街を歩く

2022年2月の写真

人の記憶とは頼りにならないもので、もうすっかり22年の暗黒制度の存在を忘れていた。時の政府は居酒屋など酒メイン業態の全面禁止を緩め日和見施策に移行したが、それは営業時間の短縮、それも夜営業のほぼ停止と、酒を飲みためにはワクチン接種記録を明示するという「身分証の証明」を求める暴政を伴うものだった。身分証を提示させるなど、一般市民を犯罪者扱いにするという暴挙であり民主主義の根底を侵食する悪法なのだが、なぜかテレビ局などのマスメディアはこれに対して反対を示していない。
スパイの疑いがあるから身分証明を見せろ、というのと全く同列の人権侵害であり憲法にも抵触する制度だが、コロナ怖い怖い症候群を商売相手と見出していたメディアはすんなり妥協した。まあ、彼らの2枚舌、3枚舌が明らかになっただけのことで、危機を煽って視聴率を稼ぐという粗悪な商売が顕になっただけだが。
結果として外食業界苦肉の対応として生まれたのが早朝営業、つまり不毛といわれた朝食マーケットの取り込みと(結果的にこれは失敗だった)、酒需要の時間前倒し、つまり昼飲みへの移行だった。この時期は、昼に営業している居酒屋が大増殖した。そして、どの店も午後になる前に店内が満員になるほど盛況だった。まるで米国における禁酒法時代のようなもので、ジャパニーズ・スピークイージィが爆誕した。しかし、満員による密集を避けるために作られたであろう夜閉店法が昼の大混雑を生み出しただけで、ザル法というしかない。例のマスク騒動と併せて、政府官僚と政治屋のバカさ加減が顕になったお粗末な一幕だ。
今では営業効率も考え夜だけ営業の店が大半になったが、それでもあちこちに昼飲み可能な店は生き残り、どこも高齢者(ジジイだけではなくババアも多い)で賑わっている。高齢者に外に出る習慣をつけさせ、社会行動?への動機づけをしたという意味で、悪法も何らかの意味があったということだろうか。コロナの落とし子とも言えるのが、高齢者の昼飲み習慣だ。

確かにこのころはスマホのアプリでコロナワクチン接種みを証明するのが当たり前だった。23年だったか24年だったか、ワクチン接種アプリを見せなくても良くなった。しばらくしてからアプリの動作確認すると、いつの間にかアップデートもされず、対応もしなくなっていたのが実に日本国政府らしい。
安倍政権末期のコロナに関するドタバタを象徴するのは、この接種アプリと例のマスク騒動だろう。確かもらったマスクはどこかの施設に寄付したような記憶がある。どうしてもオリンピックがやりたかったんだろうが、そんな売名行為は見え見えというのが当時のメディア評価だったろうし、一般的な市民の対応も良くて無視、悪ければ悪様にバカにするだった。
おまけにたかが酒を飲むために、このような検閲社会の仕組みを取り入れたことも、声にならない不満として政権不審の原因になっていたと思う。

まあ、日本に限らず2023年までの3年間は世界中で同じようなドタバタ喜劇が展開されていたし、アメリカでは暴動まで起こしたのだから、疫病は戦争か革命をもたらすというのは歴史の真実だったのだと、今更ながら思う。
コロナによる世界経済への打撃が、この後ロシアのウクライナ侵攻やイスラエル・パレスチナの泥沼紛争に繋がったと考えるのは歴史家のお仕事なのかもしれないが。世界的な経済失速はバタフライ効果で戦争につながる。そんな時代を象徴するような事態が、22年2月には起きていたのだな。

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