
グルメ漫画は数多くある。大体の原型は例の怪しい諸策「おいしん〇〇」にある、権威者と反抗者の対決という構造で蘊蓄を語るものだ。権威者は伝統の味の根源を語り、反抗者は新しい手法や食材の組み合わせでこれまでの限界とされていた固定概念を打ち破ろうとする。調理、料理の世界を学ぶにはわかりやすい教科書だった。ただし、科学的根拠に薄い理屈も散見し、元ネタは魯山人がほとんどだとの指摘も受ける。まあ、業界先駆者はいつも酷い目に遭うという典型だ。
ただその後、対決モードではなく、蘊蓄ひけらかしではないグルメ漫画というより評論に近い作品も生み出されるようになった。ジャンルとして成熟したのだ。「うまいもの」は味だけで決まるのではなく、社会情勢やメディアとの関係性で「生み出される」ようになったという指摘だ。もちろん、その根底には「一般人の舌はグルメの微妙な差異を嗅ぎ取れるほどの精度はない」という悲しい現実であり、それを理解した上で売れるものを作り出す、商売としての調理技術者・外食経営者という概念だった。
その典型例が、このラーメン業界を扱った、実に冷ややかな評論だ。美味いラーメンの話ではなく、昔行列を作ったラーメン屋がいかにして没落していくのかを淡々と描く。その没落を止めるには〇〇が必要だ、という教訓があるわけではない。が、味と組織の新陳代謝を図らなければ、どんな人気店も必ず没落するのだと説いている。
外食企業関係者には是非一読してほしい、目から鱗が落ちる教科書的存在だろう。個人的には、「美味いから売れるのではない。売れるものがうまいのだ。」とずっと語り続けているのだが、この話を理解できる外食経営者はほとんどいない。うまいものを作れば売れると信じている、いや、信じたいのだろうが……………それはすでに昭和に時代に壊滅した亡国理論なのだと思う。
うまさを磨き上げることも大事だが、売れるように物語を仕立て上げることもサボってはいけないのが令和の時代のお作法だろう。味の職人から外食企業の経営者として成功した、芹沢さんの人生回顧録の体裁をとっているが、これは生の現実だよねえ。