
川越にある焼き鳥屋で昔の会社仲間が集合してクラス会みたいなことになった。ただ、面白いのがしっかりと会社を卒業したのは一人だけで、それ以外は全員中退組だ。自分もその中退組なので大きなことを言えないが、なぜか卒業生同士のクラス会はあまりお呼ばれしない。中退組が集まって昔懐かしい話をするのは良いが、同じ時間を過ごしたのは遠い昔のことであり、話題になるのは10年20年前の昔語りしかない。最近は別々の会社や組織で働いてせいもあり、近況報告もすぐに終わってしまう。となると残るのは昔の上司の悪口や同僚の暴露話となる。いつでも同じメンツが集まるわけでもないから、同じ話を何度もしたり聞かされたりすることになる。
年をとって記憶力が低下すると、昔話を繰り返し聞くのも脳トレとしては便利かもしれないが、今はまだその必要は感じない。だから最近は会ったらすぐお頃割りをすることがある。健康の話、年金の話、孫の話は一才sルキはないと。ところが、この限定をした瞬間から、実は高齢者の会話の8割近くが封印されることに気がついた。まあ、自分の話はしないで人の話を聞いていれば良いだけなのだが。
おまけにそれ以外の共通話題といえば、政治談義か宗教関連という、まさに踏んだら即死する生きる地雷しかない。となると、もはやクラス会的な会合に参加してはいけないのではないかと考えてしまう。残る安全な話題は、誰それがいつ死んだという究極の噂話しかないではないか。
こんな問題が発生するであろうことを、40代の頃には想像もできなかったなあ、というのが最近の正直な感想であります。体の不調より精神の安定を考えていかなければいけないお年頃なのですね。