街を歩く

2023年2月 の写真

秩父まで対mぐいそばを食べにいった 美味かったのはしゃくしな蕎麦だったかなあ

やはりデジタルアーカイブというものは素晴らしい。老化した脳に変わり外部記憶装置として着実に機能している。昔々であれば日記を書いて、情景をテキストに転換するという面倒な作業が必要だった。カメラが安価になり写真がお手軽に撮れるようになっても、やはり日常のさまざまなことを写真に撮って記録するには費用もかかり、また現像の手間であったり、フィルムの保管や紙焼きした写真の整理など、アーカイブとして使い勝手の良いものにするには一手間では済まない労力が必要とされた。が、今ではカメラも要らず保管作業も不要だ。スマホがあれば自由自在に過去の記録が活用できる。

アップルの標準装備であるカメラアプリも性能が上がり、検索性も良くなった。そのうちに音声で曖昧なことを言っても写真の検索ができるようになるだろうから、スマホが日記帳になるぞと思っていたら、なんと写真とテキストを合体させるアプリも標準装備になった。便利なことだ。

さて、そんな写真記録から23年2月を覗いてみると、コロナ関連の写真が一切なくなっていた。営業時間の短縮や休業規制がなくなっていたということだろう。例のワクチン接種アプリ掲示も消えていたようだ。
今になって振り返ってみれば、コロナの時期にはなんと馬鹿馬鹿しいことが起きていたのだろうとわかるが、当時はあれこれやったこと、全てがそれなりに意味を持っていた。というか、持っていると強弁するお馬鹿さんたちが多かったのだ。
個人的には「アンチ「コロナ対策」報道?の急先鋒だった某テレビ局には、一度コロナ報道の総括をしてもらいたいと思うのだが、彼らの中には「恥」という言葉と「反省」という言葉は存在しない。もちろん、外部記憶という概念が存在しないようで、全ての不都合な事実は忘却の彼方へ飛ばしてしまったようだ。
メディア関係者の脳細胞は石器時代から進化していないらしい。世間的には、からす頭などと、カラスが聴いたら怒り出しそうな悪口も聞こえてくる。

メディアが「コロナ」などあったことを忘れたがっていた、無かったことにしたがっていた時期が23年2月頃だったと、薄ぼんやりと記憶している。コロナ期の安倍・菅政府が散々の言われようで退陣して、コロナ明けの期待を込めて岸田政府頑張れ、みたいな宣伝がなされたのを思い出した。が、その後の岸田、石破政府は総理大臣をやりたかった人たちが野望を達成しただけだった。何もしない無能な政府という評判だけを残し消えていった。
何もしない政府と、あまり欲しくもないマスクを配りオリンピック開催を強行した政府とどちらが良かったのだろうかと、今であれば外部記憶を頼りに考えることもできるが。

この時期、外出に関する自主規制も薄まったこともあり、あちこちに出かけていたが、一番面白がっやっていたのは立ち食いそば屋の探索だった。コロナで相当な立ち食い蕎麦屋が潰れてしまい、生き残った店をあちこち梯子して歩いていた。
なぜ生き残れたのかを調査するつもりだったが、生き残った店のそばはどれも美味いなあ、と感じた。だから生き残ったのか、みたいなつまらない結論にたどり着いた記憶がある。外出時にマスクをしなくて良くなるには、あと一年くらいかかったはずだなあ。

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