街を歩く

アンダーグラウンドな立ち飲み屋

札幌のメインストリートである駅前通から10mほど入ったところのビルに、ひっそりと美容室の入り口がある。その美容室の入り口を地下に折れて潜っていくと、鉄の厚い扉の向こうに日本酒の立ち飲みバー(実際には座席があり座れる)がある。冷蔵庫に入っている日本酒の一升瓶を取り出し、会計をして一杯の日本酒を購入する。注文するのではなく、購入する。酒をグラスに注いでもらうと、その日本酒の一升瓶を自分で冷蔵庫まで戻さなければならないルールだ。
よくある酒屋の角打ちとはちょっと違うスタイルだが、文句をつけるほどの不便さはない。飲みたい酒を飲みたいだけというスタイルだから、立ち飲みフリースタイルとでも名付けるべきなのだろう。酒の種類は一定ではなく、その時その時で仕入れた「旨い酒」が並んでいる。

酒のつまみとしてはお通しがつけものなどセルフサービスで食べ放題だ、ガリをつまみに冷い日本酒を飲むのは、なかなか乙なものだ。酒飲みの心を掴むつまみも販売している。定番は北海道らしく、ニシンの切り込みだ。ニシンを細く切った物を塩辛にしているのだが、麹が入っているので甘辛くなっている。イカの塩辛よりも酒の肴には向いている気がする。
アンダーグラウンドな店(物理的に)の割に、店内は明るく清潔な雰囲気なので、日本酒を少量ずつ楽しみたいという方には向いている。場所がものすごくわかりにくい(他人に説明するのが難しい)ので、ネットで検索して事前調査するのが重要ですね。「裏・たかの」で情報は出てくると思う。一人のみには最適な場所かも………

街を歩く

飲みに行ったはずなのに

北の街では立ち飲み屋は珍しい。おそらく座って飲んでも安い店が多いせいだろうと思う。ふと思いついて立ち飲み屋をたずねてみたら、まだ昼の営業中だった。仕方がないので辺りをぶらぶら散歩してからもう一度と思ったのだが、それまでの暇つぶしに本屋に併設されているカフェで本を読み始めたら、おやまあ………なことに一時間以上も本を読み耽ってしまい、待ち合わせの時間に遅れそうになった。当然ながら立ち飲み屋に行く時間は無くなった。
どうも最近、こう言うしょうもない失敗というか、時間管理のミスが多くなったような気がしている。まさに、前期ボケ症候群みたいなものではないかと我が脳髄を疑ってしまう。

こんな感じものを肴に一杯やりたかったのだが。結局、そのあと待ち合わせた友人とぶらぶら歩きつつ店を探し、いつもの焼き鳥屋に突入した。なぜか焼き鳥は一本も注文せず、酒とサラダと唐揚げで最後まで。焼き鳥屋で焼き鳥を注文しないというのも初めてだった。なんだか調子の狂う今回の旅だが、これからはこんなピントハズレな行動を楽しむべきなのかもしれないなあ。
おまけに今回はしめパフェを堪能するつもりだったのに、すっかり忘れて帰ってしまった。うーん、なんだかなあ。

街を歩く

カップ麺の話

左上 co-op 右上 イオン 左下 西友 右下 ヤオコー(ライフ)

小麦製品が値上がりしているのは明らかでパンや麺類が一斉に1−2割値上げしている。典型的な安売り麺であるカップ麺の低価格版を比べてみようと、近くのスーパーやコンビニで買い集めにまわってみた。
改めて売り場を回って理解したのだが、いわゆる丼型のカップ麺は高額ということだ。ご当地ラーメンコラボ製品であれば三百円を超えるものもある。逆にスタンド型のカップ麺は比較的安価な品揃えになっている。一番安価なものでは百円(税別)を切る。
いわゆるPB製品なのだが、販売者が流通側になっているのはイオン製品だけど、他は製麺メーカーが販売者で、それぞれのスーパーは特殊銘柄の製品を仕入れて売っているという体裁だ。このエセPB的な手法はなかなか面白い。推測するに全製品を全量買い取ることが前提で製造するのがPBだと思っていたが、買取責任を持たない(つまり販売者になっていない)一般商品、ただし行面のラベルだけは自社ブランドの体をしてみせる、不思議な製品が主流だということがわかった。製造業との駆け引きで、このあたりが決まるのだと思う。買い手の力が強ければ、こういう便宜的なPBも成立するらしい。
元々、自社調達の原材料化を進めることでコスト削減を業務として行った経験からすると、なんだか反則っぽい気もする。まあ、それが流通の支配力というものだろう。ちなみに、写真の4社の製品は百円前後だった、

左 ローソン 右 セブン

コンビニ大手3社を比べようと店を回ってみたら、ファミマは自社カップ麺(低価格版)は販売していない。ローソンは百円商品だった・そしてセブンはなんと二百円近い高額品しかなく、これではN B品である日清カップ〇〇より高い。なんともおやまあという気分になった。セブン強というべきか。ただ一般的にはPB品が廉価品であるという認識があるだろうから、セブンに行ってNB品より安いと思い込んだまま、高いPB品を買ってしまうといううっかり消費者もそれなりにいそうだ。
ネーミングは醤油ラーメンが2社、賞ヌードルが4社だから、やはり業界の元祖製品にそれなりの敬意が払われているのかもしれない。

製造メーカーを確かめると製麺メーカーの品もあるが、こんなメーカーがカップ麺を作るのかと初めて知ったところもある。本当は全6品を食べ比べて味の品評会でもしてみなければいけないとは思うのだが、それはちょっと別の機会にしたい。多分、味はどれもこれも同じような気がする。
ちなみにNBのカップ〇〇はスーパーの特売でも138円、通常であれば150円を超えるので、100円を切る値付けのPBは確かにお安い感じがする。
たまには、こういう目的意識を持った価格比較調査をやるのも、インフレ時代の腹いせには面白いかもしれない。ただ、買い回った6個のカップ麺は明らかに無駄遣いをしたと言う気もする。心して昼飯の友として完食しよう。

食べ物レポート

魚料理で考えた

最近食べた魚料理で・いわゆる高級魚では無い大衆魚をうまく食わせる店に連続して当たった。ラッキーなことだが、よくよく考えれば魚の旨さに高級も大衆もあるわけではない。うまい魚が大量に取れると安くなる。少量しか取れないと高くなるだけのことだ。最近の高級魚の典型、ノドグロも食べてみたいという客が増える前は、多少お高いくらいの魚だった。
さて、大衆魚の典型といわれているアジ、サバ、イワシ、さんまのチーム青魚メンバーだが、不思議なことにどの魚種も豊漁ということはないらしい。数年前までイワシは壊滅的に取れなかったはずだが、秋刀魚が不良になるとイワシが復活しているようだ。おそらく大自然の摂理みたいなものがあるのでは無いかと思う。だから、この時期のお高いサンマは諦め、大量に出回るイワシを楽しめば良い。料理人も、そういう割り切りであれこれメニューを考えてくれれば良いのだが、客の方が余計な要求をしてしまう。秋にはサンマだよなとか、変なこだわりを言うからたかがサンマが(と言いたくなる)高級料理、いや高価格料理になってしまたりする。勘弁してほしい。
イタリアンの名店で食べたイワシは、安くて美味しい魚を美味しく料理してくれた。感謝しかないが、これと似た料理を真顔で食べたことがある。ポルトガル料理の店だったが、その時初めてイワシ料理がポルトガルではポピュラーなのだと知った。オリーブオイルとハーブの組み合わせで食べたイワシは、誠にうまいものだった。それと同じもの(?)を恵比寿で食すとは、世界は狭くなったものだ。ただ、うまい者には国境がない。

若者向けらしい賑やかな寿司屋というか海鮮居酒屋で、飲み放題付きの宴会コースを頼んだ時に出てきたのが、みたこともない魚の煮付けだった。従業員のお兄ちゃんが五種の説明をしてくれたのだが、うっかり聞き漏らした。食べた感じで行くと銀メロではないかと思うのだが、トロッとした白身の魚だった。これも魚体を想像すると、相当に大きな魚だろう。それを大ぶりの切り身にして一気に大量に仕上げた宴会料理だと思うが、これが思いの外うまい。一人前で調理するより、大鍋で十人前くらい仕立てるとうまくなる類の料理だ。
朧げな記憶であるが、この手のプルプル系食感の魚は深海魚が多かったはずだ。そうしたレア系深海魚をしっかりと食べ切るのは、食の循環として大切なことだなあ、などと旨さ以外のことに感心した。

魚付きが多い日本人として、世界中から魚を集めてくるのも良いが、大衆魚や深海魚といった身の回りの海にいる魚をもっと有効に活用できる社会になった方が良いのではと思った次第。うまい魚料理を食べながら、「外食産業のできることは何だろう」みたいなことを考えただけで他意はありません。

食べ物レポート

ご当地パン

3月限定発売の「所沢醤油焼きそば」と隣町である「東村山黒焼きそば」を、ギリギリのタイミングでゲットした。所沢(埼玉県)の方はすでに見つけていたのだが、東村山(東京都)は隣町に行かなければ売っていないのかと諦めていた。
埼玉県のローカルスーパー、「ヤオコー」では東村山黒焼きそばは見つからなかったのだが、ふと思い出したのがもう一つの埼玉ローカルスーパー「ベルク」の存在だった。いそいそとベルクに行くと、なんと醤油焼きそば、黒焼きそばが並んでいた。やれやれ。
さて、東村山に黒焼きそばなる名物があることは全く知らなかった。所沢の醤油焼きそばも、世間的には似たようなものだろう。知名度はこれから伸ばしていくとして、このスナックサンドの味なのだが、どちらも焼きそば+マヨネーズ味なので、食べてみると正直味の違いがわからない。色は確かに違うのだが、パンの中にサンドされているマヨ焼きそばは、味の判別が不能だった。マヨもたっぷりすぎる感じがするから、余計にその差がわからない。
まあ、この手の商品は一度食べて、うんうんこんな感じと思うか、あれれなんだか違うなと思うか、人それぞれの感想で良いのだろう。美味い不味いは超越したところに存在感はある、ということだ。これからやってくる夏祭りであれば、それぞれの街でどちらの焼きそばもローカル縁日で活躍することだろうし、それでよしとしよう……………と町の関係者は思っているだろうなあ。
最近のインフレ市場では、値上げの目眩しであれこれ新製品を投入して値上げ感を払拭しなければいけないので、しばらくの間はこの手のご当地パンが楽しめるかもしれない。
その時には、またお試しするのも良いのだが、ランチパックも含めた新製品はジリジリ200円の壁に近づいている。200円を超える新商品は見たくないような気もするのだが……………

街を歩く

ようやく出会えた新潟麺

コロナの最中に行ってみたいと思っていた店が何軒か積み残しになっている。ダラダラと続いていたコロナ騒動の間は、こちらの都合が悪かったり、お店が休業していたり、なかなか出かけるタイミングが取れないまま放置してしまっていた。
そんな中の一軒が、新潟では有名な中華チェーンの関東進出一号店だった。自宅からは比較的近いのだが、埼玉県は県の東西をつなぐ交通機関が壊滅的に微弱なので、なかなか行くのが面倒くさい場所「大宮」地区にある。ふと思い出したのが良い機会だと1時間ほど運転して訪店することにした。
ネットで調べた場所は、鉄道高架下の空間で、駅からの距離が遠いこともあり、通常であれば駐車場になるような場所だ。効果の下にお店が一軒、すっぽりと収まっている不思議な作りだった。昼時ということもあり外には席待ちの行列もできていた。

看板商品らしい 五目うま煮麺

新潟はローカル・ラーメン激戦区で、地域ごとにご当地ラーメンが乱立する戦国時代らしい。その激戦地のラーメンチェーンだけあり、どこのご当地ラーメンとは書いていないが、新潟各地の有名麺はしっかりと押さえている。周りの注文を聞いていると、煮干しラーメンが優勢な感じもするが、ここは初志貫徹で「五目うま煮麺」にした。メニューにはこのチェーンの最高傑作と書いてある。
首都圏の中華料理屋では広東麺と呼ばれるあんかけ麺だ。
熱々な餡の下には中細のストレート麺とあっさり系の醤油スープが収まっていた。普通にうまい。スープのあっさりめな感じが、最近ではすっかり見かけなくなった端正な麺料理という印象を強くする。
気温の低い時期であれば、このラーメンが人気である理由もよくわかる。一杯1000円越えのラーメンが当たり前になりつつあるインフレなご時世で、これまた随分コスパの良い価格設定だった。首都圏で限定しても、二桁の店舗はすぐに出店できそうだなとは思うのだが。

餃子3個セットというのが、この店の標準メニューらしい。周りの注文もほとんどが餃子3個セットだった。ラーメンに餃子という組み合わせは、ラーメン店で単価引き上げ策として絶対条件だが、それを一皿5ー6個で500円というような売り方をする店が多い。これも店と客の知恵比べなのだが、個人的には一皿の単価を抑えて、注文率を100%に近づけるという方策が正解のような気がする。ラーメン激戦区出身のせいか、このあたりのマーチャンダイジングがお上手のようだ。
この餃子だが、久しぶりに食べた「ニンニクガツン系」で、3個食べたら口の中がニンニクで占拠されてしまった。ラーメンと合わせて食べるにはちょっと強烈だが、マイルド系のスープとはこれくらいでちょうどよいのかもしれない。

次は煮干し系を試してみたいのだが、お店が遠すぎるのだよねえ。

食べ物レポート

金曜夜の喧騒が復活していた

友人たちとの定例飲み会に今回は懐かしのゲストが一人ということで、新宿の夜、それも金曜に出張ってきた。街をすれ違う人の半分は外国人と言いたくなるくらいの訪日観光客がJR新宿駅から歌舞伎町に向かっていたが、その流れに逆らって新宿駅南口を目指す。
店名を見てずっと疑問に思っていたのだが、「のだり半」なのか「だり半」なのか、それをお店で尋ねようと思ってすっかり忘れてしまった。確か鮨屋の符牒で「だり」という言葉はあったはずだが。

店の前に黒板が置いてあるのはよく見かける。日替わり定食だったり、本日のおすすめだったりが描かれている。だが、なんとホワイトボード(それも会議室によくあるやつ)が置かれていると、サラリーマンの方達はそれなりに身が引き締まる思いがするのでは……………
本日の議題は、「天ぷら」と「酒蒸し」です、ということらしい。全員謹聴。

宴会コースなので飲み放題付きで7品(同行者が教えてくれた)とのことだった。まず最初に前菜としてあん肝が出てきたが、この登場の仕方はすごいな。従業員から言われてみるまで、何が出てきたのかわからなかった。あん肝ってメインアントレ風にもなるのだな。フォアグラのソテーならぬあん肝のソテーが存在する気がしてきた。ちょっと食べてみたいかもしれないな。

鮨屋でサラダももはや当たり前の時代だとはわかっているが、こうしてドカンと野菜が出てくるとやはりなんと言いますか、抵抗感というか違和感みたいなものも感じなくはないが。でも、食事のバランスとして野菜は食べた方が良い。それが鮨屋であっても野菜は大事と言い聞かせる。
お味は酸味が強めでさっぱりした味わいだし、わかめは美味しいので文句はない。

ぽんぽんと良いテンポで魚が出てきた。2時間のコースなので料理の出方が良いペースだった。魚料理でのフルコースもなかなか楽しい。ただし、食べ方に手こずるものもあり、さっさと片付けるためにはさっさと食べ終わらなければならないから、なかなか忙しい。出てくる料理はボリューム感もあるので、周りの客層を見ても比較的若めだった。というか、自分たちが最長老的な感じがした。
店内はかなり密着した座席配列で、コロナ前と同じ程度の詰め方だ。それが満席になっているのだから、周りの会話は丸聞こえで、アルコールが入っているせいか誰もが大声で話している。懐かしい光景だと言えばそれまでだが、他人様のあれこれを聞くに都合が良い(笑)ついつい隣のグループの話を聞き込んでしまった。また時代は変わっているのだね。
最後に出てきた鮨の盛り付けを見て、これまたちょっとびっくりだった。ネタが全部「赤」系統で色目の変化がなし。卵の黄色もなければ、イカやタコの白もない。ましてやタイやヒラメの白身魚もない。(厳密に言えば金目鯛は白身扱いだと思うが、皮目が真っ赤だしなあ)
これは、個人的には大革命に近い盛り付けで、目でも楽しむ握り鮨という伝統感は全く考慮されていないようだ。おそらく濃い「味」優先ということなのだろう。一番人気のサーモンが入っていないのは不思議だが、嗜好の変化に合わせて変わっていくのは大事なことだ。そもそも江戸前の握りとは生魚は乗せない食べ物だったのだから、変化がダメだと言うつもりもない。多少はショックを受けながら、それでも美味しく完食した。

2時間ほど食べて飲んで満足したのだが、きっちり時間で終了して次々と時間ですと言われて退出していく客を見ていると、なんとなく昭和バブル期の飲み屋を思い出した。バブルの頃は需給バランスが崩れていて、行きたい店の予約も取れない「店強し」の時代だった。
それがバブルの後は店に客が来なくなり、あの手この手の安売りを含めたサービスが横行した。「客強し」の時代だ。どうやらコロナの後は、「店強し」に戻りつつあるらしい。
戻りといっても、そのバブルを知る人も少ない時代になってしまったし、昔は良かった的なことを言うつもりでもない。ただ、バブルの後に負けた原因を分析して生き残った企業と退場した企業がある。今の時代に合わせすぎると、次の時代に生き残れない。コロナが終わり客が戻ってきたから、多少は損を取り返すと言うのは当然だろうが、儲け方の匙加減が難しい。驕れるもの久しからず、昔の人の警句が耳の中で繰り返しになっていた。

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普通に美味しいレストラン

食べてしまって気がついたが、これが正面の向きではないのね トホホ

前菜からデザートまでしっかりと食べることはすっかり減ってしまった。社交的な会合に出る機会がなくなったということもあるが、自分のお腹の都合というのもある。食べたいものを食べたいだけなどとわがままを尽くすようになって、結果的にサラダとメインだけで注文おしまいみたいな感じが多くなった。店からするとありがたくない客だろう。その分、せっせと回数を稼いでくれれば良いのだが、それすらもサボり気味となれば、もう来なくていいですよと言われても仕方がない。
そんなダメオヤジが友人に誘われて、恵比寿の片隅にある家庭的なイタリアンレストランにノコノコ出かけてしまった。こじんまりした居心地の良いお店だった。メニューを眺める前からうまそうな予感はしたのだが、友人たちがマダムと相談してシェフにお任せで適当に、ということになったらしい。それに文句はないし、お任せであれば何が出てくるのか楽しみだ。スタートは生ハムといちじく。最近は、この肉とフルーツの組み合わせが気に入っている。昔は塩蔵肉をうまく食べるために甘いフルーツと組み合わせて作られたmrニューなのだろうなと思う。今のように塩蔵肉の塩度が低下してくれば、またちょっと違う意味合いもありそうだが。肉とフルーツ、魚とフルーツという味の組み合わせはもっとバリエーションが多くなっても良さそうだ。和食で言えば、干し柿の和物みたいな感じだろう。干し柿とバクライは一度食べてみたいかも。

イカのマリネは前菜として嬉しい。イタリアンの良いところは海産物に関して自由な発想の調理をすることだと思っているが、イカやタコを食べる国は地中海的な明るさがあるよねなどと勝手に決めている。シーフードとオリーブオイルとガーリックが合わされば、無敵の料理になるのだ。

イワシも日本的な天ぷらや塩焼きとは違う発想で食べると美味い。イタリアンの濃いめの味付けには白身魚よりも青魚が合うと思っているので、これも旨しでガシガシと食べる。トマトとイワシは海の恵みと土の恵みだ。和食で魚を油でソテーした料理にはお目にかかった記憶がない。どこかで食べたことがあるのかもしれないが覚えていない。鰤の照り焼きがソテーといわばソテーなのだろうが、あれはもはや煮魚ではないかという気もする。豚肉の代わりに鮭やギンダラを生姜焼きにすれば和風ソテーになるかなあ。蒸し魚のあんかけ料理はあるから、ソテーにするよりそういった調理法が和食には向いているということだろう。

メインは肉。小ぶりのステーキかと思ったら薄切り肉が重なっているものだった。甘めのソースが絶品で、やはり肉料理はソースで決まると、これまた勝手な感想で納得していた。旨しだった。

そして、これが指定注文していたラザニアで、それも一人前に調整して出てくくる細やかさ。オーブン料理も和食とは異なる発想の調理法だが、これは焼くときに欠ける濃厚系ソースが重要なポイントなので、日本食としては難度が高そうだ。味噌を使ったソース(餡かけ)みたいなものになるのは予想できるが、やはりこのラザニアやドリアに代表される濃厚さは難度が高いだろうなあ。某イタリアンレストランチェーンの最大人気商品がドリアだというのは容易に納得できる。

最後にフルーツソースがかかったアイスクリームが登場してコースは終了した。満腹と満足の程よいバランスだったが、イタリアンでシェフのおまかせというのも、なかなか面白いものだなあ。随分と昔にローマまでお勉強に行った。その時に食べた普通においしい普通のイタリアン料理を思い出した。豪華な食材を使った豪勢な料理より、普通の食材で普通に美味しい料理は提供するのは難しいと思う。まさに料理は素材だけで旨くなるものではないというお手本のようなディナーだった。
来週にでもまた行きたい、そんなお店でありました。マダムとシェフにグラーチェ。

恵比寿駅から山手通りを渋谷方向に戻る 徒歩4ー5分にあるトラットリアでした。

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昭和は遠い日の誘惑

赤提灯は昭和の象徴?

最近、恵比寿での用事が頻発?して何度も通っている。コロナの間にはほとんど出向かなかった夜の恵比寿に久しぶりに出没してしまった。恵比寿の街のあちこちで、昔用通っていた店がなくなっていた。それは仕方のないことだとは思う。店主が年配者どころか後期高齢者みたいな老舗が多かったから、そろそろ代替わりをするか、それとも店をたたむかというタイミングだったのは間違いない。街の新陳代謝と考えるべきだとは思う。閉店して残念だなとは思うが、これまでお疲れ様でしたと感謝したくなるような閉店の仕方でもあった。
しかし、依然として元気に営業中の店もある。その何軒か存在する「元気に営業中」の店にちょい飲みしに行ってみようかと、街をぶらついてみた。結局選んだ一軒は駅前に近い、おそらく恵比寿でも一番の老舗に近い焼き鳥屋だった。生まれて初めて恵比寿に来た頃から、すでにこの店は存在していた。今の恵比寿駅ビル「アトレ」ができる前は、恵比寿とは実に鄙びたまちだった。この街にはまともな本屋がないのかと嘆いていた頃だ。昭和中期のテイストが、その頃からまるっきり変わらない。
というか開店当時は、それなりに現代的な店だったのではないかと思う。昭和中期には、木材を多用した山小屋風の内装とか、お蔵を改造しました的な和風デザインが多かった。共通するのは照明の暗さだ。昭和中期とは、薄暗い店がスタンダードだった時代とも言える。

一人で入ると、たまたま焼き場の前のカウンター席が空いていた。見慣れた店長(多分)の顔を見てホッとしたが、初めて来た頃は若くて元気だった店長も、今ではすっかり落ち着いて店を仕切っている。むかし焼き場にいたおじじは、やはりもう引退したのだろう。
普通に焼き鳥を4本注文し、普通に酒を頼む。飲み食い終わったらさっさと勘定して帰る。一人飲みを始めて身についた習慣だ。昔は、終電間近まで延々と騒いでいたこともあった。それを思えば随分変わったものだと、我ながら感心する。この店本来のスタイルに自分の歳がようやく追いついたということなのか、とカウンターで飲みながら気がついた。

あれこれ考えながらカウンターの上に置かれている調味料を眺めていたら、なんだか色々と注釈がしてある。コロナの間は卓上の調味料類撤去がルールだったから(これも誰が決めたことなのだろう)、営業を元に戻してみたら客が調味料の使い方をわからなくなったのかと笑ってしまった。
コロナで起きた変化が元に戻る、あるいは新しい形にもう一段変わる。今はそんな時期のようで、ふらりと一人で飲み屋に入ってみるとなかなか楽しい発見がある。2-3人の小集団だったグループ客も、最近では5-10人で飲んでいるのをよく見かけるようになった。
そういえば、路上飲みの話もすっかり聞かなくなったし、あれは貧乏人の路上パフォーマンスみたいなものだったのかもしれない。どこで飲んでも酔っ払いとは、世間様に迷惑をかけがちなのだなと思いながら店を出た。

街を歩く

味噌ラーメン@恵比寿 再訪

恵比寿での所用が終わり、昼飯の時間になった。昔よく行っていた食堂の何軒かを思い出していたが、ふと思い立ち味噌ラーメン専門店に行くことにした。この店はコロナの最中に見つけた比較的新しい店だが、もともとこの場所には長く通っていた居酒屋があった。ビルの奥まった場所で、通りからは見つけにくい隠れ家的な場所だった。その店の看板が変わっていたことに気が付かなければ、おそらく訪れることもなかったような気がする。

味噌ラーメンの専門店が増えているなと思ったのは-8年前だっただろうか。千葉初の濃厚味噌ラーメンが急拡大しているのを視察に行って気がついたことだ。以来、コロナの時期を挟んで入るが、味噌ラーメンの新店が目につく。創作料理風のラーメン店が増えているなか、濃厚味噌ラーメン系の店は「がつん」と来る味を売りにしているので、好んで試しに行っている。ただ、濃厚ガツン系だけあった麺・スープともに量が充実しまくっているのが、ちょっと困ったところだ。もう少し全体的に量が少なめでも良いのにというのは極めて個人的な感想だ。

前回食べたときは普通の味噌ラーメンにしていた。所見の店はいつでもシンプルにその店の定番的なものを選ぶことにしている。その定番が気に入れば、変化形である「味変わり」を試してみる。なので、今回は変化形の「辛い味噌」にしてみた。つけ麺やまぜそばにするのはまた次回ということになる。
辛い味噌は辛さを選べる。普通レベルの辛さにしてみたが、もう1段階辛くても行けそうだ。半分くらい食べたところで、額から汗が出てきた。それでも舌が痺れるからさではないから、発汗作用の多いアレンジなのだろう。辛さは個人差がとても激しい味覚なので(厳密には味覚ではなく触覚らしい)、どの店に行っても普通を試してみる。その上で、自分の好みとの調整を図らなければ、好みの辛い食べ物にはならない。たまに行くタイ料理屋などでは、店が言うところの普通レベルの設定がかなり高いことが多く信長になる。だが、ラーメン店の辛さであれば、こんなもんで行けるかと過信して自爆することが多い。特に最近開いた店の辛さレベルは、全体的に高めになっているので(時代の辛さの許容度というか中庸度がどんどん辛い方にシフトしている)、普通レベルでもかなり冒険的になっている気がする。
この店の辛さ普通レベルは、ありがたいことに本当に普通だった。味噌味の濃厚スープと相まって体温上昇する感じがする。太めの麺もスープの味に負けない強さがある。ひき肉ともやし炒めは味噌ラーメントッピングの古典的な役者たちだが、これもシャキシャキ・コリコリと食感を広げている。実に味噌ラーメンらしい、と表現するべきなんだろう。
ラーメン一杯1000円時代の定番といったところか。ただ、恵比寿は今でもラーメン店の開店が続くオーバーストア・エリアなので、次にこの店に行くのはいつになることやら。