食べ物レポート

ご当地グルメ?醤油焼きそばパン

ネットで配信されるニュースにご当地情報があり、月初に発見した「ご当地焼きそば」とのコラボ製品を二週間ほど探していた。地元のスーパーではどこにも置いておらず、そもそも売っているのかと疑い始めたのだが、隣町のスーパーで発見した。
仮にも市の名称が駅名になっている土地で、その地名とのコラボ製品が売っていないとは、スーパーのパン担当バイヤーの怠慢ではないかとも思うのだが、製パン会社営業の力不足という感じもする。パン屋のサイトで情報を見ると、販売地域は関東一円+新潟、静岡県らしい。となると、市内で買えないのは人気がありすぎて売り切れかとも思いたくなるが、どこのスーパーでも売り切れていたとしたら、棚は空っぽで商品名のタグだけは残るという販売方、仕組みが普通だから、空の棚で売り切れはわかる。そして、そんな棚はない。やはり仕入れていないと考えるべきだろう。
自宅周辺には、日本の二大スーパーチェーンの店とco-op、それに楽天系グループの大規模スーパーが揃っているのだが、それに合わせてコンビニ大手が半径500m以内に10軒以上ある商業密集地だ。そのどこに行っても見つからないのだから(我ながらよく探し回ったものだ)、やはりパンメーカー営業担当の力不足か、企画部門が新製品を大量に投下しすぎて流通側の担当バイヤーに無視されているのか。マーケティング費用の無駄遣いと言われても仕方がないぞ、と元同業者としては言いたくなる。

ようやく隣町で手に入れたこのパンのお味だが、これまたちょっと微妙な感じがある。ひょっとしてバイヤーが手を出さなかったのは、この味のせいだろうか。まずいとは言わない。焼きそば系調理パンとしては合格点以上のレベルだ。某大手パンメーカーの焼きそば入りパンと比較しても遜色はない。お値段もこなれている。(ちなみに、今年の新製品は調理パン系で二百円近くに値上げされていた)
ただ、もともと醤油焼きそば自体が、ソース焼きそばと比べて味がおとなしいというか薄いので、マヨの大量投入で味の強化を図ったのだろう。それが裏目に出たという感じがする。焼きそばというよりマヨそばといいたくなるほどの、マヨマヨ感が強い仕上がりになっている。
しかし、この手の商品の対象顧客層を考えると、マヨネーズ拒否者は考えられないから(マヨラーが大半だろう)、この商品を嫌うものは少ないのも間違いない。タイトルが醤油焼きそばコラボでなければ、普通に美味い調理パンだ。
表にご当地キャラも載せているし、味付けは別におけば、これはこれで良いのだろう。ただ、醤油焼きそばを普及させようとしている地元有志の方たちには、ちょっと残念な仕上がりかもしれない。
ちなみに、自分は時々この醤油焼きそば提唱者の製麺メーカーに行って、醤油焼きそば用麺(醤油タレ付き)を買ってきて自作するくらいにはファンなので、ぜひ改良版でもう一度チャレンジしてほしい。
醤油焼きそばパート2はこのスナック形式のサンドではなく、コッペパンをつかった正統焼きそばパン(紅生姜乗せ)にしてもらいたいのだ。ぜひ、市長にパンメーカーと直接交渉して実現してもらいたい。せめて市役所の食堂だけでも販売してくれないものだろうか。(市長にメールを送って、請願してみようか)
これぞ、地方自治の極みと言える正しい政治活動だな。

小売外食業の理論

昼夜 1・5毛作居酒屋

昭和レトロのレストラン、居酒屋についての考察の続き、二番目のお話になる。この「大ホール」という看板から分かる通り、新業態は「大衆食堂」と言う決め事、コンセプトで始めたようなのだ。では、大衆食堂という言葉のイメージはなんだろう。最近ではよく使われる「町中華」という言葉にも同じようなニュアンスがあると思う。
自分なりの考察だが、一つ目は昼夜通しで開いているのが原則、長い営業時間であることだ。夜に一本勝負をかける居酒屋とはそこが違う。二つ目は定食主体の食事メニューで、白飯と味噌汁がセットになっているのがメニューの基本構成だ。変化球として、飯と白飯が一体化した丼もある。丼の変形として、カレーライスなどのかけご飯系も準定番としてある。要するに主役は「白飯」にあり、つけ合わせとして軽めに一品追加できる小皿も豊富なことが多い。冷奴やきんぴらごぼうといった、簡便な副菜が中心となる。
大衆食堂では、その白飯のおかずや追加の一品を頼み、酒を飲むことも可能になっている。飯屋が簡易居酒屋に変わるという感じだろう。昔は駅前には必ずそういう店が一軒はあったものだ。多用途に対応した街の便利な食堂という点で、専門チェーンが全国に展開する前は繁盛している商売だった。
これに対応する形で、町の中華料理屋が意識的に居酒屋方向にメニューを広げて行ったのは昭和中期以降のことだったと記憶している。

結果的に、町中華と大衆食堂のメニューは重なり合ってしまう。チャーハンとラーメンとカレーライスが、どちらの店にも標準装備品となる。カツ丼や餃子も共通品になる。日本人の食生活が広がったと考えるべきだろうし、大衆価格で提供する商品は専門店化・高級店化しない「一般大衆のもの」的として広がっていく。大衆食堂と町中華は、同じ方向に収斂して行ったはずだ。
この「てんぐ大ホール」は、その昭和の飲食業で起きた収斂進化を、令和の時代にアレンジしようとしているように見える。つまり、昭和レトロ感は「町中華と大衆食堂」が併せ持った、なんでもありな、それでいて普段食べたことがあるものばかりに、メニューを収束させるのが狙いだろう。
世の中に溢れる様々な専門店、鮨や蕎麦のような和食系、ステーキや焼き肉のような肉主体レストラン、あるいはエスニック系などのとんがったコンセプトとは一線を画す。なんでもありで、どれもこれも安心感がある、食に冒険を求めない平成生まれのスタンダードを狙っているのだと思う。決して昭和オヤジのノスタルジー向けのコンセプトや商品ではない。 
結果的に、昼夜ともに定食があり、酒も飲める二毛作ならぬ1.5毛作(定食+軽飲み需要)に仕上がっている。

今の若い世代の好物やサーモンとネギトロだと思っている。どちらも脂分の多い魚料理だが、骨がないのが最大の特徴だろう。そして食感はねっとりとしている。この食感が重要なポイントで、脂分の補給はマヨネーズが重要な役割を果たす。宮崎のローカル料理だったチキン南蛮が全国国なる最大要因は、あのタルタルソースにあると確信しているが、魚料理にもマヨネーズは必須アイテムだ。おにぎりのツナマヨにそだてられて平成生まれ世代は、醤油と味噌で生きているわけではない。体の中身はマヨネーズとチーズでできていると断言する(個人的な見解で何の物性データもありません 笑)
だから、一目見て品質の見極めがつくマグロの切り身なので主力商品として推す訳がない。みんな大好きマグロの増強品を小皿に盛り上げて提供する。それを海苔で巻いて食べてくれ、ということなのだが、海苔は2枚だ。ということは、このネギトロを二口で食べるということになる。
こんなメニューが昭和の時代にあったかと言われるとかなり微妙で、確かにどこかの居酒屋でネギトロなどを海苔で巻いて食べるスタイルはあった。うにであればあちこちで見かけたこともある。しかし、このネギトロは味が調整された「マグロ製品」だ。やはり、平成の新種メニューと考えるべきだろう。

定食屋の絶対定番メニューの一つである生姜焼きも面白い変化をしていた。個人的なイメージだが、豚肉の生姜焼きとは甘辛い醤油味で生姜がたっぷりと効いているというものだ。ところが、この生姜焼きは塩味(いわゆる塩だれを使っているもの)で、おまけに生姜は後乗せだった。横にキャベツの千切りがついているのは、つけ合わせとしてスタンダードかもしれないが、マヨが横に置いてあるのはキャベツ用なのか肉用なのか微妙な感じだが、おそらく肉用だと思う。
このような平成時代に起きたアレンジが、昭和レトロのカバーの中でしっかり形作られている。思いつきで作られたコンセプトとは思えない。強かな計算があるような気がする。冷静に考えれば「ノスタルジーマーケティング」の対象者は、少なくともしっかりとした市場規模、マーケットサイズが必要だから、完全引退した団塊世代はもとより、現在進行形で引退しつつある昭和世代は対象外にすべきだろう。
このてんぐ大ホールのメニューの大半は、既存のコンセプトである居酒屋天狗からの流用品だが、ネーミングや提供サイズを変え、値段を組み替えることで新しい価値を生み出している。旧居酒屋を換骨奪胎して、客層としては昭和世代を放棄し、酒を飲まなくなった平成世代を惹きつけるコンセプト・リメイクとして考えると理解しやすいと思う。
自分の勝手読みなのかもしれないが、急速な店舗数拡大を見ると間違ってもいないような気がする。平成の勝ち組負け組の延長線上で、令和の勝ち組負け組は決まらない。外食大手各社の動向を見ると、マネージメントでも世代交代が急速に進んでいる気がする。
この店のメニューを深読みするのは、なかなか楽しいぞ。

街を歩く

秩父で酒蔵

秩父の街中、あちらこちらで見かけていたポテくまくんをついに発見した。秩父駅の改札近くに鎮座していたのを全く気づいていなかっただけだった。観察力が足りない。というか、人の視覚というものは見たいものしか見ないという特性があるのだと改めて気がつかされた。
ポテくまくん、よくよく見ればなかなか可愛らしいではないか。もっと人気が出ても良さそうだが。でも、食べられちゃう運命だからなあ。

その秩父駅から徒歩5分ほどの道沿いに造り酒屋というか酒蔵というか、シックな酒屋がある。恐る恐る引き戸を開けると薄暗い店内に日本酒がずらっと並ぶ。蔵元で酒販売をしていると、市中では見当たらない様々な種類の日本酒が並んでいるのが嬉しい。棚を一つ一つ見て回るのはなかなか楽しい体験だ。

店頭にぶら下がっている杉玉を見ると、お酒の出来具合がわかるらしい。これもまた、酒蔵に行く時の楽しみだ。昔、信州の酒蔵を訪ねた時に、屋外冷蔵庫に保管してある吟醸酒を振る舞ってもらったことがある。品評会に出品した特製酒だそうで、販売するほどの量もないということで、5年10年と冷蔵庫に置きっぱなしにしているそうだ。それを、たまに振る舞うことがある。新酒と比較して楽しんでもらうためとのことだった。
あちこちの酒蔵に行った時に、その話を思い出しては、蔵の周りに屋外冷蔵庫はないかと探してしまう。変な習性が身についたもので、この時も店の裏側に回って確かめたくなった。こっそり裏側に行ってみたら、そこは客向けの駐車場だった。

店頭にある木彫りの看板は、酒蔵のプライドが込めれれていると思う。電照式の明るい看板は酒蔵には似合わない。などというのは、勝手な言い分だとはわかってはいるが、木造の古い商家でひっそりと酒を売っている雰囲気が好ましい。
この日も秩父観光に来たと思しき夫婦(多分)が土産として何種類か買い求めていた。店主らしき方が、日本酒の特性を含め丁寧に説明していた。次の客も会計を待ちながらその話を聞いていた。こちらも片手に一本瓶をぶら下げながら、待ち続けていたが、待たされるのが気にならない。良い話が聞けたとさえ思った。コンビニでレジ前に2-3人並ぶとなんだかとても待たされた気分になるのと、全然異なる空間で違う時間だったのが不思議だ。
秩父の山奥にあるウイスキーの工場も一度見に行きたいとは思っているのだが、確か工場では販売していなかったような気がする。それがちょっと残念だ。見学もコロナの煽りで中止しているところは多いので、それも確かめてみなければいけない。ぶらっといって工場を見せてくれた山梨県白州や北海道余市のようなところが、また復活してくれると良いのになと、秩父の街を歩きながら思っていました。

街を歩く

居酒屋の定食屋シフトを考察する(長いです)

昭和レトロブームと平成生まれの関係について何度かに分けて考えてみたい。その第一回目として、居酒屋チェーンの新業態「居酒屋+大食堂」を素材にしてみようと思う。
この業態は首都圏でそれなりの規模と知名度を誇る「天狗チェーン」が久しぶりに送り出した新業態だ。一時期は郊外型ファミレス的出店をしていたが、それは失敗だったようでダイニングコンセプトは縮小していた。その後、小型化した簡易メニューの飲み屋天狗酒場を投入したが、最近では神田屋という新業態に鞍替えしているようだ。
その神田屋の展開と合わせて、食堂をイメージした大型店も店舗数を増やしている。「大ホール」という名称から想像してしまうのが、昭和のデパート大食堂やビアホールといった大型店舗だ。食券を買い勝手に空いている席に座り、ウェイトレスのお姉さんに食券を渡す。メニューは和洋中なんでもありで、アルコールとパフェが共存する老若男女が入り乱れる懐かしの飲食パラダイスだ。テーブルの上にはお決まりのように大きな急須に入った茶と湯呑み茶碗が置かれていて、お茶と水はセルフサービスだった。そんな昭和中期の記憶が残る世代はすでに50代を超えている。昭和後期にはデパート自体が消滅したので「大食堂」コンセプトは、平成生まれ世代には生まれる前の幻でしかない。

昔の居酒屋にはテーブルメニューなどなかった。壁に貼られた札と黒板が全てだった。

極端に言えば、江戸時代を模した和食屋であれ、昭和中期の大食堂であれ、どちらも想像の中にしか存在しないファンタジー空間だ。だから、現在の昭和レトロブームに対する評価は、昭和生まれの人間に聞いても役に立たない。昭和生まれの人間は懐かしさ、ノスタルジーに浸るだけであり、そこに登場するメニューにも当時の(記憶の中に残る当時の)忠実な再現性を求める。そして、違いを発見してはあれこれあげつらうという楽しみ方しかできない。昭和生まれにとって昭和レトロというコンセプトは過去に経験した、時間軸に連続性があるリアルな過去体験だから、そんな楽しみ方になる。平たく言えば、文句をつけることに楽しみを見出す、「痛いエンタメ」だ。(周りから見ても、その言動はかなり痛いたしい)
しかし、平成生まれにとって昭和レトロとは、たまに過去映像の中で見かける存在程度であり、共有する体験や空間ではない。これも極端に言えば、浦安にあるネズミの国の「なんちゃらワールド」とほぼ同義な、想像の中にしかない異空間だ。怪獣映画や戦隊モノに登場する世界となんら差異はないのだろう。
もっと言えば、外国人が見た日本世界みたいなもので、ブレードランナーに登場する未来の西海岸都市(たぶんLAの異形態)やブラックレインに登場する東京市のようなものだ。
だから、当然ながら、平成生まれの世代にとって、楽しい異空間、日本語は通じるが見たことのないデザイン、内装の店で、食べたことのないメニューを楽しむ。そうであれば、ディテールの再現性など気にしない。アメリカ人の寿司屋が、日本ではこんな寿司を売っているのだろうと想像して作った、西海岸発の新発想寿司みたいなものだ。エンターテイメントとしての食事空間とし、昭和らしさが感じられればコンセプトとして成立する。時代考証の正しさなど必要ない。
過去に実在した食べ物の再現性、正確性など誰も求めていない。ところが、昭和中期の過去体験がある昭和生まれが、その仮想空間に乗り込んでワーワーとリアリティーを前面に押し出し非難する。やれ、これは昔と違う。味付けがおかしい、食器が違う、内装が、ウェイトレスの制服が、云々云々。
コンセプトの理解ができないまま我が物顔に論評する。
この店はあなたのノスタルジーを満足させるために作られてはいないのですよ。そもそもあなたはお客の対象外ですよ。嫌なら他のどこかに行ってください、とはっきり言われないと理解できないのだろう。
まさに、昭和レトロを模した店とは、歴史テーマを掲げた「コンセプトレストラン」であり、手近なエンタメテーマレストランなのだ。形を変えたメイド喫茶みたいなものだと理解するべきだろう。
自分の同世代(昭和のリアル体験がある世代)から昭和レトロ空間に対する「再現性の低さ」や「時代考証の誤り」のような批判を聞くたびに、何かモヤモヤした感じがあった。そのモヤモヤ感を探るため、あれこれ突き詰めて考えていた。

マーガリンで炒めたナポリタン 銀のステンレス食器が昭和な雰囲気をだす

街から食事を出す喫茶店が消滅するとともに、人の記憶の中にしか無くなったメニューの典型が「ナポリタン」というトマト味の洋風焼きそばだろう。今では昭和レトロメニューの典型のように言われるが、平成生まれはこの食べ物をたまたま食べる機会がなかった。彼らが普通に手に入れられたのは、サイゼリヤで提供されるペペロンチーノやカルボナーラのパスタで、トマト味の洋風焼きそば。スパゲッティではなかった。「ナポリタン」はイタリアンレストランではほとんど提供されない、日本生まれの洋食だ。おまけにファミレスでも登場しなかった「絶滅種」だからなおさらだ。古くから続く洋食店では細々と提供されているが、洋食店も喫茶店に続く絶滅危惧種であり、当然ながら価格もファミレスをはるかに超える高級料理化している。老舗の洋食店で食事をすると、ちょっとしたホテルのレストランで食べるのと同じ金額がかかる。もはや洋食店は大衆がお気軽に使えれ場所ではない。

昭和の時代には、駅前にある大衆食堂の壁全面にメニューというか品書きがびっしりと貼ってあった。ファミレスとファストフードの時代になり、手書きの文字が敬遠され、メニューは手元で見る写真入りの冊子に変わった。

日本全国どこに行っても存在するシメサバは昔からの大衆メニュー

そんな平成生まれをターゲットにした昭和レトロを気取る食堂は、意外と昭和のメニューが少ない。典型的な居酒屋商品も並んでいるが、昭和の何度かにわたる居酒屋ブームに登場した時代の名物料理も全く存在していないようだ。
そもそも、冷静にメニューを見てみると、これは既存の居酒屋天狗からの流用品がほとんどで、その提供方法や価格が調整されているだけだ。贖罪の大冒険をしているわけではないから、店内のムードを買え、ちょっと加えた新メニューで目を二機つけると言う、極めてオーソドックスなリニューアルと見た方が正しいようだ。

昭和の高級品 生ハム

昭和世代にとっては、「超」がつくほど高級品イメージのあった生ハムも、今ではコンビニに並んでいる平凡な通常品だ。ただ、それがさらに盛り付けて出されると、何やら心躍るのは昭和世代の残滓みたいなものだろう。平成生まれにとっては、これよりもタコさんウインナー(赤いやつ)の方がよほどビジュアル的には喜ばれそうだ。

フグヒレは入っていない……………

サワーやハイボールなどの炭酸系アルコール飲料が主体のご時世に、日本酒の熱燗を注文すると銚子ではなく、フグのひれ酒を出す時の湯呑み茶碗で出てきた。これにはは、すっかり感心してしまった。おそらく銚子という低利用頻度の専用備品を用意するのが嫌になった(合理的な判断ではあるとも思うが)のだろう。オカンをするのもレンジアップの時代だから、通常の銚子では安全上の懸念もある。レンジアップした場合、銚子の上部、首にあたる部分がとてつもなく熱くなる。昔ながらのお湯でオカンをつけると、胴体の部分は熱く、首の部分は比較的低温であるのとは正反対だから、昭和世代のオヤジは銚子を保つときに首部分を持って「アチチ」と叫ぶハメになる。
湯呑みで缶をつければほぼ全体が暑くなる。
そんなことを考えて、昭和レトロな店の作り方やあり方をあれこれと想像していた。確かに「天狗」と言うチェーンは昭和の時代にも、ちょっとアッパーなイメージを抱かせる明るく小綺麗な店だった。それを、平成生まれにあわせて「令和モデル」にアップリフトする、アフターコロナに合わせてチューニングした店を作ろうとしているのだ。本業を捨てて唐揚げ屋や焼肉屋に逃げ出した他チェーンとは違うアプローチだが、個人的にはこちらのやり方がスマートで好感が持てる。

食べ物レポート, 旅をする

駅前の「駅前」 再訪

西武秩父駅前にある居酒屋「駅前」を再訪した。昼のみの営業だそうで、午後早い時間に訪れてみたら、店主はお昼寝中だった。暖房の効いた店内は、確かに昼寝をするには絶好の条件だった。他の客もいないので、あれこれ話をしてしまったのだが、元々はお姉さんがやっていた定食屋の後を継いで、常連中心の居酒屋にしたそうだ。現在は秩父の山登りをしにきたグループやゴルフに行った帰りに立ち寄る客がほとんどで、だいたい予約をして来るらしい。だから、ふらりと一人で入ってくる客が珍しかったそうだ。メニューは壁に貼っているものだけで、テーブルには何も置いていない。壁に目をやりながら今日は何を食べようかと考えていたら、店主自らお通しセットをお勧めして来るので、そのまま言われたものを食べるのも良いかと思った。

お通しは六品で、全て一皿100円だという。消費税込みで660円と実に丁寧な説明だった。予約して来る客でも、このお通しだけでちびちび酒を飲む人が多いらしい。野菜中心の組み合わせだが季節によって出るものは変わるそうだ。枝前やこんにゃくを食べながらちびりと酒を飲んでいた。お通しの次は何か注文しなければいけないかと思ったのだが、それは無用な心配だった。
次のお勧めが登場した。フキノトウは好きかと聞かれ、全く問題ないと答えると、「酒の肴にもなるきのこ汁」が登場してきた。店主曰く、この時期の山のものらしい。進められたきのこ汁の上に、パラパラとかかっているのがフキノトウだった。フキノトウと聞かれた時には、春の山菜天ぷらなどを進めてくれるのだろうと思っていたので、これは随分な変化球だった。フキノトウをスパイス的に使うのは面白いアイデアだ。

きのこ汁を食べていると、今度はセリの束を持ってきて、これから茹でるのだが、セリのおひたしはどうだと聞かれた。では、お願いしますというと、これは追加のお通し扱いらしく一皿100円と言われた。ただ、そのセリの束を茹でるとほとんど小皿一つ分にしかならないらしい。いや、これで商売大丈夫かとちょっと心配してしまった。

セリを食べ終わる頃にまた声をかけられた。柚子巻き大根を出したっけというので、それはなんですかと尋ねたら、また一皿100円だからとことわりのあと出てきたのが、大根の酢漬けを巻いたものだった。確かに、ゆずの香りがしっかりしている。

結局、野菜料理の小皿が8皿と酒の肴になるきのこ汁で腹がいっぱいになってしまい、当初注文する予定だった、山菜の天ぷらとか鳥料理にはたどり着けないまま、引き上げる羽目になった。この日は4時から予約が入っているということであり、その前には引き上げるつもりだったが、「今からだと15時29分の電車だね」などと電車の時間まで教えられてしまった。西武秩父駅の発車時刻は全て記憶しているそうだ。どうやら客との会話も、電車の発車時刻で調整するらしく、これは「駅前」の営業ノウハウだなと感心した。
走れば発車時間の3分前で大丈夫だ、などと教えてくれたが、余裕を持って15分前には店を出た。野菜で腹が膨れるというのも不思議な経験だが、あと何回通えば「肉料理・魚料理」に辿り着けるか、ちょっと心配になる。まるで修行をするようなお店なのだが、季節により出し物は変わるそうなので、肉を食べるには春の終わりぐらいにいけば良いかもしれない。夏は川魚だそうだ。

街を歩く

コッペパンの専門店@秩父

店頭に「有名な手作りコッペパン」と自ら書いている、プライド高きコッペパン専門店に普通のコッペパンを買いに行った。コッペパンと聞いて思い出すのは、学校給食に出ていた「あまり美味くない食べ物」だ。どうも学童期の嫌なトラウマの一つになっていて、大人になってからもコッペパンを好んで食べることはない。
ただ、全国のあちこちにコッペパンの美味しい店は存在していて、岩手県の福田パンには本店までわざわざ出かけて食べに行った。あれを食べてコッペパンの苦手意識が薄れたのは間違いない。横須賀にあるコッペパンの有名店にも何度か足を運んだ。横須賀市民が愛する老舗パン屋だけに、確かに美味い食べ物だった。
最近では、コンビニ各社がコッペパンを推しまくっている。多分、学校給食でまずいコッペパンが出なくなったせいで、トラウマ持ちの子供が減ったからだろうと邪推している。
この秩父のコッペパン専門店は、店の前を何度か通ったことはあるのだが、店内を覗いてみるといつも売り切れだった。今回は午前中ギリギリに間に合うように来てみたのだが……………

しかし、この手書きのPOPはものすごい迫力がある。模造紙に書いてガムテープで貼っているのだから手作り感100%だが、その分だけ気合というか売る気というか、ものすごい迫力が出ている。創業99年というのも、実に力がある。来年になれば創業100年、ついに営業期間3桁突入という凄さだ。この100年近くの間で、原料も変わればパン焼き釜(オーブン)も何度か代わったことだろう。それを乗り越えて味を維持してきたのだから、まさに人間国宝級の快挙ではないかと思う。

さて、店内に入り注文しようとした。最近流行りのあんバターも取り入れたラインナップなのだが、お目当ての⑦ジャムや⑧ピーナッツはすでに売り切れだった。というか、このシンプルなコッペパンは全て完売。残っていたのは、ここには載っていない、サラダパンなどの調理系コッペパン・グループだけだった。
ポテトサラダが入ったサラダパンは好物なので、それに文句をつけるつもりはない。実に美味しくいただいた。おまけに、レーズンパンのようにパン生地に小豆が練り込まれたあずきパンを、強く勧められ買ってみたが、それもまたなかなか美味しい。最近、普通に売られるようになった豆パン(甘い豆が入ったパン)と同系統のものだが、レーズンパンより好みかもしれない。うましだった。
しかし、ジャム入りコッペパンが食べられなかったのは相当に悔しい。次は開店直後の朝9時に買いにいかなければ、などと思ってしまったのだが、よくよく考えると、トラウマ持ちのコッペパンを買うために早朝から電車に乗るのもなあ……………
これはちょっと検討してみなければいけない微妙な案件だ。秩父の山奥へキャンプに行った帰りにでも立ち寄ることにしようかなあ。ただ、それだとまた売り切れていそうな気もする。悩ましい限りだ。

街を歩く

Foodexに現代神話を感じる??

黒いビジネススーツが大復活していた

Foodexは、食品業界の見本市みたいなもので、年に一度のお祭り騒ぎという認識をしていた。以前の会場は幕張メッセで、1日かけてわざわざ出かけるプチ旅気分を感じる展示会だった。それがコロナの間は中止になり、今回から東京ビッグサイトにお引越しとなった。幕張メッセに行く思いをすれば、ビッグサイトははるかに近い。おまけに残念ながらプチ旅気分はすっかり消滅してしまうから、(個人的には)ビジネスモードが著しく強まる。昔であれば大量の名刺を持ち、ビジネススーツに身を固め、いざ戦闘仕様で出撃という感じだった。
それに合わせてというわけでもないが、今回はすっかりピクニック気分で、服装もピクニックに行くような格好になり(歩きやすい格好が重要)、名刺は要求されなければ渡さないという、ビジネスパーソンとしては堕落し切った対応でよしとしている。会場で営業活動に励んでいる企業の方から見ると、あまり付き合いたくない不良客だろう。それでも、親切に話しかけてくれる営業担当の方たちには素直に感謝する。

何やらアステカの神殿のような趣もある……………現代の商業神殿かな

ビッグサイトの正面を真面目にみたことがないなと気がつき、おもむろに写真を撮ってみた。そうすると、これは現代の神殿ではないかと感じてしまった。金儲けの神様たちが、ごっそりと集まっている、金ピカ族の神殿だ。だが、金儲けの話を横に置いても、かなり荘厳なデザインだったことに改めて感動してしまった。
やはり、普段の視点をちょっとずらして、立ち位置を変えてもの事を斜めから見直すという作業は必要だ。神殿詣で久しぶりにビジネスの基本を思い出したのだが、それにしては本人の自覚があまりに足りない。コロナの間にすっかりダメなビジネスパーソンに落ちこぼれてしまったようで…………… 無念だ。

展示場の館内は、驚くほど大量の人で溢れていた。入場券を手に入れるための行列もすごい。おまけに、こういうところではまさに人々の本音が見えると思うのだが、もはや行列に並ぶ人たちには「間隔を開けて並ぶ」という概念は無くなっていた。前の人との距離はピッタリと密着とまではいかないまでも、息のかかる距離しかない。
コロナは終わったのだ(人々の意識の中では)と改めて気付かされる。まだ世の中で一定の割合の方は、コロナ怖いと思っているはずだが、そういう人はこのような混雑する場所には出現しないだろう。結局、コロナが怖い人は自発的に「いつでもステイホーム」を実践するグループになる。大多数の一般人は、3年前の行動パターンに復帰する。完全復帰は、夏頃になるのだろうが。
そんなことを考えていたら、また一つ思いついた。識者と言われる人が最近よく口にする「社会分断」だが、それは他人に強制されるばかりではなく、自分で自発的に社会から分離する集団も存在するということだ。アフターコロナでは、「コロナ怖い」と「コロナは終わった」という二大勢力が軋轢と騒動を引き起こす。これが、最大のコロナ後遺症かもしれない。パンデミックは社会を分断し続ける可能性があるという学びだ。それが端的に現れるのが、マスク論争だろうとは容易に推測できる。
たまたま今は花粉の大量発生時期だから、マスクは必須な来場者も多いのだが、来年はマスクなしの開催になるだろうし、会場の中と外で来場者がどう変化するのかが楽しみだ。

会場内は撮影禁止だったが、写真を撮りたいほどの印象的な展示もなかったので、出展ブースの感想も特にない。良くも悪くも平凡な内容のブースが多かったのは、コロナ後に世の中がどう代わっていくのか様子を見ている感じだからだろう。
帰り際に「東京アンテナショップ」によって、ジョーク土産を買ってきた。「東京ばな奈」ではなく「おだいばばな〜な」なのが、なんともおかしい。さすが、オタクの聖地だけある。東京駅の土産物店では、ちょっと販売が難しそうだ。
ちなみに、中身のお菓子は、バナナ型の人形焼みたいなものでした。

食べ物レポート, 旅をする

立ち食いそばの旅 その2

前回の立ち食い蕎麦の旅は、なんとお目当ての店を間違えるという冗談みたいな失敗をしてしまった。駅の構内に2軒も立ち食いそば屋があるなど、普通は想像できないと思うのだが、事実は改札口の左右に2軒蕎麦屋があった。ちなみに、この本日の蕎麦屋の向かい側にはラーメン屋がある。なんとも素晴らしい麺麺天国な駅だ。それを支えるだけの乗降客数があるのだろうか心配になるレベルだ。秩父市民は無類の麺好きなのかと思ってしまう。

芝桜駅と書いてあるが、この駅は「御花畑」駅だ。芝桜の名所が近くにあるので、飾り看板としてかかっているのだろうし、愛称駅名だ。その駅舎の隣に立ち食い蕎麦屋がある。これも実に古典的な立地だ。

店名は、どうやら「秩父そば」らしい。この店の他にも店があるのかもしれない。メニューは駅そば店としては珍しくシンプルだ。ただし、今回のお目当てはきのこそばで、それもメニュー板を見ると季節限定とある。何も迷わずにきのこそばを注文したが、メニュー板をよくよく眺めてみると、これが一番高額な看板メニューだった。きのこそばは天ぷらそばより高いのだから、「きのこ」はトッピングとして偉いようだ。キング・オブ・トッピングというやつだ。

注文の品は、ほぼ待ち時間なしに登場してきた。(駅そばなので当たり前か)そして、味はジャパニーズ・ファストフードである立ち食いそばの伝統をしっかり守った逸品だった。大量にのっているきのこは、何種類かのキノコがミックスされていて、薄い塩味がついている。ネギも多めだが、立ち食いそばの名脇役であるワカメもたっぷり入っていた。
このワカメというのは、伝統的な蕎麦屋ではあまり見かけない気がするが、立ち食いそばでは海苔の代わりに廉価版トッピングとして使われているのだろう。わずかにただよう磯の香りが、出汁の聞いたつゆにはよくあう。
蕎麦は茹で置きしたものを使っているようで、柔らかめだった。蕎麦の味は蕎麦っぽい。というと変な表現だが、立ち食いそば屋で多く使われている、小麦粉の割合が多いうどんに近い麺とは違っているという意味だ。つゆは薄めのあっさり系だった。どんぶりの底が見えるほどの完食をしてしまった。

楽しみにしていたサイドアイテムの味噌ポテトは売り切れだった。多分、観光客が押し寄せる週末だけの提供ではないかと思う。原材料はじゃがいもだけに、夏だけ提供という季節性はないだろう。今ポテトは蕎麦と同じくらい期待していたので、これは残念だった。
ただ、写真を撮っていて初めて気がついたのだが、キノコそばに匹敵する高額メニューがあった。「しゃくしなそば」だが、これは食べたかった。しゃくし菜漬けのうっすらとした酸味と蕎麦はよく合いそうだ。おまけに、これまた全く知らなかったのだが、SLパレオ号のカレーというものが存在するようで、それを使ったカレーラーメン、カレーうどんがある。なんと、こちらの方がキノコそばよりはるかにご当地蕎麦っぽいではないか。おまけにぶっちぎりの高額メニューだった。

その後、SLパレオのカレーを探してみたが見つからなかった。ひょっとすると秩父ではなく熊谷駅あたりで売っているのかもしれない。カレーラーメンも食べてみたいが、それより先にカレーを食すべきだろう。
また、秩父に行く用事ができたようだ。

食べ物レポート

新宿駅で朝飯を食す

JR新宿駅東口、改札近くにある小体なお店は朝からビールが飲める。この店の向かいは立ち食い蕎麦屋で、そこも客はひっきりなしに出入りしている繁盛店だが、混雑度合いはこの喫茶店+ビールスタンド的な店の方が圧倒的だ。朝は喫茶店で午後は軽食、夜になると飲み屋に変わる三毛作と言えば良いのだろうが、実際は朝昼晩フルメニューで営業している、何でも屋と理解した方が良さそうだ。
ビールのつまみに出てlくるハムやソーセージは本格的でレベルが高い。だからなのか、夜に入ろうとして入れたことがない。いつ行っても満席で、「ああ、今日も入れなかった」を永遠に繰り返している感じがする。一度だけ、たまたま空いている席が見つかって入ったことがあるくらいで、入店確率は10-20年に一度だなと諦めている。
この日も、朝9時に店の前を通りかかったら、なんと3席も空いていたのですかさず飛び込んで席を確保した。朝に入るのはこれが初めてだった。(いつもは満席で諦めて、向かいの立ち食いそばにする)

このトーストとハム(サラミ)とゆで卵半分がセットになっているのが、モーニングメニューの一つだ。これに飲み物がついて、500円でお釣りが来る。たいへんリーズナブルなせいなのか、客層を見ると男女半々といった感じで、いかにも都会の忙しい人たち向けの店という雰囲気がある。店内を観察していると席の回転も早い。
ただ、このモーニングメニューにつける飲み物が定番のコーヒーだけではなく、しっかりビールも選べることだ。(ただし別料金)トーストを齧りながらビールを飲むと、何やらすっかり無頼な人になれるような気がする。

いまだにこの「テーブル障壁」は使用中だが、13日以降はどうなるのか

たまたまなのか、両隣の席が空いてそこに入ってきたのが外国人観光客だった。ここ最近、新宿の街を歩くと外国人観光客を見かける頻度が急増している。大袈裟に言えば、靖国通りや新宿通りを歩くと、すれ違う5人に一人は外国人観光客だと感じる。聞き分けられる言語だけでも英語、仏語は当たり前で、それに中国語が多い。急増した感があるのが韓国語で、なぜかアウトドアショップにやたら登場している。韓国でもキャンプがブームなのかと疑ってしまうくらいだ。ただ、誰も買い物はしていない。ただ見て回るだけのようだ。
薬局で解熱剤が中国人観光客に買い占められているというニュースを見たが、アウトドアグッズはそこまでの人気はないようだ。それはありがたいことだと思う。キャンプ用シュラフやテントが爆買いの影響で品薄ですなどと言われたら、うんざりしてしまう。

この店のメニューはあまりに多過ぎで、一つ一つ確かめるのも大変だ。おまけにモーニング、ブランチ、ランチと時間帯により細かくセットが変わる。唯一変わらないのがいつでも飲めるビールだ。いつも満席で諦めているのだが、しばらくは熱心に空席探しをしてみようか。その時にはフランクフルトソーセージと黒ビールでのんびりしてみようか。
あれこれ考えつつ、10分でモーニングを平らげ店を出た。すっかり気分は都会の忙しい人モードになっていた。そんなに急ぐ用事なんて、全然なかったのだが。周りの人に煽られるというのは、たまにあるものなのだ。コロナの間はすっかり忘れていた「都会のあわただしさ」だった。

食べ物レポート

2月の満洲 で気かついたこと

自宅から歩いていけるチェーン店の本店というのは、なかなか珍しい物ではないかと思う。満州発祥の店はすでに他の店に変わっているが、そこから移転したのがこの本店のようだ。満洲チェーンの中では比較的大きな店になるのではないか。この本店の横に別館があり、パーティールーム、宴会部屋として使われている。そのパーティーメニューが満漢全席ならぬ満洲全席になっていて、一度試してみたい物だと思っているのだが、誰か満洲本店での宴会に付き合ってもらえない物だろうか。
宴会の帰りには満州餃子をはじめとするテイクアウト商品の詰め合わせセットなどご用意できるのだが。

恒例月替わりメニューを食べていなかったと気がついたのは2月もほとんど終わりになる頃で、これはいけないと、のこのこと出かけてしまった。ここ数年、冬の時期の恒例になっている「辛い麻婆豆腐」が2月の月替わりメニューだった。
満洲のメニューは町中華にはあるまじき絞り込みがなされていて、シンプルの極みだ。そもそも餃子の店が多少中華メニューを増やしたという体裁だと疑っているのだが、それにしても月替わりメニューの変化の薄さはなんとかならないものか。大ハンバーガーチェーンが必ず秋に実施する月見メニューのようにほぼ定番化された季節メニューも世の中には存在する。だが、中華料理店はもう少しあれこれ変化球にしてくれないかなと思う。
コロナ以前はそれなりに挑戦的なメニューも投入していたので、ここ最近はコロナによる経営打撃や原価高騰などからマイナーチェンジに留まっているのだろう。同じ埼玉発の中華チェーンである日高屋も最近はすっかりおとなしいメニューになっている。
満洲の場合は、餃子がうまければみんな満足ということもあるので、変化の乏しさも致し方ないかと諦めている。それでも月替わりメニューはちゃんとチェックしているのだから、まんまと作戦に嵌められているのは間違いない。
さて、2月の辛い麻婆豆腐だが、どうも昨年のものと変わり映えがしないような気がする。一口目はあまり辛くない。食べ進めるとだんだん辛さが増してきて、最後の方ではうっすらと額に汗をかく。そんな感じの味付けだ。文句はないし、普通の麻婆豆腐より辛いのでネーミングに嘘はない。ただ、年毎にもう少し変化しても良いのではと思うのは、無理なお願いだろうか。
この本店の客層を見ると半分は高齢者なので、高齢者は変化を嫌うという考えがあるのかもしれない。ただ、今の高齢者は70歳を過ぎてもジーンズで街を歩く。足元を見ればそれなりのブランドのスニーカーだったりする。(ナイキが多いのが不思議)ハンバーガーは20代の頃からバリバリ食いまくり、競争社会に適応した「団塊世代」で肉食集団だ。世間で思われるほどジジイ化していないとは思う。いや、いまだに油ぎったウルサい人たちが多いのだから、もっとギラギラした食べ物でも彼らには問題なかろうと感じるのは間違っているのか。

辛い麻婆豆腐があまりにシンプルだったので、追加で定番のホイコーロを頼んでみた。これも、味噌味はマイルドで、回鍋肉特有の油まみれ感はあまり感じない。やはり満洲は、オイルレスでヘルシーな方向にメニューをゆっくり変化させている途中なのだと改めて気がついた。しかし、オイルレスで味付けが薄めな町中華とは、なんとも不思議な存在だ。
健康志向だとかオーガニックだとか声高に叫ぶチェーンの宣伝くささ、嘘っぽさには辟易しているが、本当に健康志向な舵取りをしたい経営者は、あえて何も語らず定番メニューの変化で客を惹きつけるということだろう。次に行くときは、宿題にしていた「玄米で作った炒飯」を食べてみなければ……(満洲は米を使ったメニューで玄米か白米を選ぶことができる)