝の渋谷駅を、いくたびに写真を撮ることにしている。東急百貨店が解体されてどんどん低くなっていくのを見て、なんとも物悲しい気分になった。生まれて初めて一人で東京に来た時、昼飯を食べたのが東急百貨店の食堂だった。渋谷の街を一人歩きして、一人飯を食べるのに恐怖していた頃だ。思い出しても赤面もののウブさだなあ。
妙に見晴らしの良くなった渋谷駅東横口だが、ここも渋谷駅北口とかに名称が変わるのだろうか。
だいたい駅舎の壁面看板は一ヶ月おきくらいで変わっているようなのだが、イベントの告知とか映画の公開告知などが多い。今回はなんと「文字広告」で、それも「悩んでいます」と来たものだ。なんの広告だがよくわからないが、インパクトはある。ただ、それでは広告として働いていないのではないか。素朴な疑問だ。

悩んでいますの隣は、おそらく芝居の告知だと思ったが、これもよくわからない。なのでネットで調べてみたら、なんと韓国人の女性アイドルグループだった。この手の知識が根本的に欠如しているので、まったく、かけらも、微塵も、想像できなかった。
最近では人気アイドルでもテレビにはほとんど出てこない。露出は基本的にネットだから、テレビでの垂れ流し情報にすら自分の網に(笑)引っ掻からない。おっちゃん族はこの手のニューウェーブにはまったく乗れない。
自己弁護をすれば、物ごころついてからずっと、アイドルグループを知らなくても人生はともかく無事に生きていけるさと嘯く程度だ。唯一関心を持っていた芸能関係者は引退間際の百恵ちゃんだ。


ちょっと勘繰てみると、一昔前であればこのような駅前の大きな看板で広告を出せるのは某アイドル大量雇用事務所「J」 くらいしかなかったはずだが、あの事件の後ではまだ社会的に納得してもらえる状況ではないのだろう。屋外広告など火に油をそそ舞踊な物だ。
それ以外の大規模刻々主となると携帯キャリアー3社、大手飲料メーカーくらいしか思いつかない。この規模の屋外広告をできる企業はそうそうない時代だ。ネット広告とは異なり、従来型メディアは効果測定が難しいためだ。今のご時世、ハリウッドの大作映画でもこの手の広告は難しそうだ。できるとすればスターウォーズ10くらいだろうか。

早朝の渋谷で日本経済を考える。貴重な時間だったなあ。(負け惜しみです)

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南国土佐でメリークリスマス

南国土佐は雪が降らないと思っていたが、たまには雪が降るらしい。ただ、何日も雪が残るということもなくすぐに溶けてしまうそうだ。その高知市内の中心地とも言える中央公園にライトアップされたツリーがあった。12月も中頃で、お江戸であればこのツリー見物に大勢のカップル(若いとは限らないが)集まってくるはずだ。
ところが、高知市民の関心はあまり高くないのか、公園内にいたカップルはわずか一組、それも制服姿の高校生カップルだった。うーん、なんとも言えない。週末であればもう少し集まってくるのだろうか

その人の気配がない公園を歩いてみた。最初はよくわからなかったが、いきなり正装のサンタクロースに出会った。どこのおっちゃんが公園で何してるのだと怪しんでいたが、見誤ったことを反省した。しかし、できればサンタクロースもライトアップしてあげてほしい。遠目にはまるで不審者なのだ。

公園の周りの樹木もライトアップされてなかなか素敵な光景なのだが、実はこの後ろ側にもうひとり不審者がいた。なんと上半身裸でサーフボードを抱えたサンタクロースだった。確かに、南半球オーストラリアでは12月が真夏なので、サンタクロースは薄着?だと聞いた記憶はある。が、裸なのだよ。12月の日本では似合わない寒々しさだと思うが、高知はサーフィン・スポットが多く、冬でもサーフィンする人は多いというから、サーフィン愛好者向けの特別サービスなのかもしれない。
しかし、夜の公園で出会うにはちょっと怖いサンタクロースだったなあ。高知人のユーモア感覚は、いささか理解し難い部分もあるのだねと思い知らされた。まあ、あと二ヶ月もすればこの場所も恒例の屋外大宴会場に変わるのだから、あまり気にしすぎないことにしよう。