街を歩く

ローカルカップ麺と都地方文化

こちらが定番「ヌードル」

沖縄でこのカップ麺を初めて見た時、沖縄のローカルフードだと勘違いした。それほどの大量陳列だったが、よくみるとなんと徳島製造なのだ。なぜ沖縄でこのカップ麺がメジャーになっていったのか、その理由を知りたいものだが……………
岡山から広島にかけてスーパー巡りをした時もあちこちで見かけたので、徳島発のこの製品は西日本全体に広がっているのかもしれない。
食べてみればわかるが、あっさり系の仕上がりなので、全国展開する巨大製麺メーカー品とは明らかに異なる。製品のポジショニングをしっかりと差別化した、いわばメジャーキラー、ジャイアントキリングな一品と言える。

開発意図を知りたい「ラーメン」

そのカップ麺の脇に置いてあった、「ヌードル」ではない「ラーメン」という商品は、最初は字を読み間違ったのかと何度も見返してしまった。デザインも違うので、どうやら味変ヌードルではなく違うもののようで、「別商品」らしいとしばらく考えてから理解した。ちょいとややこしい。カップ麺売り場で立ち尽くすオヤジという怪しい光景になってしまった。


これは食べ比べしてみるしかないと、両方とも買ってみたのだが、出張先で荷物が増えるのには閉口した、カップ麺はは軽いけれども量が張ってしまう困りものだ。そもそも高知で徳島名産品?を買うというのも、なんとなく腑に落ちない怪しさを感じる。

ただ、地理的な影響で、徳島は四国にありながら大阪商圏の一部として考えられる。明石大橋で陸続きになる前から、徳島は商勢的には関西の一部だった。隣県でありながら香川(讃岐)は瀬戸内商圏の拠点だった野とは異なる。淡路島から関門海峡までは、大きな内海・湖として考えた方が良いのだ。流れがあるので、大河の両岸地域として考えた方が地政学的には正しい気もする。どちらにしても戦国期以前から瀬戸内は日本最大の海上高速網で結ばれた大物流地帯だった。現在の東海ベルト地帯的な先進文化圏だったはずだ。
つまり、徳島は瀬戸内文化圏の入り口でありながら、関西商勢圏に含まれる生産拠点として四国の中では成立できる。が、高知(そして高知と合わせて南海道と呼ばれる和歌山)は、そうした高速物流網から切り離された「遠い場所」だった。金ちゃんヌードルが高知で売られているのは、そのせいだろうなあなどと考えながら、カップ麺売り場で5分以上立ち尽くしていたのであります。

街を歩く

東京卍リベンジャーズ

画像は発行元講談社サイトからの引用

全く知らなかったのだが、少年マガジンに連載されたこのお話は大ヒット作だった。元・不良少年がタイムリープして、中学時代の彼女と仲間を救う物語といってしまえばそれまでなのだが。少年誌では連綿と続く不良少年、暴走族ネタはやはり時代を超えて鉄板人気のストーリーらしい。おまけに主人公たちは中学生設定なので、バイクに乗っていいはずがない。(ほぼ無免許運転だろうに)そのためなのか、登場するバイクはCB250という可愛らしさだし、大型バイク自慢の話もない。
殴り合いの喧嘩にこだわるさまざまな「難読漢字名のチーム」があちこちでぶつかり合い、泣き虫の不良である主人公は最後まで泣き虫のまま右往左往するお話だ。連載時期を見れば、平成の最後から令和にかけて。その間にコロナの時期を挟みながらの長編だ。映画化もされアニメにもなったメディア一立体化大成功なブロックバスターでもあるようだ。
たまたま覚えていた映画の題名を、かの米国ヒーローアクション映画、アベンジャーズと勘違いしていた。だから和製マーベルのパクリ話だと思い込んでいたのだ。その上に設定を、SFとヤンキーの合体ものみたいな錯覚までしていた。間違いだらけの記憶だったが唐突に原作コミックを読み始めて、おやまあと自分お記憶のいい加減さに呆れつつ、久しぶりに一気読みをしてしまった。


これは湘南〇〇シリーズとか、特攻の〇〇から連綿とつながる正統不良ストーリーであり、それが現代的アレンジをされたものだった。今ではほぼ存在をなくした暴走族という集団へのオマージュ作品だろうか。同じ描き手が青年誌に向けた作品では、新宿で働く?スカウトの話だったが、それの少年誌向けアップデートみたいなものだろう。
少年マガジン連載だけに、エロなし、コミカルな台詞回し、話を引き摺りすぎない早い展開という、実に読みやすいものに仕上がっていて、中学生が大人以上に大人な台詞を喋るのを諦めれば、大人も楽しめる良質なエンタテイメントに仕上がっている。不良仲間の「絆」物語でもあり、全体にはダークヒーロー的な屈折もあるが、折れない主人公の成長を楽しむのが良い。最後は必ずハッピーエンドになると信じて読み進められる傑作だった。
某ジャンプのワン○ースのような、話の引っ張り回しすぎ(出版社営業の都合だな)に飽き飽きした方には、このコンパクトで展開の早いお話がおすすめだ。

最後の最後をゆっくりと楽しむために30巻以上読み続ける価値はあると思うよ。

街を歩く

タンメンとサイメン

旨辛菜麺 ルックスは作り手によって大きく変わるので、どれが本当かはわからない 謎メニュー

関東一円のラーメン屋・町中華では当たり前に提供されるタンメンとは、塩味のラーメンの上に山盛りの野菜炒めが乗ったものだ。関東を離れると見かけなくなるが、野菜ラーメンとかもやし麺のように名前を変えて、似たようなメニューは存在する。ただし、スープは塩味ではなくなることが多い。大手チェーン幸○苑では、味噌野菜ラーメンなるものが存在しているが、これは味噌味のタンメンだと思っている。個人的には塩味より味噌味の方が好みだ。ちょっと飲みすぎた翌日、お腹に優しく体に良さそうなものとして、タンメンを頼むことがあったが、最近は飲みすぎることもないのでしばらくタンメンのお世話人はなっていない。
さて、自宅近くに本店のあるぎょうざの満州では、タンメンが定番メニュー存在する。ところが、それに加えて旨辛菜麺(うまからさいめん)という、辛い味のタンメンもどきが存在する。最近ではすっかり定着した感のある辛味噌スープではなく、辛い醤油味的なスープに、これまた辛い野菜炒めが乗っている。だから、体が弱っている時はあまりお勧めできないのだが、今の時期のように気温が下がってくると、無性に食べたくなる。辛くて野菜たっぷりというのが、とこか健康的に感じられる。カプサイシンとか、1日の必要な野菜は350gとか、そういう言葉が脳裏を掠めていく。いわゆるラーメンを食べる時の免罪符的な働きをするのかもしれない。

ぎょうざの満州の店名の通り、全てのメニューが餃子セットにできるので、実は肉メニューが少ないラーメン店なのだ。蟹玉の乗った天津麺とか、チンジャオロースーが乗った肉系麺は見当たらない。チャーシュー麺はあるが、それ以外は基本的に野菜が乗った麺メニューに絞り込まれている。そろそろあんかけもやし炒めが乗ったもやし麺とか、五目あんかけの乗ったカントン麺風、うまにラーメンが恋しい季節になる。


色々な意味合いで高齢者社会に合わせてメニューを組み立てている「健康志向?」な町中華チェーンなのだが、これまで選択制だったチャーハンの白米・玄米を選ぶ方式から、「玄米白米半々」チャーハンに変わった。世の外食チェーンはこの店に学ぶ点が多い気がする。旨辛菜麺というメニューにそれが端的に現れているような気がするのだが。
そういえば、端的という言葉は中学の科学教師に教わったのだが、学ぶというのは理系・文系関係なしに教えてくれる先輩から伝えられる、そういうことだろうな。調理、外食の世界も同じでラーメン屋から学ぶことは唐揚げ屋でもピザ屋でも役に立つ……………はずだ。

街を歩く

ローカルカップ麺

ローカルのカップ麺を製造しているところは極めて少ないと思う。土産物店で販売されているご当地麺も、価格を見るとびっくりするほと高価であり、いかにも際物商品であることがわかる。ところが、ローカル製麺メーカーの心意気というか、量販店で大手製麺メーカーに十分価格で対抗できる「普通の商品」を販売しているのを見つけると無性に応援したくなる。
九州ラーメンの雄とでもいうべき、マルタイラーメンのカップ麺を見つけた時には思わず感動した。

実食してみた結果は……………

記憶の中にあるのは、棒状の細い乾麺が入った袋仕様だが、その味は薄めのとんこつ味だったような、醤油ベースだったようなあやふやなものだ。蓋の表面に書かれてある商品説明を見るとあっさり系の醤油スープらしい。

そして、3分待って出来上がりを見ると、これは某カップ麺大手の主力商品とほぼほぼ同じルックスだった。あの「謎肉」が入っていないのが大きな違いだろう。食べてみた。うーん、〇〇ヌードルと同じ味がする。違いがよくわからない。これはこれで完成度が高いのだろうとは思うが、なんとなく腑に落ちない味だった。決してまずいというわけではない。カップ麺としては価格も安いし、コスパの良い商品だと思う。ただ、期待していた九州系とんこつ味とは違うというだけだ。少なくとも大手スーパーチェーンのPB品よりはレベルが高い。


九州に行けば、味のバリエーションも存在しそうな気がするが、福岡や大分などでスーパーに行ったとき、このカップ麺を見た記憶がないのはなぜだろう。そこが、最大の謎だな。

街を歩く

すごいローカルインスタント麺

全国各地のローカル麺は食文化の一部を形成する、大事なソウルフードだったりする。うどんやラーメンではご当地の味こそ本物だ的な、ローカル礼賛ぶりが目立つ。しかし、それがインスタント麺に反映されることは珍しい。そもそもインスタント麺製造は大規模装置産業なので、日清や東洋水産に代表される大メーカーが寡占状態にある成熟産業だからだ。
それでも、全国各地に検討しているローカル製麺メーカーは存在する。北海道では寒干しラーメンが有名だ。北海道内の土産物ラーメンはほとんどこのメーカーが製造している。愛知のキリンラーメンも健康志向の需要を支えに一大勢力を築いている。最近ではスガキヤもインスタント麺の販売に注力しているが、これはもはやローカルの域を超えてしまっている。


九州のマルタイラーメンは、ストレート細麺の乾燥麺スタイルで関東一円でも手に入るローカル麺だ。キャンプの時に大変重宝する博多スタイル麺だ。そして、四国といえば金ちゃんヌードル・ラーメンで有名なメーカーが、なんと袋麺を販売している。
これを見つけたのは高知のスーパーなのだが、やはり流通の関係だろう、隣県の商品は並びやすいのだなと感心した。お江戸では見かけたこともないし、そもそも金ちゃんヌードル自体が東日本ではレアものだ。
ということで実食してみたが、これは通常のインスタント麺として考えると相当にレベルが高い。徳島ラーメンの再現性という観点から見ても、かなりハイレベルではないか。スープが実にそれっぽいのだ。できれば関東圏のスーパーで販売して欲しいものだ。今では原材料高騰を受け、袋麺は一袋100円時代になっているのだから、価格的にも大手メーカ製品に十分対抗できると思う。

しかし、徳島名産?を高知で買ってくるというのも妙な感じがするが、四国自体がコンパクトな地域だから無理と言うほどでもないかな。高知・徳島の距離は函館・札幌よりはるかに近い。感覚的には、東京・高崎くらいのものだし。
次回も高知で徳島ラーメンを買って帰ることにいたしました。

街を歩く

昔はもらっていたものだが

「ギョウジャニンニク」の醤油漬けが土産物として売られていた。なかなかよく目立つデザインでもあり、つい一瓶買ってしまった。熊笹エキス入りと書いてあるが、一体どんなものが入っているのか興味があるが、青汁みたいなものだろうか。

行者ニンニクは北海道各地で自制している。季節になると山に入って撮ってくる人も多い。昔は、札幌駅前通の一角で、ゴザを敷いて人やマイクラで売っているおばちゃんたちがいた。素人が撮りに行ってもよく見分けがつかないらしく、山のおばちゃんの良いアルバイト仕事だったらしい。そんな姿も今では見かけない。
ぼんやりとした記憶だが、北海道北見の周辺で、行者ニンニクと韮を交配させた物が栽培されているはずだ。いわゆるニンニク臭が控えめで旨味は多い。行者ニンニクは山に行って苦労しなければ手に入らないから、畑で取れるようにしたのだ。素晴らしい。しかし、結局のところ市場に出回ってはいないようで残念だ。

子供の頃は、アイヌネギと呼ばれていたが、いつの間にかポリティカルコレクションなのか、ギョウジャニンニクと呼称が変わっていた。今ではアイヌネギなどという言葉を覚えているものは高齢者だけだろう。
まあ、名前がどう変わっても、うまさに変わりがあるわけではない。が、この醤油漬けは販売されるようなものではなく、山菜鳥の名人が作った自家製を分けてもらうものだった。文化の継承とか、嗜好の変化とか、山菜採りにおけるクマ被害とか、色々なことが頭をよぎってしまう。やはり、そんな課題を解決するにはプロにより製造販売されるのが望ましいのだろうなあ。ちょっとほろ苦い気分になるが、これを肴に冷酒を一杯やれば、すべて解決しそうな気もする。

街を歩く

居酒屋の蕎麦に感嘆した

自宅近くに居酒屋チェーンの郊外バージョンの店がある。平成の一時期に流行った、繁華街ではない立地への出店で、飲酒運転の厳罰化に伴い衰退したコンセプトだ。ただ、この店は立地自体が駅前にある駐車場併設という奇妙な形態をしていて、両隣に大手ファミレスチェーン店がある面白い場所だ。結局、コンセプトは居酒屋とファミレスの中間店を行ったり来たりしながら、最近の改装により酒を飲めるファミリーレストランという業態を確立したようだ。おかけで高齢者の昼飲みスポットとしてランチタイムも賑わっている。

コロナの時期にはやった昼営業の飲み屋業態は、コロナ後平常運転に戻り昼飲みの場所が激減したが、生存者利得はやはり存在する。すっかり昼のみに味を占めた高齢者が11時の開店を目掛けて集まってくるのだから、業界関係者は再度、自社の業態やコンセプトを見直した方が良いのではないだろうか。ランチ営業の王者であるラーメン店も、日高屋のような高齢者昼飲み需要を捕まえていないと、空席が目立つようになっている。
ましてや定食屋や蕎麦屋など、ランチは良いがディナー帯の弱い業態は本格的な変革がひつようなのだとおもうけれどねえ。

というようなことを考えながら、居酒屋のランチにあるまじき「かもセイロ」を頼んでみた。冷凍麺の性能が上がっているせいか、普通の蕎麦屋と変わりない質だったので驚いた。そばの盛りは通常の蕎麦屋の8割くらいで少なめだが、夜の締めとしても利用しているのだから、そういう設計なのだろう。なかなかよく考えられていると感心した。蕎麦屋の二毛作はうまくいかないことが多いらしいが、居酒屋の二毛作はやはり業界のエアポケットみたいなものなのだろうな。落とし穴という意味でみんな手を出してうまくいくのはごくわずか。

街を歩く

新橋で飲んだ

新橋で打ち合わせが終わった後、駅前で軽く飲むことになった。新橋に来たのは何年ぶりだろうと思うくらい、最近は近寄る機会がなかった。去年、東京の東側で行った場所は神田くらいだ。日本橋は2年前に行ったきりだし、少なくとも山手線の東半分にはほとんど足を踏み入れていない。
新橋はやたらと飲み屋があるが、どこで飲もうかと思ってもさっぱり思いつかない。昔は月に一・二度くらいの頻度で訪れていたはずなんだがなあ。新橋駅前ではなく虎ノ門寄りにいくことが多かったせいだろうか。
ふらふらと歩いていて、ちらちと見えた看板に見覚えがある。ちょっと記憶が混乱していたのだが、赤坂にある土佐料理の店と記憶が入れ違っていた。あれ、なんでここに広島の酒屋の店が……………赤坂にあるはずでは、という感じの勘違いだった。
確かにこの店は、駅前で便利なので度々使っていた。コロナの生き残りとしては尊敬すべき店だと思う。開いてて、よかった。

店は小ぶりで、いかにもお江戸の居酒屋らしい席が密集した作りだが、そこは文句のつけるべきところではない。席につき箸袋を見てなんとなくジンときた。広島の繁華街にある同名の直営店には、よくお世話になったが、あちらは割烹に近い高級料理店だった。こちらは新橋駅前のサラリーマンにとって憩いの場所だし気軽に入れる。
注文するのは当然ながら日本酒の「冷」だが、料理は同行した知人に任せることにした。高知から来たお客さんで、お江戸の食べ物が口に合うかどうか自信がない。せめて、自分の食べたいものを注文して貰えば良いと思った。
案の定、テーブルの上に出てきたものは、揚げ物や野菜料理で、魚は姿もない。漁師町から来た友人に東京で生魚を勧める無謀さは持ち合わせていないので、逆に安心した。


広島の本店?では、よく広島名物の小鰯を頼んだものだが、こちらの店では見かけない。鮮度が命の魚だから仕方がないが、「コイワシ」はまた一度食べてみたいものだなあ、などと冷酒を飲みながら思い出していた。

新橋で群れをなして歩くサラリーマンを見ていて、コロナとはなんだったのだろうかとぼんやり考えたりもして。久しぶりの新橋の夜はなんとも微妙な生ぬるさでありました。

街を歩く

すすきの今昔

今のススキノを代表するような小洒落で小粋な店だった 「凛」

すすきの Now

札幌の友人とたまに飲みに行くのだが、「ススキノ」のど真ん中で飲むことはほとんどない。「ススキノ」の手前というか、ハズレの個性的な店を選ぶことが多い。「ススキノ」の中では今でも違法を承知で客引きが横行しているし、あれは実にうるさい。一度だけ客引きに連れられて行った店も(居酒屋だが)、客引きに払う手数料が乗せられていたようで、実にコスパが悪い記憶がある。
事前にネットで予約をするなどして、対策を取れば良いのだろうが。隠れていた良い店は、いつの間にか人気店になり、ぶらりと入って席が空いていることはほとんどないから。結局、また隠れ名店を探すことになる。
そんなススキノの近くにある(個人的にはオフ・ススキノと呼んでいる界隈)で、最近オープンした小洒落た店に案内された。
接客担当の女性が、お給仕さんと呼びたくなる和装で襷掛けをした方だった。女将かと思ったらどうやらアルバイトのようだ。見た目、特に服装は飲食店で大事だなあと改めて思った次第。お店のコンセプトは京都の小料理屋のようだ。メニュー自体は創作和食というカテゴリーだろう。

この手の器には心を持っていかれるなあ 器の美は料理の一部

出てくる料理は皆小ぶりなので、小皿料理が延々と出てくる感じだった。季節により出し物を変えていくことは予想できるので、次は冬の寒い頃に来てみたい。ふと気がついたことだが、最近は居酒屋も含めて刺身、生魚を注文しなくなった。特段、何かを意識しているわけではないのだが、肉や魚に関して興味が薄れてきているような…………… 老化だなあ。

昔のススキノがそのまま残る感じがする老舗

すすきの Then

二軒目には、いつもの老舗バー・ヤマザキに行ってカクテルと洒落込んだ。まだマスターがお元気だった頃は、切り絵をしている姿を見かけていた。客の横顔を切り絵にして見せてくれたものだが、今でもそれを保管されているとのこと。
物静かな方だったが、たまにはお話もした。懐かしいなと思う。そういえば、このバーで初めて「山崎」を飲んで感動したのだった。ウィスキーといえばサントリーホワイトかオールドしか知らなかった時代だった。
以来、「山崎」を愛飲していたのだが、今ではすっかり高嶺の花になってしまったのがちょっと残念。そのおかけで最近はカクテル三昧になっている。
山崎が手に入れにくくなった時には、ニッカウイスキー「余市」そして「竹鶴」に鞍替えしていたのだが、それも手に入らなくなった。輸出して品薄になる前に国内で販売して欲しいものだ。

どちらのお店も静かに酒を飲みたい時には、実に良いと思います。

食べ物レポート

老舗のカレー屋@札幌で

久しぶりに食べて、昔の感動が蘇る という食べ物はそんなにあるわけないのだが   これはうまい

おそらくはるか昔、まだ学生だった頃からずっと続いている老舗カレー屋がある。カウンターだけの小ぶりな店だが、いつも行列ができている。最後に食べたのはいつだったか思い出せないくらいの昔だ。まだスープカレーなるものが存在すらしていなかった時代から、ここのカレーは行列ができていた。
その行列に並ぶのが嫌で、いつも横目で見ながら素通りしていたが、このままでは死ぬまで入ることがなくなりそうなので、何十年ぶりかでおそるおそる店に入ってみた。

うまいカレーだったが、食べ終わってからの感想を少し。まず、遠い昔の記憶しかないので比べようもないが、カレーの味はあまり変わっていないような気がする。カレーに妙に尖ったところがないので安心して何度も食べられる。最初はあまり感じないが、途中からじわっと辛味を感じ始める。個人的には、ココイチよりも好みだ。ただただ、うまいのだ。
そして、昔は全く気にしていなかったはずなのだが、飯の量が多い。注文した後に気がついたが、カウンターの背板に「標準の米の量は350g」と書いてある。要するに標準が大盛りなのだ。それを250gに減らして注文できるとも書いてある。早く言ってよーだった。
250gという量は、どんぶりなどで普通のコメの量だろう。ご飯茶碗で二杯分くらいに当たる。弁当に入っている米の量もだいたいこれぐらいだ。
つまり、昔は大盛りをバリバリと食べていて気にも止めていなかったが、この標準(大盛り)システムが、今ではちょっと困ったことになる。実際、目の前に出てきた米はたっぷりあるし、食べきれそうにない。小盛りにしておくべきだったと心底後悔した。
カツは揚げたての熱々で、油で火傷しそうなほどだ。衣はカリカリでルーによく合う。福神漬けとらっきょうはセルフで好きなだけ取る。確かに、これが自分の人生の中で「カレー屋の原型」として刻まれているカレーだ。なんだか、タイムマシーンに乗ったような気もする。

札幌駅前のオフィスビル地下にある小体な店だ。行列ができると言っても、せいぜ10分も並べばよいくらいなのだから、待ってでも食べる価値はあるのだ……………すっかり、それを忘れていた。
この日の日替わりカレーはなんと「胡麻ザンギ」だった。(胡麻ザンギは食べたことがないが、味の想像はできる)
カツカレーは好物だが、こちらも魅力的ではないかと、食べ終わった後に気がついた。実はカウンターで両隣の客が日替わりと言っていたのを聞きつけて気になり、食べ終わった後に店外で確認した。うーん、残念だ。なんだか負けた気がしてきた。
次回は、胡麻ザンギカレーを食べたいが、日替わりメニューだしなあ。