街を歩く

北海道土産

年末に北海道に行った時に買ってきたものが「鮭キムチ」だった。以前は都内の高級スーパーに置いていたので、見つけた時には手に入れたものだが、最近は(コロナ以降は)すっかりみなくなっていて、コロナに負けて商売を辞めたのかと思っていた。
札幌市内にある北海道産物専門店に出かけて探してみたら、なんとしっかり売っていたので安心したが、値段を見ておやまあ………となった。2割ほど値上げりしていた。
そうか、鮭もコロナの後では値上がりしているのかと思ったが、魚屋で見る丸のままの鮭の値段はあまり変化がない。気になって裏の商品説明を見て納得した。原材料の鮭はノルウェー・チリと書いてある。輸入物であれば、この円安(原因は経済の問題ではなく政治のミスでしかないと思うのだが)が原因で値上げはするだろうなと。しかも、製造所は北海道の山の中で海産物とは全く縁のない土地にあった。
つまりこれは、漁師町のおっちゃんたちが(あるいはおばちゃんたちが)地元鮮魚を使った六次産業化みたいな水産加工品とは全く無縁だっだのだ。海のない長野県で養殖した鮭科の魚を信州サーモンと言って売っているようなものかと納得した。
食べれば普通にうまいものだが、海とも北海道とも関係がないのは、やはり不思議と言えば不死不義だ。ただ人気商品らしく、「激辛バーション」も売られていた。商売はアイデア次第だなあ。

その北海道物産専門店のすぐ近くに沖縄物産店がある。日本の北と南の物産店が徒歩1分の距離で営業しているのもなかなか面白い。そこではブルーシールのアイスクリームもあるし、沖縄限定バリヤースも売っている。ふと気になり前回沖縄に行った時に買った味噌・黒糖コーティングのピーナッツがあるかと探したら、しっかり置いてあった。
買うかどうかだいぶ迷った。なぜ北海道で沖縄名産を買い、おまけにそれをお江戸近くまで持って帰ろうとするのか。このピーナッツは沖縄から北海道までほぼ3000キロ移動して、それでも懲りずにまた東京まで1000キロ移動するとしたら、なんと効率の悪い運搬をされたことになるのだろう。移動にかかった燃料費を考えると申し訳なく思える。
ただ、結局はこのピーナッツを複数買い込んで自分用の土産にしてしまった。理由は有楽町にある沖縄のアンテナショップにこのピーナッツを買いに行くと、往復で1000円以上交通費がかかるからだ。札幌で買えば追加交通費はゼロになる・
自宅に戻ってから食べたこのピーナッツはちょっとだけほろ苦かったが、うまいものはうまい。ノルウェーやチリから運ばれてきた鮭が北海道土産になる時代だ。沖縄のピーナッツを北海道で買って何が悪い……………と開き直っても仕方がないのですげどね。
ちなみに、ピーナッツも原料は中国産でしたから、そもそも沖縄ー北海道ー東京くらいの移動は許容範囲です(キッパリ)

小売外食業の理論

サイゼリヤ ミックスグリル

サイゼリヤに行ってよく食べるのはランチセットのハンバーグ。それもオニオンソースというランチの時だけに使われるソースが好みだった。ところが、ランチを含めたメニュー改定がありオニオンソースはなくなってしまったようで、実に残念なことだ。ではサイゼリヤにランチを食べに行かなくなるかといえばそんなことはない。価格と品質のバランスを考えれば、やはり日本最大の「良いファミレス」であることに変わりはない。
他のファミレスチェーンのように価格帯を守ることもせず2割3割という理不尽な値上げをして客数激減になることもない。それどころか決算成績を見れば絶好調だ。他の値上げしたファミレス企業と比べると、その差は明らかだ。特に便乗して必要以上逃げ上げしたチェーンは客に見限られて大幅な客数減を起こしている。その客を引き込んだのがサイゼリヤとしか思えない。

ネットにあげられていた決算論評を見てあれこれ考えた。メニューを絞り込んだことで客離れが起きたようなことを書いてあるが、そもそもネットの書き込みは無責任な「感想のダダ漏れ」でしかない。メニューを減らしたサイゼリヤ批判をしたものは、基本的に年に一回行くか行かないかのどうでも良い客だろうと思うのだ。そんな奴(客)が来なくなっても大した影響はないだろう。逆に毎週一回来てくれるような常連客をどう大事にできるかに注力し、腐心しなければならないのが外食業の基本中の基本だ。

今回のメニュー改訂で最大の課題はメニューが減ったことではない。ランチの合挽肉ハンバーグをなくしたことだろう。もともと低価格ランチ販売のためのコスト低減策が、合挽ハンバーグの導入意図だったはずだ。オペレーション的にも牛肉100%と合挽の二種類を準備することは負荷が大きい。それでも500円ランチを維持するために無理して行っていた。
だから、値上げを期に肉の一本化を図るのは意味がある。ただ、そこに残るのは熱烈なランチの合挽肉ハンバーグファンがいたかどうかだ。
ランチではしばらくの間、お安い合挽肉とちょっとお高い牛肉100%を選べるようにしていた。その間にじっくりと合挽肉ファンの存在量を確かめていたのだろう。合挽肉ハンバーグより高くても牛肉100%という選択が多かったのではないかと推察している。お安い合挽肉はドロップしても大丈夫そうだという見極めをつけて、ハンバーグの一本化に踏み切ったようだ。
評論をするもの、論評をするものにはこの辺りをもう少し見極めてほしいものだ。

ネットで散見する少数の文句に注目するのではなく、沈黙を守る常連客(主力客)の表に出てこない意見をどうやって見つけ出すか。そこに経営の力量が試される「ビジネス遂行力」があると思うのだがなあ。

論評者の経営体験やビジネス経験がそんなことから透けて見える。まともなことを書くためにも、サイゼリヤに行って値上がりしたハンバーグを実食した上で、あれこれ推論してほしいものだ。ちなみに、ドロップした商品の大半は安売りのために「見せもの」として並べていたサイドアイテムだ。また、それとは逆にサイゼイリヤとしては非常に高価格帯にあり、プライスラインとして異質だったものの排除もおこなっている。だから、主力商品の出し入れをしたのはランチ専用のハンバーグだけだったといっても良い。

それよりも注目すべきは、オペレーションの改善にある。営業利益改善の最大ポイントは、会計処理のセルフ化によるホールオペレーションの効率化にあるずなのだ。人員採用不足が引き起こす最大の課題を機械化で解決した。(会計は実に時間がかかるし、客の不満を起こしやすい)
セルフレジ導入はあれこれ試行錯誤は必要だが、従業員の効率化にとっては最大の業務改革になる。店舗の現場を見ていない評論だというのがバレバレだなと、とってもお得なミックスグリルを食べながら思っておりました。

街を歩く

高知で散歩して思うこと

高知市内で夜散歩をするのはなかなか楽しい。繁華街の広さが散歩にちょうど良いサイズだということもある。市内中心部に観光客目当ての店が密集しているので、街のあちこちで面白い看板なども見つかる。
土佐料理の店で見つけた穴あき看板がなかなか秀逸で、女性の顔しか穴が開いていない。ただ、高知県人が女性に対して特別な何かを持っているのではないと思う。おそらくあまりにも龍馬ラブが強すぎて、龍馬の顔を穴あきにできなかったということではないか。
高知市内を歩くとわかるのだが、この街の龍馬ラブ度合いは凄まじいの一言に尽きる。他県でもその県民の誇りとなる歴史的人物はそれなりに見つけることはあるが、少なくとも東日本を中心とした戊辰戦争の負組地域では、地域の偉人、それも江戸期の人物を讃える度合いが低い。控えめというか自粛しているというか……………
ただし、戊辰戦争の勝ち組であっても、それもお札の顔になるような有名人ですら、今ではかなりぞんざいな扱いになっている。維新の元勲などと奉られていた明治政府高官およびその系譜に連なるものが、先の大戦での敗北に繋がっていると認識されているからだろう。
敗戦の原因(少なくとも敗戦後には米国により認定された)となる人物、その歴史的経緯を考える偉人とは称えにくいのがわかる。
となると戊辰戦争前に暗殺された龍馬と明治政府に歯向かって憤死した西郷くらいが、明治政府の悪徳には繋がりのない歴史的にピュアな人物として敬されている、と考えるのはゲスの勘ぐりだろうか。
高知出身では経済的に大成功した岩崎弥太郎(これも先の敗戦につながる系譜だが)や明治中期の政治家板垣などもいるのだが、人気では龍馬の足元にも及ばない気がする。ちなみに高知駅前に三人の銅像が並んで立っているが、いずれも戊辰戦争前に殺された、つまり明治政府に関係していない三人、坂本龍馬、中岡慎太郎、武市半平太だ。高知県人の戊辰戦争前後に対する評価がこれなのかもしれない。龍馬ラブを考察していたら随分と横道に入り込んでしまった。

ぶらりと歩いて見つけたのれんが秀逸だった。こんなシンプルな暖簾は最近あまり見かけない。やきとりと書いてある。屋号はない。ただ、常連にとっては「いつもの店」で通じるはずなので屋号がなくても困ることはないのだろう。
すでに食事を終えた後で見つけたので、この日は入るのを断念した。次回は絶対に行かねばならないと思わせる、ストロングスタイルな面構えだ。

店の横に回ってみたら品書きが書いてある。おー、これは期待できるラインナップではないか。品書きを上から順番に眺めていく。なるほど、本格派の焼き鳥屋のようだ。もつ焼き系はほとんど見当たらない。それは良いのだが、下段中央に怪しい名前を見つけた。土佐焼きとはなんだ?
土佐巻といえば鰹とニンニクを巻いた海苔巻きのことで、鉄火巻きのカツオ版みたいなものだが、土佐「焼き」は………まさか、鰹とニンニクが互い違いに串に刺さっている、ねぎまのカツオ版みたいなものだろうか。
そして、その隣にある「逹珍」はなんて読むのだろう? 品書きの横並びを見ると揚げ物の一種みたいな感じもあるが。うーん、謎が謎を呼ぶメニューなので、これは絶対に次回の探索候補だ。ついでに店名も確認してこよう。

散歩をしているとたまに目にする、現在高知県のあちこちに貼られている観光ポスターがある。丸にど、と書いてどっぷりと読ませるらしい。高知県の新屋号だ。もともと高知県の観光ポスターはかなりセンスが良いと思っている。時代に寄り添ったヴィヴィッドな表現である、などとお江戸の広告関係者ならいいそうだものだ。大都会から離れた高知県の魅力をおしゃれに、あるいはウィットに富んだ表現で伝えている。素晴らしい。
しかし、今回はそういった都会的な洒落のめしたものをしっかり振り落とし、実に質実剛健というか大上段に構えた太刀を一気に振り下ろした「新風」になっている。
このブランド広告の真髄と言いたいくらいよくできたポスターを作ったスタッフには拍手を送りたい。個人的にはこのキャッチコピーのようにどっぷり高知にハマっているので実に親近感もある。

そのどっぷり高知の「宴会バージョン」の舞台は、我が尊敬する年上の友人の店で、マスターアキさんと二人で満面の笑顔を見せているのは、我が心の師匠でありメンターであるキャサリンなのだが、この店に行くだけでも高知に行く甲斐があるというものだ。
ただし、早くしまるので(営業時間もどっぷり田舎モード)、電話で予約をしてからいきましょうね。おまけにこの街はタクシーの営業終了も早く、JRの終電は午後7時台なので帰りの足を確保してから飲みにいきましょう。それもまた、どっぷりな楽しみ方ですねえ。

街を歩く

わすれまじ 吉野家の牛丼 

羽田空港の地下にいつの間にか吉野家ができていた。気がついたのは、去年後半のことだった。ただ、早朝では開店していないのでなかなか利用する機会がなかった。久しぶりに始発ではなく午前の遅い便に乗ることになり、ようやく開店している時間帯に合わせて空港に到着した。いそいそと1年ぶりの吉野家に入ることにした。

吉野家でタッチパネルの注文システムを使うのは初めてだった。以前の口頭注文であれば、「並一つ」と1秒で済むところが、意外と時間がかかる。タッチパネルの画面遷移というか注文誘導システムが「高くて遅い商品」を優先的に流すからだ。定食やカレーなど吉野家では邪道ではないかと思う(個人的感想です)余計なメニューからようやく牛丼画面に辿り着いても、その牛丼にはアタマ大盛りとか特盛とかいい加減にしてよと言いたくなる余計な牛丼アレンジが多い。牛丼並はその中に紛れてひっそりと隠されている。(これも個人的感想です)
タッチパネル時代以前では注文して30秒後には丼を抱えて食べていたものだが、タッチパネルの注文を完了して目の前に牛丼が出てくるまで無限の彼方とも思う時間が経っていた。(しつこいですが、個人的な感想です)早いやすいうまいのキャッチフレーズが泣くぞとぶつぶついってしまった。ちなみに、正しいキャッチフレーズの順番は、うまい早い安いだったと思うが。
それでも、いつもの牛丼的なルックスだっだので安心したが……………

自己流アレンジは、ツユダクならぬ紅生姜だくだくにして、唐辛子をドバッとかける。赤い牛丼の出来上がりだ。これぞマイスタイルのスペシャル牛丼なのだ。
これをガシガシと食べるのが牛丼の王道ではないか。と思うのだが、どうも年齢のせいかガシガシとかき込むと喉が詰まりそうになる。(悲しい)
なので、どうしてもモグモグ的な微妙にやるせなさを感じる食べ方になってしまった。ちなみに牛丼三十五歳卒業説というものがあり、咀嚼の能力が落ち消化力が落ちる年代、つまり四十歳に近づくと牛丼を食べる機会がグッと減る、あるいは食べなくなるのだそうだ。

その歳はとうの昔に過ぎているが、いまだに牛丼は卒業できない。我が身に照らしても理屈は納得できるのだが、このささやかな楽しみは死ぬまでなんとか続けたいものだけどね。ちなみに北海道では吉野家がほとんど存在していなかったので、生まれて初めて吉野家の牛丼を食べたのは23歳の頃。お江戸に出稼ぎに来た時に洗礼を受けた「お江戸文化」の典型だった。以来、自分にとってのお江戸とは新宿駅の雑踏と吉野家の牛丼と刷り込まれている。

街を歩く

土佐寿司

高級化ということらしい冷凍製品

高知名物であり、我が大好物である田舎寿司がなんと「土佐寿司」という名称で土産物店に並んでいた。これにはびっくりしたがお値段にもびっくりだった。通常、日曜市などで買う倍以上になっているではないか。
確かに冷凍にして流通させるのだから経費がかかるのはわかる。土産物店に払う手数料もあるだろう。しかし、この値段では庶民の味方とは言い難い。田舎寿司ではなく都会寿司だなあ。
一つお試しに買ってみようかと思ったのだが、やはり価格が心理的に受け入れ難く……………諦めてしまった。近くの、町中華に行けば、ラーメン・餃子・半チャーハンのセットが食べられるのだ。

それにしても、冷凍寿司とは恐れ入った。寿司飯は基本的に白飯より冷凍適性がある。酢と砂糖と塩の合わせ調味料のせいらしい。田舎寿司は上に乗せる具材が魚ではなく野菜、それも煮たり漬けたりした加工野菜なので、確かに冷凍適性は高い。解凍後の再現性もそこそこだろうと予想はつく。ただ、これを誰が買って誰が食べるのだろう。
おそらく家族の中に高知出身者がいて、たまたま高知に出張か観光に来た人が故郷の味を土産にしてあげようと思いついた、的な感じだろうか。そもそも田舎寿司は観光客相手のレストランや土産物屋では売っていないので、高知県人以外がこれを試す機会は非常に少ないと思う。
つまり観光客向けではなく県外にいる高知県人のための商品と言える。県外にいる非・高知県人のためであれば、もう少し高知らしいものを土産に選ぶのではないか。例えば、カツオとか芋けんぴとかゆず製品とかだ。

とりあえず自分の食べたい分は高知空港の売店で「生」を買えば良いと思って高知空港についてみたら、これと同じ冷凍寿司しか置いていなかった。いやはや、実に残念。日曜市以外で田舎寿司の手に入るところをなんとか探し出さなければなあ。

街を歩く

今年の満洲で最初に食べたもの

最近、あちこちで味噌ラーメンを食べている。食べ比べるというほどでもないが、久しぶりに食べた札幌の純正味噌ラーメンと自宅周辺で食べる味噌ラーメンがあまりに違うことに、改めて気がついたからだ。
別にどこがうまいとかまずいとかを調べるわけではない。味噌ラーメンと言われるものはどこまで広がっているのか、つまり味噌ラーメンの地平線というか限界はどこまでなのか知りたくなった。極めて個人的で限定的な研究テーマ(笑)なのだ。
そもそも一体何が味噌ラーメンの基本構成要素なのだろう。スープのベースが一番の差になるかと思うが、九州系の豚骨スープベース味噌ラーメンには、九州で味噌ラーメンと呼ばれているものと、関東圏で豚骨味噌ラーメンと呼ばれているものに大別される。
九州系は「みそ」がおまけ程度で、主体は豚骨塩味にあり、その味変的な立ち位置にあるようだ。(個人的経験からの類推です)関東圏の豚骨味噌ラーメンとはまったく異なる。
北海道警味噌ラーメンは老舗の味噌ラーメン、つまり鶏ガラ・野菜ベースのスープに味噌をたっぷり入れた濃厚味噌汁系と、新興勢力である豚骨・魚介Wスープにこれでもかと味噌を放り込んだ超濃厚スープ系に分かれる。北海道のWスープ味噌ラーメンは、実は九州系豚骨味噌ラーメンを遥かに凌ぐ「濃い味」だ。
関東圏ではその中間的なものが多い。スープが支那そば系のさっぱり味では味噌に負けるのでそれなりの強い味に変えられてはいるが、日本列島の南北で頑張る二大ラーメン圏の濃厚さには負けている感がある。ちなみに関東圏で濃厚味といえば横浜家系が大増殖しているので、それに対抗する濃厚味噌ラーメンを生み出すのが難しいという側面もありそうだ。

麺に関しても、北海道は歯ごたえのある中太ちぢれ麺が主流であり、九州ではストレートの太麺と細麺が同居している感じがする。関東圏では他の味のラーメンと麺を共用するせいか中細ちぢれ麺であることが多い。町中華であれば基本的に麺の選択肢はない。
ラーメン専門店の一部ではスープの味に合わせて推奨する麺を変えていることもある。これは正しいと思うが、その分オペレーションは大変だろう。

何より一番違うのがトッピングだ。味噌ラーメン発祥の地、札幌ではチャーシューなしが基本形で、もやしとひき肉を炒めたものが乗っている。お江戸界隈でいうところのタンメンみたいな感じだろうか。
それとは異なり、どうも関東圏、それも東京周辺ではこのもやし炒めが怪しく変化して「我が店の味噌ラーメンはこれ」的になっているようだ。日頃からよく通っている満洲がその典型例で、キクラゲ入りのもやし炒めがドカンと乗っている。スープはいわゆる味噌汁系で、比較的あっさりめのスープだ。食べた後に口の周りがベタベタするコラーゲンたっぷりスープとはずいぶん違う。

まあ、お江戸の味噌ラーメン、特に町中華の味噌ラーメンはこの系統が多いので、タンメンのバリエーションと思ったほうが良い。ラーメンとは違う伝統を持った麺料理、ちゃんぽん会でも味噌ちゃんぽんという存在はあるが、これは現在進行形で進化中であり(平たくいえば完成度が低い)語るにはまだ早そうだ。

それ以外にも日本蕎麦屋の味噌ラーメンなるものもたまに見かけるので、これはちょっと別枠で研究してみたいものだな。

食べ物レポート

カレーラーメン 定点観測幸楽苑

カレーラーメンとは、北海道とマコ宮室蘭のローカル名物だと思っていた。全国津々浦々で、日本蕎麦屋に行くとおいては置いてあるカレー南蛮とは違い、ラーメン屋でカレー味を見かけることはほぼ皆無だ。
そもそもラーメンスープは濃厚系が多いのでカレーとうまく調和しないということもあるよ思う。札幌ではローカル名物かしたスープカレーもその原型はラーメンスープをベースにカレー味に仕立てたものという花足を聞いた。発祥の地であるカレー屋で生まれたスープカレーがインスパイア系料理として広まる過程であれこれ進化していった過程で起きたことのようだ。
さえ、この後楽園のカレーラーメンだが、札幌のスープカレー的な「締めにはライス」を提案している。が、スープカレーとはだいぶ趣が違い粘度の高いスープだ。が、出汁があまり強くない。一番近い味はなんだろうと考えていたら、某カップ麺のカレー味に似ていることに気がついた。
どうやらこのラーメンのルーツは北海道のローカルテイストではなく、全国どこでも買える有名なカップ〇〇カレー味みたいなのだ。二口ほど食べて、それに気がつき納得してしまった。後楽園のテリトリーは東日本になるので関西系の味付けは評価されないらしい。であれば、青森の煮干しだしラーメンとか秋田の有名店(京都系インスパイア濃厚ラーメン)のコピー品でも出せば良いのになあ。などと思ってしまう。

カレーラーメンだけではちょっと見た目がアレなので、追加トッピングにネギとチャーシューを足してみたのだが。これはカレー味とあまり足しょうが良くなかった。まあ、失敗の経験から次の成功が生まれるのさ、と嘯きつつちょっとだけ後悔してしまった。来年出るだろう(多分)改良版カレーラーメンにきたいしておこう。

街を歩く

喫茶 えんじぇる と読むらしい

よく行く高知の漁師町は朝飯を食べる場所がほとんどない。朝からバリバリ飯を食うタイプではないので、それは別に構わない。腹が減るのであれば前日にパンでもカップ麺でも買っておけば良いのだ。
ただ、かの高知で有名なモーニングセットを出す喫茶店は7:30から営業している。晴れた日には散歩がてらその喫茶店を目指すこともある。ただ、ずっと店名が分からなかった。というより読めなかった。
地元の友人との会話の中で出てきた店名とこの難しい店名がなかなかリンクしないので、会話がおかしくなった。あれこれ話をしているうちにえんじぇるというらしいことが朧げにわかってきた。20世紀の終わり頃、まだバイクに乗り集団で移動する若者文化が成立していた時代、こんな難しい漢字を集団名につけていたりしたなあ、などどおっちゃんの感覚で懐かしくなった。

自分の街にこんな喫茶店があればせっせと通うだろうなと思わせる端正な一戸建てのお店だ。喫茶店でコーヒーを飲むのと、カフェでカフェラテを飲むのは似たようでいて全く異なる文化だと思う。由緒正しき喫茶店ではクラシックかジャズがかかっていて、濃くて苦めのコーヒーが出てきて、たまにおまけでクッキーが一個ついていたりする。そんな文化こそ自分が所属すべき空間だという思いがあり、由緒正しき喫茶店が残る土地は文化地だと信じている。
人口100万人を超える大都市では、その良き文化は壊滅の危機にあり、人口一万人に満たない地方都市で生き残っているのを思えば、人口以外に文化を図る別の尺度が必要なのだとも考えてしまう。

モーニングを楽しむ地元のおっちゃん・おばちゃんの言葉は聞き取るのが実に難関な高知言葉なのだが、それもお江戸で流れるラジオの英語放送よりはよほど耳に優しい。
朝から文化について考えられる「喫茶店」に感謝だな。

食べ物レポート

えび玉ちり 満洲の冬メニュー

あまり辛くないというか、全然辛くない

エビチリを最近よく食べる。加齢による海老信仰みたいなものとは関係ない。辛いものとエビが好きになっただけだ。
満州というチェーンは時々面白いことをする。キャンペーン商品で当たりが出たら定番化するというのが通常の外食企業が取る常套作戦なのだが、満洲はどのキャンペーン商品も潔く捨てる。翌年の同じ頃にリバイバル出品することもあるが、大抵は使い捨てメニューになる。
おまけに、メニューを絞り込んでいるので町中華の絶対定番とも言える「酢豚」「エビチリ」が存在しない。「青菜炒め」もない。
だからエビチリ発売とニュースで見かけて、これは食べに行かねばならないと本店まで出かけてみたら、なんとも不思議なことに「エビチリ」ではなく「エビ玉チリ」だった。エビチリに卵の炒めたものが入っている。だから甘めの味になっている。味付けに文句があるわけではない。世の中には甘いエビ理知もあれば、これは食べるのが無理と言いたくなるほど辛いエビチリもある。どちらもうまい。ただ、卵を入れた意図がよくわからない。ひょっとしてエビ好きの子供向けに「大人の階段」を上らせるみたいなことを社長が考えたのか、と疑いたくなる。

最近の満洲はメニューが健康志向なので、それもどうやらよく食べにくる一人暮らしの高齢者のために、いろいろと考えてくれているようだ。銘柄豚を使ったり、米は白米と玄米を選べたり、麺が少量のラーメンを提供したりする。ただ、卵入りのエビチリにはその高齢者志向というか、健康フレーズが見当たらないので、やはり新客層として子供に目を向けたのではないか。

そんなことを考えながら、次回は玄米チャーハンにしようと思った。確かに町中華で玄米を食わせてくれるところはないよなあと……………

街を歩く

夜散歩 in 高知

高知の夜に街中を彷徨い歩いてみた。南国高知の夏場であればうんざりするような暑さでとても歩く気にはなれないが、冬は高知であれ凛とした厳しさはあるが歩けないほどの寒さでもない。ただ、夜も早い時間であるのにほとんど歩いている人を見かけない。寒いからか、町外れのせいなのか。
随分と長い間工事をしていた橋がいつの間にか囲いも解けて完成したのに気がついた。ライトアップされているが、決して高知市内の繁華街とは言えない場所なのだ。これが「はりまや橋」であれば、さぞ観光客が撮影に群がっているだろうに。市内を流れる川は江戸時代の高知の街が作られた時に水運の要として整備されたもので、それにつながるように城下に運河がて張り巡らされていたそうだ。(某国営放送の旅番組で解説していたものを受け売りしてます)
その運河も今ではすっかり埋め立てられてしい(暗渠化している)、例のガッカリ名所「はりまやばし」がそのなれの果てになっているそうだ。運河都市は大阪や江戸といった大都会を始め、その景観をすっかり変えてしまっている。今の時代に運河が残っていれば、車の往来には困るのだろうが、観光地としては空前の人気ぶりになっただろうなあ。

時代の流れは外食企業にも押し寄せている。高知市民であれば(年配者に限る)誰も知らないものはいないと言われる屋台餃子の店は、いつの間にか営業形態を変えていた。川沿いにあった本当に屋台だった店は、いつの間にか近くの駐車場に大きな屋根をかけた擬似屋台営業に変わっていたのだが、どうも改正食品衛生法の基準を満たすためにはもう一息の変身が必要だったらしく、新たにできたものは完全なる密閉空間に閉じこもった屋台村もどきになったようだ。確かに、餃子とラーメンとビールだけでは現代の客層には対応しきれないのかもしれない。単店でメニューを広げるより、複数業態で広げるのは良い策だと思う。

正面は別の店だった


初めて高知で屋台餃子を食べたのは15年ほど前だった。地元企業の社長に連れて行かれたのだが、その頃でもほぼ観光地化していたらしい。それよりも随分と前のことだgあ、思い返せば初めて高知に来た夜は、まだ市内中心部にたくさんの屋台があり、そこの中の一見で酒を飲んだ記憶もある。屋台のおばちゃんからは、いかに高知が大きい街で飲み屋が多いか力説されたのを覚えている。同行者は大阪と神戸から来ていた。自分も含め高知より大きい街から来たのだがなあと心の底で思いながら、うんうんと頷いておばちゃんの話を聞いていた。


屋台は道路交通法や食品衛生法の規制、というか弾圧で消滅しつつある江戸期以来の文化であるのだが、行き過ぎた規制は文化を破壊する。これはどこかの国の宗教弾圧に名を借りた異文化抹殺に近いものがある。行き過ぎた宗教独裁、あるいはバカな独裁者のいる国ではよく起こることだが、「この国」のような独裁者のいない国でも官僚が独裁者になり代わり自分たちの利権のために暴走する。文化圧殺とは官僚の金儲けと天下り先の創生を意味する。

店名の下に(仮)とあるのは、官僚の弾圧が覆った時、本来の屋台に戻るのだという強い意志の現れ……………ではないかなと勘繰ってみた。もしそうであれば、官僚による文化圧殺打破のための「革命」に参加するぞ、と鼻息を荒くしておりました。

この国は本当に革命前夜なのではないかと思う今日このごろ。歴史的に振り返ってみると、日本の歴史では概ね70年ごとに政変、革命、敗戦などで政権がひっくり返る。先の大戦で負けて大勢の大変換が起きてから80年たった。歴史から見るとそろそろなんだよね。

屋台復活の狼煙をあげようかなあ。