街を歩く

オムライスの卵抜き

いつもの洋食屋で昼飯を食べることにした。普通に注文するのは、オムライスで決まっている。ただ、ちょっとだけ気分を変えてランチセットを頼んだ。ランチセットにはオムライスセットもあるが、今回は卵をのぞいた(?)チキンライスにして見た。
オムライスにはかかっているたっぷりの赤いケチャップはかかっていないので、そこがちょっと寂しい。
が、本日は卵はいらない気分なのだ。実食した。実に美味い。普段は薄焼き卵との調和を楽しんでいるが、ケチャアプ味の飯を直接堪能するのは良いものだ。
学生時代も金があればオムライス、金がない時はチキンライスを頼んでいたが、まさにその気分に近い。(オムライスを頼むくらいの金はあるのですよ)
ただ、昔と違うのは普通盛りのチキンライスでお腹が一杯になることだ。大盛りを食べてもまだ満足をしなかった学生時代はいったいどれだけの代謝量があったのだろうか。年には勝てないなあ。

街を歩く

夏の満州は……………

色味が足りないです

お気に入りの町中華チェーン、ぎょうざの満洲で今年の夏メニューを食べて見た。定番冷やし中華はすでに食べている。いつも通りだった。今年の新作はラーメンサラダという変形冷やし麺だ。札幌の名物となっているラーメンサラダは、季節感をなくした冷やし中華だと思っていたが、その語感を超えるものを作り出したようだ。
ビジュアル的に「麺料理」とは見えない。おまけにサラダという割には彩りが少ない。ごまだれの冷やし中華で麺大盛り、野菜たっぷりにするとこうなる。元祖ラーメンサラダは非レンチドレッシングベースだったが、今では現地札幌でもごまだれのバリエーション品が主力だ。
どうやら今年の満洲夏の陣は開発陣の一人相撲になっているようだ。
食べれば普通に美味いし、冷やし中華との差別化も多少はできている。ただ、そこ止まりなのだ。できれば夏場の野菜たっぷり冷麺メニューとして、もう一息改良してもらいたい。少なくとも、冬場の野菜たっぷりタンメンに対応する、夏場の野菜たっぷりな「冷やしタンメン」的なコンセプト作りが必要だと思うのですよ。
さて、夏を過ぎれば季節限定単品メニューになるはずで、できれば酢豚を投入して欲しいものですねえ。

街を歩く

ちゃんぽんやのまぜそば

ちゃんぽんのチェーン店となればリンガーハット一択になる。関東では相当昔から郊外型のロードサイド店舗もあり知名度はそれなりにある。駅前繁華街にも出店していたが、最近は(コロナの前から)ショッピングモールのフードコートに大量出店していた。ちゃんぽんを全国に広めた功労者で間違いない。
ただ、コロナ発生以降、ショッピングモールをふくめて立て直しに苦労していたようだ。フードコート内にあった体力のないチェーンはほぼ撤退した感があるが、その空いたスペースを埋める「体力」のある外食企業は少ない。したがって、全国的に空きテナントが増えている。
いわゆるカフェ系メニュー、そして肉メニューの店の閉店が目立つ。そんな業界全体の動向はさておき、ちゃんぽんチェーンは複数回の値上げをしながら業績回復をしている。これは一体何なのだろう、と思うくらいの頑張りだ。ただし、主力商品のちゃんぽんは5割近い値上げになっている。ワンコインで食べる食事にはならない。簡便食というより重厚ランチ的な価格になっている。(同じことは某フライドチキン屋でも起こっていて、すでにファストフードの価格ではない)
その値上げ感を散らしたいのか、理由はよくわからないが季節限定メニューの価格が定番ちゃんぽんより低くなっている。これも外食業界では珍しいことだ。季節商品は単価アップの目的があり、定番より1-2割高くするのが定石だからだ。

太めのちゃんぽん麺はまぜそばと相性が良いはずだが、具が足りないのだよね

ということでちゃんぽん屋のまぜそばを実食して見た。まぜそばとしては普通に美味いが、トッピングがほとんどない。素ラーメンという言葉が思い浮かぶ。完食して、ちょっと後悔した。餃子を追加で頼んでおけばよかった。
ちゃんぽんやは、やはりちゃんぽんで完結してほしかったなあ、というのが素直な感想で、どうもつけ麺を試す気にもならない。確か去年まではトッピング山盛りの1000円超え商品を推していたのではなかったかな。
外食各社がそろりそろりと低単価商品を再投入し始めているのは、トランプによる円高誘導と、値上げに対する消費者の反対、つまり客数減がげんいんだとおもう。年内にはちゃんぽん500円セールみたいなことになるような気もするが、それはちゃんぽんだけではなく外食全体のムードになりそうだ。

街を歩く

テレビはリアルタイムで見ない

AI作成画像 なぜか中国語表記の温泉風景も出てきたが、画像生成ロジックはどうなってるのだろうか?

はっきりとした記憶はないが、おそらく過去15年ほどリアルタイムでテレビの番組を見た記憶がない。ほぼ録画したものを見ている。リアルタイムで見る時間がある時でも録画して暇な時に見る。CMを飛ばして見るためだ。
自分でCMを作る仕事をしていながら、そんな試聴の仕方をするのはいかがなものかと言われそうだが、他人の作ったCMを見るために人気番組を録画し、番組は飛ばしてCMだけ見るという業務的視聴は別にしてきた。CMを見るのは仕事の一環だったからだ。
唯一の例外は朝のNHKニュースぐらいだろうか。ただ、それも出張先のホテルで見るくらいのものだった。自宅ではほとんどニュースを見ていなかった。複数の新聞を読むので時間がなかったせいだ。

連ドラとバラエティー系の番組は見ない。ほとんど見ないではなく、全然見ない。スポーツ番組も同様に見ない。まれにサッカー・ワールドカップの試合を見た記憶はあるが、それも翌日の話題のネタとして見たくらいだ。サラリーマン、中高年オヤジ熱愛の野球、オリンピック、そして日曜午後の定番であるゴルフや競馬も全く見ない。

だから実家に戻った時、親が見ているテレビ番組に付き合わされると、これは修行だなと思ったものだ。もはやテレビ番組は家族みんなで見るものではない。個人が自己の嗜好に合わせて自分だけで見るものなのだ。
とすると、テレビがオワコンと言われる理由はよくわかる。好きな時間で好きなものだけ見ることができるyoutubeなどのネット系動画にテレビが勝てるはずもない。米国で大規模予算投入して製作される大作シリーズも、現地で見るとCMでズタズタになっている。CMの量は体感的に日本の二倍以上入っているので、米国でネット配信が主流になったのも無理はないと思う。
そういう時代だからこそ、ネット動画にCMが割り込んでくるときに感じる不快感はテレビの比ではない。CMを外すための有料サービスという、広告媒体としてはありえないオプションが生まれる原因だろう。配信動画の世界は奇々怪界というしかない。が、テレビ番組よりはマシだ。

よくみるテレビ番組リストを作ってみた

番組名放送局
英雄たちの選択BS NHK
歴史探偵NHK
新・鉄道ひとり旅CS鉄道チャンネル・TV神奈川
飲み鉄一人旅BS NHK
ひろしのぼっちキャンプBS TBS
ひろしのひとりキャンプのすすめKAB・JCOM
秘密のケンミンショー日本テレビ
バス旅シリーズテレビ東京

などと考えながら自分の視聴リストを改めて見返すと、いかにも中高年の偏屈オヤジっぽいなと思う。どの番組も共通する特徴がある。まず、出演者が少ない。今時の旬である芸能人はほとんど目にすることがない。鉄道・キャンプなど旅系にかたよっているが、それもソロ活動ばかり。いかに人と群れることが嫌いかというのがあからさまに見えてくる。
おそらくこの先は、ヒトの出てこない「ディスカバリーチャンネル」とか、もう死んだヒトしか出てこない「歴史チャンネル」しか見なくなるのではないか。お天気予報ですらテレビで見なくなっているし。人嫌いも極まりつつあるらしい。

街を歩く

リモデルについて考える

このチェーンのラーメンは好みだが、いまどき熟成醤油にどれくらい強さがあるかなあ

川越の繁華街を歩いていたら、見慣れた看板を見つけた。ただ、このラーメン屋は郊外のロードサイドに大型店を構えるのが標準だったはずで、いわゆる繁華街立地の店ではなかったのだかなあ。などと思ってしばらく眺めていた。
そして、この店になる前の業態を思い出した。一人焼肉店だったはずだ。某一人セルフ焼肉店がチェーン店かして全国展開を始めた後、このラーメン店を運営する会所も実験店として一人焼肉を始めた。どうやらその店を閉めて既存の成功業態へ転換したらしいのだ。
ラーメン店も競争は激しいが、実はこの川越の繁華街に競争相手になるラーメン屋はなぜか少ない。居酒屋業態は全国チェーンが全部で揃うほどの過密競争地帯だが、回転寿司やラーメンという高速回転の店が少ない。無風地帯とは言わないが50mおきに競合業態が並ぶほどでもない。(居酒屋はもっとすごい密度で出店している)
焼肉からラーメンとは、なるほどなあと思ったが、よく考えるとやはり郊外型店舗の巨大さ、目立ち方から比べると随分と小ぶりで控えめだ。この先どれくらい持ち堪えられるか、半年間隔くらいに見てみようかと思った次第であります。

首都圏で考えると、ロードサイド主体のラーメンチェーン幸楽苑に対して、駅前徒歩立地主体の日高屋が熾烈なラーメン店バトルをしている。外食業では典型的な「立地モデル」争いだろう。だから、直接行号は起きにくい。それだけに郊外型が主軸のコンセプト・業態のラーメン店が繁華街徒歩立地に出ると、相当にモデルチェンジが必要なはずなのだ。幸楽苑はそれに失敗して郊外型主体に戻って行った。日高屋も駐車場併設の大型店は諦め、駅前ちょい飲み立地に集約している。さほどに立地と業態は密接な関係がある。
なので、この暑い時期が終わったら試食をしに行ってみようかなと思っているが、郊外型の店が繁華街型の店にあれこれと調整していくの見るのは楽しみだなあ。

街を歩く

焼肉ジュウジュウ 続き

ショッピングモールの最上階にあるレストラン街に焼肉店を開けると言うのは、最近では定番仕様らしい。ただ、焼肉店特有の煙が外に漏れ出ることもなく、匂いにそそられてふらふら店に入ってしまう危険性は薄い。(それがちょっと残念でもあるが)
あの匂いによる欲求は、ヒト種族の動物的部分を鷲掴みにする始原の本能みたいな物なので、実に逆らいがたい。肉の焼ける匂いと比べると、揚げ物の匂いやうなぎ蒲焼の匂いなどは、後世になって発明された歴史の浅いものだけに、インパクトは一段落ちると思う。(料理としては洗練されているが)
肉の焼ける匂いはヒトが火を使い始めて最初に学んだ料理技術の賜物で、もはやDNAに刷り込まれているのではないか。それくらい文化的考察をしたくなる「美味」の原初だろう。

たれは最低三種用意してもらいたい

ところで、焼き肉の旨さに関することで聞いなることがある。昨今の塩で物を食べる流行に著しい不満があるからだ。要するに、塩味は人類が最初に発見した原始の調味料(そして、必須栄養分でもある)だ。だから旨さ自体は否定しない。人類が調理に使った最初の味と言っても良い。
ただ、人類の「文明」は、塩よりもっとうまい調味料を開発することで進化してきた物だ。フレンチも中華料理もトルコ料理も、美食と言われる料理は基本的に調味料の変化と調理法の変化で組み立てられているし、それが料理の、ひいてはうまさを感じる文化の形成してきた。
大航海時代は香辛料を安く手に入れようとする「食欲」に引きずられた文化低開発諸国の強欲から生まれた物だ。食欲は世界を変える力がある。


その延々と積み上げてきた文化に対して、素材の旨みを活かすには塩でシンプルに食うのが良いなどと原始回帰、いや原始怪奇と言いたいくらいの「文明退行を礼賛する」のは大馬鹿者でしかないと思っている。
そんなに塩が好きなバカ舌しか持っていないのであれば、料理など食わなくて良い。どこかの山の猿集団のように、海水に物をつけて食っていれば良いのだ。猿のレベルまで文明退行を起こしたものはすでに人類ではないぞと言いたい。


と言うことで、鮨屋でにいって、これは塩で食えと言われたら、2度とその店には行かない。文化と歴史を舐めるなと言いたいし、時代に迎合したバカ舌の持ち主と蔑むことにしている。料理人たるもの、つけだれの調合(例えば香り付けした自家製醤油とか)くらいできないのか。
だから、焼肉屋で塩で食えと言われると、これまた吐き気がするくらいうんざりするのだ。塩で食べる焼き肉で満足していたら、ヒト族は今でも原始の暮らしをしているはずではないか。
つまり焼肉屋の文化度、あるいは進化度は「たれ」で決まるのだと言いたい。料理として考えると、肉の質はその次だろう。
ちなみに、焼肉の本場韓国に行って(韓国が焼き肉の本場で良いのだろうかは確信がないが)焼肉屋に行った時、タレがなかったのに衝撃を受けたことがある。韓国人の友人にわせると、焼肉のたれをつけて食べるのは日本人だけが行う邪道だと冷ややかに言われた。
ただ、最近は日本の真似をしてタレを置く店も増えているのが嘆かわしいとも言っていた。今ではどうなのだろう。異文化交流だったのだろうが、日本に渡って韓国焼肉文化がなぜか日本化する過程で「たれ」を生み出した。そして、そのタレ付き焼き肉という野蛮な風習が、本家帰りをしてまた一段と本国で進化する。みたいなことが起きると食文明の発展に貢献するのになとは思う。韓国風の焼肉ダレはどんなものになるのだろう。たぶん、もっと辛くてもっと強烈になるか、全く塩味が感じられないものになるか。(韓国宮廷料理など非常に塩味が薄いので)

細やかなサービスは接客だけでは表現されない

まあ、そんなことを考えながらランチ焼肉を食べていたのだが、日本的な進化としては肉の上に「何の肉なのか」の説明書きが添えらえていることだろうか。これは居酒屋甲子園でグランプリをとった店が、刺身盛り合わせで始めた手法だ。それが焼肉店に応用されている。
比較的安めの価格設定であるランチでこの仕組みが採用されているのだから、当然ディナー帯の高価格品でも、ハイスペックな対応が仕組まれていることだろう。塩だけで満足している連中から、この手の進化は生まれない。(個人的偏見です)

例えば、タレを3種類入れることができる区分け皿も、今では当たり前のように見えるが文化的改良だと思うし、使い捨てのおしぼりに使われる不織布も文明の表れだし、竹の割り箸を使うのは昨今のSDGs大好き世論への対応だろう

無煙ロースターに始まる焼肉レストランの進化は、ひょっとすると時代の最先端なのかもしれない。少なくとも排煙装置もない狭い店で七輪で焼いた煙まみれで、人間燻製になりそう始原の焼肉屋から比べると、文化度は著しく高い。現代焼肉屋はヒトの文明の高みであり、知恵と努力の営みとして極めて真っ当なものであります。
うまい肉とタレに感謝しかない。塩味で食べろというのであれば、小皿に塩を盛って出すのではなく塩だれを開発してくれ、といいたい。

街を歩く

今年の冷麺事情

今年の冷麺は素直にうまいと思いますので、おすすめします

ここしばらく夏になるとラーメンチェーンで登場する定番となった感がある「盛岡冷麺」だが、今年は投入を諦めたところが多いようで、7月上旬で確認できたのは日高屋だけだ。(自宅近くにできた大阪のラーメン屋では売っていたが、これは定点観測の対象ではないので除外する)
そして、結論を先に言うと今年の冷麺で、日高屋はゴールに到達したのではないかと思う。毎年、冷麺を改良していたことは理解していたが、今年の商品は本場盛岡のものを超えている気がする。何より麺の仕上がりとスープの濃さがようやくバランスした。冷やし中華とは異なる、夏向け商品として完成した感がある。
夏の冷たい麺の定番とも言える冷麦やそうめんは、麺の経時劣化が激しいので商売物としては向いていない。例えば有名なそうめん屋に行って食べたとしても、一人前の麺を完食するまでに麺は伸びてくるし、つゆは水で薄まるしと、実にバランスの悪い食べ物しか提供できていない。(まあ、これはつけ麺業態全体の課題だ)
その普段感じている「冷たい麺」に関わるモヤモヤを感じさせないのが、今年の日高屋冷麺の水準だと思う。まさに商品開発・改良のお手本みたいな物だ。などと感動していたが、ふと気がついたことがある。
ひょっとして、これは去年と同じ物だが、調理の腕前の差でうまれた差異ではないかと言う疑惑だ。チェーン店だけに、一つの商品が店によって出来が異なることはある。ただ、その店舗や調理担当の違いで味がブレたとしても、ある幅に収まるように設計されるのがチェーン店の標準化技術だ。なのだが……………
去年食べた冷麺が、いわば下限にあたる出来の悪い物で、今年食べた物が標準品の上限に達するうまさだとしたら……………
そこまで考えても仕方がないとは思うのですけどね。

まあ、御実食ください、美味しいと思いますよ。多分……………

街を歩く

町中華のつまみは居酒屋を超える

キムチであえたチャーシュー

コロナの3年は業態として劣化していた居酒屋業態を直撃して、実質的にチェーン居酒屋にトドメを刺した感がある。統計的な資料が揃っているわけではないが、繁華街の看板などを見て歩くと、3割程度が消失したのではないだろうか。
どこも変わり映えのしない似たようなメニューを同じような価格で提供するので差別化ができていない業態だった。おまけに慢性的な人手不足により、居酒屋の生命線である接客技術が落ちる一方では、なくなっても仕方がない商売なのだ。
弱肉強食のことわり通りに弱い店から潰れていき、結果的に強い店、チェーンだけが生き残った。全体の店舗数が適正数まで減って落ち着いた感もあり、今では「古いタイプ」の居酒屋も含め、どこの店も賑わっている。まさに資本主義世界の体現だろう。
アパレル業界でユニクロに代表される新業態、SPAが猛威を振るって業態を淘汰したように、外食業界でも「弱い居酒屋」は淘汰された。
その時にユニクロ的活躍をしたのが、町中華チェーンであり、その代表の一角を占めるのが「日高屋」だろう。
夕方のちょい飲みに特化したつまみメニューと低単価のドリンクで、居酒屋客、特にソロ客を根こそぎ奪い去った感じがある。ただ、この日高屋がちょい飲み専門店をいくつか作って実験していたが、その「飲み屋専業」店舗は成功していない。面白いものだ。

砂肝の唐揚げを甘辛く味付けした物

結局、ちょい飲みの成功要因は、飲んだ後に締めに食べる一品(ラーメンだったり蕎麦だったりするが)を他の店ではなく自分の店で取り込めることに尽きるのではないか。酒だけ飲むよりもラーメン一杯分の単価が上がる。その逆も成立して、ラーメン店として考えてもつまみとビールの分だけ単価が上がる。つまり、二軒で消費する飲食物を、自店で完結させる旨みがある。ちょい飲み専門店がうまく行かないのは、この締めラーメン分の上乗せが効かないためだろう。
昭和・平成前期の居酒屋チェーンがほぼ全店退場した要因は、この町中華の二毛作ならぬ隣の客を収奪する業態転換だったようだ。ただ、同じようなことを指向した吉野家はちょい飲み路線を諦め、牛丼専門店から何でもありの定食屋路線に転向した。やはり企業としての風土や経営者の嗜好があるのだろう。
外食業界で令和の覇者はどの業態から生まれるのか興味津々ではあるのだが、業界の先輩たちが言っていた「大陸系中華ブランド」の侵略は概ね失敗のようで、エスニック系料理でも大規模チェーンは生まれていない。
個人的には、全く外食に関わりを持たなかったニトリが始めたように、業界素人の始める「特徴のないのが特徴の店」みたいなものがそのうち大当たりを出すのではないかと思っているのだが、ニトリはさっさと諦めてしまった。(外食は賢い経営者には向いていない事業なのかもしれない)
ファミレス大手が取り組んでいる異業態参入もどうなるだろうか。北九州のうどんを関東に持ってきて、第二の讃岐うどんチェーンのようになれるかと言うと、これまた疑問が大きい。(個人的な意見です)
ビジュアル的に派手な料理、スパイスを含めた強烈な味付け、ちょっと高いが日常遣いできないほどではない価格設定、そんな要件をそろえれば新しいコンセプト、業態が開発できそうな気もするのですけどね。

街を歩く

豆腐屋の鰻弁当

しばらく訪れていなかったチェーン豆腐屋の店に久しぶりに入ってみたら、店頭に弁当がドカンと並べられていた。うなぎのシーズンだけあって、うなぎ推しなのだが、面白いと思ったのはそこではない。
弁当を包む包装紙のデザインとバリエーションだった。日本で一番弁当を売っているコンビニ各社の弁当について批判したいことは多々あるが、一番言いたいことは「商品名」がわからないことだ。透明の蓋だから中身が見えるようにしている、だから中身で判断しろとでも言いたいのだろう。(タカビーな商売は7のつくブランドの得意技だが)コスト削減のため、値段と内容物の表記などの注意事項と同じラベルの中に小さく商品名を書き込んでいる。あの商品・価格ラベルをもっとみやすいものに変えるくらいの知恵が働かないものか。
何もユニバーサルデザインにしろというつもりはない。(それはあそれでめんどうくさいことになる)少なくとも商品名の文字の大きさを変え読みやすくするくらい簡単んにできるだろう。
その点で、この弁当群は実にわかりやすい。ただ、問題は中身が全然見えないことで、そことのバランスをどうするかという改良点はある。しかし、中身の誤認をするほどにに通ってはいない。
うな重と刻みうな重の違いは気になる。そもそもプラ容器に入っているのに「うな重」つまり重箱入りと表記するのは、事実誤認、優良誤認みたいな疑いもあるが、値段を考えれば目くじらを立てるほどでもない。そこはこちらも大人の対応を心がけよう。
しばらくみないうちに、店内に並ぶ商品のかなりの物が、この大文字表記包装紙にかわっていた。饅頭や大福まで似たような放送になっている。デザインの変更が統一的に進んでいるようだ。製造直販型のビジネスは、大体がパッケージデザインを手抜きする。その典型はMUJIとかユニクロなのだが、この豆腐屋はそこに問題意識を抱いているらしい。
しばらく定点観察の対象にしなければなあ、と久しぶりに街歩きをしていて感動したのでありますよ。

街を歩く

焼肉 ジュウジュウ

埼玉県中心に展開する複合型外食企業の焼肉部門

久しぶりに焼肉屋に行った。自宅近くのターミナル駅にできたショッピングモールのレストラン街にある。鮨屋の隣が焼肉屋とはなかなかアッパーなラインナップだ。店内に入るとあれこれハイテク仕様な店で驚いた。
注文がタッチパネルというのはもはや標準装備だが、商品がベルトコンベイヤーで運ばれてくる。そこまではわかる。回転寿司みたいなものだ。すごいのが、ベルトが止まった後、皿がにゅうっとテーブルの上に押し出されてくる。これは初めて見た。なんだかすごいな。

焼肉の網を交換してくれるのも今では標準サービスになったみたいだが、その交換の時の「網入れの箱」と「網を掴む道具」がなんともすごい。軍手に金属バケツみたいなローテクではない。昔はやったQC活動なんて言葉を思い出した。

焼肉を食べている間に従業員と話したのは二言くらいだった。もはや無人焼肉に近い「機械化された店舗」なのだ。進化とは、こうした目に見える変化の積み重ねなのね。

無煙ロースターはすでに日本における焼肉業界のスタンダード装置だが、韓国の焼肉屋で見た天井から煙突が降りてくるタイプも、小ぶりな店ではよく見かける。韓国から輸入された仕組みなのか、日本で生まれたもの韓国に流れて行ったのかは不明だが、韓国人の友人はメイドインコーリアなのだといっていた。
個人的には焼肉屋で煙がもうもうとなるのは当たり前だと思っていたが、札幌でジンギスカン屋に入り全身が羊くさくなたときから考えを変えた。最低でも韓国式の排煙装置は設置して欲しいものだ。
この店の無煙ロースターは最新式らしく煙が表に出てこない。素晴らしい。夏の暑い時でも冷房の効いた涼しい店内で、煙まみれになることもなく焼肉を食べられるとは。外食における機械化は、それなりに進んでいるのだよね。