
浜小屋風の魚居酒屋は10年ほど前に大ブームになったが、今ではほとんど潰れてしまい、生き残ったのは一つだけという、これまた凄まじい結果になったようだ。〇〇水産と冠してコピー業態はほとんど消滅してしまった。
そもそもこの浜小屋風業態は生魚を食べさせるのではなく、テーブルに置かれたコンロで色々と海産物を炙って食べるというものだったのだが、今ではすっかり生魚の切り身が主流になっている。この辺りのメニュー転換も生き残りの条件だったのだろうと推測はできる。
ただ、生の魚を切って出すのは原価率が上がるだけで、実はビジネス上、得策とは言えない。過去30年くらいを振り返ってみても、生魚のコスパの良い店は単点である限り繁盛店になるが、複数店化すると必ずコストと調達の壁に突き当たる。
回転寿司チェーンでは、未利用の深海魚に手を伸ばしてみたりするが、それも安定供給という観点では課題が多い。回転寿司の大量出店を支えたのは、世界的に養殖サーモンが潤沢に供給されていたことがおおきい。また、日本人の若年層がマグロからサーモンに思考が移ったことも要因としては挙げられる。だから、魚居酒屋も必然的にサーモンをメインに打ち出すことになるが、実はサーモンは料理としてのバリエーションが難しい。そこで登場するのが、全く日本食的には関係なさそうなメニューになる。例えば、ピザだ。魚とチーズの組み合わせは、若年層獲得のためには良い考えだろう。ただ、そこでサーモンのピザを作るのでは芸がない。

最近の流行はあっさり目の仕上がりになるしらすのピザだ。これはイタリアンピザを売り物にする専門店でもさらっと登場して人気商品になっているらしい。
あとはこれにサーモンの巻物をいくつか登場させれば、現代魚居酒屋の人気メニューが仕上がっていく。
簡素な内装も浜小屋のイメージと言われればそれなりに納得できるのが、今の若年層であり(おそらくチープ感は感じないのだろう)、あれこれの要素が組み合わさって今ではすっかり全国チェーンだ。
ただ、海沿いの地方都市に行けば魚料理のもっと旨い店はたくさんあるはずだが、この店を良いと感じる客は、旨い魚を食べにきているのではない。東京人の考えた東京的なチープな浜小屋風というイメージを楽しんでいる。逆に、こんなレベルの魚で満足しているのかと優越感すら感じながら楽しんでいるような気もする。
平成はコスパの時代だったが、令和は首都圏に対する文化的逆差別、自分の街の優越感みたいなものがレストラン成功の要件なのかもしれないなあ。