街を歩く

蕎麦屋で一杯の至福

平日の午後、普通の蕎麦屋だと昼休みなる時間だが、すすきの近くのこの店では昼と夜の通し営業なので、ちょっと中途半端な時間に体が空いた時、実に重宝する。この日も狸小路に用事があり、待ち時間が小一時間ほどできた。しっかりと飯を食べるような時間帯でもなく、しっかり酒を飲むには早すぎる。そんな黄昏時直前の怪しい時にこそ、この店の存在価値がある。

ここしばらくの好みは「かしわ抜き」だ。濃いめの蕎麦つゆにとけ込んだ、かしわ、つまり鶏肉を楽しむものだ。かしわ蕎麦からそばを抜き取ったものという意味で、かしわぬきと呼ぶらしい。老舗の蕎麦屋では見かけることが多い。メニューになくても注文すれば作ってくれることもあるそうだ。かしわではなく海老天の入った物、「天抜き」はもっとポピュラーだろう。ただ、天抜きは腹に持たれる。さらっとしているのはかしわ抜きだ。

この店はいつ行ってもかしわ抜きが頼めるのと、ぬる燗というときっちりとぬる燗にしてくれるのが嬉しい。燗酒機でお燗をつける店は、銚子が持てないほど熱いものが出てくる。レンジアップの場合は沸騰直前だろうという、アチチなものもたまに出てくるが、そんな店は二度と行きたくないぞと思う。

そもそも昔の日本酒は芳香族系の不純物が多く、悪酔いの原因になっていたようで、それを飛ばすために温めたのだそうだ。現在の日本酒は温めなければ飲めないような変なものは入っていないので、燗酒にするのはいわゆる味変を楽しむものでしかない。
人間の舌は温度帯によって感度が違うので、冷たい酒よりはぬるい酒の方が舌にとっては優しい(味を解読しやすい)のだ。冷酒やワインのキリッとした味わいと比べて、少し丸くなった、ある意味で間抜けな味になった「ぬる燗」は黄昏時に飲むのにふさわしい。
とろんとした気分で、出汁の効いた蕎麦つゆを合わせて楽しむ。これは人生が黄昏に入ったものには似合っているなあ、などと嘯きながら飲むのにふさわしいのであります。

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