
2年前に立川のモールで発見したトイレナイのサイン。今でもまだ貼られているのだろうか。そもそも、蓋を閉めて水を流すことに科学的な意味があるのだろうか。観戦初期の頃スーパーコンピィー田を使い、ランニング中の呼気がどのように流れて、周辺にウイルスを撒き散らすかというシミュレーションをしていたが、あれとどこかに通ったものがある。擬似科学信仰とでも言えば良いのだろうか。UFOに乗ってエイリアンが攻めてくるとか、改造人間を駆使して世界征服を図る結社があるとか、そんな与太話と同レベルではないかと思う。
マスクをすればコロナにかからないというのはとんでもない暴論だと思っていたが、マスクをすれば人に移す危険性を下げられるといわれればなるほどなと思う。自分のためではなく、周りの人のためのマスク使用と言ってくれれば素直に納得しただろう。
マスクの効用を正しく説明する代わりに、三密などというおバカな標語を偉そうに言っていた某知事がいた。そのものを筆頭とする非科学的な政治屋は、まさに現代のインチキ祈祷師であり、エセ祭司であったなあ、などと思い出す。
先の大戦で「鬼畜米英」などという標語を編み出したのは、筆頭としたメディアだった。戦意高揚という名目で戦争翼賛すると販売部数が伸びたそうだ。戦争賛美が商売のネタだったからだ。コロナの時も同じで、コロナは怖い、みんな死んでしまうぞ、と煽れば最上の商売ネタになった。
そのどちらの場合も先頭に立って騒いでいたのは、「おひさま」マークのメディアだったというのが笑える。
今年はコロナの代わりに海の向こうの戦争で石油が足りないと騒ぐのだろう。人は、そして怪しい政治屋や泡銭を稼ぎたい連中は、いつの時代でも同じ手法で、大衆の不安を煽ることで金儲けをするのだなあ。
ということを考えさせてくれる「良いサイン」が、まだ貼られているか確かめに行ってみようかな。