街を歩く

喫茶店の原風景で思うこと

高知県の喫茶店文化、それもモーニングセットのモリモリ具合はなかなかのものだ。喫茶店のモーニングといえば名古屋近辺の中京地区が有名だが、高知はそれに負けていない。中土佐町というカツオで有名な猟師町にも朝から混雑する喫茶店があるのだが、そこの客層は平均年齢70代オーバーのお達者クラブというか、元気なジジババ・メンバーがほとんどだ。
一人でじっくり新聞を読んでいる客もいれば、テーブル席に集まり朝の連絡会議?をしているレディースもいる。

SNSよりよほど早い情報網は朝の喫茶店ミーティングで形成されているらしい。この街の友人たちと飲みながらあれこれ話をしていると、この町では昨日の夜起きたことが今日の昼前にはみんなに知らされていると言っていた。まさに正統口コミの情報伝播は格別の速さだ。この町で悪いことはできないなと、真面目に思う。酔っ払って歌でも歌いながら帰れば、次の日の朝には「何の歌を、どこそこの家の前で歌っていた」くらいには伝わってしまいそうだ。

そんな賑やかなおばちゃんたちの高知弁会話を聞きながら、自分の高知弁リスニング能力がかなり向上していることを確認したりする。10年以上前、高知に通い始めた頃はほぼひと言も聞き取れなかったものだ。高知弁は特有な語彙・単語もありききとりが難しいのだが、一番の難関は接続詞が独特なことだ。
関東弁には存在していない「ng」という鼻音もあるようだし、そもそも勢いはある言葉だが語尾は優しい。その優しい語尾を大声で喋るという高等テクニックが高知弁には必要なのだ。

まあ、そんなネイティブな会話をだいぶ聞き取れるようになったあたりから、喫茶店でぼーっとひと様の会話を聞くともなしに聞くのが楽しみになった。

モーニングコーヒーを飲みながら、キーボードを叩き世界とつばがっているのだが、その周りで高知の朝の時間はゆったりと流れている。どうやら9時をすぎると朝の連絡会は解散になるようで、店の中は自分一人だけになる。まさに、これぞ喫茶店タイムだな、と一人満足していると、サービスのお茶がそっと出される。
この文化を無くしてはいけないと思うのだが、お江戸界隈ではすっかり見られない景色になってしまった。それがちょっと悲しい。

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