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焼肉 ジュウジュウ

埼玉県中心に展開する複合型外食企業の焼肉部門

久しぶりに焼肉屋に行った。自宅近くのターミナル駅にできたショッピングモールのレストラン街にある。鮨屋の隣が焼肉屋とはなかなかアッパーなラインナップだ。店内に入るとあれこれハイテク仕様な店で驚いた。
注文がタッチパネルというのはもはや標準装備だが、商品がベルトコンベイヤーで運ばれてくる。そこまではわかる。回転寿司みたいなものだ。すごいのが、ベルトが止まった後、皿がにゅうっとテーブルの上に押し出されてくる。これは初めて見た。なんだかすごいな。

焼肉の網を交換してくれるのも今では標準サービスになったみたいだが、その交換の時の「網入れの箱」と「網を掴む道具」がなんともすごい。軍手に金属バケツみたいなローテクではない。昔はやったQC活動なんて言葉を思い出した。

焼肉を食べている間に従業員と話したのは二言くらいだった。もはや無人焼肉に近い「機械化された店舗」なのだ。進化とは、こうした目に見える変化の積み重ねなのね。

無煙ロースターはすでに日本における焼肉業界のスタンダード装置だが、韓国の焼肉屋で見た天井から煙突が降りてくるタイプも、小ぶりな店ではよく見かける。韓国から輸入された仕組みなのか、日本で生まれたもの韓国に流れて行ったのかは不明だが、韓国人の友人はメイドインコーリアなのだといっていた。
個人的には焼肉屋で煙がもうもうとなるのは当たり前だと思っていたが、札幌でジンギスカン屋に入り全身が羊くさくなたときから考えを変えた。最低でも韓国式の排煙装置は設置して欲しいものだ。
この店の無煙ロースターは最新式らしく煙が表に出てこない。素晴らしい。夏の暑い時でも冷房の効いた涼しい店内で、煙まみれになることもなく焼肉を食べられるとは。外食における機械化は、それなりに進んでいるのだよね。

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備蓄米を初めて見つけた

ニュースでは散々みていたが、現物が並んでいるのは初めてみた「備蓄米」。行列ができているわけでもないが、しばらくみていたらパラパラと売れていた。

おそらくたまたま見つけて安いから、話のネタに、といった動機で買う人たちなのだろう。それでもスーパーに並ぶ米の半額なのだから売り切れるまでにそう時間はかからないと思う。
米の価格高騰についての弁明は、逆ギレ気味のJAとか大手米卸業者の弁解9割で謝る気配はかけらもない発言とか、色々と面白い。米流通システムも課題暴露されたので、あれこれ学ぶことは多いが、どうやら一番の嘘つきは農水省ということになりそうだ。
要するに米は不作で足りないのに、平年よりもたくさん取れていますと嘘を言い、その嘘を暴かれそうになると強弁して認めない。あるはずのコメがないという説明をしたから、世間的にはあれこれと勘ぐっていた。悪い買い占め屋がいるのではないかということになり犯人探しになる。
ところが実態は米が足りていないので、卸が雪崩を打って買い込んだ(買い占めるほど独占できてはいないらしい)。そして、どうやら米卸以外の『だれか』も高値で米を買っていたらしいので、価格がどんどん釣り上がった。誰もが俺のせいではないと言い始めているが、個人的には最初の悪は農水省の嘘だと思う。


ところがこの備蓄米放出と今年の新米供給が近づいていることで、高値で買った米を赤字覚悟でも放出しなければいけないチキンレースになってしまった。では全部売って仕舞えば良いかというと、それはそれでお前が米を買い占めていたと言われるのも困るのでぼちぼちと放出するということらしい。
ただ、この説明もいくつかのニュースやインタビュー記事やあれこれを合わせての憶測なのだが、あまり外れてもいないと思う。
この先もブラックボックスの中にある「米卸業者以外で大量に米を買った誰か」は暴かれることはなさそうだし、JAが海外証券取引で大損した膨大な赤字の穴埋め原資と今年のコメでボロ儲けしたことの関連も表沙汰になることはないと思う。
コメ問題で最大のおまけは自民党政権が揺らいだことは間違いない(おそらく金券問題よりもコメ問題の方が大衆の怒りを買っているだろう)、まさに政権の命運を握る令和の米騒動なのだなあ。大衆コントロールが下手くそな総裁を選ぶと、政権をなくすというのが「コメ問題」の教訓でしょうねえ。

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サイボクの自動販売機

西武新宿線本川越駅 よく目立つ場所に設置されている

サイボクというのは埼玉県西部にある養豚と肉製品加工の一環生産を行う企業で、地元デジは有名だ。ハムやソーセージは国産大手メーカーよりはるかに高い値段だが、贈答品などに人気がある。
そのサイボクがあれこれと面白い実験をする。コロナの前には自前でレストランを運営していいた。豚肉のハンバーグと豚肉のステーキを出す店で、ちょっと高級な感じのレストランだった。
今回見つけたのは本川越駅にあるスタバの隣に置いてある自動販売機だ。サイボクノジに惹きつけられ何を打っているのかと近づいてみると、想定したていたものと違うものが売っているではないか。

冷凍豚まんが二個入りで売られている。おまけにラビューの焼印入りという西武鉄道とのコラボ商品だった。ちなみに、ラビューとは西武池袋線を走る特急列車のことなのだが、この本川越駅には乗り入れしていない。ひょっとするとラビュー乗り入れ駅である所沢・西武秩父駅にもこの販売機が置かれているのかもしれないな。
しかし、大本命のハムやソーセージは置かれていないようだし、みたこともない餃子も置いてある。

そして、何よりびっくりしたのが冷凍商品の自販機で、保冷袋が一緒に売っていたことだ。これは本当に初めてみた。
最近の西武鉄道は、あれこれ面白いことをやるものだ。確か、コストコ商品のネット販売を駅のコインロッカーで受け取るというサービスもやっていたと思うのだが。
駅ビル一等地のスタバの前で豚まん販売とは、これもまた飛び抜けたビジネスを考えるものだなあ。

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魚居酒屋にて考えること

浜小屋風の魚居酒屋は10年ほど前に大ブームになったが、今ではほとんど潰れてしまい、生き残ったのは一つだけという、これまた凄まじい結果になったようだ。〇〇水産と冠してコピー業態はほとんど消滅してしまった。
そもそもこの浜小屋風業態は生魚を食べさせるのではなく、テーブルに置かれたコンロで色々と海産物を炙って食べるというものだったのだが、今ではすっかり生魚の切り身が主流になっている。この辺りのメニュー転換も生き残りの条件だったのだろうと推測はできる。
ただ、生の魚を切って出すのは原価率が上がるだけで、実はビジネス上、得策とは言えない。過去30年くらいを振り返ってみても、生魚のコスパの良い店は単点である限り繁盛店になるが、複数店化すると必ずコストと調達の壁に突き当たる。
回転寿司チェーンでは、未利用の深海魚に手を伸ばしてみたりするが、それも安定供給という観点では課題が多い。回転寿司の大量出店を支えたのは、世界的に養殖サーモンが潤沢に供給されていたことがおおきい。また、日本人の若年層がマグロからサーモンに思考が移ったことも要因としては挙げられる。だから、魚居酒屋も必然的にサーモンをメインに打ち出すことになるが、実はサーモンは料理としてのバリエーションが難しい。そこで登場するのが、全く日本食的には関係なさそうなメニューになる。例えば、ピザだ。魚とチーズの組み合わせは、若年層獲得のためには良い考えだろう。ただ、そこでサーモンのピザを作るのでは芸がない。

最近の流行はあっさり目の仕上がりになるしらすのピザだ。これはイタリアンピザを売り物にする専門店でもさらっと登場して人気商品になっているらしい。
あとはこれにサーモンの巻物をいくつか登場させれば、現代魚居酒屋の人気メニューが仕上がっていく。
簡素な内装も浜小屋のイメージと言われればそれなりに納得できるのが、今の若年層であり(おそらくチープ感は感じないのだろう)、あれこれの要素が組み合わさって今ではすっかり全国チェーンだ。
ただ、海沿いの地方都市に行けば魚料理のもっと旨い店はたくさんあるはずだが、この店を良いと感じる客は、旨い魚を食べにきているのではない。東京人の考えた東京的なチープな浜小屋風というイメージを楽しんでいる。逆に、こんなレベルの魚で満足しているのかと優越感すら感じながら楽しんでいるような気もする。
平成はコスパの時代だったが、令和は首都圏に対する文化的逆差別、自分の街の優越感みたいなものがレストラン成功の要件なのかもしれないなあ。

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日高屋の冷やし中華

安定のうまさで定番の安心感がある

今年の冷やし中華チェックをした結果、おそらくこれが一番だと思ったのが日高屋の冷やし中華だ。ある意味、毎年変わらないという定番こそ貴重な商品になるということだ。ちなみに、このトッピングのバラバラさ(見栄えの悪さ)は店の責任ではない。日高屋の冷やし中華は何年も前から麺とトッピングが別になって出てくるスタイルだから、これはセルフ盛り付けした自分のせいだ。

商品はこういう具合に蓋皿で出てくる。ただ、この方式は冷やし中華の元祖と言われる仙台の有名中華料理店でも同じ方式だった。原点回帰というか、これが本物ということになるのだろう。ただ、日高屋はもう少しオペレーション寄りの理由でこの蓋皿システムにしているとは思うけれど。
毎日大量に注文が入っていると、当然ながら店舗での調理も慣れが生まれるので、ある意味ばらつきが少ない安定した商品になる。この時期の日高屋で冷やし中華を頼んでもハズレが出てこないのはありがたいことだ。
意外と冷やし中華は当たり外れが出やすい。麺の茹で加減、締め加減が難しいせいだろう。個人営業の町中華などでは、麺が伸び切ったやわやわぶよーんといった代物が出てくることがある。これは全くいただけない。有名なラーメン店でも夏場の冷やし中華はハズレが出ることが多い。
日高屋はどの店に行ってもブレないのがすごいことだ。今年の町中華チェーンでの冷やし中華はオーバートッピング気味にして値段を上げるという「勘弁してよ」方式が主流になっていたので、この毎年のものと変わらぬ冷やし中華は賞賛に値する。コロナの間は苦労した日高屋だが、完全復調したみたいだ。めでたし。

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渋谷の風景 続き

渋谷駅前、旧東急百貨店東横店の解体工事中に突如として現れた広告スペースは、おそらく東京でも珍しい巨大広告が設置される「名所」になった。これに匹敵するのは、新宿駅地下にある東西自由通路を全面占拠した100mをこす壁面広告だろう。
この渋谷の巨大看板の月間使用料金は1000万円をはるかに超えると想像できる。とてつもなく高額なはずなのだが、かの渋谷スクランブル交差点を渡る100万人単位の人の目に触れるのだから、その広告効果は絶大だ。
そして、今の日本経済界でこの手の高額広告ボードを使える業種は限られる。ちょっと昔であれば有名アパレルや腕時計ブランドが、この手の広告の常連だった。今では、アニメと通信キャリアーくらいだろう。アニメはメディアミックス戦略がすっかり定着しているので、WEB投稿小説→書籍→コミック→アニメ実写映画・演劇→輸出コンテンツというヘビーローテションでコンテンツを使い回しにする。ある意味でハリウッドの映画ビジネスに匹敵するビッグビジネスに成り上がったが、日本独特の「製作委員会」制度が良い意味で機能して現代のぬえ的ビジネスモデルとして確立した。
だから、打ち出の小槌を振るようにとは言わないが、そこそこ巨額な広告投資が発生する。クールジャパンなどと言って政府がこの手のビジネスに利権を持とうとしたが、所詮、官僚の頭ではこの手のゆるふわ的ビジネス発想についていけず、今では「クールジャパン」の旗振りだった官庁がどこかすら思い出せない体たらくだ。純然たる民間施設のジブリ公園の方がよほどクールジャパン・ビジネスとしてしっかりしている。

韓流ブームは中高年女性の熱狂的な支持を受け、日韓貿易に大貢献しているが(きちんとロイヤリティーを払う日本企業のおかげだ)、それに倣って自動車関税でオタオタせずにアニメの対米輸出に政府が予算を大量投下し、経済的ではなく文化的侵略とあの野蛮で傲慢で無強要なな大統領から非難されれくらいやってみればよかろうにと思うのだがなあ。


少なくとも、この看板スペースに米国映画の誇るスターウォーズ新作の予告が載せられたとしても、日本国民の誰も反対はしないと思う。が、あの「狭量(きょうりょう)」で「偏狭(へんきょう)」で「狷介(けんかい)」な、かの米国老人みたいな言いがかりはつけたりはしないと思うよ。
ちなみに、この難しい単語三つはAIに教えてもらった「心の狭い」を表す表現です。今は人にではなくAIにものをたずねる時代なのであります。

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トルコ料理について

ケバブの店はすっかり日本のあちこちに当たり前にあるようになった。ひょっとすると蕎麦屋より多いかもしれない。それだけトルコ人が日本に住んでいるということなのだろう。その割に、妖しい噂を聞くこともないのは、在日トルコ人の方々が穏やかな暮らしをしているということだろうか。
そもそもこの円安状況では日本に出稼ぎする意味がだいぶ薄くなっていると思うし、日本円での平均給与も大陸や半島の国と比べて見劣りすると思うのだが、なぜ日本にやってくるのか。治安は他国と比べて良いとは思うがそれだけ理由なのか。(最近は日本も物騒な国になり、比較の問題だが)
人種差別感情は表にあまり出てこない社会だが、外国人排斥論者も一定数いる。国際語たる英語はあまり通じない国であり、なぜ外国人が押し寄せてくるのか。本当に不思議だ。
ただ、ある一定数以上の滞留者が存在すると、やはり母国の味を提供する商売が生まれるわけで、古くは中華料理(これはすでに日本化した料理だ)にはじまり、最近では韓国料理や東南アジア系のエスニック料理も一般的になった。
トルコ料理は世界三大美食の一つだと思うが、その中でも一番簡便なケバブが日本で広がったのは、この屋台風の店でぐるぐる回っている肉の塊のルックスだろう。ハンバーガー的な要素もあり、手で持って食べる簡便さも広く受け入れられた要件だ。
しかし、ケバブの店を見ていつも思うことだが、経営者も違い同じブランドでもないのに、どうしてどの店も同じように見えるのだろう。これもなかなか不思議だ。トルコ人社会で裏マニュアルでも出回っているのだろうか。日本的な風景で言えばほかほか弁当の店がどこも同じように見えるのと似ている。
こうしたケバブの店を成功した中から、本格的なトルコ料理レストランをチェーン化する人が出てくるのはそう遠い将来ではないのだろう。

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腹ペコの朝

大阪出身のラーメン店へ一年に何度か思い出したように食べに行っていた。大阪ミナミにある人気ラーメン店が東京に進出した時、「3度食べると病みつきになる」という不思議な広告をしていた。ひねた考え方をすれば、1度目はおいしいと思わないということになる。そして、1度目の実食した結果といえば、確かにこれはラーメンなのだろうかという疑問だった。それから広告のいう通りに追加で2回食べてようやく、なるほどこれもラーメンかあ、と思うようになった。
見た目通りに薄めの醤油スープというか塩味というか、ともかく不思議なスープだった。それに炒めた「白菜」が大量に入っている。お江戸のタンメンは大量の炒めキャベツが乗っているが、白菜は新鮮だった。
お江戸の支那そば系と言われるシンプルラーメンよりも、こちらの方が洗練されているなと思うようになったが、ともかく日本を西に行くと色々なラーメン変種があるのだと思い知らされたものだ。
これに匹敵するびっくりラーメンは「久留米ラーメン」だった。あれはとんこつラーメンんの源流として、ラーメン界の地平線にある存在だ。とんこつラーメンが西の地平線にあるとすれば、これは北西あたりの地平線にあるラーメンだろう。

ルックスは茶色で艶やかさは感じられない「おいしいらーめん」

商品名は「おいしいラーメン」という。最初に見た時はふざけた名前だと思った。おいしいかどうかは食べた客が決めるものではないか。おまけに美味しいと思うには3度食べなければいけないという。食い物屋を舐めんなよ、と腹立たしく思ったものだ。
この辺りが東国と西国のジョーク感覚の違いなのかもしれないと気がついたのは、随分たってからだ。


お江戸で仕事をしていると、どうしてもお江戸の味は日本全国に通用すると思い込んでしまう。実際には、日本全国で通用するのは舶来ものの味しかない。ハンバーガーやフライドチキンがローカルな味付けにしなくても良い「全国共通」の味になれたのは、米国生まれという付加価値のせいだろう。
これが北海道の味や九州で大人気では決して許容されない。ましてや日本全国の流れものが共通社会を築いているお江戸では、お江戸の味=全国の平均(悪い意味で)でうまくもないが不味くもない、誰も文句を言わない味が支配的になる。だからお江戸の味は、全国どこに行っても人気者にはなれない。
ただし、お江戸風と称して地元アレンジを施したものへ進化する。鮨や天ぷらなどの伝統食で起こったことが、イタリアンやフレンチという渡来もの料理でも起こる。大阪イタリアンとか博多フレンチのように言われる。
戦前に流入した大陸の麺料理アレンジ品、つまり支那そばがラーメンに各地で進化したのは当然のことなのだ。


このラーメンも、大阪の客に合わせた何らかの進化圧があったのだろう。少なくとも、お江戸どころか関西圏における近隣地域のローカルラーメンとも全く異なる。奈良のスタミナラーメン、和歌山ラーメンのコッテリ系とはまるで系統が違う。京都のドロドロ系ラーメンとは別種の生物くらいの差がある。神戸付近のラーメンも西国特有の濃厚スープ系だから、これとは似つかない。関西ローカルのどれとも違う独自進化種であり、おそらく日本全国でみても類似品が見当たらない。(個人的な経験値ですが)

味変に備え付けのニラを乗せてみた 

ところが、その大阪ラーメンが今度は「日本の味」と言い始めた。ラーメンに日本の味と言い切れる標準品などあるはずがないだろうと、またまた思ってしまうのだ。が、それも言ったもの勝ちということなのか。あるいは、大阪的ジョークなのか。

やはり実に不思議な店なのだ。ちなみに、この午前中に食べたラーメンは朝の腹ぺこを満たすのには適度なものだった。そして、両隣に座っていたのはどちらも外国人カップルで、朝から餃子ラーメン炒飯セットをもりもり食べていた。確かに、日本の味を「ちょっと間違った意味で」受け入れている気がしたが、これが国際化ということなのだな、きっと。

あれこれと哲学的になってしまった、渋谷の朝飯でありました。立ち食いそばでも食べればこんな面倒なこと考えなくて済んだような気がする。

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福袋の中身

これは今年のマクドナルド新年福袋に入っていたおまけのバーガー型ライトだ。これ以外にはビニール製の巾着とか小物もあったが、メインはこのライトだろう。しばらく放置していたが、開封して電池を入れてみた。

予想外に明るい。ただ、使い道が思いつかない。キャンプに行った時、真っ暗な場内でトイレに行くときにつかうかな?などと思ったが、100円ショップであれば300円程度で同じようなものは買える。
自宅の寝室で緊急事態(地震とか)の非常照明にするかとも考えたが、結局、机の上に放りっぱなしにしてある。実は、夜に物を探す時は便利なことに気がついた。まあ、福袋の中身とはそういう物なのだから、文句は全くない。机の上にある可愛らしい置物として役に立っていれば良い。
ただ、これを市販するとすれば1000円越えのキャラクター・ブランドものになるのだろうなあ。マクドナルド3000店で100個ずつ福袋を売るとしたら、このライトを30万個用意することになる。そこいらのアウトドアグッズと比べても桁違いの数量だから、おまけで作れるのだ。まさに数は力を体現した「見事な代物」なのですよね。

その昔、おまけ商品をあれこれ開発していたことを思い出し、懐かしくなりました。

ちなみにプラスチック製品でおもちゃ仕様にすると難度が高くなるので、おもちゃの開発は避けていました。これも、子供向けのおもちゃではなく、大人向けの照明という扱いみたいですねえ。

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渋谷駅前の工事事情

確か渋谷駅再開発は246号沿いに東急ホテルがたったあたりから始まったのだと記憶しているが、その後は渋谷駅東側にあった東急文化会館がヒカリエに盾代わり、西口にあった東急プラザ、駅東口南側が整地されスクランブルスクエア、ストリームという高層ビルが立ち上がり、残るは東急百貨店東横店が解体、再建設中。あと2年も経てば再開発完了ということだろう。
今や渋谷は地下5階まで潜らないと地下鉄を含め電車に乗れないダンジョンと化したが、駅周辺の高層ビルもほぼ30-40階建となり、元々、渋谷駅は谷間にあったが今後は高層ビルの谷間となり日の射す時間が限られるダークシティーになるのだ。
JR渋谷駅は延々と工事が続き、まさに季節で変形するダンジョンだが、それもあと2年くらいだろうか。少子高齢化の進行で、昔は馴染みだったジジババが今ではすっかり行きづらい街になり(駅の高低差がありすぎる)、頼みの若者の数もすっかり減ってしまい、こんなに高層ビルが必要なほど客が集まるのか? などと呆れているのだけれどね。まあ、日本語を話さない妖しい観光客が溢れているからなんとかなっているのだろう。