街を歩く

返してくれ

今ではファーストガンダムと呼ばれる、ガンダム第1作の初回放送を見たのは随分昔のことだ。そもそもガンダムの前作である「ダイターン3」をずっと見ていたのだが、どうやら最終回を見逃していたらしく、タイターン3の陽性キャラが出てこないで、やたら屈折したキャラがぼやいている画面に違和感を覚えていたら、なんとダイターン3よりだいぶ小ぶりな人型ロボットが登場するではないか。あれれーと思って後で新聞の番組欄を見たらタイトルが違っていることに気がついた。当時はパソコンすら存在しない時代だから情報検索の手段は極めて限られている。
確か月刊で発行されていたアニメ誌を本屋で立ち読みして、ダイターン3の終了とガンダムの開始を理解したのは随分後のことだった。
シリアスなストーリーとモビルスーツという言葉が意外と気に入って見ていたガンダムだが、毎週ビデオ録画できる時代でもなく(ビデオデッキが20万円くらいしていた)、途切れ途切れの視聴だった。のちにレンタルビデオで出回るようになり、ようやく全編通しで見ることができた。
以降、Zシリーズ、ZZシリーズは放映中に見るのではなく録画をしたりレンタルで借りたりして見続けた。個人的にはシナリオのアラが目立つと思っている。伏線を回収しないまま放映打ち切りになったファーストをはじめとして、シリーズの中でキャラの性格が変わってしまったりするのであれまあと思うことも多い。悪役と善玉が入れ替わるのも困ったものだが。それでも宇宙世紀シリーズは延々と付き合ってきたつもりだ。

渋谷の駅前の大きな看板で最新作が劇場公開中と知った。看板に近づいて読んでみた。どうやらこれはガンダム諸作の中で多用された「名前だけガンダム」なのかと思った。名前だけガンダムは意外と人気があり、実は平成のガンダムファンはこのスピンアウトガンダムの方が本物だと思っている節がある。
スピンアウトガンダムはファーストから続く宇宙世紀ガンダムとは並行世界というか別の宇宙の物語で、似通っているのは人が登場して操る巨大ロボット兵器という点と地球軌道上にある宇宙植民地だけだ。

だからモビルスーツの造形も、日本版元祖ゴ◯ラとハリウッド版ゴ◯ラ以上の差がある。この話もそうなのかと思うのだが、スターウォーズが30年かかって九部作を作って完結したと言いながら、第1作と第9作で繋がりがあるのは年老いたマーク・ハミルだけの別物語だったのと同じように、このガンダムシリーズ最新作は機動戦士ガンダムという名称だけが同じなのだなとちょっと悲しくなった。
まあ、原作者の親分はさておき、メインキャラを描いた方、マシンデザインをしている方、みなさんそろそろ引退のお年だし、誰か跡継ぎが必要なのだ。仕方がない。ただ、この最新作は観ることはないのだろうなと思う。

昔、バンダイビジュアルの関係者と話をしていた時に、実は原作者である親分が完全引退しない限りGシリーズに関してはがんじがらめで、いじくりまわせないのだと聞いたことがある。ということは、これほどの改変が起きたのだから親分は引退したのだろうか。
気になって公式サイトを調べて見たら、なんとまだ原作には名前が残っているが、脚本はあのエヴァンゲリオンの親分が噛んでいるではないか。ということは当然ドロドロした愛と憎しみ世界になるはずで……………見ないの決定だなあ。

俺のガンダム、返してくれーと海辺で叫びたい気分なのでありますよ。でもアムロもシャーもシャーのクローンとクローンの出来損ないまで死んじゃってますからね。この先やるとしたらミネバ様の物語になるしかないし、それではお話が続かないか。

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エスニックな辛さ

辛い調味料を調べるため手近のスーパーに行ったらあまり品揃えがないので、少し遠出をして最近有名な安売りスーパーに行ってみた。 そして、びっくりした。実に多彩な調味料が、それも激辛シリーズというべきすごいやつが並んでいた。
辛い業界でグイグイと成長しているシラチャーソースはしっかりあるが、アフリカ生まれのハリッサもあれば、絶対定番のタバスコも……………と思ったら、なんとタバスコシラチャーになっていた。

おまけに辛くないナンプラーまで奈ならんでいるという、なんとも節操のない棚だが、これがなかなか楽しい。並んでいるものを全部買って試してみたくなる。
日本人がどうしてこんなに辛いソースに関心を持つようになったのかはわからないが、少なくとも平成中期まで日本の「辛いもの業界」は実に貧弱だった。

今ではお隣の国のコチジャンは普通にスーパーで買えるし、中華の原点豆板醤などすでに標準調味料扱いだ。韓流ブームあたりから、オリジナル食文化の流入が始まったことも大きだろう。西日本を中心に半島の料理店はあったはずだが、やはりジャパナイズされていたし辛味もマイルドに調整されたものが多かったようだ。今では、ストレートに辛い料理がカプサイシンによる健康効果宣伝もあり、実に当たり前になっている。
辛いものといえばカレーとキムチくらいしか知らなかった日本人が、辛さに覚醒したといっても良い。あまり辛いものを食べると舌の味蕾の働きが悪くなり味の判別がしにくくなるそうだが、基本的に舌が破壊されるほど「辛いもの」を摂取することもないだろうし。
あまり試したことはないが、赤くて辛いスパイスやソースと魚の刺身は相性が良いと思うのだ。そのうち、タイやヒラメは赤いソースで食べるものになるのかもしれないなあ。

明日はシラチャーソースでタコとかエビとか食べてみようかな。

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吉野家のライバル

ハッと気がつけば7年ぶりくらいになるのだろうか。コロナの間は一度も使っていなかった安売り中華チェーンの看板を見つけて久しぶりに入ってみようかと思った。
看板で気になったのが「美安楽早」の4文字だった。よくよく読んでみると、これって牛丼の吉野家のキャッチフレーズをそのままパクったような……………

吉野家はうまい・早い・安いだったと思うが、これはそれに「楽しい」を追加している。まあ、それに文句があるわけではない。吉野家を超える中華ファストフードになろうという経営戦略なのかもしれないし。レストランで「楽しい」をは何を意味するかは、これまた難しい問題だとは思うが。
さて、その元になる吉野家の言いたいことはわかるが、個人的に吉野家は安い・早い・そこそこうまいだよねえと思っていた。最近では、あの洗練された牛丼特化型のビジネスを放棄したこともあり、遅い・高い・普通の味になってしまっている気がする。
少なくともタッチパネルを入れるのであれば、メニューを絞って提供速度を上げるべきだし、逆に提供の速さ重視にするのであればオーダーコールと連動した自動販売機にするべきだろう。オペレーションの肝である早さを犠牲にしてタッチパネルを入れた意味が理解できない。業界トップが混乱しているのは困ったものだ。

さて久しぶりに入った低価格中華チェーンだが、昨今の値上げブームとは一線を画しているようで、それなりの低価格を維持していた。一番変わっていたのは、一品料理が増えていたことで、低価格サイドアイテムを増加していることもあり、中華居酒屋的に変化していたことだ。これは業態の先駆者である日高屋を見習ったものかもしれない。日高屋が扱っていないメニュー、例えば酢豚であるとか、青菜の炒めといった定番人気メニューもしっかり加えている。どうやらコロナの間に体質強化を図ったらしい。
この価格帯でこのメニュー数を維持できるのであれば、今のご時世で随分な戦闘力になっているだろう。店舗数が増えていないのが不思議だ。

最近ちょっとこだわっている味噌ラーメンを注文してみた。そもそも本格的な中華料理(中国料理)にラーメンはないので、ラーメン自体は和食とでもいうべきものらしいが、そのラーメン族の中で最もジャパナイズされている味噌ラーメンは、全国各地域で強烈なローカルアレンジが行われている。そうした進化味噌ラーメンの特徴は、濃厚の一言に尽きる。スープに箸が立つなどと威張っている店もある。
ただ、お江戸の普通の町中華ではちょっと濃いめの味噌汁的な味噌ラーメンが多い。このチェーンの味噌ラーメンは典型的なお江戸スタイルだった。個人的な好みでいえばもう少しもやしいためが多くても良いのになあと思うのだが、このお値段で注文をつけるのも失礼というものだ。

ただ場所柄なのか、店内で日本語を話すのは客も含めて自分一人だった。なんだか不思議な街になったのだね、と新宿歌舞伎町でのランチタイムでありました。

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味噌ラーメン屋の担々麺

昔々、ピザ屋をやっていた頃にメニュー拡張の研究として、味噌ラーメンや豚骨ラーメンを食べまくっていたことがある。生パスタを利用したスープパスタ系というか、汁だくパスタを開発しようと思っていた。
カルボナーラに代表されるクリーム系も、ベースを豆乳に変えてさっぱり濃厚という語義矛盾な商品を作ろうともしていた頃だ。その頃に、新進気鋭の急成長チェーンが味噌ラーメンの田所商店で、その本拠地である幕張まで何度も足を運んだ。家系と言われる濃厚なラーメンの拡大期でもあったが、豚骨ベースの味噌味がそれを凌ぐ勢いで急速に広がっていく時期だった。
久しぶりに幕張に来たので「味噌ラーメン」食べてみるかと思っていたら、なんと「担々麺部」という新規コンセプトの店があった。ちょいと迷ったが、次に幕張に来るのはいつになるかもわからないし、おまけに新規コンセプトの店は実験終了するとなくなってしまうことが多い。やはり、ここはお試しするしかない。

普段であればお試しメニューはその店の定番にすると決めている。だから、この店でも普通の担々麺を注文する予定だったが、テーブルにあるメニューを見るうちに気が変わった。エビ味がある。
エビ味スープといえば、札幌の名店「一幻」に尽きると思うが、それが胡麻スープの担々麺と組み合わせるとどんな味になるのだろうと興味が湧いた。
出てきたものを見て、これは担々麺の地平線にある料理だなあと思ってしまった。スープの見た目が「らしくない」。担々麺特有の表面に浮かぶ赤いラー油も見当たらない。挽肉炒めはどこに行った。あれこれ迷いながらスープを一口啜り、ああ、これは新ジャンルなのだとわかった
。なまじ担々麺一族を名乗るから誤解されるのではないか。これは明らかにエビスープ、胡麻味というべき新料理だろう。麺が太めなのはスープの味が強いからだと理解できるが、そこもよくある担々麺との違いに感じるなんだか久しぶりにすごいものを食べた気がした。

店頭にある看板?は黄色に赤で実に目立つのだが、どうも「うまさ」が上手に伝わっていない気もするが、インパクトはすごい。これを一度試してみると病みつきになる客は多いだろう。自宅近くに店ができれば、せっせと通いそうだ。

試行錯誤を繰り返しながら外食勝ち組は進化しているのだなと改めて思った次第。それと比べて我が古巣のブランドは……………

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新宿で二次会をするならこんな店

新宿歌舞伎町のハズレというか区役所通りに面した雑居ビルにある店に、友人に誘われてたまに遊びに行く。コロナを挟んでこの手の商売は大変なことになっていたようで、それでもまだ営業を続けているのは女主人の甲斐性というか経営努力の賜物だろうと、いつも行くたびに敬意を抱いている。

店内は実に昭和だ。空気感というか雰囲気というか昭和50年代から平成にかけて、つまりバブルの前後はこうした店が全盛だった。当然、その頃に社会人駆け出し組だった若者も、今ではすっかりオヤジどころかジジイになっていて、この店はジジイ比率が異常に高い。(笑)

まあ、現在の飲料主体の接待業(いかにも官僚語だが、これが正しい用語らしい)業界で、標準コンセプトはキャバクラということになるのだろうが、このコンセプトはその前駆形態というのだろうか。銀座であれば「クラブ」(ただしイントネーションは頭のクにある)がその文化の担い手であり、少しクラスとかお値段が下がるとミニクラブとか言われていたものだ。関西ではザクっと丸めてラウンジとか言われているようだが。そういえば、もう少し砕けたキャバレーというのもあったが、今では消滅危惧種だろう。


同じように接待してくれる従業員がいる形態であっても、カウンター席だけであればスナック。ボックス席があればクラブといった違いがあるようだが、その境目もあいまいだ。ちなみに接待が無い形態は「バー」と呼ばれていて、渋いバーテンがいたり、妙齢のママさんがいたり、髭面のおっさんがいたりする。飲む場所というより会話を楽しむ場所がバーだという意識があるが、それに加えて「よいしょ」をして居心地良くさせてくれるのがクラブとかスナックという感じだったろうか。
カウンターに座ると、目の前にはボトルキープした日本酒の一升瓶がどんと置かれるなんてバーもあったなあ。客は運動会系のガタイの良い若者とその先輩で体型の崩れた元若者ばかりだった。女っ気はまるでなしの、運動部の部室みたいな…………… よくそんなところで酒を飲んでいたものだと、思い出すと今更ながらに呆れてしまう。

今では、ガールズバーとかイケメンバーとかいうものに呼び名も置き換わっているらしいが、中身はいつの時代でも変わりはなさそうだ。

このサロンというかクラブというか、まあ飲み物の準備をして接待してくれるところでは、乾き物やチョコレートなどをつまみに薄い水割りを2ー3杯をサクッと飲んで帰る。他愛のない話で終始するが、たまにはシリアスな商談を5分ほどでやっつける。そんな便利な場所だったのだが、今ではすっかり過去の遺産になりつつあるのが残念だ。まあ、web会議で商談をする時代にはすっかり不要な代物になっている、そんな寂しさもあるのだけれどね。

この店に20代の若者を連れてきたら、一体どう感じるのだろうか。それはちょっと知ってみたい気もする。

旅をする

あちこちにいるアン○ンマン

アン○ンマンはJR四国の土讃線・予讃線を支配している。少なくとも幼稚園に通う子供たち、それより下の歳の子供達の心を鷲掴みにしている。その吸引力は時にママやパパへの愛情を押し除けるほど強いものだ。
この丸い顔のキャラクターとそのファミリーで満載された特別列車は、おそらくだが週末はとてつもない混雑なのではないかと思っている。ただ、子供時代の純真な愛情をすっかり失って久しいジジイ世代としては、このキャラ列車に乗っても特別な感慨はは生まれない。JR九州のデザイン列車であればなかなかときめくものもあるのだが。
車内が明るいなあとか、あちこちにキャラがいるなあとか、つまらん感想しか出てこない。感動は……………ないなあ。
ただ、ジジイ世代向けにこの特別列車は違う魅力があるはずなのだ。孫を連れて日帰り旅行を楽しむジジイの絵が頭の中に浮かんでくる。孫ッチのご機嫌取りにいそいそとアン○ンマン列車の乗り込むジイさん、バアさんという光景は、パパとママの姿よりしっくりくる。おまけに、まだこのキャラは外国人アニメオタクの侵略を受けていないようで、異国人に車内が占拠されることもない。
オタクに向けたキャラ列車は確かに短期的な収益は上げやすいし話題にもなる。ただ、少子高齢化に悩むこの国にとって、ジジイババアのエンタテイメント、つまり孫に阿る活動はもっとも広がりがあるビジネスではないかと思うのだが。
阿蘇では復興のためにワン○ースのキャラ列車がはしているそうだが、例えば国民的なアイドルキャラ筆頭の「青い猫型ロボット」列車を日本海沿いにリレーで走らせるとかやらないかなあ。新幹線の路線はあえて外して地域の活性化に繋げるのが吉だ。中央本線は新宿から松本経由で名古屋前、ライダー列車にするとか、東北本線で東宝怪獣キャラ総出演とか。東海道53継でウルトラ怪獣53体を撃破せよとか。ゴールは大阪駅でバル○ンがお出迎え……………いや、大阪城決戦はゴモ○だったか。楽しい妄想だなあ。

JR四国の主要駅ではそれぞれ趣向を凝らしたキャラお出迎えが準備されている。個人的には松山駅が一番よろしいと思う。駅内で一番良い場所を占領していたが、お子様にとっては絶好の撮影スポットだろう。バイキ○マンではなくド○ンちゃんなのは、昨今のジェンダー問題への配慮なのだろう。意外と芸が細かい。

岡山から高知へ向かう特急も、なぜか高知駅ホームでしばらく待機しているので、時間さえ合えば親子揃って(いや、ジジババ孫ッチ揃って)絶好の撮影スポットになっているのだが、意外と写真を撮っているファミリーを見かけたことがない。たまに、女一人旅風の観光客が熱心に写真を撮っているのをみることはある。おそらく、2歳くらいからの熱狂的なファンなのだろう。大人になって念願の一人アン○ンマンツアーを楽しんでいるに違いないと思っている。

高知駅ではホームに上がる階段が撮影スポットみたいだが

アン○ンマンの著者が生まれた高知県だが、意外と高知駅に撮影スポットがない。松山駅とは大きな差があるなあと思うが、これはJR四国の管轄違いによるものだろうか。駅長の考えなのだろうか。あれこれ考えてしまう。
ちなみに、高知駅から、あの有名なはりまや橋に続く駅前通りには、あちこちにアン○ンマンファミリーの石像が並んでいる。鳥取県境港市には鬼太郎ファミリーがこれでもかと道沿いに並んでいたが、あれよりはだいぶひっそりとしている。石像設置の担当が高知県なのか高知市なのか観光協会なのかはわからないが、登場キャラ全部を並べるくらいの気概を見せて欲しいものだ。アン○ンマンファミリーには軽く100を超えるキャラがいるはずだから、全国の腕自慢な石工を集めて石像製作コンテストでもやれば良いのになあと思う。

高知空港では全体的に龍馬ラブが溢れまくっているので、アン○ンマンはほとんど脇役だ。2階の休憩ロビーにあるキッズコーナーにひっそりと立っている。この隣には高さ2mを超える鳴子(よさこいの必須アイテム)があって、その脇役というかおまけ扱いになっているのが寂しい。
主要ファミリーを最低でも十人くらい登場させて撮影スポットにすれば子供に、そして子供を喜ばせたいパパママ、ジジババには大人気になるだろうに。少子高齢化対策などと行政が下手くそな策を講じているが、子供を喜ばせる施設をもっと大量に作って、じじばばに孫を連れ歩くようにすれば、つまり孫のために金をたっぷり使わせるネタを作れば、経済活性化と併せて良い試作になるのになあと思う。
子供が喜ぶ姿を見れば、パパママはもう少し子作りに頑張るだろうし、ジジババは孫っちの面倒を見ることで体を動かし健康寿命が伸びるというものだ。子供が一人では一回しか行かない「お子様向け施設」も孫の数が二人、三人となれば当然ながら行く回数も増える。

アン○ンマン文化が国を救う、社会を守る。まさに描き手が思い描いた元気百倍な良い社会の実現ではないか。来年、この著者を主演とした某国営放送の朝ドラの舞台になる高知県はどれだけどれだけ自分の金を突っ込むのだろうか怪しいものだ。ただのり便乗商法は避けて欲しいものだがなあ。

どうもアン○ンマンの理念は、子供にはよくわかってもらえるが、金儲けをしたい大人には難しすぎるらしい。

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太刀魚

太刀魚の刺身は珍しい気がする。どこか高級な店に誰かのお供で行った時に食べたようなうっすらとした記憶もあるが、お江戸界隈では居酒屋のメニューとして出てくることはまれなのではないか。夏のはも、冬の太刀魚はどちらも西国の名物であるような気がする。

そんな太刀魚を漁師町の居酒屋で食べた。あっさりとした白身かと思ったら、思っていた以上にねっとりとした旨みがある。美味いものだなあ。ただ、カツオの町だけにこうした地物の魚を食べることが少ない。そもそも知り合いの魚屋でもカツオ以外の魚はほとんどおまけ程度でしか売っていない。
タイは見かけたことがある。友人に言わせると甘鯛も地魚として揚がっているいるそうだ。冬の時期であれば沖うるめという細長い魚が干物になっているが、確かそれも生食できるのではなかったか。次回行った時に、地元の魚について聞いてみようか。

はらんぼというカツオの下腹の部分を焼いて食べると酒の肴には良いらしい。チチコと言われるカツオの心臓は甘辛く煮たものがよく肴として出てくる。カツオの町なのだ。カツオ尽くしだ。

いやこれではダメだ、もう少しカツオ以外の魚を食べてみよう。ちなみに、シイラとキハダマグロは現在商品化に取り組んでいるから、これも併せて研究対象にしてみれば……………

美味しい太刀魚を食べながら、あれこれ欲のいり混じった邪な考えをしておりました。

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居酒屋の焼飯は肴なのだ

高知市内で一泊して夕食をと思うと、どうもいつもの居酒屋に行ってしまう。ただ、高知に来たからこれを食べようという観光客気分はすっかりなくなってしまい、いつもの暮らしを高知でも……………という過ごし方になってきた。
注文したのは串焼き盛り合わせだが、この中に高知らしさは微塵もない。ちょっと珍しいのはキャベツが下に敷いてあるくらいだろうか。くしのネタも極めてオーソドックスな「全国標準」の焼き鳥だ。
だが、文句のあるわけはなく、焼き鳥はいつ食べても美味い。

グルメな飯作りを描いたシリーズ小説の中に、チャーハンでビールを飲むというシーンがあり、それを時々真似て見る。白飯で酒を飲めと言われると思わずエッとなるが、握り寿司になれば間違いなく酒が飲める、いや高級な飲み方だ。
それと同じでチャーハンで酒を飲むのは意外と好みなのだが、食べ終わった時の満腹感というか膨満感が強すぎるので、できれば半チャーハンくらいにとどめておきたい。町中華であれば半チャーハンに餃子という「黄金コンビ」も注文可能なところがあるが、居酒屋では難しい。なぜか鉄管薪や土佐牧といった酒の肴風な太巻きにはハーフサイズがあるのだが。半チャーハンはない。
ただ、以前来た時に隣の席にいた女性がオムライスご飯少なめという注文を敷いていたから、チャーハンも注文する時に自己申告してご飯少なめと言えば、やってくれるのかもしれない。
どちらにしてもチャーハンを完食することには、もはや酒すら入りそうもないので早々に出てきた。
次回は半チャーハンに挑戦した上で、八宝菜食べてみたいものだ。最近の街中華ですっかり絶滅してしまった八宝菜だが、今でもこの店では現役だ。

漁師町の居酒屋(ここもすでにいつもの居酒屋になりつつあるが)で、元日本食の板前だった主人が作るチャーハンを食べた。こちたはしめの飯というより、徹底して酒の肴風に仕立てているのでやたら塩コショウがきつい。が、これは酒が進むぞ。
同行した友人と半分に分けたおかげで、つまみとしてのチャーハンを堪能できた。できればこれに沢庵の一切れでもついていれば、完璧な肴だなあ。

同じ飯メニューでも、カツ丼やカレーでは酒を飲む相方にはなりそうもない。牛丼や親子丼も酒には不向きだ。ただ、牛丼の飯抜き、つまり牛皿になると話が変わる。牛皿は大盛りどころか特盛で注文したい。吉野家のカウンターで一人ビールを飲みながら食べる牛皿は、敗退的で美味いが、周りの客の目が厳しいのが残念だ。仙台の居酒屋でカツカレーライス抜きというメニューがあったが、これも酒の肴としては実に秀逸だった。洋食繋がりとして考えると、オムライスであれば白ワインと合わせるとか、冷酒と合わせるとかできそうだ。
横川名物である峠の釜飯は、飯の上に乗っているトッピングが素晴らしい酒の酒煮になる。横浜崎陽軒のシウマイ弁当もビールのお供として間違いなく最強だ。

まあ、ちょっと冷静に考えれば白飯にごま塩かけても、酒の肴になりそうな気もするし、佃煮を乗せた白飯もいけそうだなあ。炒飯・焼き飯にこだわらなくても良いのかも。

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高知の讃岐うどん

ここ1年通い続けている高知県の漁師町で、どうやら飲食店はほぼほぼ制覇したらしい。最後に残っているのが町中華の店だが、そこはいつでも満員、おまけに昼営業のみなので何度か挑戦したがいまだに未到のままだ。
その町中華と同じように昼営業中心で売り切れごめんのうどん屋があるというのだが、ここは2度目の挑戦でめでたく入店てきた。のれんにはうどんと大きく書かれている。同行者に聞くとわざわざ県外からも食べにくる人がいる本格的讃岐うどんだというのだ。カツオの町で本格讃岐うどんを食べることになるとはねえ。

メニューはシンプルだった。香川にあるセルフうどんとは違い、完成品での提供だから注文するのもわかりやすい。麺の量は大小あるが、どれくらいの差になるのかは想像できない。どうしようと迷っているうちに同行の友人が大で二人分注文してしまった。埼玉県の地元うどんで大といえば3玉が標準だから、もしここも同じであれば間違いなくアウトだ。完食派の望めない。どうしようか。
香川県のあちこちで行った讃岐うどんの店では大中小が3玉、2玉、1玉だったような記憶もある。香川県でも皆ガシガシと「大」を注文していたような……………
香川スタイルでもも大はアウトだ。出てくるまではドキドキだった。

結果として出てきた肉うどん大は、およそ1.5玉という麺量だったので安心した。これならちょと頑張れば完食できそうだと。
つゆは透明感の強いアゴ出汁のようだった。普段食べている強い鰹出汁とは違っているのはわかる。麺は讃岐うどんとしては少し柔らかくもっちりとしている。ツルツルと飲み込むには向いている麺だ。埼玉県のうどんはもっちりというよりゴワゴワという固さなので、ツルツル食べることはまず難しい。歯ごたえを楽しみながらモグモグと齧るのが埼玉伝統の武蔵野うどんだ。
讃岐うどんは喉越しが……………などと言われるが、個人的にはガブリと噛んでもっちりとした生地感を楽しみたい。このうどんも、そんな感じのしっとりとしたものだった。いつもであればきつねうどん一択なのだが、なぜかこの時は肉うどんにしてしまった。次回は、定番のきつねうどんが良いが、ざるうどんも捨てがたい。この店のうどんは冷たいつゆで食べるのに向いているうどんであるような気がする。

今回は、この漁師町に通い続けて初めてのことだが、カツオを食べないまま帰ってきた。カツオの代わりに食べていたのが、この讃岐うどんや有名なお弁当屋さんの卵焼きや居酒屋のチャーハンだった。なんだか、食生活に旅人から土着した移住者的な変化が起きているような気がする。
次回は、この反省を生かしてしっかりカツオを食べなければいけない。早く来い来い、初鰹。

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歌舞伎町の不思議な空間

焼き鳥屋で出てきたシーザーサラダ なんか見た目がすごい

新宿歌舞伎町といえば、靖国通りに面したゲートというか大門が思い浮かぶ。他の新宿ランドマークであれば怪獣Gのヘッドが乗っているホテル(元新宿コマ劇場といっても知らない人が増えただろうなあ)か、最近出来上がった高層ビル歌舞伎町タワーということになる。
風俗の街と言われていた昔から比べると、今ではすっかり様変わりして雑多な観光地として変わっている。風俗店やパチンコ屋がすっかり数を減らし、代わりに大増殖しているのが「焼き鳥屋」だ。
ただその焼き鳥屋も古典的な「話もしない親父」がやっている煙もうもうの大衆酒場という感じではない。どうもインバウンド観光客に焦点を当てた感じがする。おそらく「魚」が苦手な外国人向けの「鶏肉」対応という新しい新宿を代表するコンセプトらしい。
今回行ったの店も、ひと昔であれば風俗店が入っていたようなペンシルビルの4階という、なんとも飲食業には向いていない立地だったが、7時近くになると満席になっていた。店選びがネットによる時代だから、昔言われていた立地のハンデが消えたようだ。
それでもこの店の上階には「風俗系」出会いの店があり、エレベーターに乗るときはちょっとドキドキしてしまった。

焼き鳥の店のはずだが、焼き鳥と肉寿司とおでんが食べ放題という、なんとも微妙なメニュいー構成で、まず最初に焼き鳥が出てくる。てっきり盛り合わせが山盛りで出てくるのかと思ったら、つくねととり串が出てきただけ。あとは追加で頼めということのようだ。焼き鳥専門店ではないということは、この最初の二皿でわかる。

次に出てきたのは肉寿司だが、これもまた微妙な感じのもので、酢飯の酢がきつい。肉寿司だからなのか、店の決め事なのかは不明だが、どうもバランスが悪い。これも一皿盛りが出てきておしまい。あとは追加注文せよということらしい。
その後はおでんが土鍋に山盛りで出てきた。よくシステムはわからないが、おでんを完食しないとおかわりを頼めないのだろうか。店内は満席で従業員も大忙しで、その辺りを尋ねようとしてもなかなか話ができない。
飲み放題付き、焼き鳥・肉寿司食べ放題コースだから確かに料理は限定できるしオペレーションも取りやすいだろうことはわかるが、これが焼き鳥屋なのかとも思ってしまった。
客層は日本人のみのようにも見える。新宿歌舞伎町に跋扈している非・日本語スピーカーが見当たらないのが不思議だが、ひょっとするとこのある種突き放した業態が「外国人客」を遠ざけるバリヤーになっているのかもしれない。新宿歌舞伎町の日本人サンクチュアリーだなあ、などと考えてしまった。ただし、従業員はほぼ非・日本語スピーカーだったのだけどね。