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モグモグタイムにヒンナなオソマ

冬季オリンピックで活躍したチームがモグモグタイムで愛用していた道北のお菓子をようやく手に入れた。3年くらい空港や土産物店で探していたが、いつも売り切れだった。たまたま、今回は空港のハズレに用事があり歩いて行く途中に見つけた。空港の土産物屋で良い配置場所を手に入れるには、相当な政治力が必要とされていると思うが、人気で売り切れの土産物を見つけるにはちょっと外れた場所のほうが確率が上がるのではと、ようやくながら気がついた。今後は難易度の高い土産物を見つけ出すためには、空港の探索ルートを変えなければいけない。
ちなみに最近のレア系人気商品は「生ノースマン」らしい。老舗の菓子屋が長年販売していた菓子をリニューアルかつ「生に改造」したようだ。これも空港のハズレにある店ではまだ販売していた。

北海道を舞台にした冒険活劇の連載終了後、あれこれコラボ土産もうまれているらしいが、作中に実物が登場した月寒あんぱんはなかなかの人気のようだ。札幌に住んでいればどこでも買える当たり前の食べ物だが、あんぱんという割には生地が薄くて硬くて「あんぱん」らしくない。
ただ、これが時々無性に食べたくなり銀座のアンテナショップに買い出しに行ったりする。なんとか全国区にまで知名度が上がり近場のスーパーで買えるようにならないものだろうか。金神様のご意向で全国販売していただきたいものだ。

ちなみに、この金神様コーナーは「ヒンナ・ヒンナ」無コーナーと名付けられていた。これも作中でよく使われていたアイヌ語で「おいしい」という意味らしいのだが、確かに食べ物が集中して展示されている。「美味しいものコーナー」的なことと理解できる。
ただ、その中に「これは、売っていいいのかな???」的なネーミングのものがある。食べていいとは書いてあるが「オソマ」だ。これも作中では、アイヌ少女がアイヌ伝統食を同行する元陸軍兵士にあれこれ紹介するのだが、その時に唯一認めた日本食が味噌だった。不死身の陸軍兵士が木の弁当箱に詰め込んだ味噌を持ち歩いていて、それを調味料として仕立てたアイヌ料理を「ヒンナ、ヒンナ」と楽しむのだ。
しかし、アイヌ少女はその味噌を「オソマ」と呼ぶ。確かに見た目は類似している。気になる方は、オソマをネットで調べて貰えば良いのだが………
商品名にするとは冗談みたいなノリの良さというべきか。買おうか買うまいか、随分迷って今回は諦めることにした。まあ、金神様は全体的にこの手の「濃いジョーク」が満載なので、原作のイメージを忠実に再現すると、こうした面白コラボ商品に辿り着くということだろう。決して北海道ジョークではないとは思う。……………多分

街を歩く

一枚の写真が伝えること

北の街でちょっと飲み屋の話題的になっているのが「ビル解体工事」の話だ。都市中心部の官庁街で高層ビルが建築されていた。大手建設会社の仕切りで、駅前通りから工事中のクレーンが見通せるほどの高層ビルだった。そのビルが建築基準に達していない不良部品を使っているのが、発注元の検査で発覚して、なんと10階以上鉄骨が組み上がっている段階から解体工事をすることになったそうだ。当然ビルの竣工は何年か遅れるだろう。
ニョキニョキと伸びていった高層ビルが、みるみる縮んで行くという都市伝説的な風景らしい。たまたま現場近くを通りかかり発見した解体工事の看板を見ると、面白いのが「このペナルティー解体工事」も週休二日制厳守らしい。おそらく解体工事監督のおやすみ日なのだろう。ペナルティーをくらった後の解体工事で、ブラックな労働環境にすることはできないだろうし。
安物部品で削減できたコストはどれ位なのかは聞いていないが、解体工事を合わせて10億円単位のマイナスになるようだ。安物買いの銭失いとはこういうことを言うのだろうか。解体工事の現場が、たまたま北海道警察の近くだったので気になったのだが、なぜ解体しているかと言う「説明文」は見つからなかった。札幌市民には暗黙の了解事項らしい。
大通公園のオリンピックマラソンスタート地点と同じくらい、建設業界に関してあれこれ考えさせてくれる「北の街の新名所」ではないかなと思った。
発注者も請負業者も日本有数の大手企業だから発覚した事案らしい。発注者が気が付かなければ地震で倒れる高層ビル第一号になったかもしれないと、飲みながらの馬鹿話で聞いた。それもまた怖い話だ。一枚の看板にドラマがある………

食べ物レポート

大行列の回転寿司で

昼時には大行列ができる回転寿司も、2時を回ると待ち時間なしで入れることもある。コロナの間は地元客が中心だったが、今では外国人観光客も多い。隣の席は外国人観光客、反対側の席は日本人観光客だった。回転寿司屋に大きなキャリーバッグを持ち込むと、かなり窮屈になるのだが、客も店もあまり問題にはしていないようだ。北の街で回転寿司はレベルが高いと言うことになっているが、実はネタの種類が思っているより少ない。北海道は道外観光客が予想しているよりはるかに魚種が少ない。瀬戸内あたりの豊穣な魚地帯と比べると、半分以下ではないか。えびかにいくらうにという高級ネタを除けば、地魚などは数えるほどだろう。最近復調してきているニシンがちょっと珍しい程度だ。

寿司を注文する前にサイドアイテムをチェックすると、なんと「イカザンギ」なる名前があるではないか。たこザンギはすでに一般化しているが、イカザンギは初見だ。これは食べてみるしかないと喜びつつ、出てきたものを食べて若干の違和感がある。ゲソ唐揚げとどこが違うのか。確かに衣に味がついてはいるが……………
決してまずいというつもりはない。普通に美味しいイカゲソだ。ただ、これをザンギというのはなあ、という感じがする。社長のこだわりだろうか。

気を取り直し、三陸わかめの唐揚げ?も追加注文してみた。これは、予想外に美味い。海藻の天ぷらはあちこちで食べたが、わかめのカリッと感はスナック菓子のような軽さだった。しかし、鮨屋にきていきなり揚げ物2品というのは客としてどうだろうかと自問してしまう。

心を入れ替えて、最近すっかりお気に入りの鯖の巻き寿司を注文する。これは、酒の肴としてもうまい。巻物としては最高傑作だと思うのだが。ただ、最近の鯖不足?のせいか、微妙に値段が上がっている気がする。

念の為(どこが?)に定番の鉄火巻きも頼んでみた。これはこれでうまい。が、北海道まできて鉄火巻きとはどうよ、とこれまたセルフツッコミ状態になる。北海道産まぐろ使用とか言われれば、また風情も変わるというものだが。おまけに、この辺りで満腹感が込み上げてきて、胃袋の余裕がな苦なってきた。

最後の一品にマイカを選んだ。ちょっと前までは北海道の誇る安くてうまいネタだったはずのマイカだが、今ではすっかり高級魚扱いで庶民の手には届かない(程でもないが)高値になってしまった。代用品としてはヤリイカが使われるようだが、マイカのねっとりとした舌触りと甘みを含んだコク味とはものが違う。
今更ながら思うことだが、2時間待ちになることもある大人気の回転寿司屋で、巻物とイカを食べて帰るというのは相当に怪しい客だろう。うまいものを好きなだけ食べるというポリシーを貫くには、回転寿司は不向きな業態なのかもしれないなあ。

食べ物レポート

東家本店にて極める

知る人ぞ知る、知らない人はたくさんいる北海道蕎麦屋あるあるの一つだが、北海道蕎麦の本家筋は釧路にある。釧路の春採湖近くにある蕎麦屋から分店しているのが東家系蕎麦屋だ。釧路本店名物である蕎麦寿司が食べられるのは、東家系列では当然のことだ。ただ、この蕎麦寿司の知名度があまり高くないようで、ちょいと残念な気がする。
札幌の蕎麦屋巡りでもしてみようかと、平日の昼下がり、サラリーマンのランチが終わる頃に暖簾をくぐった。札幌の東家本店はススキノの近くにある。その割に夜の早い時間で終わってしまうから、締めの蕎麦とするのは難しい。もう一軒の蕎麦屋が夜遅くまでやっているので、そちらではたまに深夜蕎麦をすることもあったが、この店は使い方がなかなか難しい。

昼下がりの蕎麦屋で注文するとしたら、それは「かしわ抜き」に限る。というか、かしわ抜きや天抜きがない店には、昼下がりどころか夜にも行ってはいけない。そういう店はクイックランチ専用に限定するべきだと思う。
かしわ抜きはそれだけでうまいものだが、ちょっとゴージャスにするには天ぷらを別に注文して、かしわ抜き+天抜き作成コースにするべきだ。
今回は、かしわ抜きにホタテの天ぷらを追加した。正統天抜きとするには海老天がベストだが、ここは北海道的アレンジで「ホタテ」にしてみた。
かしわ抜きは小さめのどんぶりに濃いめのつゆが入っている。具は長ネギと鶏肉だから、かしわ蕎麦のそば抜きであり正しいお作法だ。つゆがちょっと甘めなところが好みだ。つゆの味が染みこんだ長ネギをつまみながら一杯やる。昔お江戸にいたいなせな兄ちゃん(不良)が嗜んでいた、蕎麦屋で一杯の高級版だ。いなせなにいちゃんたちはたいて貧乏だったので、熱燗にもりそばでちびちびやっていたそうだ。もりそばと比べれば、かしわ抜きは三段階くらい高級な酒の肴だろう。いなせなにいちゃんたちからすると、どこぞの大店のボンボンがするけしからん贅沢な注文だ。

ホタテの天ぷらは、天つゆがついてこない。塩の入った小鉢がついてきたから、塩で食べてねということらしい。確かにホタテは塩で食べるとうまいだろう。まず一口は塩をふりかけて食べた。熱々でジュワッと旨味が溢れてくる。ホタテを注文したのは正解だ。

ただ、そのあとはかしわ抜きの残りにドボンとホタテ天ぷらを投入した。衣がつゆを吸い取ってふやけてくるのを待つ。そのブヨブヨしてきた衣を箸で剥ぎ取ってつまむ。これまたうまい。天ぷらの衣が蕎麦のつゆを吸うと旨さが何倍かに増幅されるが(個人的な見解です)、それをちびちびつまみながら飲む酒は実にうまい。大衆酒を熱燗で飲む時には最強のつまみだろう。間違っても純米大吟醸などと組み合わせてはいけない。下卑た食い物の旨さを楽しむには、大衆酒こそが似合っている。
立ち食い蕎麦屋のほとんど衣しかないかき揚げ蕎麦がうまいのは、人間の本能にきざまれている旨味成分、つまり脂とアミノ酸がたっぷり含まれているからだ。かしわ抜きや天抜きは、そのかき揚げそばから満腹感を醸成する炭水化物、つまり蕎麦を抜き去ったものだから、旨さだけを残した食べ物だ。酒の肴に向かないはずがない。

最後には、もりそばで締める。この蕎麦、炭水化物を最終段階で投入し完全なる満足感を得る。そして、蕎麦湯に溶け込んだルチンを蕎麦つゆのグルタミン酸、イノシン酸と共に味わう。アミノ酸の摂取も完璧だ。
実は、蕎麦屋の一杯こそ、人類の本能に刻み込まれた「旨み」を完全に達成するための究極技だと思っているのですがねえ。

食べ物レポート

金富士の一杯

焼き鳥屋は煙がご馳走

すすきののとあるビル地下にある焼き鳥屋は、酒蔵直営の老舗だ。昭和レトロなどというまでもなく、時間が止まったような店内と時間が止まったようなメニューにホッとしているのは、オヤジ族だけではない。不思議なことに若い衆も多くいる。おまけに、なぜこんなところに来たと言いたくなる若いカップル(会社の先輩と後輩かもしれない)が、人生を語っていたりする。
世の中の辛さを語るにはシチュエーションを考えようと、助言したくなる。これは、最近のジェンダー問題を超えて、この煙くさい焼鳥屋に連れてきたであろう先輩男子が悪いぞと思う。後輩女子(?)の背筋がシャンと伸びていることから推察するにだが。ひょっとすると昔懐かしい焼き鳥屋に連れて行ってくださいと、後輩が頼んだのかもしれないとは思うが、その可能性はかなり低いだろう。
そんな社会的考察は、まあ、どうでも良いことだし、この店では一人で来てくいくい飲んでチャチャっと帰るのが似合っていると思うのだ。

これはお家でもできそうな料理で、たぶん豆腐をレンジアップすればいいだけだろう

おそらくこの店で一番期待を裏切る商品が、湯どうだと思う。ちなみに、冷奴を頼んでも見た目は同じだ。豆腐が冷たいままか、温まっているかの差しかない。それが潔いと言えば潔い。こちらの気分では、土鍋に入っていて昆布の一切れでも沈んでいる煮た豆腐が湯豆腐だと思っているだけに、初めて見た時は意外だった。いつも湯豆腐を頼むわけでもないので、だいたい注文するのは冷奴で、たまに湯豆腐を頼む。そのたびにギョッと驚いてしまう。経験を通じても物を学ばないのは、ダメオヤジ特性だと思っていたが、実はそれが自分にも適用されるとは。情けないものだ。湯豆腐を頼むたびに(テーブルに置かれるたびに)トホホという気分いなる。

北海道内にはローカル焼き鳥ルールが多いので、札幌式も北海道標準などとは言えない
言葉遣いには注意が必要だ

湯豆腐の次には串を頼むのだが、今回は鳥抜きでタン串にした。なぜか肉の間にたまげ技が挟まっているのは札幌独自なものだろうか。埼玉県東松山の焼き鳥?も玉ねぎが挟んであったような記憶もある。全国あちこちで玉ねぎサンド系焼き鳥は存在しているのだろうか。
札幌の焼き鳥屋は焼き鳥ともつ焼きが渾然一体となっている。というかもつ焼きと焼き鳥の区別がない。東京に行ってもつ焼き屋の親父に「うちはもつ焼きだから、焼き鳥はない」と言われ注文にご指導を受けた記憶が今でも抜けない。あれが東京ショックの第何弾だったかは思い出せないが、地方都市出身者が東京で受ける悪意か善意か区別のつかない洗礼だったのは間違いない。(多分、悪意が大半だと思うが)
その東京ショックに慣れる頃には、自分も誰かに悪意の洗礼を浴びせるようになっているのに気がつきゾッとしたものだ。東京は悪魔都市だと思い知った。だから、地方都市出身者は東京に暮らし続けると、最後まで自分なりの流儀を守り切ることができず、いつの間にか東京風に染まってしまう。染まりきれないものは、東京を捨てて故郷に帰るべきだ。
自分も含めて、魂のどこかを東京というメフィストフェレスに売り渡して、大都市の下っ端眷属に成り果てる。まあ、その下っ端眷属を三代続ければ立派な江戸っ子、東京市民、上級住民になれるのだろう。
たかが焼き鳥からジェンダー問題を超える都市住民の出身地差別問題(笑)にまで思いを馳せる。札幌の焼き鳥屋はあくまで哲学的な場所なのだ。

街を歩く

三度目の薮半 その2

何故この店が東京にないのか………

小樽の名店で昼酒を楽しむ話の続きになる。前回来た時は雪の中の小樽だったが、今回は春にはまだ早い寒風吹き荒ぶ日だった、世間的には花見に行こうと騒がしいが、これでは5分で凍えるぞと思っていた。北国に春の訪れは遅い。夏が来るにはもっと時間がかかる。

以前から気になっていた「蕎麦もやし」のおひたしを頼んでみた。スプラウト系サラダにはたまにはいっている蕎麦の実もやしだ。蕎麦の打足がかかっているので、サラダというよりおひたしだが、蕎麦を食べたという実感はない。青臭い野菜の葉が際立つ食べ物だった。もやし感は全くない。蕎麦の実を買ってきて自分で育ててみようかと思うていどにはうまい。デパ地下の八百屋に行ったら売っていそうな気もする。もう少し大量にバリバリ食べてみたい。ごま油と酢で食べるとうまそうだ。

前回のカレー丼を注文するときにいちばん迷ったのがカレーせいろだった。地元の名品「武蔵野うどん」ではつけ汁として肉汁(豚肉の醤油味)が一般的だが、代わりつけ汁としてきのこ汁、鳥汁がある。しかし個人的にいちばん好きなのがカレーつけ汁で、そこからの連想でカレーせいろは絶対美味いはずだという思い込みがあった。
カレー丼を食べて、その思い込みは確信に変わっていたから、今回の注文はカレーせいろ一択しかない。

蕎麦をつまむと一掴みずつほどけてくる 名店蕎麦屋の匠の技だ
決して団子になって持ち上がることがない

予想通りの絶品だった。玉ねぎの甘みがカレーライスのルーを思い起こさせるが、やはり蕎麦屋のカレーは別次元の旨さだし、このカレーつけ汁はその蕎麦屋のカレーを超えている。蕎麦もうまいがつけ汁が絶品すぎる。つけ汁だけ別売りしてほしい。
おそらくこのつけ汁はカリカリに焼いたバゲットによく合う。厚切りトーストの中をくり抜いて、そこに流し込むとゴージャスなランチになりそうだ。とんかつをつけて食べるのも旨そうだし………と妄想が止まらない。
世の中にはまだまだ食べたことのない名品があるのだと、またもや思い知らされた。お腹をぺこぺこにして、大盛りのカレーせいろを頼み、申し訳ないが普通の蕎麦つゆを追加で注文する、というやり方がよさそうだ。カレーつゆと普通の梅雨を楽しみながら、締めの蕎麦にする。となると、流石に昼酒とはいかないので、夕方に準備万端整え、気合十分でそば屋での好物殲滅戦に挑む。
これしかあるまい。(武士モード)

街を歩く

三度目の薮半 その1

ここしばらく札幌に来るたびに、小樽遠征をしてこの店に来ている。メニューにならぶあれこれを試そうとすると、一度の訪問では難しい。今回が3回目で、ようやくお目当てのものを試すことが完了した。まだ、うまそうなものは残っているが、それはこの先のんびり試していけば良い。(はずだ)

この店のお品書きは、ほとんど「本」だ。中身はメニューの名前が書いてあるだけではなく、いろいろな情報がたっぷり盛り込まれている。一冊もらって帰り、ゆっくり読み返してみたいくらいだ。プラスチックのカードケースに入っているメニュー一覧表みたいなものを見慣れていると、この「本」には目を奪われる。食べることの楽しみを、食べ物ではなく読み物で盛り上げるというのは、考えれば凄い努力だ。敬服する。

そば前に、熱燗をちびりとやりながら肴をつまむ。それも蕎麦屋的な感じでというと、このお品書きのラインナップになる。毎回あれこれ迷うのが悩みのタネだが、今回は初志貫徹「塩うに」にした。仙台の有名な酒場「源氏」でも、塩ウニが注文できる。地酒の浦霞によく合う名品だが、こちらの塩うにも、それに勝るとも劣らない名品だ。ちびちび舐めるようにして食す。飲む。食す。飲む。この単純な繰り返しで銚子を一本飲み干す。至極満足で、もうこれだけで帰っても良いくらいの気がしてくる。

ただ、この店では酒を頼むとそば味噌がついてくる。塩うにの後はそば味噌でもう一杯ということになる。塩ウニだけで帰るわけにはいかない。

酒を飲みながら、本日のメインである「ぬきシリーズの三番目」を注文することにした。「天ぬき」は老舗の蕎麦屋に行くとだいたい置いてある、蕎麦屋の肴としては定番だろう。かしわぬきもあちこちの蕎麦屋で注文できる。「ぬき」は酒の肴として具を食べると言うより「汁物」として出汁を楽しむ料理だと思うが、天抜きはコッテリ系、かしわぬきはあっさり系になる。そして、残しておいた三番目のぬきがカツ抜きになる。だが、これはカツそばのそば抜きではなく、カツ丼のお米抜きと言うものだ。東京の蕎麦屋ではカツ抜きではなく、カツとじとかカツ煮などと呼ばれていることが多いようだ。

登場したカツぬきを見ると、まさにカツ丼の頭という感じがする。味付けはかなり甘めだが、蕎麦屋の出汁が効いている優しい食べ物だ。揚げたてで熱々のカツの中身をフーフーいいながら食べ、合間に酒をちょいと飲む。これは昼酒として、相当な悪徳感がある。なんというか、蕎麦を食べるついでにちょっとつまみながらお酒も飲んじゃいました、という言い訳が通用しそうにない。
正々堂々と昼から酒飲んで何が悪い、ふん。という感じで開き直った上で、しっかり飲む時の酒のつまみだ。あまりに本格派の風情がある。おまけに、瓶ビールくらいであればもう少し言い訳のしようもあるが、塩うにに続いてカツ抜きとなれば、これは一言の弁明の余地もない。

やはり弁解の余地を残すには、普通にカツ丼を頼み、申し訳ないがご飯が全部食べきれませんでしたと、カツ丼の頭部分(つまりカツとじ煮)だけつまみ食いする。それしかない。しかし、食の有効活用として食べ残しは厳禁だ。この作戦には無理がある。
まあ、美味しいカツを食べながらそんなバカなことを考えていた。蕎麦屋の昼酒は一人でひっそりと、こんな妄想をしながら嗜むものだ。
蕎麦屋で一杯という飲み方は、街中で手軽にできる、お気軽な昼酒の典型だろう。だから、わざわざ小樽まで遠征する必要があるかといいたいが、やはり背徳感のある楽しみなので、隣町に行って密かにささやかにやる方が良さそうな気もする。

街を歩く

焼き鳥でない方

北の街で、大衆焼き鳥の名門「串鳥」に行ってきた。いつもであれば、モッキリ(コップ酒)と焼き鳥で一杯というのが定番なのだが、なぜか友人と二人で示し合わせ、今日は「NO 焼き鳥」で行ってみようということになった。
たまたまスマホ注文システムに変わっていたこともあり、焼き鳥なしの注文も従業員の方に気兼ねすることなく簡単にできる。これが、対面注文であれば、焼き鳥なしはちょっと厳しいかもしれない。(こちらの心理的引け目が原因だ)
まずは野菜系でポテトサラダと辛いきゅうりを頼む。同行した友人はポテトフライとザンギだから、二人合わせると肉と野菜のバランスが取れている。(はずだ………)
お気楽に二時間ほど飲み、あっさり解散した。飲み終わってみれば、さほどおかしなことをした気分ではない。が、翌日になるとやはりちょっと申し訳ない気もしてきた。ハンバーガー屋に行ってポテトとコーラという注文の仕方はある。ハンバーガーなしでも通用する。蕎麦屋に行ってカツ丼を頼むのは全然アリだ。ラーメン屋で炒飯というのは、普通ではないが反則でもないだろう。しかし、焼き鳥屋でサラダというのは、なんというか収まりが悪い。

まあ、お店の方にお詫びの印とは言えないが、キュウリとポテサラの写真をインスタふうに撮ってみた。焼き鳥も美味しいけど野菜も美味しいよと宣伝するから、これで勘弁してください。

街を歩く

日露戦争と戦費増税の関係?

札幌の街を歩いていいたら、なんと「金神」様の展示会が近く催されるらしいとわかった、入場料もしっかり撮るし、チケットは前売り制だというから、かなりしっかりした展示会になるのではと思う。これはぜひ行きたいのだが、あいにくこのタイミングではすでに札幌にいない。無念だ。
東京開催にでもならないかと思うのだが、金神様のお話は北海道が以上に盛り上がっているだけのようで、東京開催は期待薄だ。
おそらく日本における少数民族問題を正面に取り上げた数少ないエンタテイメントコンテンツだけに、白老のアイヌ民族施設の建設にも少なからずの影響があったのではないかと思っている。日本の少数民族、非差別民族の話については、歴史的に見ると部落問題、近代においては大陸半島系民族の問題がさまざまな文学テーマとして描かれているが、アイヌ問題は明治政府成立以降に国家的差別事業として法制化されたわけだからなおさらタチが悪い。
エンタメ作品として完成度が高い「金神」様物語だが、アイヌ問題・北方先住民族問題への切り口としてはわかりやすい入門書だ。
アイヌのことはよく知らないという「内地人」には、物語を楽しみながら知見を深めて欲しいものだ。ちなみに、内地とはほとんど死語に近い「本州、四国、九州という日本国本土」を指す言葉で、対応する単語は外地になる。これは明治政府以降、戦争により獲得した植民地を含む日本列島外の領土を指し、北海道と樺太、朝鮮半島と大陸東北部を指す満州、台湾などが含まれる。だから、高齢の北海道人は東京周辺を含め「内地」と呼ぶ。
北海道に移民してきた内地人の大半は、故郷を追われ、あるいわ逃亡してきた「故郷喪失者」であったから、余計に内地という言葉には憧憬があったようだ。外地人の末裔として一言申し上げると、内地は内地で薔薇色の土地では無いのだし憧れる意味もないとは思うが。


ただ、外地を獲得するための領土戦争は多大な金が必要だった。「金神」様の隠し金も、それぞれの陣営がそれぞれの戦費として当てにした、戦争目的の資金獲得闘争だった。個人的には、土方たちの蝦夷独立運動には理念的に惹かれるものがあるが。先住民族であるアイヌを蔑ろにするという点では、帝国陸軍反乱分子達と変わりがない。
史実では、日露戦争後も止まらない領土戦争の戦費に当てられたのが「酒税」と「たばこ税」だった。その後、敗戦前の軍費の膨張は、単純な増税などでは賄いきれず、国家予算の数倍に及ぶ赤字国債の発行で賄われたが、戦争で負けで全て棒引きにされた。お国のためにと買った国債が全て紙くずになるという経験をした旧日本帝国臣民はすでに大半が亡くなっているから、この手の恨み話を聞くことは少ない。ただ、日本国政府が昔からどれだけ信用できないか、という点だけは語り継がれるべきだと思うのだが。

その戦費獲得の有力製品として活用されたタバコだが、実は当時日本の喫煙者はさほど多くなかったようだ。ところが、たばこ税を増強し、おまけにタバコを配給制にしたせいで、タバコを吸わない人間が配給品を手に入れて喫煙者になり、タバコ消費量が増加したという話を読んだことがある。なんと国家的に増税効率を上げるため、喫煙者の増加策を図ったということだ。
この辺りのマッチポンプ的手法は、日本人国家の専売事業というわけではなく、世界中どこでも行われている。アヘン戦争など、タバコではなくアヘンで行われた国家間の策略の結果だ。日本人政府が殊更悪逆というのは、歴史的に正しくない。日本人以外も、全ての国家が歴史的に、そして現在進行形で悪逆だというのが正しいようだ。

なぜこんなことを考えたのかというと、たまたまタバコが吸える飲み屋に入り、友人がタバコを吸い始めた時に、何やら見慣れないパッケージが目に止まったからだ。箱の上の赤い部分は、うっすら記憶があるタバコのブランドだと気がつき、その下に書かれた「薬品の効能書き」のような文章に度肝を抜かれてしまった。
確か、以前はパッケージの横にひっそりと書かれていた「タバコは体にあまり良くありませんよ」的なやんわりとした文言はとうの昔に廃止されたらしい。
商品名やブランドロゴよりも大きく書かれた警告文、それも読んでびっくりの健康被害協調型の警告文は、時代が変わったものだという気にさせられた。しかし、ここまで書いて購入者を脅しても。まだたばこ税を徴収したいかと呆れてしまう。やはり日本国政府は恥知らずの税金強盗だと改めて確信した。
そして、その恥知らずの代表者、世襲3世首相が、軍費のために増税すると言っていたが、その一部がたばこ税であることを思い出した。日露戦争の時代からクズ政治屋の頭の中は同じ構造らしい。そんな下衆どもは「金神」様の祟りに遭って滅してしまえ、とうっすら酔った頭で考えていた。この長い文章のきっかけは、「金神」様ではなく悪税への憤りだった。


極めて個人的な意見ですが、このタバコのパッケージは世のデザイナーの誇りを打ち砕いてしまう「祟り」みたいなものですねえ。

街を歩く

札幌的な風景

ベタな写真だが、札幌大通り公園の景色だ。相変わらず札幌の空は曇っていることが多いが、雪も溶けようやく遅い春がやってきたという感じがする。空気はとてつもなく冷え込んでいて、これでも春かと言いたくなるのだが、街のあちこちでは桜が咲き始めていた。
大通公園で解体作用中だった、東京オリンピックの迷惑施設というかマラソンのスタート地点付近のアレやこれやがようやく姿を消した。あのガラクタが残っている間は、オリンピックの負の記憶がなくなるはずもないと思っていたが、ようやく雪解けと共に消え去ったようだ。

札幌の春の話題としては、日ハムの球場がオープンしたことだろう。なぜか札幌市から出て行った日ハムの思惑は、ビジネス的になかなか面白いのだが、新球場のレギュレーション違反など開幕前から話題が豊富で、人気と期待は高まる一方らしい。あとは、日ハムがリーグ優勝まで何年かかるかみたいな話題もあるようだけれど、ベースボールビジネスとしては優勝前から大成功しているかんじがする。
ただ、今日のネットニュースで動員数が少ないと指摘されていた。満員御礼のプラチナチケットだと思っていたのだが、まだまだ空席があるらしい。それでは、一度くらい見物に行ってみようかと思い始めた。

最近の札幌的な話題として(個人的には)興味があったのが、地下街の休憩施設が閉鎖されたというニュースだった。冬でも暖かい地下街の休憩所が、無料「街飲みスペース」として騒ぎになったらしい。コロナも収束して飲みに行くのも普通な時代になった気がするこの時期に、なぜ街飲みだったのか不思議で仕方がないが。まあ、SNSでの暴走動画と似たような、世間を騒がせて楽しむという試みだったのか。それとも、単純に貧乏な酒飲み会だったのか。

ぶら下がっている警告板を読むと、なるほどと思う説明になっている。ただ、この白い布で覆われた設備は、現代アートのオブジェのように見えるから、札幌市の担当者は美的センスがあるのかもしれない。こういう白覆いのあれこれが地下街のあちこちに並んでいると、ひょっとしたらSapporo地下街が美的空間、歩く美術館みたいなものに変身できるのではにないかなどと思うのだが。
相変わらず札幌の街は、あれこれ賑やかなことだと感心してしまった。街歩きは発見と仰天にあふれていて、なかなかやめられない。

それにしても桜の季節だというのに寒いのはなんとかならないか。