街を歩く

もう一つの五十番

新宿で老舗町中華の五十番に行ってすぐ、もう一つの五十番に行った。札幌では、これも老舗の東京五十番だ。なぜ東京が頭についているのか不思議だったが、なんとなくわかった気がする。きっと、札幌の東京五十番初代店主が東京にあるどこかの五十番で修行したのだろうな。
ちなみに、五十番と言う屋号は新宿だけではなくあちこちにあるらしい。この店の本店はもはやなくなってしまったが、学生時代からお世話になっていた札幌の格安中華代表選手だ。

店頭のサンプルケース前に置かれた「日替わり」メニューを見てあれこれ考え込んでしまった。記憶の中にある日替わりは、確か380円、おまけに消費税など払わなくて良い頃だから、払うのは額面通りだった。
この店は実に正直なお店なので、税込価格で行事しているから払うのはこの金額で良いのだが、消費税がなければあと100円ほど安い。何が言いたいかと言うと、およそ昭和後半から平成にかけての値段は変わりがなかったのだが、令和になってほぼ倍に値上がりしたと言うことだ。
食べ物の価格が上がると革命が起きる。革命は思想で起きるものではなく胃袋で起きるものだと言うのは過去の歴史が証明している。ところが、世界中のボンクラ政治屋はそれを理解しようとしない。そして、ボンクラ政治屋は最後に粛清され消滅するが、また性懲りも無く生えてくる。人類社会の害虫ナンバーワンだが、まだ自分の番ではないと思いたがる。
食品価格が二倍になったとすれば、革命の危機はその倍以上に跳ね上がると言うものだが、自分はマリーアントワネットではないと思いたがるのが、バカ政治屋の特徴だから、令和の日本は実に危ういタイミングになっているとおもうのだよねえ。中華料理屋の値段を真剣に検討する総理大臣なんていないだろうし。

本日のサービスメニューは美味しくいただいたが、この量を食べる切るのは二十代くらいまでではないかと思う。昔はこんな量、へっちゃらだったのだなと、また別の感慨を抱いてしまった。

ちなみに立地乗せかもしれないが、この店には女性の一人客が多い。およそ半分くらいがソロ女性だった。これもなんだか時代の変わり目のように見えてくる。結婚5文字働く女性がほとんどの時代だから、当然のように飲食店でも女性客が増えているはずだ。ただ、なぜオシャレなカフェ飯ではなく、ちょと賑やかで手狭な中華料理店にくるのか、と言うあたりは考察すると面白そうだなあ。隣の女性が天津飯とラーメン(フルサイズ)を食べていたので、あれこれ考えてしまった。

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