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桜のはなしなど

学校の前には桜がよく似合う

もう自宅近くの桜はすっかり葉だけになてしまったが、ちょっとだけ車を走らせるといきなりサクラ並木にぶち当たった。と思ったら、どうも桃色の別の花だったみたいだ。
確か桃の花は桜より後だったような、うっすらとした記憶がある。お江戸界隈で暮らして随分立つから、季節の移り変わりとお花の移り変わりみたいなものはなんとなくわかるようになった。
が、生まれた北の国では、雪が溶けたら一斉にありとあらゆるシュリの木々に花が咲く。梅も桜も桃もコブシも5月の連休あたりで一斉に咲き誇る。夏が短いせいもあり、木々も繁殖のために短期決戦になるのだ。
だから、花は春になると一気に咲くと思い込んでいた。2月は梅で、3月は桜で、4月……………という花暦は我が人生前半において存在しなかった。
夏も同じような感じで、初夏にさく菜の花(確か5月後半だったような)、その後一気にダリヤ、ひまわりなどなどが咲き誇り、お盆が過ぎる頃にはピンクのコスモスが咲いて花の季節はおしまい。北国の花はやたら忙しいのだ。

近場の公園でキャンプをしていたら、朝は鶯の声で目が覚めた。どうやら鳥の世界でも求愛の季節になったらしいのだが、そのあとはカラスの怒声ですっかり気分は台無しだ。どう考えてもカラスの低音ボイスの方が、鶯の甲高いソプラノより暴力的であり、鶯はどこかに行ってしまった。カラスも他鳥の恋路を邪魔する無作法なやつだなと朝から笑ってしまった。

どうやら春の長閑さは終わり、今年も暑い夏が始まるようだ。寒い間は早く夏よ来いと思っていたが、今年も40度越えの猛暑になるのは間違いないから、それはそれでまた厳しいか。でも、あの夏のクソ暑いのは嫌いではないのだよね。寒さで人は死ぬが、暑さで死ぬ奴はいないとずっと思ってきたからだ。ただ、歳をとってみると暑さで死ぬ奴とは自分のことかと思い直すようになった。それくらいの暑さだが、やはり寒いより暑い方が良いなあ。

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今年の桜

桜の季節になるたびにある歌を思い出す。竹内まりあの「人生の扉」だ。その中のにあと何年桜を見ることができるだろうというフレーズがある。
しみじみと、同感だなあと思うようになった。若い頃には理解できなかったことが、歳をとるとわかるようになるというのが実感できる。
確か去年は弁当を持って公園に花見見に出かけたが、今年はカメラを抱えてあちこち動き回った。面白いのは行く先々でカメラを持って写真を撮っている高齢者に出会ったことだ。
有名な桜の名所を回ったわけではないのだ。家の近くの公園などに植えられている桜をぶらりと見て回っただけなのだが、何人のカメラ小僧ならぬカメラジジイと出会ったことか。
まあ、はたから見れば自分もその一人に見えるわけで、自分だけは別格だと思うほど自惚れてもいない。
来年もまた桜を見るとしたら、誰と一緒に見ることになるのか。そんなことを考えていた。


桜は綺麗だなあ。しみじみと思う今日この頃であります。日本の国歌は「君が代」から「桜」に変わってもいいのではないかなと思おうほどに、桜は好みなのです。

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焼き鳥屋で乙なもの

定番 焼き鳥のタレ うまし

池袋の焼き鳥屋に集合していつもの飲み会が始まった。蕎麦と焼き鳥という珍しい組み合わせの店だ。蕎麦屋で出てくる串に刺さっていない焼き鳥はなかなかの好物だが、この店は焼き鳥屋がそばを出すという趣向なので、焼き鳥はしっかり串に刺さっている。
いつもの品質チェックで砂肝を頼むが、これは極めて良好な状態であり、他の駆使も安心して頼める。

マヨネーズたっぷりのチキン南蛮を頼むようになったのはなぜ?

最近は同行するメンバーの注文がちょっと変わってきて不思議だなと思うことがある。どうも若い頃の方が漬物盛り合わせとか豆腐とかシンプルなものを頼んでいた気がする。最近は揚げ物、それもチキンにポテトという組み合わせが多い。これが還暦ということなのか、嗜好が子供の時代に戻ってしまったような感んがある。

乙なもの その1 そばのサラダ キムチ味付け

自分の注文だけは年相応かなとも思っているが、とりあえず出されたものは遠慮なく食べることにしているので、メニューに文句があるわけではない。
今回の我が注文はそばサラダ キムチ和えといったもので、ラーメンサラダのそば版という感じだった。これはサラダというより夏に食べる冷たい蕎麦だなと思う。あるいは岩手の冷麺インスパイア系メニューなのかもしれない。精進料理にニオイのきついキムチは使わないとは思うが、現代的なアレンジの精進料理として認めても良いのではないかなあ。

乙なもの その2 にんにくの存在感が半端ない フライドポテト

と思っていた後に出てきたのがガーリックポテト。これが強烈だった。過去数年で食べたものの中で一番インパクトがある。フライドポテトにほぼ生のニンニクがガツンとくるソースで味付けされている。ガーリックポテトというと、フライドポテトにガーリクウパウダーがかかっている程度だと思っていたが、これはそんな生やさしいものではなかった。
家に帰っても口の中のニンニク味が消えないほどの強烈さだ。これはこれでアリなのかと思うが、「そば」とは合わないだろうなあ。

乙なもの その3 蕎麦屋と間違うほどの本格派田舎そばに感涙

などという強烈な体験をした後で、蕎麦で締めることになった。田舎そばのもりそばという、これまたシンプルな側にしたのは正解で口の中のニンニク味が多少は改善されたような気もした。

ここ数年、飲んだ後に何かを絞めに食べるということがなかったので、これはまた新鮮な感じがした。それにしても焼き鳥屋で食べる蕎麦が美味いのは驚きの組み合わせだったなあ。蕎麦屋で食べる焼き鳥よりも数段上の体験値(?)でありました。

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昔の写真から 松本の蕎麦屋

こちらもグーグル先生の自動保存写真から。自分ではすっかり忘れてしまっていた松本の名店を、この写真のおかげで思い出した。外食企業向け専門誌に連載されていたコラムで見つけた店だ。
すでに情報はネットで見つける時代になっていたが、実は隠れ名店は取材拒否することが多く、ネット空間でもあまり情報が出回ってはいない時代だった。
だから、評論家が(まだライターという言葉は一般的ではない時代)記事にしたものではなく、コラムの中で個人的な趣味で選んだ店のことを書いている、そんなところから情報を見つけ出していた。
この店は松本に数ある蕎麦名店の中でも屈指なレベルの高さだと思う。ただ、店の中が実に静かで隣の客が蕎麦を啜る音が聞こえてくるだけ。なんとも修行中のような気分にもなる。

随分と昔の記憶なので、今でもお店は健在だろうかと確かめてみた。無事営業しているようだ。


松本市内から車で1時間ほどのところ、山際のあたりには蕎麦の名店が数軒あるのだが、そこの写真は全く残っていないので店名が思い出せない。それがちょっと残念だ。
その中の一軒で、確か野菜販売所の隣にあった小体な蕎麦屋というか食堂が、実にうまい田舎蕎麦を出していた。そこにもう一度行きたいと思ったが名前が出てこないし場所もうろ覚えなのだ。野菜販売所の手前に大きな桜の木が3本あったような……………
写真という外部記憶保存装置を使わなければ、思い出せないことばかりになってしまったのだなと、ちょっと黄昏てしまうのでした。

ご参考まで 野麦のサイトはこちら→ http://nomugi.o.oo7.jp

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土曜、新宿でランチ

新宿 はやしや名物 オムライス うまし

昔の仕事仲間が会社を辞めたと連絡が来た。数年ぶりに会って食事でもどうかと誘われ、それは嬉しいことだと土曜の新宿に出かけた。時間は誰にでも一緒に流れるもので、こちらもヨボヨボになりつつあるが、お仲間も年相応の風格が出ている。ただ、声だけは記憶にある昔のままだった。
お互い一緒に過ごした仕事の時間を振り返り、家族の近況などを交えた楽しい時間だった。少しだけ大人になったので(笑)、ランチビールなどを注文してくれた。確かに、もはや夜に長々と酒を飲むような世代ではなくなっているのだが、それならそれで楽しいランチを志向すれば良いのだ。しっかりと断っておくが、決して昼呑みの推奨をしているわけではない。

ちなみにいつもは席待ちにもならず快適なレストランなのだが、どうやら週末ランチは予約が要るほどの人気らしい。そういえば週末の新宿など何年ぶりだろうか。人出はコロナ前を遥かに超える混雑だし、外国人観光客はやたらと多いし、なんだかバブル期を乗り越える勢いに見えるのだが。円高になるとまた沈んでしまう仮初の繁栄かな……………

オムライスとサバの塩焼きが一緒に食べられる素敵な老舗レストランは、まるで昔のデパート大食堂のようだった。

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昔の写真から 紅葉

元画像は500万画素で当時の一眼レフ級ハイスペックだった
今ではキッズスマホでもこれ以上の性能だ トホホ

これもグーグル先生保管の写真だが、おそらく諏訪近くの山道で撮ったもの。紅葉の綺麗な場所はあちこちにあるが、赤と黄色が絶妙に混じり合う場所はなかなか少ない。
春の桜と秋の紅葉、どちらも写真を撮るには良い季節だが、どうも秋の写真は苦手だった。単純にこれからどんどん寒くなるというのが嫌いだからだ。逆に、サクラの季節はちょっと肌寒いがそこ死すれば夏がくると思うと心が浮き立つ。実際に夏になって仕舞えば、この暑さなんとかしてくれとは思うのだが。

おまけに秋は写真に撮るときは光の加減が難しい。特にスマホのカメラはあれこれいろいろと自動的に細工?してくれるのだが、どうもあの機能は人の顔を撮るときは向いているが、遠景で風景を撮るときにはちょっとズレた感じがある。特に、この時期のAndroidはそうだったと思う。今はスマホも賢くなったからちょいと違うかもしれない。
だから当時は風景写真を撮るときに一眼レフカメラが必携だったが、最近ではスマホで良いかなと思う。iPhoneであれば画素数は800万だ。これはちょっと前の一眼レフ普及機と変わらない。ただレンズの焦点距離が問題でフレームぎわが歪む。これが嫌なのだだが、それを除けばスマホは良い写真機だと思う。
写真自体もそのまま見る・使うではなく、画像調整するのが前提なので画角だのフレーム位置だの全く気にしない。銀塩フィルム時代からのカメラ小僧としてはなんとも歯痒いというか、モヤモヤするものもあるのだが、便利さには敵わないなあという感じもある。

昔撮った写真のフィルムは全て電子化して廃棄した。紙焼きもアルバムに貼って残したもの以外は全て捨てた。残っているデジタルデータも、今ではマイクロSD一枚の中に全部収まっている。過去5ー6年の写真は全てクラウドでアーカイブだ。
10台以上あったカメラもほぼ処分し、今残っているのはお手軽一眼レフが2台、バカチョン(死語だなあ)デジカメ2台。それをたまに取り出して使ってみるのだが、最近ではスマホの写真のほうが上等な感じがする。そのせいで新型カメラにもすっかり関心がなくなってしまった。ミラーレス一眼レフなど手に取ったこともない。

カメラ愛好家としては実に困った時代になったものだ。

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フリー素材で見つけた

Japanese H-IIA rocket by NASA Goddard Photo and Video is licensed under CC-BY 2.0

ワードプレスの無料画像素材を見ていて見つけたH2の打ち上げシーンは、なかなか感動ものだ。この写真を自分で撮ろうとしたら、射場のある種子島に長期滞在する必要がある。H2あるいはH3の打ち上げはよく延期されるからだ。
重ための三脚に固定した大玉の望遠レンズ付きカメラも用意しなければならないし、かなり物入りな旅行になるのは間違いない。

The waxing gibbous Moon above the Indian Ocean by NASA Johnson is licensed under CC-BY-NC-ND 2.0

そして、この軌道上からの写真は自分で撮ることはほぼ不可能だろう。衛星軌道への観光旅行は始まるようだが、それに伴う費用は億円単位で、自分で工面できる額ではない。軌道旅行ご招待の懸賞にでも当たるか、宝くじの一等を引き当てるしかない。
ただ、宇宙飛行士だけがみることができた光景を、自分のデスクの前で見ることはできる時代になった。良きかな善きかなだ。

フリー素材といえばしょぼいイラストばかりだと思い込んでいたが、とんでもない数の写真アーカイブが開放されている。おまけにワードプレスではAI画像生成機能もついているので、もはや自分で写真を撮る時代ではないのだろうなあ、などと寂しく呟くしかない。

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昔の写真から 夏の果物

これもグーグル先生のところに残っていた夏の果物の写真。皿の上に乗っているのはマクワウリとプラムと小夏なので、おそらく8月後半、お盆過ぎあたりではないかと思う。
冬の果物といえば定番はイチゴと柑橘類だが、その柑橘類の糖度向上を狙いとして激しい新種開発競争を繰り広げた結果、今やスーパーにならぶ甘い果物の典型は「デコポン」シリーズではないかと思っている。メロンなど従来の高糖度型果物はだいぶ置き去れれて感じがする。

最近は冬に西国に行く機会が多く、現地でお安い柑橘をいろいろと試してみての感想だ。実は、四国や九州で食べる柑橘の新種は実にうまいし安い。そのうまい柑橘類が、お江戸付近まで到達していないのが残念だ。

確かこの写真に写っている小夏?は高知で仕入れたものだったかとも思う。お江戸界隈ではほとんど見かけない。似たようなもので宮崎の日向夏も目にすることは稀だ。
マクワウリも最近ではすっかり見かけることが少なくなった。ウリ系では果物の王様メロン一族が進化と拡散を繰り広げ、その糖度は20度に近づきつつあるが、そこまで甘いともはや果物では二様な気がしてくる。
それだけに、ほんのり甘いマクワウリはすっかり人気薄になり、生産数が減ったためお値段が高くなり、ますます買う人が減るという典型的な負のスパイラルに入ってしまった。
写真の時期は平成末期だったから、まだ物価は低いままで、メロン一個とマクワウリ一個がほぼ同じ値段だったはずだ。

冬の果物はすっかり高糖度なものばかりになってしまったが、夏の果物にはまだまだほのかに甘いという「純真」で「可憐」なものも多い。早く夏になってほしいなあと思うようこの頃だ。


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西武新宿駅前にて中華飯を食う

西武新宿駅前にあるこの中華食堂がどうにも気になるので再訪した。メニューの大半は町中華っぽい定番なのだが、その中にちょっと怪しい、日本の中華料理っぽくないものが混じっている。
高田馬場あたりに多い大陸系の在留者が営業している、中華料理ではなく「中国料理」の店では、明らかに日本で使われていない調味料や味付けがされているが、この店はそれほど日本離れしているわけではない。実に微妙な距離感みたいなものを感じる。
確かこのチェーンは日本人が経営していたと思うのだが、ひょっとするとすでに大陸系商人に買収されているかもしれないな、などと思ってしまう。

このスタミナ野菜いためが特に怪しげな食べ物だった。自分の知る限り「スタミナ」と名乗るメニューの大半はニンニクたっぷり、あるいはニラたっぷりという匂い強烈系な仕立てが多い。食べた後はいささか匂いが気になる類の食べ物だ。
その変形としてキムチを入れたものもある。今では定番料理となった豚キムチ炒めもだが、登場した頃はスタミナ系の料理として名付けられることが多かった、
この肉野菜炒めのスタミナの意味は、どうやらニンニクの芽を使っていることにあるらしい。ところが味付けはあまりニンニクっぽさを感じない。おまけに温玉が乗っているので、混ぜて食べるとかなり甘めの味になる。
うーん、このスタミナ感のなさはなんなのだろう。ネーミングのセンスの問題なのだろうか。

と頭を悩ませつつ、これまた定番のプレーンチャーハンを頼んでみた。最近では単価アップを図るため、トッピングモリモリ系のチャーハンがあちこちで増殖している。新興ラーメン店の得意技であるトッピング全部盛りラーメンのチャーハンバージョンと考えれば良いのだろう。
それは避けて、シンプルなプレーン・チャーハンを頼んでみた。これはチャーハンとしてはかなり油っぽいもので、町中華チャーハンの特徴であるぱらりとして油少なめなものとはちょっと違う。
塩味も薄めで、卵感も希薄だ。
どうやら設計思想が通常のチャーハンと異なるのだ。チャーハンを単品で食べるものではなく、濃い味のトッピングと合わせて食べるように仕立てているらしい。(調理ミスではないと思うぞ)
あれこれ気がつくと面白い店だと思うが、こと麺料理に関しては平凡というか普通の定番麺が並んでいる。このあたりも攻めすぎず守りすぎずと言った感じで、我が定点観測リストに加えてみることにした。自分の見立てでは「日高屋対抗コンセプト」、つまりちょい飲み居酒屋風町中華で、日高屋の下の価格ラインを狙う筆頭というところだ。

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昔の写真から 出石そばin松本城

屋号の違うそばの皿がたくさん

こちらもグーグルフォトの保管庫っから引っ張り出したものだが、サイズ補正をしているのでピンの甘い写真になっている。元のファイルではもう少しシャキッとした写りをしているのだが、やはり当時のAndroidカメラは、発展途上にあったと言って良い。
さて、一時期信州松本あたりによく通っていた。特に10月に行われる松本城下での蕎麦祭りは毎年のように出掛けていた。
そこで初めて出石そばに出会った。蕎麦の味はあまりよく覚えていないが、また食べたいと思っていたからそれなりに上手な蕎麦だったのだと思う。
松本蕎麦祭りは松本城の敷地内に全国から蕎麦店が集合して行われるアウトドアイベントだ。出来立ての蕎麦を青空の元で食べるのは実に嬉しい。おまけに全国各地のご当地蕎麦の食べ歩きもできる。
兵庫県北部豊岡にある出石そばは、関西圏でも屈指のそば名所で、街の中には大量の蕎麦屋がひしめいている。そのルーツは信州上田らしい。
小ぶりの皿5枚に入ったそばが一人前とのことで、その蕎麦を盛る小皿に屋号が書いてある。当然伊豆市の蕎麦屋では自店の屋号の入った皿だけ使うのだろうが、この蕎麦祭りでは複数店の皿を集めてつかっていたようだ。蕎麦を食べるたびに下から別の屋号が出てくるのが楽しかった。
松本蕎麦祭りもコロナ期はお休みだったが今では再開しているので、今年の秋は久しぶりに出かけてみたいなと思っている。秋の松本は実に快適なのだ。