街を歩く

沖縄 記憶に残る旅

沖縄に久しぶりに行ってあれこれ感じたことがある。仕事できていた時は、仕事の目的地だけを跳んで歩いたせいか、あまり印象に残る土地ではなかった。個人旅行できた時も、観光地を駆け抜ける弾丸旅行だったからやはり記憶が薄い。
今回は街中を歩き回ったせいなのか、かなり記憶に残ることが多かった。秋の終わりの温暖な季節ということもあり、こういう土地でしばらく過ごしてみたいなと思った。那覇空港はどこかホノルル空港に似ているななどと思ったのは、空港を出た瞬間の空気感、匂いのせいだろう。

今回は、乗り鉄の根性を発揮して沖縄唯一の鉄道を端から端まで乗った。この鉄旅が一番印象に残っている。といっても、片道一時間程度だから、旅というにはおこがましいが。

お江戸ではダウンジャケットをきる季節に、半袖のシャツで街歩きをするのも楽しいものだった。気分は街ごとリゾートで、ハワイに行った気分に近い。まあ、日本語が通じるハワイというと言い過ぎかもしれないが。赤い花は記憶に残る。花の記憶が残るなど、人生初めてのことかもしれない。

沖縄の城は琉球石灰岩でできている。加工のしやすさのせいだろう、石が綺麗に整形されて積み上げられている。日本各地に存在する城跡を見ればわかるが、このように整形された石を整然と積み上げるようになったのは、戦国期の終わりから江戸時代初期にかけてのことだ。沖縄に残る城は戦国期のそれよりも技術的に進んでいた。
当時は独立国だった琉球王国の文化遺産であり、独自の様式美がある。無理やり日本の文化の型に当てはめて説明するものでもない。そのあたりも城に併設されている記念館、博物館などで強調しても良さそうなものだが。

アメリカには数多くのハンバーガーチェーンがある。その中のいくつかを試したこともあり、お気に入りのチェーンもあるが、その有名バーガーチェーンの中でA&Wというブランドは実にユニークだ。基本的にチーズバーガーの店なので、濃厚・重厚・ボリューム志向のバーガーが出てくる。大口を開けてあんぐりと食べるバーガーだが、食べる途中で肉汁が垂れてくるのが嬉しい。
ちなみにバンズはアメリカンというか、安っぽいというか、これに文句あるか、嫌なら他に行け的なチープさがある。日本のバーガーチェーンはバンズにこだわって、超高級化しているが、バンズはあくまでバーガーの脇役でしかない。バーガーの主役はバンズに挟まっている肉なのだから、バンズはチープな方がいいと思う。 沖縄らしさとは関わりないかもしれないが、沖縄でしか食べられないアメリカンなファストフードは貴重だ。

豚汁定食も町の定食屋で食べてびっくりした。この強烈な鰹出汁の味噌汁は、もはや並の豚汁を遥かに超えている。これもお江戸界隈で、誰か販売してくれないものだろうか。沖縄そばも鰹出汁だが、これほど強烈ではない。
この沖縄版豚汁に小皿2・3品をつけた定食は、定食チェーンで採用されないのが不思議なくらいだ。この味は現在のラーメン業界における大潮流、「豚骨・魚介系Wスープ」に通じるものがある。野菜たっぷりのスープはもはや副菜ではなく主菜だろう。沖縄でまた食べてみたいものの代表になった。

そもそも料理というのは、出される店によって味が違うのは当たり前だが、それでも沖縄の料理店で出されるジーマミー豆腐のバラエティーは素晴らしい。どこのどれが一番うまいといえないくらいのバリエーションで、どうやら同じ店でも同じ味にならないこともあるようだ。それが楽しい。宝くじを引くようなものであり、ロシアンルーレット的な楽しみ方と言える。ただ罰ゲームではない。やはりご褒美だろう。
中華料理屋の杏仁豆腐も似たような感じがあるが、ジーマミー豆腐の方がなお楽しい。ちなみに、スーパーでも売っているが、こちらはだいぶハズレが多いのは何故だろう。

ライトアップされたもみの木ではなく椰子の木というのも、南国的なクリスマス感があるなあ。この人工的な風景は日本特有の文化なのだろうか。トロピカルリゾートの本場、ハワイでは椰子の木のライトアップが実施されているかどうかは知らないのだが、ワイキキは別にして郊外の住宅街に行けばライトアップハウスはありそうだ。

今回は、ずいぶんと沖縄に惹きつけられてしまった。また機会があれば、今までずっと避けていた死ぬほど暑い時期の沖縄に行ってみたい気もする。汗だくになった後のブルーシールアイスクリームは、人生観を変えるほどうまいような気もするのだが。

街を歩く

ちゃんぽんへの想い

20代前半からずっとお世話になっている好物だ たまに浮気もするがいつでもここに戻ってくる

ちゃんぽんの大チェーンであるこのブランドで、ちゃんぽん(普通味)の調理工程をテレビの情報番組で見て感心したことがある。職人の手作業を排除することで味の平準化を果たし、温度のばらつきを排除した上で、調理時間短縮も達成するというストーリーだった。
同じ業界に働く身としては実に感銘を受けるお話だったが、一般人からすると機械化された料理はどうも感覚的に味気ない、ついて行けない気がするらしい。ただ、冷凍食品をレンジで加熱することが「料理」と認識される現代の常識からすると、このちゃんぽん製造システムは少なくとも家庭ではできないはるかに高度な調理形態とも考えられる。

専用調理器具の開発もさることながら、原材料の標準化(大きさやカット形状に至る)まで突き進む必要がある。おまけにこのブランドでは全ての原材料を国産化するという快挙まで成し遂げている。コロナの後に何度か値上げをしたようで、今ではあまりお買い得な価格とは言えないが、それでも麺業界の中では破壊的な価格設定をしているとも思う。
ちょっとだけ文句をつけたいのは、新商品の投入の仕方がまるっきりハンバーガー屋と同じになって染まったことだ。
新商品=高単価商品=客単価増をねらうという図式は、ある意味業界標準となったやり口だが、実はこれは危うい罠なのだ。表面張力で目一杯盛り上がったコップの水が最後の一滴で溢れ出すように、10円刻みで値上げしたとしても最後の10円がどこになるのかは失敗しなければ気が付かない。「まだ行ける」と思い込むのはマーケティング担当者のわがままでしかない。そして、最後の一滴で溢れ出した水、つまり客数は当分戻ってこない。ダメージ度合いにもよるが、長い時には年単位で客数回復が遅れる。(そして、だいたい社長が首になる)

そうなると、値頃感を再度探るために値引き、低価格価格商品投入、バリューセット開始となる。この業界、真似をするのも簡単だから(笑)「きせつげんてい、誰もが同じ失敗を繰り返すことになる。バーガーの失敗はちゃんぽんでは起きない、起こさないと思うのだろう。他者の事例は十分に学習したと言い張るかもしれない。まあ、一年後の結果を見ればわかることだが。
コロナの後の強烈な値上げ、インフレの中で外食企業のほとんどがこの罠にどっぷりハマっている。好調だったバーガー企業、鶏唐揚げ企業はすでに罠に嵌った後の修正作業に入っているというのになあ。

好物のちゃんぽんが1000円の壁を越えたら、おそらく年に一度くらいしか食べなくなると思うのだ。普通のちゃんぽんより200円も高い「季節限定 変わりちゃんぽん」には手を出す気にもなれない。
どうやら日本の外食企業も米国風のマーケティング施策を取るようになり、人事も米国風に「失敗したらクビ」という時代になったようだ。ただ米国風マーケティングをすると、前職の失敗を転職先でも同じように繰り返す、結構業界的には迷惑な人材を生み出してしまうのだよね。これもあまり知られていない業界あるあるだ。まあ、自戒の意味も込めて……………

こんなことを考えながら食べるちゃんぽんはちょっとウェットでぬるい感じがしてしまう。

旅をする

文句を言ってはいけないとは思うが

高知市内で馴染みの店が休店していたので街中を彷徨い歩くことになった。忘年会シーズンのせいかどの店も満席で晩飯難民になりかかった。全国チェーンの大箱であれば何とかなるかと入ってみたら、幸運にも席が取れた。ただ、幸運はそこまでだった。
忘年会シーズンなので、料理の出てくるのが遅いのは何とか諦めがつく。隣の席が大人数の宴会で、そこから聞こえる大声の会話も居酒屋としては仕方がないとも思う。

ただ、高知に来ていてお江戸風の居酒屋料理を注文する気にもならない。高知県人が普段と異なる江戸風料理を食べたくなるのは理解できるが、こちらはそれに合わせる必要はない。高知でハンバーガーチェーンに入ると負けた気がする。居酒屋でも似たようなものだ。
だから全国チェーンの居酒屋ではあるが、店頭に観光客向けで高知料理のメニューが掲げられていたので、、それをいくつか注文することにした。

普通な「いものてんぷら」

ナスのたたきとは高知の家庭料理で、特別に決まったレシピーがあるわけではなく、それぞれの家庭で色々とアレンジされているそうだ。揚げなすをポン酢的なタレで食べる料理だと理解している。それを注文したらあまりのルックスの違いに驚愕した。
ただ、気になって店頭のメニュー写真と現物の写真を撮り比較してみたら、まあ、別物というほど違っているようでもない。メニュー写真の方がうまそうには見えるが、よく広告などに書いてある「写真はイメージです」的なものと考えれば許容範囲かもしれない。
注文する時にメニュー写真のイメージが勝手に膨らみ、現物が出てきた時に違和感を感じただけなのだろう。でもねえ、ちょっと違うよなあ、と心の中で声がする。

いも天は、高知日曜市で出店している有名な人気店の看板メニューだ。甘めの衣がついたさつまいもの天ぷらといったもので、高知のあちこちで「いも天」類似品は売られている。だから、当然のように各店ごと味も違い形も違う。
ただ、この時に出てきた「いも天」は、普通な衣の天ぷらだった。うむうむ、芋の天ぷらであることに間違いはないから、名称詐称とは言えない。確かに芋の天ぷらだ。普通にうまい。でもね、高知でいも天と言えばこの味ではないのでしょう?と言いたくなる。

このモヤモヤした感じは、高知市内の店で高知料理を注文した気分から来る、いわゆるご当地バイアスなのだと思う。同じものが高知名物料理としてお江戸の盛場、新宿・渋谷・池袋あたりで登場したのであれば何の抵抗もなく受け入れるだろう。
だから教訓として学んだことだが、旅先で全国チェーンの店に入ってはいけないし、もしも仕方がなく入ってしまった時はご当地メニューを注文しないこと。唐揚げとか肉じゃがとか冷奴であればご当地バイアスで悩むこともない。

責任はお店にあるのではなく、あくまで自分にあることをよく理解しておきましょう。だから、次回は絶対に居酒屋「葉牡丹」だなと思うのだが、葉牡丹でいつも注文するのはオムライス、酢豚、焼き鳥……………全く高知の匂いはしないのだけれどね。

街を歩く

名物店の味噌ラーメンで思うこと

安定の味噌ラーメン

ラーメンの街札幌というと、札幌はラーメンだけではないとか、ラーメンの街といえば旭川だとか、あれこれ反論が返ってきそうだ。ただ、50年以上続く老舗も生き残りつつ新興勢力が攻防を繰り返している新陳代謝の激しい街だとは思う。まあ、札幌で新陳代謝というか、開店閉店が多い業態はラーメンだけに限らないが。


北海道はケーキの主原料である、小麦粉、砂糖、牛乳、バター、チーズの主産地であり、ケーキ屋も多い。和菓子でもあずきを含む豆製品、米粉なども全国屈指の生産量なので、和洋菓子合わせての激戦区だ。
前職の上司に北海道で菓子の研究をすると言ったら鼻で笑われた。菓子といえば東京だという。ヘイヘイと文句も言わずに引き下がったが、原材料の供給地も知らず品質に至っては知識もなく、おまけに大多数の有名パティシエは東京生まれでもなければ、東京育ちでもなく、修行先はヨーロッパの各地だったりする。修行を終えたパティシエが地元に狩る時代でもある。原材料調達の理を考えると、北海道に安くて美味い洋菓子・和菓子店があるのは当たり前なのだ。まあ、菓子店の後継が東京で修行をしているということもあるから、東京を悪様に言うつもりもない。
ちなみに、札幌市近郊を含めた有名パティシエの店で売っている商品は、東京の著名店と遜色はないが価格は半分程度(個人的感覚ですが)であり、神戸と並ぶ二大洋菓子都市ではないかと思っている。


東京は菓子市場として大きいが、そこにいるのはたくさんの「客」でしかない。お江戸に老舗羊羹屋は京都から引っ越してきたから、東京では古手だが京都の屈指たる老舗の中に入れば並の歴史だろう。
菓子といえば東京だという、まさに東京というブランドに振り回された浅薄な理屈でしかないと、暗い薄ら笑いを浮かべたものだ。どうも地方から東京に出てきた成功者は二通りに分かれるようだ。一つは故郷を含めた地方を切り捨て東京礼賛するもの。もう一つは東京を罵り地方を信奉するもの。どちらもどっちだと思う。それぞれの土地に誇るべき名物・名産品があり、それは何処かと比べて相対的に良いとか美味いとか言い立てても仕方がない。うまさや好み、嗜好はそれを手にしたものの絶対評価で良いのだと思う。
お江戸至上主義は京都至上主義とぶつかった時に正邪をつけたがる。(その反対も成立するが)
自分と他人の比較をして自分が正しいと信じる性癖こそ人類に備った根源的な欠陥であり罪悪であると思うのだ。全国で展開する企業、ブランドは、その地域の独自性や価値観を消化吸収できる度量が欲しいものなのだが………


まあ、東京モン(それも移住者や移住者の子孫)の鼻持ちならないのは今に始まったことではなく徳川期のお江戸もそうだったから、知ったかぶりの宝庫であり半可通の老舗都市だ。
東京界隈に流れてそのまま住み着いたとしては、この悪癖に染まりたくないものだ。味噌ラーメンを食べながら、そんなことを思っていた。ただ、確かに東京で食べる味噌ラーメンは、換骨奪胎が下手くそななんちゃって味噌ラーメンだからなあ。

東京で食べて美味いと思うのは、九州系豚骨ラーメンをベースに札幌味噌ラーメンのエッセンスを取り込んだ、豚骨味噌ラーメンというハイブリッド商品だ。全国から流れものが押し寄せるカオスな街、東京でこそ生まれる「ハイブリッド」。それを生み出す力こそが、東京の誇るべきものだろう。全国に大都市は数々あるが、そのカオスな力は東京に敵わない。そのうちハイブリッドのハイブリッドが「東京発」として定着する。そんな「東京味噌ラーメン」と元祖味噌ラーメンを食べ比べてみたいものだ。

食べ物レポート

ザンギ屋で辛いもの

北海道特有の言い方であるザンギは鶏唐揚げのことだ。ただ、スーパーの惣菜売り場でもザンギと鶏唐揚げが別々に売られていることもあるので、普通うの鳥唐揚げとは味の違いがある。(はずだ)
ただ、ザンギの正しい定義などあるものだろうか。なにやら諸説あるが誰もそんなことを気にしているとも思えない。あえて言えば、にんにく生姜で醤油味というくらいだと思っていたら、最近は塩ザンギなるものが勢力を伸ばしている。ただ、塩ザンギと鶏唐揚げはもはや区別をつけるのが難しいと思うのだが。
その辺りは、言語が極めてアバウトに使用される「北海道的」解釈ということだろう。誰も詳しく咎めたりしないし、それで説明終わりにしても良さそうだ。


塩ザンギよりすごいものがある。十分すぎるくらい濃い味付けのザンギに「専用タレ」をつけて食べるという、ザンギの変形あるいは進化系も存在する。タレ付きザンギで一番有名なのは釧路の町外れ(正確には隣町)にある山盛りザンギの店だろう。ザンタレと呼ばれているが、一人では完食不能な量が一人前で、九分九厘食べ残したザンギを持ち帰ることになる。
その店は車で行かなければいけない場所にあるので、当然ながら帰りの車内はにんにくスメルで充満する。にもかかわらず平日でも行列のできる人気店だ。


北の街でも市民の大多数がその名を知っている(らしい)ザンギの名店がある。正式には町中華でありザンギ屋ではないのだが、ほとんどの客がザンギを頼む。そのザンギ屋が鮨と中華という禁断の国合わせのメニューを出す支店を作った。これがまた大人気店で、予約をしないと入れない。

そのザンギ・中華・鮨の店でランチメニューの旨辛麺を注文した。どんなものが出てくるのか楽しみにしていたのだが、麺より先にザンギが来た。まあ、ザンギは前菜だと食べ始めたところに、一面がレッドな麺が来た。赤みの強い麻婆豆腐のように見える。食べてみると、エビやイカが入った海鮮麻婆豆腐だった。これは美味い。麺の上に乗せるのではなく単品で食べたい。
麺料理の完成度としてはどうよと言いたいくなるが、実はこの店の本店でザンギの次に人気のあるのが麻婆麺らしい。だから、この赤い麺は麻婆麺のアレンジ商品なのだと思う。麺の上にあんかけを乗せたり(広東麺)カニ玉を乗せたり(天津麺)、はたまた野菜炒めを乗せたり(関東圏のタンメン)、麺料理のトッピングはなんでもありの自由な世界だから、そこに文句をつけるつもりはない。仙台では焼きそばの上に麻婆豆腐を乗せているくらいだから、麺料理は本当になんでアリなのだ。
だが、しかし、海鮮麻婆豆腐とは想像の斜め上をいくという感じになる。それも麻婆豆腐本流である「しびれ」ではなく「辛味」推しなのだ。本格的な中国料理(大陸の正式レシピーで作られたもの)と比べて、町中華のなんと自由奔放なことか。いつもそれには驚かされる。
結局、鮨と中華の組み合わせを楽しむ前に白旗を上げてしまった。次回は、麺抜きの海鮮麻婆豆腐を注文してみたい。ザンギを諦めればもう一品追加できそうだが、それはザンギやとしてありえない選択だしなあ。昼飯抜いて夜に行くことにするしかなさそうだな。

食べ物レポート

生パスタ

新宿紀伊国屋書店本店は学生時代からずっとお世話になてきた。待ち合わせ場所であり、暇つぶしの場であり、趣味の本を探し回る一番の拠点でもあったから、おそらく年に20回や30回は来ていたハズだ。お江戸界隈では長年働いていたオフィスを除くと最頻出没地点であったと思う。
そのビルの地下が食堂街になっていた。いつ行っても絶対と言っていいくらい入れない超人気の居酒屋もあったし、スタンド形式の鮨屋とか、とてつもない歴史があるらしいカレー屋とか、大手製麺メーカーが出していた実験ラーメン店とか。なかなか面白いラインナップだった。「だった」と過去形にしたのは、耐震工事のためここ何年間か地下食堂街が閉店していたせいだが、今年になってようやく部分的に開店し始めて、新しい「紀伊國屋地下食堂街」が再開した。
その中で、やはり一番利用していた生パスタの店が開いたのは実に嬉しいことだ。

本日は盛り方が微妙で、これもこの店のあるあるだ。

この店はもともと大手製麺メーカーがパイロットショップとして開けていたもので、他の場所にも数店舗あったが、やはり一番手軽に使えるのはここの店だった。新宿で昼飯といえば、おそらく3回に1回はここで食べていた気がする。
いつの間にか運営会社は変わってしまったが、それでも生パスタのモチッとした感触は変わりなく、飽きることなく通っていた。
そして、飽きることなく注文していたのが、このナポリタンだ。たまに浮気をしてもペスカトール、つまりシーフードの入ったトマトソース味だからあまり変化がない。ある時期、これではいかんと片っ端から他の味のパスタも試してみた。
醤油味、オイル、クリームなど残らず挑戦したはずだが、結局はこのトマト味、それも具材の少ないナポリタンに戻ってしまった。
お江戸にはナポリタン、つまりパスタではなくスパゲッティの名店は多い。あちこち食べ歩いてみたものだ。ナポリタン熱が高じてわざわざナポリタン発祥の店(横浜)にまで行ったこともある。が、実はこの店のナポリタンが一番気に入っている。
この店のナポリタンはいつも味が違っているのだが、その違いはある振れ幅の中で収まっている。いつ食べてもハズレにはならない。常食するには、この振れ幅が小さいほど良い店になるのだが、ことナポリタンに関してはその振れ幅の許容度がちょっと大きめなので(そういう自覚はある)、今日はちょっとトマト強めとか、今日はちょっと油多めとか、日々楽しんでいる。今日はうまいとかまずいとか思わないので、やはり位お気に入りの店なのだ。
おすすめは半分くらい食べたところでたっぷりとタバスコソースをかけて、「辛辛」変化させることだ。ああ、また食べたくなってきた。

コロナ終息以降、昔から通っていた店がどんどん閉店してしまい悲しい思いがあるが、そんな中で馴染みの店が復活してくれたのは実に「善きかな良きかな」なのでありますよ。

街を歩く, 食べ物レポート

蕎麦屋のカレーはうまい

蕎麦屋のカレーはうまい、と言うのが個人的な経験に基づく信念だ。当然、たまにはハズレもあるが……… 山形県では蕎麦屋のラーメンがうまい。と言うか、蕎麦屋の看板を上げながら実態はラーメン屋というほどラーメンの売り上げが多い店もあるそうだ。有名な冷たい鶏そばを食べに行った時も、店の中にいる客の半分くらいが蕎麦ではなくラーメンを注文していた。
お江戸の老舗蕎麦屋に行ってカレーを注文することはないが(置いていない店も多い)カレー南蛮は当たり前にメニューに載っている。街の蕎麦屋であれば、間違いなく天丼やカツ丼の隣にカレー丼が並び、そのちょっと横にカレーライスがある。サラリーマン時代にはもりそばと半カレーライスのセットはよく頼んだから、蕎麦屋のカレーは美味いと知っている。
しかし、この高知県西部の町にある蕎麦屋に連れて行かれて、生まれて初めて蕎麦屋で蕎麦以外のものを頼んだ気がする。いや、厳密にいうと蕎麦屋でカレー丼を頼んだことはあるが……………
そもそもこの店は蕎麦屋と言って連れてきてもらったが、店頭でよくみると「うどん屋」っぽい。街中によくある蕎麦もうどんも出す店で、極めて昔懐かしの蕎麦が中心の大衆食堂という感じだ。ただ、高知県は蕎麦よりうどんの方が勢力が強いようで、うどんも出す蕎麦屋ではなく、蕎麦も出すうどん屋のように見受けられた。そして、店内に入って周りの注文を見渡すと、あれまあ、ほとんど定食ではないか。つまりこの店は、うどんも蕎麦も出す大衆定食食堂だったのだ。
となるとカレーは絶対に美味いはず、と確信を込めてカレー、それも奮発してカツカレーにしてみた。

出てきた料理のルックスはまさに想像通りだった。カツも厚過ぎず、肉料理というより衣を食べる料理として完成している。よしよし。
まずはカツの端をカレーにつけて食べてみた。恥の部分は肉が少なくほとんど衣だけに、カレーによく合う。どろっとしたカレーが衣に絡み、やはり想像通りの味だった。蕎麦つゆをベースに使っている甘めのカレーだった。白飯とだけ食べても美味いが、脂のたっぷりなカツの衣と合わせると絶妙な濃厚さを醸し出す。おまけにカレーはあまり辛くない。何度でも食べたくなる出しの効いた味だ。
同行した友人は蕎麦と丼を書き込んでいる。すごい食欲に圧倒されるが、こちらはカツカレーで定量オーバーだから、そばは次回に回すしかない。
ファミレスでも和食っぽいメニューが出されるようになったが、和風で出汁の効いたカレーまでは手が回っていない。だから、こういう大衆食堂っぽい店はもはや天然記念物あるいは文化遺産に指定して食文化財保護の一環としたいくらいだ。

今度また食べるときは、無理を言って福神漬けを大盛りにしてもらおう。目黒の秋刀魚ならぬ須崎のカツカレーは美味いと結論づけることにした。

街を歩く

新宿三丁目の鮨屋

新宿三丁目に足繁く通っていた時期がある。東京最大の歓楽街である新宿歌舞伎町は騒々しすぎてあまり好みではないので、靖国通りを渡ることなくアルタ裏や新宿3丁目の飲み屋を好んでいた。中でもよく通ったのが老舗の鮨屋で、いつの間にか本店は立て直しになっていたが、本店工事中は支店に通っていた。
近くにある末廣亭で落語を聞いた後にぬる燗で一杯………みたいな気分の時に使うのが多かった。お値段もお手軽で飲み屋遣いのできる鮨屋だったが、最近はいささか調子が違う。どうもインバウンド対応に軸足を移したようで、すっかり足が遠のいてしまっていた。この日も入り口手前まで行ったのだが、なんだか入る気にならず、昼飯を握り鮨にしようと決めていたので他の店を探すことにした。

明治通りを新宿駅側に渡り伊勢丹の裏手にあるビルにもう一つのよく通った鮨屋がある。こちらは主に昼飯に使っていた。ランチの時間を少しずらすとのんびりと鮨をつまみにビールを飲むというような使い方だった。いつも一人で来る店で、友人と連れ立って来た記憶はない。
チェーン店の鮨屋の良いところは、誰とも話をせずにのんびりと鮨をつまめることだ。回転寿司は一人で楽しめるが、のんびり時間が過ごせる気はしない。食べたらさっさと出ていくのが流儀だろう。個人店では大将お任せのコースでも頼めば別だが、カウンターでぽつりぽつりと鮨を注文するのは、なんと話に気が引ける。
デパートにある鮨屋も比較的のんびり過ごせそうな気がするが、実はこの手の店は店内の会話がそれなりに騒々しい。隣の席から響いてくる甲高い声の会話には食欲が失せる。

ランチの鮨屋はセットメニューを頼むことが多い。お好みで注文すると、実は出てくるのが遅くなることが多いせいだ。二、三品注文すると、出てくるのがバラバラになることもある。現代資本主義の本分である合理性は伝統食の鮨屋ですら追求される時代だ。ピーク時間帯の回転率勝負であるランチタイムは、職人が分業制でランチメニューの大量生産にはげむ。
カスタマイズ注文する客など客としては論外、嫌なら出て行けくらいの嫌われぶりだろう。(勝手な想像です)
例外として許容される面倒な注文を考えてみた。ウニと鮑と大トロを10連続くらいで注文する客だろうか。某ハリウッド俳優、未来から来たロボット役で人気だった方は、新宿某所の鮨屋で鮑とウニを40貫づつ注文してそれを食べたらさっさと帰ったそうだ。
その話を聞いてから一度この真似をしたいと思い、食べ放題鮨屋でウニを10貫注文したことがある。元気に食べられたのは6貫目までで、そのあとは胃袋に押し込むのが苦行だった。一般ピーポーが著名人の真似をしてはいけないという教訓になった。

この日はセットメニューの鮨をゆっくりつまみ、少しぬるくなったお茶を飲み干して退散した。この歳になって鮨とアルコールは必然のカップルではなくなったのだと初めて気がついた。締めのお茶がうまいと感じるようになったとはなあ。今度は夕方にでも行って注文しながら好きな鮨を注文してみようか。

ちなみに座った両サイドは日本語を解さない国の方達だった。グローバルフードという単語が頭に思い浮かんだ。蛇足だが、松竹梅について英語で説明しているのを聞いて、なんとも間抜けな感じがした。レストラン向けに英語のメニュー説明マニュアル作ったら売れそうだな。
The best recommendation, The better choice, Good meal for you くらいな感じかなあ。

食べ物レポート, 書評・映像評

ナブラでご飯

プラカゴに入って売っているのはみかんだった

「なぶら」というのは業界用語で、カツオの群れをさす。高知に足繁く通ううちに、土佐弁のヒアリング能力は向上したが、それと合わせて「土佐言葉」「料理言葉」もカタコトながら覚えるようになった。自分にとって第三外国語は土佐弁と理解しているので、わからない言葉はともかく周りの人に聞く。言語習得には小学生並みの好奇心、向学心が重要なのだ。
その「なぶら」を冠とした道の駅がある。その中にカツオ専門レストランがあり、色々なカツオの食べ方を楽しめる。この地は高知県でも屈指のカツオ漁港であるだけに、観光バスに乗った団体客も押し寄せる。それだけではなく高知県内の観光、ビジネス、その他あれこれの通行人も群れてくる。まさに「なぶら」状態だった。よい名前にしているものだと感心した。

高知で定食を頼むと大抵の場合、沢庵がついてくる 沢庵ラブな県民性?なのだと思う

その「なぶら」の一角に入り込み、カツオで昼飯をすることにしたが、さすがにたたきを注文する気にはならない。前日、たっぷりとこれまたカツオの名所で、うまいたたきを堪能した後だった。
あれこれ変わり種のカツオ料理を物色してみたが、三色丼に食指が動いた。たたきとカツオそぼろとカツオカツの三点もりだ。たたきは普通にうまいが、カツオフライはいささか不思議な感じがする。ツナ缶をコロッケ状にしたような感じがする。ツナ缶コロッケと言われれば味の想像はつくだろうが、まさにそういう味だった。
そして意外に奮闘しているぞと思ったのがそぼろだ。カツオは熱を通すとやたら硬くなるが、このそぼろは調理の加減なのだろう、固さをあまり感じない。むしろ柔らかめの食感であるし、カツオの旨みがよく出ている。
売店でソボロが販売されていたが、確かにこれは家でも食べたい逸品だ。三色丼を堪能した。

高知では有名なカツオ漁船、明神丸の本拠地でもあり港近くにある加工場は体育館をいくつも連ねたような巨大施設だった。南洋で釣り上げられたカツオをこの町で一斉に加工しているとのことだが、小学生の社会見学に連れてこられたらカツオ産業に参加したくなるかもしれない。

高知県西部 四万十川流域はうなぎだと思うが、やはりカツオがメインだった。うなぎはサイドアイテム

店内ではカツオ関連商品がたくさん販売されていた。お江戸界隈ではあまりお目にかかることもないハラミの加工品があり、試しに購入試食してみた。珍味なのだろう。
しかし、POPに書かれている「攻め文句」が「お酒が進むよ♪」とは、なんとも高知らしい。このセンスは、敬服するしかないな。

街を歩く

新宿花園神社 酉の市 忘年会の夜に

忘年会に呼ばれることもめっきり少なくなった。こちらの歳のせいもあるが、コロナ明けから忘年会をやる人が減っている気もする。飲みたくない酒を飲まされる忘年会の「怪しいルール」が崩れ去ったせいだろう。良い話だと思う。酒は飲みたいやつだけで飲めば良い。飲みたくないものを巻き込むのは、一種のハラスメントだ。
だから今年の忘年会は3回限り。それもごくごく少人数でのこぢんまりとしたもので終わった。実に良いことだ。第一回目は西新宿の焼き鳥屋で久しぶりの焼き鳥と焼酎の組み合わせだった。ふと気がつくと、周りの客はほとんどが30代くらいで、なんとなく客層が若返った気がする。うるさいオヤジ連中がいなくなったのと、感染症を恐れる高齢者がいなくなったのだと気がついた。おそらくおっちゃんたちは家飲みに転向しているのだと思うが、家族に迷惑をかけていないかと心配にはなる。

店を出て歩き始めたところで、本日は酉の市だと気がつき、なんと西新宿から歌舞伎町の端まで大遠足をすることになったのだが、区役所通りから先の歩道が恐ろしいほどの大渋滞を起こしている。金曜の夜という条件も重なっているのだろう。やたらと若い衆が多い。
酉の市は宗教的行事というより、庶民のイベントという色彩が強いから若い世代が集まってくるのは不思議ではないが、それにしてもこれほどの混雑を見たのは初めてだ。歩きながら缶入りのアルコール飲料を飲んでいるものも多い。お祭りに御神酒はつきものだが、飲み歩きというのはちょっとどうかなとも思う。なんだか渋谷のハロウィーン大集合と同等の扱いにされてしまったのかもしれない。

行った時間も遅かったせいで、熊手もほとんど売り切れていた。験をかついで熊手を求める人、商売人はもっと早い時間にお参りに来るのだろう。
こんな混雑している時に足を向けたのが間違いだったと後悔したが、この辺りにたどり着くまで一時間ほどかかっている。神社のお参りに並ぶといいうのもすごいことだが、明治神宮の初詣みたいなものか。結局、這々の体で逃げ出した。

花園神社の裏手には新宿ゴールデン街があり、こちらも人で溢れていた。ただ、歩いているものの大多数が日本語を話さない観光客で、実に不思議な感じがする。ゴールデン街の飲み屋はどこも小さく狭い。カウンターだけの店も多く、カウンター内の従業員と会話を楽しむというのが、この町の楽しみ方であり、ある種独特なお作法だと思う。だが、日本語が不自由では会話の楽しみが成立するのだろうか。カタコトの日本語や英語、身振り手振りで楽しむということなのか。それはそれで新しいゴールデン街の作法なのかもしれない。楽しく過ごして金さえ払えば誰でもお客さん、でいいのだろう。まさかゴールデン街が世界文化遺産として継承される……………そんなことあるわけないし。

そういえば神社の参詣客にも少なからず外国人観光客が混じっていた。明らかにイスラーム系な団体も見受けたのだが、確か砂漠の一神教では、唯一神以外の神を認めないのではなかったか。では、神社に何をしにきたのだろうとあれこれ不思議に思う新宿歌舞伎町の夜だった。