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駅弁王者の包み紙

確か駅弁のランキングで、ほぼほぼ不動のチャンピオンが、峠の釜飯だったはずだ。今では銀座に支店もできて、とりあえず都内で手に入るようになった。東京駅の駅弁屋でも工事販売していたような気がする。
確かに完成度は高く、一食完結型駅弁としては「究極」という感じがするのも確かだが、おそらく人気の原因はこの陶器の釜にあると思う。重たいし食べた後は捨てるのも大変(捨てずに再利用する人が多いと思うが)だが、この重みが良いのだ。
現在では神パルプ容器入りもお手軽版も販売されているが、どうにも買う気が起きない。年に何度かは無性に食べたくなる駅弁だ。ただ、もう駅ではほとんど売っていないのだけれど。

そして、こちらも不動のチャンピオン、横浜名物?シウマイ弁当だ。崎陽軒には横浜工場と東京工場があり、この紐がかかっている方が横浜工場製だったかな?(上大覚えで正確ではない)
この紐縛りの駅弁も、紐に大きな身があるわけではない。ただ、プラスチックではない木の弁当箱に入って、包装紙をひもで縛っている昔ながらの駅弁は、現代風にいうと究極の環境配慮仕様ということだろう。
コンビニのプラ箱入り弁当と比べるとありがたみが違う。
ちょっと前まではお手軽なお値段だったが、今では千円越えでそこだけがちょっと悲しいが、支払う価値ある由緒ただしき駅弁だ。

包装紙だけで貫禄があるので、ちょっと写真を載せてみました。

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カレーつけ麺はどうも……………

幸楽苑の新作、カレーつけ麺を食べてみた。前作のカレーラーメンは、蕎麦屋で食べるカレー南蛮のラーメン版という感じで、まあ、普通にうまいと思ったが、また食べたいほどのインパクトには欠ける。
カレーシリーズの連チャンである、カレーつけ麺もあまり期待度は高くなかったが、食べてみたらこれは凡作だと思う。カレーとスープの味が薄い気がする。もっと濃厚スープにしてカレーもビリビリ感を強めれば個性豊かなバリエーションとなるはずだが、どうにも印象が薄い。味も薄い。おまけにつけ汁の粘度が高いので、麺に持って行かれる汁量が多くなる。つまり、食べているうちにつけ汁がなくなってしまうという致命的な欠陥がある。
つけ汁おかわり自由にするか、もっと大ぶりのどんぶりでつけ汁たっぷりにしなければいけないだろうに。
開発部隊が試作の時に商品完食チェックをしていないのではないか、と疑ってしまう。麺類は汁麺もつけ麺も食べていくうちに汁の量が減るし、つけ汁の場合は温度も味の濃さも変わっていく。一口食べた味を見るという試食ではダメなのだよね。
昔む菓子、スープパスタの試作をしていて同じ間違いをしていたからよくわかる。つけナポリタンはまさに麺量が多い上に、トマトソースのピックアップ、つまり麺に絡まる量も多いので、普通のラーメン丼にいっぱいくらいは必要になる。

年に10作も新商品を出していれば駄作・凡作が混じるのは仕方がないが、商品開発の基本は再度確認して欲しいものだなあ。ちなみに試作品の感触チェックをしっかりやるとだれでも一年で20Kgくらい太るので、商品開発の担当者はかなりの頻度で配置換えしてあげないと、メタボ被害に遭うから、その辺りの管理も重要ですねえ。

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いつものカツカレー

新宿の老舗食堂に行って、無性に食べたくなったカツカレーを食べた。カツカレーはどこでも食べられる当たり前のメニューだが、個人的なこだわりがあり、気に入ったカツカレーを食べられる店はかなり少ない。洋食屋の定番だからと言って安心できないのがカツカレーだ。
まず重要なことは、カレーのルーだ。カツの載せないカレーであれば、甘め辛めどちらでも良い。フルーツの入った甘いカレーも、スパイスががっちり聞いた辛いカレーも楽しめる。しかし、カツカレーの場合は辛め、酸味あり、スパイス強めという感じのルーが好みなのだ。
これはカツを食べる時にルーをソースとして楽しむせいなのだが、味の感じとしては辛めのウスターソースを感じさせるタイプのルーがよろしい。後、それぞれの店の方針だろうが通常のカレーを流用する場合が多い。その時には肉や野菜が一緒に入ってくるのだが、これはなくても良い。ルーがソース状態にあるのが一番よろしい。

次にカツは薄切りが望ましい。厚切りのカツはルートのバランスが難しい。肉に厚さがルーに買ってしまうと、好みの「肉+ルーの合体感」がいま一つとなってしまう。そして、ご飯は少なめが良い。付け合わせはらっきょうでやピクルスではなく赤い福神漬けに限る。たまにカレー屋で見かける紅生姜でも良い。
平日の古下り、ランチのピークが終わったくらいで客席が好き始めた頃、フライト入ってカツカレーとビールの小瓶を注文する、みたいな感じがいいんだよなあ。

町中華のドロドロ系カレールーに脂ぎったカツが乗ったワイルド系も悪くはないが、あれは腹ペコの時にガツガツ食べるやつだと思う。カレー専門店のカツカレーは、カツが安っぽいのが難点だ。などとつまらないこだわりのせいで、あれこれ面倒なことになるのも、これまた人生あるあるの楽しみなのであります。

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くまのケーキ

留守番のご褒美としてクマのケーキを食べることにした。このケーキをどこから食べるかで、その人間の性格がわかるような気がする。
なんだか申し訳なくてフォークではなくスプーンで食べることにした。皿の上ギリギリの下から食べはじめ。
できるだけ熊野かをを触らないように食べ進めた。下半分を食べたところで、意を決して上半分を一気に食べた。

個人的見解だが、こういう顔のあるケーキは製造をやめてもらいたいものだ。せめてくまの尻尾とか豚の尻尾とか、その辺りをでしたててくれると罪悪感を感じることなく食べられるのだがなあ。

ちなみにこのクマのケーキは人気商品らしい。なんか、複雑な気分になるなあ。

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新宿でハニトラ?

ハニートラップに初めて出会った。正確にいうと「ハニートーストのトラップ」に出会った。
友人と新宿で飲んでいて二軒目に向かう途中でたまたまハニートーストを見かけて、これはまだ食べたことがないのだというと、面白がってこれから食べに行こうということになった。いい歳をしたおっさんが二人でカラオケボックスに入りハニートーストを注文する光景は、傍目に見て相当怪しいのではなかっただろうか。
その筋のメッカである新宿二丁目にもまあまあ近い場所であり、後になってからあれこれと気がついた。

さてハニ虎だが、これは人生で一度だけ食べれば良い類の食べ物だった。冷や汗が出るほど甘い。自分の人生で出会った一番甘い食べ物はシアトルコーヒーのキャラメルマキアートだと信じていたが、それを上回るハイパーな存在が顕現した。もはやひれ伏すしかないほどのありがたさだった。

ちなみに写真に載っているのは友人が誕生日クーポンを使い無料でゲットしたものだ。通常品はもう少しデコレーションが控えめらしい。

これを考え出したのがカラオケボックスだと聞いて、外食関係者としては忸怩たるものを感じた。食の世界も突破口は他業態から生まれるものなのだねえ。改めて自分の精進が足りないことに気付かされた。
自分が上手いと思うものが誰かに上手いと思ってもらえるわけではないということは肝に銘じているが……………

自分の想像を超えたところに、ヒット作のヒントがあることにはなかなか気が付かないのだよね。

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富士そば 全部のせ?

以前から気になっていた富士そばの都オッピング大盛り蕎麦「特選富士そば」を、いよいよ意を決して注文してみた。いつもはきつねそばを頼む。質素なそばで良いと思っていたが、ここ最近あれこれと気が変わってきて、気になっていることは全部片付けてしまおうと思うようになった。

特選富士そばはお買い得な蕎麦?なのだと思う。トッピング重視のメニューなので、のんびりとあれこれつまみながら食べるのに良い。実は、この上にもう一つ豪華森のそばがあるのだが、それも今度挑戦してみようと思う。
ただし、その豪華そばになるとトッピングが多すぎるので、ビールでも頼んでちびちびやりながら、ちょっと伸びた蕎麦をつまむという「町蕎麦んの楽しみ」的なことになる。そうなると時間帯も気にしなければならないし、ちょいと面倒な家事になる。富士そばでビールを飲ものが一時期流行っていたが、あれもをもう一回やってみるか。

都内では立ち喰い蕎麦屋も町蕎麦もどんどん少なくなっているので、その後釜を富士そばに頑張ってもらいたい

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昭和なバーで晩飯

青椒肉絲の器がカリカリポテト

新宿アルタ裏にあるバーに通い始めたのは20代の頃だった。その頃から年代感を感じさせるすでにレトロ感あふれる店だったが、コロナの時期は休業していた。営業再開してから気にはなっていたのだが、久しぶりに行ってみたらどうやら経営方針が変わったか、オーナーが代替わりしたのか、メニューなどがだいぶ変わっていた。
ただこの店はしっかりと食事が取れるバーで、むしろカジュアルレストランと言った方が良いほどしっかりとした料理が楽しめた。だいぶメニューの数は減ったが、それでも昔よく食べていたメニューも残っている。

春巻きがちょっと和風

和洋中が無差別に並ぶ、まさに無国籍レストランだったが、そこがよかったのだ。一番好みだった貝割れと生ハムのサラダがなくなっているようでちょっと残念だったが、料理はうまい。

タコスはバーテンダー(今や女性になっていたが)が盛り付けてくれる。これもメキシカンが和風になった感じのタコスでパリパリのタコシェルを齧りながらハイボールなど飲むと生きていてよかったなあと思う。

誠に勝手ながらもう少しだけで良いから営業を続けてもらいた。せめて後5年くらいお願いします。

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長編小説が好きだったのだ

元々、長編小説が好きだった。中学生の頃から読み始めたSFで、最初に好きになったのはバロウズ作「火星のジョンカーターシリーズ」全部で15巻(?)だった。それ以降、シリーズものが大好物になり、SFでなくてもシリーズ巻数が多いというだけで買うことが多くなった。
歴史小説も巻数が多いのがお気に入りで、全10巻みたいなものをよく読んだ。司馬遼太郎作品では巻数が多いものはほとんど読んだが、この著者の場合5巻を超える大作だと「ど下手」になると気がついて読まなくなった。
新聞連載小説の悪癖というべきか。つまらん挿話が延々と続くようになる。碩学というより雑談の独り言という感じすらする。
逆に10巻を超えるあたりからシリーズとして小説世界が深みを増し、面白さが最大化されるのが池波正太郎だった。「剣客商売」「鬼平犯科帳」など一気に全巻読破したものだ。


だから半村良が構想した「ムー大陸物語」80巻には飛びついたが、結局20巻で終わってしまい実に残念だったという記憶がある。それをおちょくるように、私は100巻の物語を書くと宣言した栗本薫の「グインシリーズ」は彼女が絶筆する最期まで付き合い120巻余を読み切った。(ただし、この超大作も70-90巻あたりは実にダレた凡庸な展開で読むのに苦労した)
翻訳SFで今でも発行が続いているペリーローダンシリーズは350巻までは付き合った。というか読了したのは290巻くらいまでで残りは積読のままになったが。今では500巻を超えているようだ。再開する気にはならないが。
ともかく長くて終わりがない話が好きなので、ラノベの選択基準は最低10巻は発行されているものだった。

最近の一気読みはこちらで13巻まで読んで、続きが10巻貯まるのを待っている

アニメ化もされた人気作品 アルファポリス社

ラノベは10代後半から30代くらいまでが購読対象で、売れている本(このデジタル社会で出版物なのだからすごい)を読むとこの世代の価値観が見えてくる気がする。特に売れているお話の特徴を挙げると、悪役がわかりやすいクズ女神・人として性格破綻した王女などこれまではヒロインとして扱われていたものが「ダメ」なやつになる。ダメな勇者を多く登場し、人類のためなどと無駄な正義感を主張するが、やることは自己満足と承認欲求の解決。その逆で、これまでのステロタイプ悪役である魔王が統治者として優秀だったり、悪どい人類から弱い魔族を守るため頑張っているせいで、人族からは悪者扱いされる。
そんな、勧善懲悪ものを裏返しにしたような設定が人気になっている。まあ、現実世界では小物な悪党、小狡く低脳な政治屋が蔓延っているのをみると、こんな話でうさを晴らすのだろうなあ。あとは、ブラック企業で酷使されパワハラで悩み、異世界に転生して実力発揮できる環境になったことで充実した人生を送るようになるという、現代のお伽話も典型パターンだ。ただ、これは「浦島太郎」と同系統の願望充足小説とも言えるから、物語の形としてはラノベもおとぎ噺も同じかもしれない。

残念ながら最近めっきり活字を読む速度が遅くなり、そろそろ本を読むのが辛い時期になってしまったようだ。新しい長編シリーズに挑むのは無謀ということになる。それがちょっと寂しいなあ。

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高知のラーメン その1

高知市民の台所、というキャッチフレーズを見た記憶がある、高知市内の繁華街の商店街がある。魚屋とか魚屋とか惣菜屋とかが半径50mくらいのところに密集しているので、確かに昔は大層賑わったのだろうと想像できるが、今では郊外にスーパーが乱立しているので、市内中心部にあり駐車場の対応もなかなか難しいのだろう。へ実は実に閑散としている。午前中はそれなりに賑わってるが昼を過ぎるとバタッと人出が減る。近隣の高齢者が朝から集まるところなのだ。
その一角に気になるラーメン屋がある。ここ2年ほど、一度は入ってみたいと思いつつずっと放置していた。今回はたまたま昼前に時間がちょっとできたので、うなぎを食べるつもりでこの商店街に来たら、鰻屋が休みだった。仕方がない、それではラーメンにしようとなった。

高知のご当地ラーメンというのは聞いたことがない。高知県西部の須崎にある鍋焼きラーメンは一時期大変人気があったが、今では落ち着いたようだ。
高知市ないにも行列のできるラーメン屋はあると思うのだが、何をもって高知ご当地というかという「シンボル」みたいなものは見当たらない。意外とありそうでないのが「カツオラーメン」だ。まあ、そのうち誰かが発明するだろうと思うが、高知県人ではカツオが当たり前すぎで発想に至らないのかもしれない。

さて、五右衛門ラーメンだが、醤油ラーメンを頼んでみたら白濁系スープで出てきた。素手がちょっと意外だが、後から入ってきた客は台湾ラーメンとか味噌ラーメンとか注文がバラバラだった。どうやら多品種メニューが売り物らしい。それはそれで良いのだが、となると後何回か通ってあれこれ試してみたくなる。
どうやら夜は居酒屋形態に変身するらしいので、今度は少し遅い時間に来てみようかと思う。チューハイのアテにチャーシューでも頼み、最後はラーメンというあまり体に良くなさそうな飲み方をするのが、この店には似合っている感じがする。
ちなみにラーメンは普通に美味いと思った。チャーシューは好みの味だった。海苔が乗っているのが重要なポイントだ。煮卵はいらないけれど、めんまを追加してみたい。うん、うまかったなあ。

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高知でいちばん

ナツカシキャラの日米対決でございます

夕方の高知繁華街を散歩していた。美味い焼き鳥屋でもないかなあと探しながらのぶらぶら歩きだったので、普段はあまり歩かない小道を選んで歩き回ったら、面白いものを見つけた。
最初はキャラクターを販売するサブカル系の店だと思ったのだが、よくよく看板を見ると、なんと夜のお姉さんの店を紹介するところだった。高知市内ではあまり客引きに出会うことはない。おそらくけいさつのかんりが厳しいのだろう。大都会の新宿あたりで歩くと感じる鬱陶しさはない。まあ、人通りも少ないので客引きの効率も悪そうだ。
ただ、通りを歩く人の数は少ないが、居酒屋を含めどこの店も中に入ればほぼ満員。要するに常連客でしっかりと成り立っている店が多い、つまり呑んべいが多いということなのだなと納得している。

高知で一番と龍馬さんもおっしゃっております

案内所の中を覗いてみたら、おやまあ、やっぱりキャラ・フィギュア販売店のように見える。どうも店内とお仕事のイメージが一致しない不思議空間だった。夜、暗くなってから来るとまた印象が変わるのかもしれない。

そのあとしバラク歩いているとビルの解体工事をしているのにであった。思い返せば、初めて高知に来た頃、この怪しいビルをみて高知はすごいところだたと思った記憶がある。ビルの中心部が吹き抜けで、その吹き抜けを取り囲むように、怪しい夜の店がずらっと並んでいた。下から見上げると、昔の九龍城はこうであったかと思わせる妖艶さを感じたものだ。よくよく考えラバコロナの時期に一番の打撃を受けた業種ばかりだろう。ビルの老朽化というより業種の衰退というのが解体の原意なんなのかなと思う。
このビルの店には一度も入ったことはないが、眺めてみるのは好きだったのだなあ。高知で一番のお気に入りビルだったが残念なことだ。