ソロキャンあれこれ

焚き火飯 2号

夕方になり焚き火飯の2号に取り掛かった。こちらは最近ネットで見つけた簡単レシピーの完コピで全くオリジナリティーはない。ただ、自宅のキッチンで調理すると何となくすごい匂いが出るのではないかと、野遊びがてらお外で料理することにした。

材料は挽肉とニンニクのみ。挽肉は豚でも牛でも良いのだろうが(そこはレシピーの確認をしていなかった)、今回は牛豚合挽きを使ってみた。肉の量は自分の腹具合に合わせて決めれば良い。今回は300g弱のパックを買ってきた。

このひき肉をスプーンで上からぎゅうぎゅうと押す。飽きるほど押す。これでもかと押す。高さが半分くらいになるように押す。以上だ。

押した肉の上に適当なスパイスをかける。今回は左半分が塩コショウで、右半分は鳥取砂丘スパイスにしてみた。好みでハーブをかけたり、モンゴルのピンク岩塩を使っても良いだろう。

鉄板に油を入れてニンニクの薄切りを茶色になるまで炒める。ガーリックオイルが出来上がったところで、焦げたニンニクは取り出す。後から調味料にする。

押し固めたひき肉を鉄板で焼く。ものすごい量の油が出てきたので、ティッシュペーパーで油を吸い取った。鉄板の淵から溢れそうな具合だったから、ひき肉をは半分以上が脂身なのだなと改めて感じる。

裏面に火が通ったところでひっくり返す。またしばらく焼く、出てきた油をティッシュで拭い去る。ただし全量は取らないのが大事だ。焼いているというより、揚げていると言いたくなるほどの油だった。

調味料としてオリーブオイル少々、甘口醤油、日本酒、砂糖を肉を取り出した脂の中に放り込み、甘辛ソースを作る。

その甘辛ソースを肉にかけて調理終了。つなぎが何も入っていないひき肉なので、多少ボソボソした食感だが、肉を食っているという感じは強い。肉を切り取るのにナイフはいらない。箸でちょっと強く押せば、適当な塊に切り分けられる。手抜きなステーキというか、インチキな焼き肉というか。それでも肉を食べている感は強い。
大きめの塊を、先に揚げておいたガーリップチップと合わせて口いっぱいに頬張る。いや、肉だ、まさに肉を食っている、という気分になる。ただ、ステーキ肉のような塊肉感は全くないから、人類の歴史に存在した「原始人の骨付き肉」的な満足感はない。純粋に肉感を楽しむのであれば、合挽き肉ではなく牛肉、あるいは豚肉のひき肉の方が良さそうだ。
どちらにしても、肉で腹がいっぱいになる膨満感というか飽食感がお手軽に得られるのは間違いない。この脂身たっぷりのひき肉を食べ切ると、米の飯の入る隙間はない。この肉を焼きながらメスティンで炊いていたくるみご飯は、そっくり次の日の朝食へと先送りされた。肉を食いすぎて、当分は肉料理はいらないなと思う程には満足した。
ただ、これはやはり焚き火飯というか野外調理が向いているようだ。室内で焼くと、脂の匂いがこもってしまいそうだし、それを避けるためにフライパンで蓋をして加熱すると、何やら別物の蒸し料理になる感じがする。乱暴な料理は屋外で、がよろしいかと思います。

街を歩く

朝うどん コスパの悲しさ

キャンプ場帰りの途中に埼玉県民熱愛らしい山田うどんの店がある。このチェーン店は牛丼屋と同じで営業時間が朝早くから夜遅くまでと長い。朝の客層はネクタイをしたサラリーマンというより、作業着を着たガテン系が多い。郊外幹線道路脇という立地もあるだろうが、駐車場にも大型の作業車や軽トラが目立つ。ベンツやレクサスが停まっているのは見た記憶がない。
そのせいなのか、朝飯だというのにそれなりというか、朝飯とは思えないボリュームのメニューが並んでいる。その中でも、これは控えめだろうと思うカレーライス小と半うどんのセットを頼んでみた。うどんは味噌汁代わりみたいな感覚なのだろう。提供時間はやたら早い。そして完食すると満腹感がすごい。カレーのスパイスのせいか軽く汗が出る。これくらいはぺろっと平らげる体力というか代謝量があった時代もあるなあ、などど情けない感想しか出てこなかった。
たまたま、この日は朝起きてから寒すぎて動き回る気がしないまま、インスタントコーヒーをい一杯だけ飲んで撤収してしまったのだが、キャンプ場を早く出過ぎたせいで朝の通勤ラッシュにハマってしまい、それを避けようと立ち寄った。空腹感満載で気合を入れて入店したわけでもなく、素うどんで良いかなくらいの軽い気持ちだった。トーストとゆで卵のモーニングメニューがあれば間違いなくそれを注文していた。
それでも、朝からスパイス入りの食べ物を腹に収めると、何となく体温が上がり活性化されたような気がする。だとするとこのカレーライスとうどんのセットではなく、カレーうどんを注文すればよかったのだろうか。
たまには、朝飯を外で食べるとあれこれ考えることがあるから、頭の活性化には役立つのだが………

店の入り口に置かれていた日替わりメニューのポスターをみて、しみじみすごいぞと思った。この超ボリュームなランチセットは注文しても絶対完食できないような気がしてくる。うどんと丼飯という組み合わせは相当に凶暴だと思うし、プラス100円でうどんがラーメンに変わるのだから、普通であれば二食分たっぷり食べて1000円でお釣りが来るということだ。コンビニ弁当が600円台になっているご時世で、この大盛り二食セットはコスパ最高だろう。
ただ、自分にはあまり関わりのないコスパの良さに気がつくと、なぜかちょっと悲しくなる。鮨の食べ放題に行けば絶対に払い負けすると思ったのはいつの頃だっただろう。あれが、我が凋落の始まりだったな。

ソロキャンあれこれ

焚き火飯 1号

小型の焚き火台は暖房器具というより調理器具といった趣がある。調理加熱用の便利な道具はたくさんあるのに、わざわざ面倒くさい使い勝手の悪い焚き火で調理をしたがるのか。これはキャンプ愛好者の中で大きく趣味が別れ、かつ決定的な価値観の差だ。(だいぶ偉そうだが)
個人的には、ガスコンロなどを使ってチャチャっと料理をするのが好みだが、そこはソロキャンプの宣教師である〇〇〇先生に従って、焚き火飯がキャンプの醍醐味だとしておく。
当然、微妙な火加減などできるはずがないので、仕立て上げるものはワイルドなメニューになる。

アスパラのベーコン巻きならぬ、岩下の新生姜の豚バラ巻きを再び挑戦することにした。これは以前も作ってみたが、その時は豚バラ肉の切り身が短すぎて、巻き方がうまくいかず潰れただんご状になってしまった。そこを改善するべく、今回は長いバラ肉を選んできた。バラ肉の産地などにはこだわらないのだが、この肉はスペイン産だった。ヨーロッパ産の豚肉といえばデンマーク産と決めつけていたが、産地が広がっているようだ。世界の物流が元に戻ってきているのかもしれない。

生姜を適当な細さに切り分け、それを並べて豚バラで巻くだけなので作業は簡単に終わる。生姜と豚肉の量はほぼほぼバランスしていたが、ちょっと余ったバラ肉は後から焼きそばの具材にすることにした。

薪の火が多少落ち着いて熾火になったあたりで、鉄板を使い一気に焼き始めた。バラ肉のためか予想外に油が出てきて、焼いているというより揚げている感じがしてきたので、ティッシュペーパーで油を吸い取る。その作業中にティッシュペーパーに火がついて慌ててしまったが、そのまま薪の上に突っ込んで燃やしてしまった。この辺りが焚き火調理の鷹揚と言うかいい加減さだ。
自宅のキッチンで調理中に火が出たら相当に慌てるだろうと思うが、野外では他に火がつくものもないし、そこらへんに火がついた紙を投げ出してしまっても、踏み消してしまえば良い。とにかく、そこまで大ごとになることもなく、発火処理は無事に終了した。

焼き上った豚バラ生姜巻きは軽く塩胡椒をしただけなので、つけダレとして北海道が誇る豚しゃぶのタレを使うことにした。これは、北海道限定で販売されている商品で、原型はジンギスカンのタレだ。ジンギスカンのタレ風のしゃぶしゃぶアレンジという感じで、脂の多い豚しゃぶにはよく合う。北海道ではラム肉のしゃぶしゃぶもよく食べられているが、このタレとの相性は豚肉よりラムシャブの方が良い。
東京周辺で好まれる牛しゃぶにはあまり相性が良くない気がする。だから、しゃぶしゃぶ食べ放題の店に行っても、そしてそこに十種類以上のタレがあっても、この「醤油味スパイス系」は見当たらない。北海道限定販売であっても、北海道に行くたびに、二、三本ほど現地調達してくるので家で使うには不自由はしない。
ただ、10年以上前のジンギスカンブーム以来、首都圏であればどこのスーパーでもジンギスカンのタレは買えるようになったが、このシャブタレはお目にかかることがない。次はラムしゃぶしゃぶが流行して、このしゃぶタレブームが訪れてくれないものだろうか。簡単に手に入るようになると良いなと思っている。
ちなみに首都圏各所にある北海道ショップでは、このしゃぶしゃぶタレを置いていないところが大半で、おまけに置いてある店でも季節商品だから、手に入れるのはなかなか難しい。
もし見かけることがあれば、一本調達するのをお勧めします。

街を歩く

花見とキャンプ

今年も桜を見ることができて安心した、という楽曲を歌っている女性シンガーのアルバムを毎年この時期には聞き返す。歳をとることを肯定的に歌っているのだが、100歳まで頑張って生きていくのよと歌われてもなあ………とずっと思っていたが、年々その感覚が強くなる。
ただ歳をとるとその分だけ桜の楽しみ方が変わるという点には同意する。若い頃より、明らかに桜を見るのが楽しくなってくる。まあ、桜の散り際の良さに憧れるというのもあるのかもしれない。満開の桜の下で桜餅を食べるのは、とても楽しみだ。目で楽しみ舌で楽しむ。春爛漫とはこのことだ。

などと考えているのだが、世の中には桜の下でキャンプをしたいという方もいるようで、よくいく近場のキャンプ場では、桜の花散る中で賑やかなデイキャンプをしていた。週末の午後でもあり、夕方には宴会を終了してお帰りになっていたが、皆さん車なのでノンアル宴会だったようだ。時代は変わり、宴会でアルコールが不要になったとは、これまたすごい時代の変わり目なのだろう。タバコの次はアルコールが社会的に息の根を絶たれるかなと思った。
ちなみに、このキャンプ場はワーケーション仕様で、キャン場内完全にwifeが対応している。これもまたすごい時代だなと思う。

ただし、その現代仕様のキャンプ場の外は、昔のまま、武蔵野の雑木林が残っている。雑木林の中は、まさに雑木なので色々な種類の樹木が生えている。整然と整備された公園の並木とは異なる、懐かしいというかホッとする感覚がある。里山が近くにある場所で育った「田舎育ち」であれば当たり前の光景だろうが、大都市圏で自然とは整備された公園と錯覚している子どもたちには、トトロの森のような場所なのかもしれない。
雑木林の中では様々な鳥の声も聞こえてくるが、支配的なのはカラスのカーカーという声だ。それと、鶯がたまになく。カラスの声は……………あまり風情がない。

組み立て式の焚き火台とテーブル、カトラリーセットで設営完了

そんなキャンプ場で、ソロキャンプのおっさんたちは、なぜかキャンプ場周りの植え込みに向けてテントを張る。人や車の姿を視界に入れたくないということらしい。テントのお尻が全部自分の方に向けられているのだから、その意図は明らかだ。
だから、このキャンプ場は夜になっても他人様の明かりが目に入らない。

湯沸かし用にカセットコンロを設営置けば完了 そのあとはのんびり読書

今回は、駐車場に停めた車の中で寝るつもりなので、テントは貼っていない。ワンタッチで設営できる日除シェルターの中に、ユニット化したキャンプ道具(プラスチック箱に用途別に整理したもの)をおろし設営完了。椅子と焚き火台を組み立てるまで、所要時間はほぼ10分だ。撤収時も多少手間取っても30分程度で完了する、時短キャンプに挑戦してみた。
お湯を沸かしてインスタントコーヒーを飲む。ゆっくり歴史小説を読む。夕方が近づいてきたら焚き火で飯を作る。時間の使い方が変わったなと自分でもわかるのだが、限られた時間の中で何かをどれだけできるのかと考えるのをやめるてしまった。すると、新たに見えてくるものがある。
ほとんど何もしないで、ぼーっと過ごすのも良いものだという感覚だが、これは単純に脳細胞が死滅してものを考える能力が低下しているだけかもしれない。焚き火の火を見ながら、しょうもないことを考えている。美味い飯も美味しい酒も、最近ではどうでも良くなってきた。「人間は退行する生き物だ」という言葉が何の脈絡もなく浮かんできて、思わず自分のことだと苦笑していた。
花見の時期は物憂げになってしまうので(主に花粉のせいだが)キャンプとはあまり相性が良くないらしい。案の定。この日はやたら花粉が多くて鼻水が止まらなくなり、やはりおうちにいればよかったかとちょっと反省してしまった。

街を歩く

団地の花見

長屋の花見という古典落語の演題がある。これはなかなか楽しい話で、この季節であれば寄席で聴く機会もありそうだ。ただ、最近の寄席はコロナのせいで客席での飲食が禁止となり、それがちょっと寂しい気がする。ただ、客席の飲食も、演者が一生懸命話している時に、煎餅の袋を開けるガサガサとした音がすると興醒めするので、やはり飲食禁止で良いのかもしれない。
個人的には平日の午後、のんびりとした演目とのんびりとした客がまばらにいる寄席で、いなり寿司を食べながらビールを飲むみたいなのが好きだったのだが。まあ、そんな時は演者ものんびりしていたというか、明らかに手を抜いているとわかることもあるのだが。そこが寄席のよいところで、演者と客の距離が近いからできることだった。最近は、どうなっているのだろうか。

近くの団地、昔で言えば公団住宅、いまはテレビのCMで盛んに宣伝しているURの敷地に、見事な桜の木がたくさんある。コロナの間は誰が集まることもなくひっそりとしていたが、今年は久しぶりにお花見大会?が開催されるというのでノコノコと出かけてみた。週末は気温が上がり、一気に満開どころか花が散り始めていた。

いわゆるお祭りの出店が出ていた。町内会主催の焼きそば(地元名物を目指している醤油焼きそば)や酒の販売もあり、そこそこお祭りムードがあり、祭りの屋台も何軒か出ていた。チョコバナナとかリンゴ飴の屋台などココ何年も見ていなかった。お祭り感が出るのは、やはり屋台のポイントが高い。綿菓子の袋が一つ600円になっていたのは、高いのか安いのかよく理解できないが、とりあえず子供が買っている気配はなく、ちょっと残念だった。
地元の学生のブラスバンドなど、出し物もたくさんあるようで、なかなかの盛況ぶりだった。主催者が町内会ということで、ほんわかとした手作り感もあるのだが、町内会の行事は夏祭りに強制ボランティア(年ごとの持ち回り)に呼び出されている経験があり、あれはなかなか大変なんだよなと、焼きそばを焼いているおっちゃんたちに同情してしまった。
地元で商売をしている方達には、まさに地元の商店街を上げてのお祭りになるのだが、団地に住むサラリーマンオヤジにとっては何年かに一度回ってくる強制労働みたいな感じもあり、そのアウト感が焼きそばを焼く慣れない手つきに現れている。哀愁をそそる、団地の花見なのであります。
それとちょっと気がついたのだが、祭りにつきものの子どもの姿より、圧倒的にジジババが目立つのも、現代日本の縮図であるようだ。高齢者への慰撫としての祭りとは、ゾッとしない光景ではあるなあ。

街を歩く

花見で味噌ラーメン

自宅近くの桜もすっかり散ってしまった。それでも週末にはちょっと足を伸ばした散歩がてら、あちこちに残っている桜を見てまわった。満開になるとすぐに葉桜になるのが残念と言えば残念に思う。ハラハラと落ちる花びらをみるのは風情があるが、花が落ちた後の葉桜はなんとも間が抜けていると見えてしまう。

そして桜見物といえば味噌ラーメンでしょう。というのには全く説得力がないのだが、桜の時期は気温が上がったり下がったりするので、ちょっと温かいものが食べたくなる。そんな時は、こってり濃厚系の味噌ラーメンが良いのではと思っている。
自宅から徒歩圏にはおよそ10軒ほどのラーメン屋があるラーメン激戦区なので、その日の気分に合わせて味違い、麺違いは選び放題だ。今回は、去年開店していたのだが、行かないままで宿題になっていた一軒を試してみることにした。個人営業の店なのだと思ったら、この地域には何軒かある味噌ラーメンローカルチェーンらしい。

味噌ラーメンといえば北海道という時代はすっかりどこかに行ってしまい、今や味噌ラーメンは全国区で競合がしのぎを削る。ご当地ラーメンから進化した、ラーメン業界の最強ジャンルだろう。特に、濃厚な豚骨系スープと合わせることでできるパンチ力は、味噌以外のラーメンでは到底敵わない。ただ、味噌という強力な調味料に支えられているのも確かなことで、強いスープが出来上がると、どこの店でも似たような味わいになることが弱点と言えば弱点だろう。複雑な組み立てのスープを仕立てても、味噌の力でねじ伏せられてしまうというべきだろうか。
そうなると、味噌ラーメン専門店ではスープの味違いを訴求することより、トッピングのバラエティーで競争する傾向が強い。トッピング全部乗りのもりもり系が増える原因でもあると考えている。ラーメン業界でも、一杯1000円越えの値付けをしたのは、この全部ノリもりもり系だった。
観光地でご土地ラーメンを食べるのであれば、一期一会みたいなものだから全部乗りもありかもしれないが、自宅近くの高頻度利用店ではトッピングもりもりにする必要はない。自分の好みで追加トッピングを選ぶとすれば、海苔とメンマくらいのものだ。ほぼラーメン屋全店でおすすめ品にされている「味玉」は頼むことがない。シンプルなのが一番だ的な立場をずっと維持している。

さて、この店の味噌ラーメン(プレーン)だが、スープは濃厚、麺は太めで最近の定石通り。コーンが味噌ラーメンに合うのかというと、いつも疑問には思うが、これも観光地で発生した「コーンバター」の流れを汲んだ味噌ラーメン定番トッピングになっている。ちょっと変わっていたのは、長ネギではなく玉ねぎだったこと。これも味噌ラーメンという強い味のラーメンでは「あり」だなと思う。そして、ひき肉が乗っているのは伝統的な味噌ラーメン的でもあり、新旧の味噌ラーメンレシピーが融合した感じだ。最近流行りであるらしい低温調理のチャーシューなどが乗っていない方が、味噌ラーメンにはストロング感があって良いと思う。
スープの中に沈んだ挽肉を食べるための穴あきレンゲが添えられているのが、さりげなく嬉しい。こういう細かい芸はポイントが高いのだ。
個人的な評価として、近場ラーメン店の中ではトップクラスに認定したい。次回は、辛味噌だな。

小売外食業の理論

養老乃瀧本店?ビルで

池袋に所用があり、そのついでにお勉強がてら「養老乃瀧」本店(本社ビル)にある、一軒め酒場に行ってみた。本社ビルだけあり、グループ内の別ブランド数店舗が同居している。韓国料理のレストラン(居酒屋?)があるのも初めて知った。後でネットでメニューを調べてみたが、何やら面白そうなコンセプトだったので、次回は「韓国飯」を挑戦してみよう。
これも初めて知ったのだが、この一軒目酒場は本店である?せいなのか、朝8時から営業となっている。ここに朝から酒を飲みにくるのは一体どういう職種の人なのか。深夜営業を終えた飲食店の従業員みたいな方たちだろうか。三交代勤務で稼働する工場の近くには、こうした朝から営業する飲み屋が存在しているようだ。都内で言えば王子や赤羽などで見かける。しかし、西池袋に24時間創業の大工場があったかどうか、全く記憶にない。おそらくだが、単純に朝から酒を飲むオヤジが多いだけかもしれない・・・

一軒め酒場は一号店からずっと観察してきた。自分の中では外食産業のいくつかある「ブランドの定点観測点」の一つで、平成不況が生み出した居酒屋第4世代みたいなものとして認識していた。チェーン店でせんべろ(1000円でベロベロに酔う?)を目指した面白い業態だと思っていた。
祖業である「養老乃瀧」がファミレス化というか、メニューの激増で一体何屋なのだと言いたくなるほど居酒屋から業態離れして行ったので、それを軌道修正したシンプルコンセプトという見立てをしていた。あとは平成の大トレンドである安い、早い、うまいという某牛丼チェーンみたいな三つのテーマを実践しているという理解だった。
平成期前半から中盤にかけて外食業界のトレンドは、「昭和レトロ」というテーマ性は重要ではなかった。バブルが崩壊した後の、この先何を目指せば良いのかという試行錯誤の時代だった。そもそも時代を象徴するようなテーマがないのが、平成前期の特徴だろう。
だから、一軒め酒場も最初のうちは「せんべろ」推しではあったが、「昭和ノスタルジー」的な部分はきわめて薄かったように思う。

ただ、このコロナの3年間は若干軌道修正した感があり、店頭に大きな暖簾がかかったり店内を改装して「昭和ムード」を強調している。本店には初めて入ったのだが、なぜか提灯が大量にぶら下がりお祭り的イメージがある。カウンターの前には大型テレビがかかっていて、確かにスポーツバーというより昭和の街頭テレビとまでは言わないが、大衆食堂でプロ野球中継を見るような昭和感がある。
この日は何も考えずに入ったのだが、まさに世界野球の決勝戦、それも最終回の攻防という一大イベントのタイミングだった。店内は野球観戦ジジイで、満席だったのには思わず笑ってしまった。なぜ、家で見ないのかと不思議だが、酒飲みながら観戦したいということなのだろう。
最後のバッターの時には「今からしばらく野球を見るのに忙しいので、注文受けません(笑)」みたいなノリの良い従業員さんだった。
しみじみ昭和の居酒屋感があったのだが、それは狙っているものでもないだろうという気もした。

日替わりメニューは紙に書かれたものだが、定番品はスマホからの注文になる。ただ、カウンターに座っていた野球観戦組(全員高齢者)に対しては口頭注文で対応していた。この辺りがアフターコロナの過渡期対応だろう。場所にもよるが、平成のせんべろコンセプトで捕まえていたシニア世代(?)も完全リタイア組になり、客層としては減少していく。そこに新しく取り込むべき客層として団塊ジュニアから平成生まれまでの世代が想定される。団塊ジュニアはデジタル世代の先駆けであり、平成生まれに至ってはデジタルネイティブなので、メニューの電子化、決済のスマホ対応などなんなく適応する。
時には情弱と呼ばれるデジタル・マイノリティは少ないはずで、特別な配慮も必要ないだろう。ただ、その新ターゲットに対しては「せんべろ」コンセプトに変わる新しいテーマが必要なる。それが「昭和のテーマ化」であり、これまではメニューの一部に過ぎなかった昭和感が、店内外装にまではみ出してきたというところだろうか。
メニューは少量安価が基本だから、酒のつまみ、それも一人飲みに向けた仕立てとなっているのは明らかだ。

梅味好き、冷麺好きとしてはうれしい一品

前々からちょっと不思議だなと思っていた締めのメニュー、冷麺を頼んでみた。昭和レトロ的なメニューとしては随分唐突だなと思ったのだが、この店が入っているビル(本社ビル)の前に立って看板を見てようやくわかった。新コンセプトである韓国レストラン・居酒屋とのメニュー・原材料を共有するという文脈で理解できる。つまり、一軒目酒場向けの昭和テイストメニューではなく、会社全体として懐ろの事情が重要ということだろう。
どちらにしても平成から令和にかけて、客層の変化を柔軟に対応していこうという意図はよく見えてくる。やはり、この店はしばらく定点観測対象としていこうと思う。居酒屋業界大手が、変質と迷走を続けている今、小回りのきく次世代チェーンから新たなトレンドが生み出されるのではないかと思う。
居酒屋冬の時代がテーマレストランの芽吹きになるのかもしれない。

食べ物レポート, 小売外食業の理論

回転寿司 値上げ対策考察

回転寿司の対策あれこれを考えてみた。まず最初は、寿司の皿が回っていないので、回転レーンの回っていくベルトしか目に入らない。これは食欲をそそるものではない。目の前をマグロやエビやウニが回っているから、あれこれ食欲が湧いてくる。追加でもう一皿食べようかなどと思う。黒いプラスチックの板を見ていると、実は相当に食べる気が失せる。
そこで、一生懸命考えました的な「ボード」が回っていた。題して「背徳の三重奏」なのだそうだが……… 広告をあれこれ表現する時に、駅前マンションの広告のようなポエムと形容することがある。中身の感じられない、具体性のない、形容詞がずらずらと並んでいるのが特徴だ。最近では新聞を購入する人も減っているので、もはや廃れた芸だと思っていたが、媒体が折込チラシからネット広告に変わっただけで、「ポエムなコピー(広告表現)」は健在だった。
そして、そのポエムがついに寿司業界まで進出してきたかと、感心した。というより、苦笑してしまった。なるほど、それほど困っているのだね、という感覚がする。食べ物の表現で具体性のない形容詞、あるいは食べ物に使われない形容詞を使って、一世を風靡した「食べ物レポーター」は確かに存在する。ただ、その表現は、言ってみれば「芸風」なのであり、広告には向いていない。
うまさを感じさせ食欲をそそらなければ、広告コピーとしては失格だし、ポエムというしかない。もし自分が広告の発注者だったら、このコピーには相当難しい判断をすることになるだろう。それが苦笑の理由だ。
ちなみに三重奏とはサーモン、チーズ、炙り(これは素材ではなく技法だが)のことらしい。この複雑な内容を。回転レーンに乗ってまわっていく広告で読み取るのは、かなり高度なテクニックが必要だ。少なくとも動体視力が優れていなければ無理だな。

その次に気がついたのが、一皿二貫ではあるがネタは2種類、つまり一貫付けになっているメニューが激増したことだ。この皿は赤貝とつぶ貝の二種盛りで、これ以外に相当な種類の二種盛りがメニュー上にはある。さて、こうした理由はなんだろうかと考えてみると、ネタの数を減らしてしまいメニューが寂しくなった。その対策として二種盛り皿を作ると、数学的にネタの順列組み合わせになるので、メニュー数は爆発的に増える。ただし、客の立場からするとお気に入りの組み合わせを見つける作業はとてつもなく面倒だ。タッチパネルの注文法を変えて、好きなネタを好きな数だけ、ただし注文は2個単位になるというようなロジックを組み入れるべきだろう。
単純に言えば、たくさんメニューがあるように見せかけたい「なんちゃってメニュー改変」だと思う。システム改造にかける予算がないのか、やる気がないのか、どちらとも言えないが………

三つ目に気がついたこと。イカの耳をメニューとして提供するのは、なかなか珍しい。ゲソはたまに見かける。ただ、食材ロスを減らすという意味で、これはグッドジョブだろう。魚は歩留まりが悪い原料なので(通常仕入れ重量の半分くらいが生ゴミ化する)、これまで捨てていた部分を加工して食べ物化するのは大賛成だ。

四つ目として気になったのが海鮮ユッケというか魚の切り身をミックスしてネタにしたものだ。これも食材ロスを減らす意味がある。また、いろいろな魚がミックスされることで生まれるうまさというか「新しい味覚」というメリットが生まれる(かもしれない)。
すでに軍艦巻きの世界は、ウニやイクラという大物ネタではなく、カニカマを使ったマヨサラダ、ツナサラダ、炙りベーコンやチャーシュー、牛カルビなどなんでもありな「食の無法地帯」だし、そのチャレンジが楽しいという面もある。寿司ネタは魚でなければいけないという固定観念を捨て去り、「スシ」とは一口サイズのコメの上に、なんらかの具材を載せたものという設定で考え直せば、新しい世界は生まれる。(ちょっと大袈裟だが)
ラーメンの世界でも醤油が主体の時代に、客の冗談から生まれた味噌ラーメンが今では大定番に変わっている。ハンバーガーの世界でも、照り焼き味はレギュラーバーガーより人気がある。回転寿司の次の突破口は、寿司の常識を超えた新しい味の発見にあるのではないかと思っているのだが。
ただ、そのためには真面目にうまい寿司の再定義をしなければならないはずで、それができるかどうかだなあ。

食べ物レポート

サイゼリアでハンバーグ

もはや日本のスタンダードと言いたいプレーン「ハンバーグ」

しばらく行っていなかったサイゼリヤでハンバーグを食べたくなり、ノコノコと昼過ぎに出掛けてみた。半年前や一年前と比べると、店内がとてつもなく賑やかになっている。春休みに入ったせいか、明らかに高校生と見える集団が多い。
一時期はジジババの姿が消滅していたが、ジジババ率も急上昇で高校生とジジババ集団の二大勢力は完全復活だった。
お値段が多少上がっているはずだが、この二大集団にとって来店頻度を下げるほどのマイナス効果にはなっていないようだ。面白いのは、ランチセット500円を注文している客が少ないように見えることだ。個人的にはランチセットの合挽ハンバーグが結構好みなので、ついついハンバーグセットを頼んでしまう。ランチ以外では提供されていなかいトマトソースも好きだったのだが、ランチメニューから消えてしまったようだ。残念。
レギュラーのハンバーグについてくる目玉焼きをソースにつけて食べると、ああ、サイゼリヤに来たなという感じがする。デミグラソースがかかったハンバーグより、この焼き肉のたれ的なつけソースが好みで、おまけにお値段400円なのだから、サイゼリヤの値上げということ自体に気が付かない客も多いのではないか。
ハンバーグの最後ひとかけらにホットソースをかけて食べた。サイゼリヤで最近の「推し」であるセルフ味変は、ある意味レストランのキモである「ソースこそ我がレストランの伝統」みたいな感覚を放棄するものだが、お好きなように召し上がれという余裕と開き直りと解釈している。

おいしくハンバーグを食べている時に気がついたのだが、冷凍でドリアがテイクアウトできるようだ。おまけに、一個から注文できる。レンジアップで調理できるようだし、これはスーパーやコンビニの冷凍食品よりはるかにレベルが高い気がする。
他のファミレスで販売されている冷凍食品は、業務用サイズと言いたくなる〇〇20個入りみたいなもので、全く購入する気にならない。あるいは、一食サイズだがなんとひとつ1000円みたいなトンデモ価格をつけているものもある。
テイクアウト商売を舐めきっているとしか思えない「塩対応」ばかりだが、このサイゼリヤの一押し人気なドリアを個食で、それもこの値段で提供するというのは、実に戦略的な実験ではないかななどと思った。辛味チキン20個入り1000円みたいな売り方をしていたのを反省した(?)のだろうか。この先のラインナップが楽しみだ。

相変わらずサイゼリヤは面白いことをやる。個人的には「おいしい」より「面白い」が気になる不思議なチェーンなのだよね。

小売外食業の理論

回転寿司に行ってみた 2

大変世間を賑わせた回転寿司チェーンの店に行ってきた。あの後は何か変わったのだろうかという単純な興味だった。肝心の鮨はずいぶん値上がりしていたので、この業態はもう一波乱起きそうな気がする。単純値上げを受け入れてもらえるほど、客が満足しているかどうかがチェーン間の勝負になるのだろう。
さて、まず入り口付近で「交換できますよ」と書いてある。やはり気になる人はいるだろうから、当然の話かなとも思うが、そもそも「気になる人」は店に来ないのではないか、自分の中ではセルフボケツッコミ的なテーマになってしまった。多分、こないよなあ。

お店の中での禁止事項で、明らかに今回の一件で追加されたと思うのが、イラストの右側2コマだただ、これも事件前にはあったのかもしれない。なかったかどうかは記憶にない。禁止事項のあれこれに関して説明文があるが、文章の表現が「お断りします」と「禁止します」など揺れがあるので、いかにも急いで対応した感があるが、どうも文言のこなれが悪いかなあと感ずる。「付け焼き刃」的な感が否定できない。

回らない回転寿司が本格化すると、先行している他チェーン店が有利になるのか?

回転レーンの上から寿司の皿は消えていた。注文すると流れてくるのだが、他チェーンにある特急レーンのような造り込みにはなっていないので、物理的に事故再発を防ぐ(他人の注文した皿に悪さをするのを物理的に防ぐ)仕組みにはまだなっていないようだ。
間仕切りのアクリル板が設置されていて、自分の前の空間が狭くなっているから、皿にいたずらをしにくくわなっている。とりあえず対策してみました感を醸し出す。
これまでは客の善意に頼ってきたから仕方がないとはいえ、再発予防という点ではまだまだ発展途上というレベルだ。法的措置による「脅し効果」で再発防止が図れるというのなら、まさにこの世に警察はいらないという古典的な皮肉が帰ってきそうだ。
従業員の悪質投稿に対しては勤務時間中のスマホを取り上げる?(事務所に保管させるなど)で、業務的に対応ができた。しかし、客(を装っている犯罪者)に対しては、有効な対抗策は現時点で見つけられていないということだろう。

調味料は従来通り卓上に置かれているが、入り口の文言を信じれば、希望するとこれを全取り換えしてくれるということだ。醤油を舐めたやつもいるし、箸を舐めた、生姜を直喰いしたなどありとあらゆる悪戯、悪さが動画で上がっているから、それに対応するとしたら全部を取替えするしかない。
客席内の従業員数は、それに対応できるほどの人数配置ではないから、全客に対して対応は難しいというのは見ればわかる。この辺りも、見る人から見ると「なんちゃって対応」という感じがするのではと思う。

ガリもお茶も昔の通りで、個包装などの対応もしていないようだ。ただ、全店対応が遅れているだけで、順番に新しい仕組みを導入しているのかもしれない。たまたまなのか、この店では他チェーンで見たような変化は感じられなかった。
一番変わったなと思うのは、皿の色で価格が変わっていることだ。120円、180円、360円になっていた。これは昔の回転寿司スタイル(全皿均一価格ではない)に戻った訳で、「全皿100円均一」が持っていた、強いそキュ力はかけらもない。業態のコア・コンピタンスを捨てたということた。この値付けだったりプライスラインの持ち方が今後の回転寿司チェーンの差別化、マーケティングでの騒乱要因になる。均一価格に変わる戦闘力をどこに求めるかだが、普通であれば味の高品質化、つまりもっとおいしくなりましたにある。しかし、このチェーンは昨年、公取の指導を受ける「おとり販売」で信用力を低下させているのだから、味の強化作戦は取りにくい。どうするのだろうか。

一貫、180円というのは冷静に考えると、均一価格時代の約4倍に値上がりしたことになる


悪意ある犯罪者(客とは言えない営業妨害者)により、店内オペレーションの転換を迫られるチェーン本部としては物理的な改装も必要で、ある意味無駄な?設備投資になりかねない。ただ、悪意ある犯罪者、無自覚な犯罪者が撲滅されるはずもないから、普通の客に対する「安全安心」の担保は必要で、それに加えて値上げをするというのは、難度Cを超える離れ業と同情する。

数ヶ月ぶりに行ってみたが、原材料値上がりを転嫁する値上げ策はうまく行っているのだろうか。それに伴うオペレーションの変化、メニュー改変、マーチャンダイジングの変化などは、もう少し時間をかけて観察してみようかなと思った。現時点では、まだ現場がこなれていない、混乱状態が継続しているような感触がある。
コロナの覇者になるはずだった回転寿司業界が、予想外の事態にジタバタしているのを見ると「盛者必衰」とか「諸行無常」という言葉が思い浮かぶ。たかが回転寿司の話ですが、あれこれ考えさせらるものなのであります。