街を歩く

画期的な提案

まあ、気持ちはわかる。掃除する人の身になってトイレは使いましょう。ただ、この方式を徹底するには幼稚園から教えなければいけない「社会努力」だなあ。人類の半分を担うものの自覚に頼るのではなく(ジェンダー的発言だが、男という生物はその手の認識能力がけっって意的にダメな生存不適合種だと思います)、小児期からの教育で変革するべしということか。
エスカレータの片方開けるという文化も数十年前には存在しなかったが、いつの間にか全国に広がった。ただ、大阪以外は右アケ、大阪だけが左アケというのは文化人類学的な検証課題だと思うが。その右開け習慣が、事故発生多発で問題となっている。その原因は旅行に持ち歩くキャリーバッグの普及という技術的な問題解決から派生したと思うと、これまた面白い社会学的研究テーマだなあ。

だから、この男も座って処理しな最低限は、時間をかけて啓蒙すれば15年くらいで定着するのではないだろうか。幼稚園児から教育して、その子が18歳、つまり成人になる頃には社会的に定着する。あとは、頑固に(愚かに)たったまま所用を済ますオヤジとジジイが死滅するのを待つだけ。この座り利用という習慣が完成するまでおよそ50年というところだろうか。


ただし、その前に、和式便器の追放・撲滅をしなければねえ。東京オリンピックのおかげで、東京から和式便所はほとんど消滅したと思うが、まだ地方の公共施設にはたっぷり残っている。空港や鉄道駅ですら「和式の暗い便所」が亡霊のように生き残っているのだから始末が悪い。JRグループ各社の経営者は、敵をキレイにする前に、まずトイレのカイカウを断行しましょう。特に西日本の各社、きばれや。

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