街を歩く

新宿御苑の新年会

昔馴染みの友人たちとの定例居酒屋飲み会は新年会も兼ねたものだが、一月下旬開催とは新年会というにしてはちょっと遅い。だが、飲み期のピークをずらしてのんびりやるのが、時間だけは融通がきくおっさんたちには向いている。
今回の会場は新宿御苑駅近くだったが、よく考えれば新宿三丁目から歩いても大した距離ではない。ただし表通りを歩かなければだ。3丁目と御苑駅の間には難関地帯が待ち構えている。行きは一人なので地下鉄利用し安全対策をとり、帰りは集団下校?だから「狩」に合うこともなく3丁目まで歩いた。
繁華街で怪しい店の客引きは随分と減ったが、「怪しい地帯」では裏通どころか地域ぐるみで警戒が必要と思うのは、歳をとった証拠だなあなどと歩きながら思っていた。

この店は鶏料理のがメインなのだが、その中でも中心的存在が半身揚げだ。ゴロンと半身がそのまま出てくると思っていたら(札幌ではそのスタイルが一般的なので)、なんと綺麗にカットされていた。お皿に収まりも良く端正に見える。おまけに小ぶりで食べやすいとメリットだらけなのだが……………なんとなくボリューム感に欠けて見えてしまう。豪快さは消えているなあ、などと感じるのは北海道育ちの野蛮さだろう。料理には都会的洗練が求められるのがスタイリッシュなお江戸の作法だ。
一口食べると、あたりまえだが普通に美味い。美味いのだが、塩味が薄めでそこもやはりスタイリッシュというかヘルシー志向というか。いえいえ、文句をつけているわけではありません。北海道の半身唐揚げとは違い揚げ油の管理もしっかりされているみたいだし。

ピーマン肉詰めが面白い形で出てきた。セルフで最終工程をしてねということらしい。同行者の説明を受けて納得した。まあ、店側からすると一手間省けるということだし、ピーマンのフレッシュ感が良いので、個人的には大変好ましい食べ物だった。

お好みで味の調整もしてくれということかもしれない。塩加減はちょうど良いと感じたが、人によっては追い塩とか追いコショウが欲しくなるかもしれない。いや、きっと一番欲しがられるのはマヨネーズだろうなあ。追加100円で明太マヨとメニューに書けば人気がでそう、などと商売的な考えもしたりして。

なぜか最近の飲み会で定番のように登場するだし巻き卵だ。単純に注文する同行者のこのみかもしれないが、加齢による嗜好の変化なのではないかと勘繰っている。だし巻き卵を自宅で作ると、出汁を取る手間とか、焦げないように弱火で丁寧に焼くとか、面倒ごとが多い。仕上げを巻き簀で締め上げるなど面倒の極みだしなあ。自分でやるときは出汁の代わりに味の素、四角い卵焼き器ではなく小ぶりの丸いフライパンでスクランブルエッグもどきなど手抜きをしてしまうから、こうした本格派のだし巻き卵、それも甘みの薄いものはありがたいのだが。
もぐもぐと卵焼きを食べながら、やはりあれこれ考え込んでしまった。卵料理が好きになるというのは、還暦を過ぎて子供にかえるということを実践しているのではないかと。
美味い居酒屋ではいろいろと哲学的な考察をしてしまうものだ。

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ジミーズ

沖縄にある菓子屋、ケーキ屋、パン屋の合体したレストラン?がちょいと気になる。以前一度訪れたことがあるが、ファミレスのようだったレストランがカフェみたくなっていた。コロナの影響もあったのかもしれない。
売っているものはアメリカンなケーキと沖縄の伝統菓子の両方があり、店内はいかにもハイブリッドな沖縄テイストが感じられる。

誕生日ケーキの定番らしい大型で四角いケーキは、昨今の流行である「パティシエ」が作るオーバーデコレーションなものとは違い、実にシンプルなデザインだ。それが妙に懐かしい。昔々ホノルルの老舗ケーキ屋&ベーカリーに行ったときに感じたアメリカンな雰囲気が、なんだかそのまま再現されている感じがした。
ケーキもアメリカ風に物凄く甘いのかななどと想像するのだが、一人でお試しするには大きすぎる。
ケーキは諦め手土産に手頃なクッキーの詰め合わせを買うことにした。

トロピカルクッキーという2種のクッキーくを詰め合わせたものだ。この日本語が一つも見当たらないボックスはいかにも、いかにもなのだ。60’sという見栄えが妙に懐かしい。

箱から中身を取り出してみると、意外と小ぶりなクッキーだ。食べてみたら想像していた激甘とは違い、なんだか日本的甘さだったのにちょっと拍子抜けしてしまった。まあ、でも普通に美味しい。
パティシエが作ったお高くてデコデコした焼き菓子と比べると随分とシンプルだが、焼き菓子はこれくらいがちょうど良いと思う。個人的には「成城石井」で売っているアメリカンクッキーも好きなのだが。あれは、やはりアメリカンな甘さでびっくりするほど大きいから良いのだが、それとは違ってこのジミーズクッキーは小さくて甘さ控えめなのが良いのだな。

那覇空港でもジミーズのお店はあるはずなのだが、とうとう見つけられなかった。あらかじめ郊外店で買っておいて正解だったが、次に行くときは遅めのランチを食べに行きたい。アメリカンとオキナワンの折衷料理が食べてみたいのだよね。

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辛い麺二題 雑感と考察

前にも触れたが、鮨と中華のミックスレストランで頼んだ「辛うま麺」、その正体は海鮮麻婆豆腐が乗った辛いスープ?の麺だった。マーホー麺というのはたまに見かける。仙台ではご当地麺として有名だが、個人的にはちょっと苦手とする。
麺の上にあんかけ炒めが乗った広東麺やあんかけもやし炒めの乗ったもやしそば(これは関東ローカル麺だろうか)はたまに食べる。寒い時期になると無性に食べたくなったりする。
が、このあんかけ炒めはスープと合体しても味が馴染むので文句はない。ただ、麻婆豆腐はどうもスープとの相性が悪い気がする。
この店の名物料理、人気メニューが麻婆麺なので、それの辛いバージョンという位置付けだと思うのだが、個人的には酸辣湯麺のようなストレートな辛さが好みだ。ただし、麺の上に乗っている辛い麻婆豆腐の量がすごい。下にある面が見えてこないほどだから、実は上の麻婆豆腐を半分くらい食べて、残りをちょっと伸び気味の麺と混ぜるという味変的な楽しみ方もできる。
なかなか独創的なメニューだと思うし、あと二、三回は試してみたい気もする。これがとりあえず最近のイチオシラーメンであることに間違いはない。

12月限定ということで販売されていた幸楽苑のカレーラーメンは、これがまたなんとも中途半端な仕上がりになっていた。まずカレー味はするが、あまり辛くない。カレーを食べるとスパイスの効果で額にうっすらと汗を書くが、このラーメンでは汗量ゼロだった。
味付けは若干とろみのあるカレー醤油味という漢字だろうか。スープカレーのような出汁の効いた感じがしない。寒くなるとカレーというのはわからなくはないが、まだまだ味の改良が必要みたいだ。最近の夏の流行である冷麺のように何年か続けていると進化していくのだろう。
ちなみに日本側のカレー南蛮は出汁とカレーのマッチングが良いが、あれも延々と改良が続いた結果だろう。
たまに食べるカレー南蛮は美味い物だが、それのアレンジメニューであるカレー丼こそ、日本蕎麦屋がたどり着いた至高の頂点ではないか。個人的な経験で言うと、街の片隅にある小ぶりな大衆蕎麦屋でカレー丼の大当たりに巡り合うことが多い。老舗蕎麦屋ではカレー南蛮ですら高級化しているので、注文は避けた方が良いと思う。
記憶に残るカレー蕎麦といえば、石巻「もりや」のカツカレー蕎麦と、小樽にある名店「薮半」のカレー丼だろうか。

冷麺も初年度と3年目では随分と差が出ていたように記憶している。
ぜひ来年もチャレンジしてほしいが、少なくともみ口食べたら汗が出るくらいの強スパイスに仕上げてほしい物だなあ。カツカレーラーメンをていばんにしたててほしいぞ。

食べ物レポート

お江戸の回転寿司事情

鯖は日本近海どこでも獲れると思うが、回転寿司では輸入物の鯖なのだろうか 地域によって味が極端に違う

自宅からお江戸に出かけていくときのJR乗り換え駅は学生街のある。ただ、その学生街が最近はすっかり多国籍タウンになり、看板にかかっている字が読めないことも多い。特に、日本語ではない漢字の店が増えている。内装も異国風というか東南アジアを旅したときによく見かけた軽食堂的なイメージがある。店内を覗くと異国情緒もあると言えばある。
だから、回る寿司の店を見るよホッとするのだが(いかにも日本的で機能的な店内だからだろう)、そこにいる客の半数くらいがこれまた日本語を解さない旅行者であったりする。店内にこだます異国の言葉になんとも奇妙な気分になる。日本人安住の地は路地の奥のこじんまりした店蔵しかなくなってしまった。お江戸の国際化とはこういうことかと思う。
そんなあれこれを思いながら、久しぶりに回転寿司を食べてみた。
ネタは熱くなった気がする。食べこだ絵がある。が、値段は三倍くらいになった。昔の回らない大衆鮨屋の値段を超えている。コロナの影響で日本中の飲食店が整理され過当競争が減った。生き残った店はコスト転嫁を堂々とできるようになった。平成の価格に対する常識はもはや過去のものだ。ただ、価格上昇にスライドして賃金が上がったわけではないので、外食総需要は、金額的に伸びても、利用者層は減少する。より安価なテイクアウト食品、それもが一色企業の製品ではなくスーパーなどの流通業に支配権を譲ることになるのだろう。

最近の好物で、注文するたびに中身が違うびっくり箱状態が良いのだな

そんな価格高騰と全体競争の鈍化により、業態によっては寡占化の最終ステージになったりする。回転寿司業界は外食として規模が大きいが、二大チェーンとその他大勢の弱小という構図に収束しつつある。だから、大手二社以外の店に行くと、意外とアイデア商品というか掘り出し物に出会うこともある。
このネタの端をミックスした軍艦巻きなどは、その際たるものだろう。お値段お手頃で、実は酒の肴に向いた逸品だと思う。このミックス軍艦とサラダ軍艦を食べ比べると、現在のチェーンの立ち位置が見えてくるとまで思うほどだ。
北海道や北陸の質実剛健、ネタの高品質と低価格で勝負している姿を見ると、お江戸の回転寿司屋はもう死に体なのだなと思う。だからこそ、その最後の時まで付き合ってやろうとも思うのだけれど。チープな寿司(鮨ではない)を食うのであればお江戸に限ると思う今日この頃であります。

街を歩く

居酒屋に物申したく候

おそらく繁忙期以外ではコスパの良い店なのだと思う

北の街のオフィス街にある居酒屋で地元の友人と会うことにした。いつもであれば空いている店を適当に探してはいるのだが、師走では流石にむずかしかろうとネットで探した店を予約した。これが間違いだった。駅からの距離、地下歩道からの距離で決めたのだが、やはりネットの内容だけで店の良し悪しを見抜くのは難しい。
ホテルの一階にあるので、朝食会場として使われているのだろう。店内の作りに問題はない。夜は居酒屋という二毛作も今では当たり前であり文句のつけようはない。
では、何に文句があるのかというと……………まずネットで席だけ予約をした。普通であれば「予約料」などは取られないと思う。最近は不埒な客が多いのでキャンセル料を設定する店は増えたが、それも仕方のないことだ。この店はそのどちらも問題ない。

問題だったのは、年末年始特別料金を取るということだ。つまり繁忙時の席料を上乗せするという「昭和のバブル期」にはよく見かけた横暴なシステムを導入していることだ。平成時代は席だけ予約は受け付けず、コース予約しか受け付けないというのが繁忙期のスタイルに変わった。これはある程度定着していたと思う。少なくともこの仕組みでは、払う金と料理の対比で、高いとか安いとかぼったくりだとか、あれこれ評価してきた。ぼったくりの店は2度と行かないという、極めて辛辣な評価を受けるもので、そういう店は何年かすると潰れていた。
しかし、この昭和的な特別料金には対価を払うべきものが何も提供されない。座れる権利が付加されるだけだ。だから、昭和以降は廃れてしまった仕組みなのだろう。
そして、その席料追加徴収の告知は、入り口に貼られたA4用紙程度の紙に書かれたとても読みにくい告知文だけだ(暗くてよく見えない)。
席に座って注文をしようとすると、そこでいきなりこう切り出される。「本日は年末特別料金を頂戴するが、それでよいか?」とくるのだ。払うのが嫌ならそのまま出て行くしかない。
ネットの予約の時にはそんなことは書いてなかったように思うのだが、どこかページの隅っこに小さく「特別料金」払ってもらうからねー、とか書いてあったのかもしれない。
結局、席料を払うのが嫌になり外に出ても忘年会シーズン真っ最中だし、飛び込みで入れる店があるとも思えないから、渋々と追加席料を払うことにした。

世の中には外食の教科書みたいなものがあるわけではないから、必ずこういう失敗を犯す経営者は現れる。誰かが「外食時事業あるある」「やってはいけない13の事例」みたいな物をまとめて教えてあげれば良いのだが、それを教えられるのは失敗して破産した元経営者だけだから、存在するはずのない幻の教科書だ。
まあ、この店が何年続くのか見ているしかないが、おそらく同じ間違いをしている店が今年は何軒もあるのだろう。接客の良さだとか、料理のうまさだとかで解消できない、経営者としての勘違いで閉店して行く店が多いことを知る人は少ない。
この昭和の廃れたシステムについて、今の外食企業経理者の大半は知るはずもない。そもそも、その頃はまだ小学生だったり、生まれていなかった世代が現在の経営者になっているからだ。

出てきた料理はコスパが良いものだった。格別の目新しさはないが定番をしっかり押さえるという居酒屋の王道ではある。ただ、なぜ札幌で馬肉推しの店を作るのかはよく理解できない。おまけにホテルの宿泊客向けらしいメニュー、つまりThe 北海道 的な料理も押しまくっている。熊本と北海道が混交する不思議空間だった。

最近はこの街の居酒屋のどこでも置くようになった「ラーメンサラダ」もあった。ただ、このラーメンサラダについては大多数の居酒屋が解釈を間違っていると思う。野菜サラダの上に茹でたラーメンを乗せたものがラーメンサラダではないだろう。そもそも発祥の地であるグランドホテルに行って、元祖を試してみてから自己流アレンジをして欲しいものだ。
個人的に思うことだが、冷やし中華に野菜を足したものと大差がないラーメンサラダは、大体においてまずい。そういう店は麺の茹で加減もいい加減だし。一口食べて、あー失敗したと思うことも多い。この店のラーメンサラダはそこまで低レベルなこともなく、値段相応で納得できる品質のものだとは思う。ただ、最初に聞いた特別料金上乗せのせいで料理の評価にフィルターがかかってしまう。

せっかく料理長が腕を振るっても、料理が力を発揮できないこともある。居酒屋に限らず飲食店は「総合的な体験値」で満足度が決まるものだ。なぜ口コミが集客に威力を発揮するかを、経営者は再確認するべきだろう。口コミは決して表に現れてはこない事象だったが、現代の口コミはSNSという形で表沙汰になる。SNSで風評被害を受けたと反論する者も多いが、現代の口コミを封じる術はない。おまけにミシュランの星が取れた取れないで大騒ぎもする矛盾ぶりだ。それが嫌なら会員制の店にでもして、口コミを封じ込めるしかない。

美味しい料理だけでは商売にならない「エンタテイメント・総合体験空間」が現代の飲食業のあるべき姿だと思うのだがなあ。長文になってしまった。

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鮨とおでん 冬の居酒屋で楽しむ

色気は悪いが味は最高 上:貝づくし した:漬けシリーズ

札幌駅が新幹線開業工事中のため、駅地下にあった飲食店が閉鎖されてしまった。煽りを受けて駅前周辺の居酒屋、飯屋が混み合っている。おまけに、そこに日本語を話さない客がなぜか大量に押し寄せるようになり、実は大変迷惑している。(個人的見解です)
よく使う大衆鮨屋(まわらないやつ)も、平日昼ですら行列ができるようになった。こうなるとお店の方には申し訳ないがコロナの頃が懐かしくなる。
鮨もすっかり値が上がり、感覚的には5割増しから倍くらいまでになった。軽く寿司をつまんで酒を飲んだら3000円くらいという感覚だったが、今では5000円札でもおつりは来ない。まあ、消費者はそれなりに対抗策を立てるしかない。
握りを一人前頼むのではなく、5貫盛りを二皿頼むというのもその対応の一つだ。好みである貝握り盛り合わせと炙り5貫と組み合わせる。これに追加するとすれば、イカ・タコの軟体系とサバくらいだ。うにやいくらなどの高級ネタは不要だし、マグロのトロ・赤身にも興味はないという変形嗜好だから、まさに邪道な組み合わせだがこれに大変満足している。
隣の席にいた日本語を解さない二人連れはスマホ片手にうにだ、とろだ、サーモンだと高い値段の握りを爆食いしていた。うーん、貧乏な日本人という言葉が頭の中でこだましている。いや、好きなものを好きなだけ食うのが正しいグルメ道だと自己弁護してみるが…………

別の日に、出汁がうまいので有名というおでん屋に行った。この店は予約客で満席で、ふらりと入ってくる客全てが断られている。1時間に十組以上断られていたような気がする。おでんだし、寒い時期になると予約しなければ入れないほどの大人気になるのはわかっている。それでも入店を断られる人が多すぎて、食べているこちらが申し訳なくなる。
最初の注文は定番の大根、最近すっかりお気に入りの車麩だ。お麩は生でもうまいが、こうして煮物にするともっと旨さが増す。山形県の東部にお麩丼が有名なところがあり、そこは一度わざわざ「お麩」を仕込みに行った。肉よりうまいお麩という言葉が身に染みた。お麩は出汁との相性が抜群に良い。出汁の味を楽しむおでんネタとしても秀逸だ。
札幌の大繁盛おでん店は、ほかにも珍しい具材があるのだが、やはりお麩が一番だ(きっぱり)と思う。ただ、この日はお麩に引きずられていつものガンモやハンペンを頼むのを忘れてしまった。
次に行くときはしっかり予約をした上で、ガンモを食べに行こう。あとは昆布巻きに油揚げに入った巾着かなあ。

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高知でモーニング

高知は喫茶店のモーニングが充実している。かの有名な名古屋のモーニングにも負けない程だと思う。ただ、その進化したモーニングセットの中には「これでは晩飯ではないか」と思うほどにヘビー化したものもあり、お値段も1000円近くになる。これはモーニングサービスとして本末転倒ではないかと思うこともしばしばだ。
だから、コーヒーにプラス100円でモーニングセットになるくらいがちょうど良い。大手ファミレスチェーンもこれくらいのことはして欲しいものだ。
今回は高知市はりまや橋近くで朝8時から空いている店をネットで探した。当然、全国チェーンは除いて地元の喫茶店みたいなところを所望したのだ。発見した店はビルの2階にある。一度は店の前を通り過ぎてしまうくらい目立たない場所だった。
それでも出てきたモーニングには満足した。コーヒーは酸味が強いタイプのもので、最近はあまり見かけないブレンドだろう。。サラダにトーストが半切れ、そのおまけに手作りゼリーがついてた。これくらいがちょうど良い量で満足度が高い。しめしめだった。

食事を提供するタイプの郊外型喫茶店が成長している時代に、このドリンクを中心としたメニューは実に新鮮だ。こういう店は決まってジャズかクラシックが流れている。店のドアを開けた瞬間に、その店のテイストがわかる店こそ良質な喫茶店だと思う。

年季の入った椅子とテーブルも、逆に長く続いていることの風格を感じる。こういう喫茶店は本当に減ってしまったのだなあ。壁には額装された絵が飾られている。カフェではない喫茶店は文化遺産だと思う。

階段下の行灯も懐かしい昭和風で、まさにこれぞ「正統・喫茶店」という感じだ。また、ちょっと早起きしてきてみたいと思わせる高知の優雅な時間だった。

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沖縄 記憶に残る旅

沖縄に久しぶりに行ってあれこれ感じたことがある。仕事できていた時は、仕事の目的地だけを跳んで歩いたせいか、あまり印象に残る土地ではなかった。個人旅行できた時も、観光地を駆け抜ける弾丸旅行だったからやはり記憶が薄い。
今回は街中を歩き回ったせいなのか、かなり記憶に残ることが多かった。秋の終わりの温暖な季節ということもあり、こういう土地でしばらく過ごしてみたいなと思った。那覇空港はどこかホノルル空港に似ているななどと思ったのは、空港を出た瞬間の空気感、匂いのせいだろう。

今回は、乗り鉄の根性を発揮して沖縄唯一の鉄道を端から端まで乗った。この鉄旅が一番印象に残っている。といっても、片道一時間程度だから、旅というにはおこがましいが。

お江戸ではダウンジャケットをきる季節に、半袖のシャツで街歩きをするのも楽しいものだった。気分は街ごとリゾートで、ハワイに行った気分に近い。まあ、日本語が通じるハワイというと言い過ぎかもしれないが。赤い花は記憶に残る。花の記憶が残るなど、人生初めてのことかもしれない。

沖縄の城は琉球石灰岩でできている。加工のしやすさのせいだろう、石が綺麗に整形されて積み上げられている。日本各地に存在する城跡を見ればわかるが、このように整形された石を整然と積み上げるようになったのは、戦国期の終わりから江戸時代初期にかけてのことだ。沖縄に残る城は戦国期のそれよりも技術的に進んでいた。
当時は独立国だった琉球王国の文化遺産であり、独自の様式美がある。無理やり日本の文化の型に当てはめて説明するものでもない。そのあたりも城に併設されている記念館、博物館などで強調しても良さそうなものだが。

アメリカには数多くのハンバーガーチェーンがある。その中のいくつかを試したこともあり、お気に入りのチェーンもあるが、その有名バーガーチェーンの中でA&Wというブランドは実にユニークだ。基本的にチーズバーガーの店なので、濃厚・重厚・ボリューム志向のバーガーが出てくる。大口を開けてあんぐりと食べるバーガーだが、食べる途中で肉汁が垂れてくるのが嬉しい。
ちなみにバンズはアメリカンというか、安っぽいというか、これに文句あるか、嫌なら他に行け的なチープさがある。日本のバーガーチェーンはバンズにこだわって、超高級化しているが、バンズはあくまでバーガーの脇役でしかない。バーガーの主役はバンズに挟まっている肉なのだから、バンズはチープな方がいいと思う。 沖縄らしさとは関わりないかもしれないが、沖縄でしか食べられないアメリカンなファストフードは貴重だ。

豚汁定食も町の定食屋で食べてびっくりした。この強烈な鰹出汁の味噌汁は、もはや並の豚汁を遥かに超えている。これもお江戸界隈で、誰か販売してくれないものだろうか。沖縄そばも鰹出汁だが、これほど強烈ではない。
この沖縄版豚汁に小皿2・3品をつけた定食は、定食チェーンで採用されないのが不思議なくらいだ。この味は現在のラーメン業界における大潮流、「豚骨・魚介系Wスープ」に通じるものがある。野菜たっぷりのスープはもはや副菜ではなく主菜だろう。沖縄でまた食べてみたいものの代表になった。

そもそも料理というのは、出される店によって味が違うのは当たり前だが、それでも沖縄の料理店で出されるジーマミー豆腐のバラエティーは素晴らしい。どこのどれが一番うまいといえないくらいのバリエーションで、どうやら同じ店でも同じ味にならないこともあるようだ。それが楽しい。宝くじを引くようなものであり、ロシアンルーレット的な楽しみ方と言える。ただ罰ゲームではない。やはりご褒美だろう。
中華料理屋の杏仁豆腐も似たような感じがあるが、ジーマミー豆腐の方がなお楽しい。ちなみに、スーパーでも売っているが、こちらはだいぶハズレが多いのは何故だろう。

ライトアップされたもみの木ではなく椰子の木というのも、南国的なクリスマス感があるなあ。この人工的な風景は日本特有の文化なのだろうか。トロピカルリゾートの本場、ハワイでは椰子の木のライトアップが実施されているかどうかは知らないのだが、ワイキキは別にして郊外の住宅街に行けばライトアップハウスはありそうだ。

今回は、ずいぶんと沖縄に惹きつけられてしまった。また機会があれば、今までずっと避けていた死ぬほど暑い時期の沖縄に行ってみたい気もする。汗だくになった後のブルーシールアイスクリームは、人生観を変えるほどうまいような気もするのだが。

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ちゃんぽんへの想い

20代前半からずっとお世話になっている好物だ たまに浮気もするがいつでもここに戻ってくる

ちゃんぽんの大チェーンであるこのブランドで、ちゃんぽん(普通味)の調理工程をテレビの情報番組で見て感心したことがある。職人の手作業を排除することで味の平準化を果たし、温度のばらつきを排除した上で、調理時間短縮も達成するというストーリーだった。
同じ業界に働く身としては実に感銘を受けるお話だったが、一般人からすると機械化された料理はどうも感覚的に味気ない、ついて行けない気がするらしい。ただ、冷凍食品をレンジで加熱することが「料理」と認識される現代の常識からすると、このちゃんぽん製造システムは少なくとも家庭ではできないはるかに高度な調理形態とも考えられる。

専用調理器具の開発もさることながら、原材料の標準化(大きさやカット形状に至る)まで突き進む必要がある。おまけにこのブランドでは全ての原材料を国産化するという快挙まで成し遂げている。コロナの後に何度か値上げをしたようで、今ではあまりお買い得な価格とは言えないが、それでも麺業界の中では破壊的な価格設定をしているとも思う。
ちょっとだけ文句をつけたいのは、新商品の投入の仕方がまるっきりハンバーガー屋と同じになって染まったことだ。
新商品=高単価商品=客単価増をねらうという図式は、ある意味業界標準となったやり口だが、実はこれは危うい罠なのだ。表面張力で目一杯盛り上がったコップの水が最後の一滴で溢れ出すように、10円刻みで値上げしたとしても最後の10円がどこになるのかは失敗しなければ気が付かない。「まだ行ける」と思い込むのはマーケティング担当者のわがままでしかない。そして、最後の一滴で溢れ出した水、つまり客数は当分戻ってこない。ダメージ度合いにもよるが、長い時には年単位で客数回復が遅れる。(そして、だいたい社長が首になる)

そうなると、値頃感を再度探るために値引き、低価格価格商品投入、バリューセット開始となる。この業界、真似をするのも簡単だから(笑)「きせつげんてい、誰もが同じ失敗を繰り返すことになる。バーガーの失敗はちゃんぽんでは起きない、起こさないと思うのだろう。他者の事例は十分に学習したと言い張るかもしれない。まあ、一年後の結果を見ればわかることだが。
コロナの後の強烈な値上げ、インフレの中で外食企業のほとんどがこの罠にどっぷりハマっている。好調だったバーガー企業、鶏唐揚げ企業はすでに罠に嵌った後の修正作業に入っているというのになあ。

好物のちゃんぽんが1000円の壁を越えたら、おそらく年に一度くらいしか食べなくなると思うのだ。普通のちゃんぽんより200円も高い「季節限定 変わりちゃんぽん」には手を出す気にもなれない。
どうやら日本の外食企業も米国風のマーケティング施策を取るようになり、人事も米国風に「失敗したらクビ」という時代になったようだ。ただ米国風マーケティングをすると、前職の失敗を転職先でも同じように繰り返す、結構業界的には迷惑な人材を生み出してしまうのだよね。これもあまり知られていない業界あるあるだ。まあ、自戒の意味も込めて……………

こんなことを考えながら食べるちゃんぽんはちょっとウェットでぬるい感じがしてしまう。

旅をする

文句を言ってはいけないとは思うが

高知市内で馴染みの店が休店していたので街中を彷徨い歩くことになった。忘年会シーズンのせいかどの店も満席で晩飯難民になりかかった。全国チェーンの大箱であれば何とかなるかと入ってみたら、幸運にも席が取れた。ただ、幸運はそこまでだった。
忘年会シーズンなので、料理の出てくるのが遅いのは何とか諦めがつく。隣の席が大人数の宴会で、そこから聞こえる大声の会話も居酒屋としては仕方がないとも思う。

ただ、高知に来ていてお江戸風の居酒屋料理を注文する気にもならない。高知県人が普段と異なる江戸風料理を食べたくなるのは理解できるが、こちらはそれに合わせる必要はない。高知でハンバーガーチェーンに入ると負けた気がする。居酒屋でも似たようなものだ。
だから全国チェーンの居酒屋ではあるが、店頭に観光客向けで高知料理のメニューが掲げられていたので、、それをいくつか注文することにした。

普通な「いものてんぷら」

ナスのたたきとは高知の家庭料理で、特別に決まったレシピーがあるわけではなく、それぞれの家庭で色々とアレンジされているそうだ。揚げなすをポン酢的なタレで食べる料理だと理解している。それを注文したらあまりのルックスの違いに驚愕した。
ただ、気になって店頭のメニュー写真と現物の写真を撮り比較してみたら、まあ、別物というほど違っているようでもない。メニュー写真の方がうまそうには見えるが、よく広告などに書いてある「写真はイメージです」的なものと考えれば許容範囲かもしれない。
注文する時にメニュー写真のイメージが勝手に膨らみ、現物が出てきた時に違和感を感じただけなのだろう。でもねえ、ちょっと違うよなあ、と心の中で声がする。

いも天は、高知日曜市で出店している有名な人気店の看板メニューだ。甘めの衣がついたさつまいもの天ぷらといったもので、高知のあちこちで「いも天」類似品は売られている。だから、当然のように各店ごと味も違い形も違う。
ただ、この時に出てきた「いも天」は、普通な衣の天ぷらだった。うむうむ、芋の天ぷらであることに間違いはないから、名称詐称とは言えない。確かに芋の天ぷらだ。普通にうまい。でもね、高知でいも天と言えばこの味ではないのでしょう?と言いたくなる。

このモヤモヤした感じは、高知市内の店で高知料理を注文した気分から来る、いわゆるご当地バイアスなのだと思う。同じものが高知名物料理としてお江戸の盛場、新宿・渋谷・池袋あたりで登場したのであれば何の抵抗もなく受け入れるだろう。
だから教訓として学んだことだが、旅先で全国チェーンの店に入ってはいけないし、もしも仕方がなく入ってしまった時はご当地メニューを注文しないこと。唐揚げとか肉じゃがとか冷奴であればご当地バイアスで悩むこともない。

責任はお店にあるのではなく、あくまで自分にあることをよく理解しておきましょう。だから、次回は絶対に居酒屋「葉牡丹」だなと思うのだが、葉牡丹でいつも注文するのはオムライス、酢豚、焼き鳥……………全く高知の匂いはしないのだけれどね。