街を歩く

昔の写真 2020年2月 続き

これはとあるラーメン屋の店内風景で、昭和30年代の茶の間(懐かしい響きだがもはや死語か?)を再現したもの。個人駅には瓶入りのファンタが、特にデザインが懐かしい。デンエアきが白くいえるが、これは黒電話に着ぐるみを着せているからだ。(多分)
昔は電話機にそれぞれの衣装を凝らした「外套」を着せるのが流行っていた。今の「かわいいー」につううじる感覚なのかもしれない。
テレビのチャンネルはリモコンで操作するのではなく、つまみを右左に回すものであり、ガチャガチャと音を立てて回す。どうもこれが例のガチャガチャの発端ではないかとも思う。人は子供の時の記憶を懐かしみ再現しタックなる生き物らしい。ガチャガチャ開発者はこのテレビのチャンネル回しに深い郷愁を感じていたのだろう。

手前にあるのは石炭ストーブで、この鋳物製のストーブは当時としては高級品だったはずだ。ヘナヘナの薄っぺらい鉄板で作られたルンペンストーブというものがより一般的だったような記憶がある。ルンペンという言葉も死語だろうが、今風に言えばホームレスに近いのだろうか。屋外で暮らすルンペンが使うような安物というニュアンスだったような気がする。
石炭ストーブの上には必ず蒸発皿、大きな鍋やボウルに水を入れて下垂機能を持たせたもの、つまり今で言うところの加湿器の先祖みたいなものだ。

個人的には昭和30年代40年代に郷愁は感じない。当時は思いおしなかったが、かなり経済的には低いレベルで暮らしていたはずだが、周りがみんな同レベルだったのでそれに気がついていなかっただけだ。昭和30ー40年台は日本人が全体的に貧しかったせいでの、平等社会が実現できていたのだろう。そこから昭和50年台のバブルが生まれていくのだが、貧乏人がみんな金持ち幻想を抱けた幸せな時代だった。そしてバブルが始まる頃には、この写真のような光景は日本中から姿を消していたのだな。ちゃぶ台はなくなりダイニングテーブルになった。石炭ストーブは灯油ストーブの温風ファンヒーターにかわり、テレビはカラーになりリモコンが当然になった。

良き昭和というのはやはりこう言う光景が消え去った昭和50年代後半だったと思うのだなあ。

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