
カウンターに座りメニューを見るとやはりだいぶ値上がりしているなあという感じがする。コロナ前から見れば、感覚的に5割上がったというところだろうか。今思えば、平成とはなんと物価が安定していたのだろう。その前の昭和後期、狂気のバブル時代を思えば平成は消費者に優しい時代だった。もちろん給料はあまり上がらないが、物価も大して上がらなかった。家電製品に関しては昭和から平成にかけて半額程度まで値下がりしたものが多いほどだ。
少なくともパソコンの値段は1/3以下になった。順調に値上がりしたのはトヨタに代表される自動車メーカーの製品くらいだろう。当時買った日産サニーは100万円を切っていた。マツダのワンボックスは200万円だった。今では軽自動車ですら200万円を超える。それでも日産が潰れかかるというのは、よほど経営がダメなのだろう。
閑話休題。
メニューをよく見ると時代の影響がわかるものもある。イカ刺しは一番安くてうまいメニューだった。シメサバも安くてうまい定番で、マグロはそれより倍ぐらいの値段で当たり前という感じだった。マグロこそこの店の高級品だった。ところが今ではイカ・サバ・マグロはほぼ横並びになっている。
串カツも安くて美味しい看板メニュー?だった。それがなかなかの値付けになっている。(それでも十分にリーズナブルだとは思うが)
手間とか加工とかあれこれコストが上がっているのだとは理解できる。イカと鯖は不漁による高騰、マグロは在庫過剰による卸値下げの影響が大きい。

シメサバはこれくらいの量がちょうど良い。ただ、同年輩の友人たちと居酒屋に行くと、一皿のつまみをシェアして少量ずつ嗜む傾向がある。歳をとるとそれがどんどんひどくなってきた感がする。たとえばこのシメサバ一皿を3ー4人で分けたりする。一人一切れだ。思わず試食会かよと突っ込みたくなる。
確かにみんな歳をとって昔ほど量が食べられなくなっているのに間違いはないが、実に個人的な主張をしたい。この歳になったのだから好きなものは好きなだけ食いたい。多かったら残せば良いではないか。(エコでない発言です)
ただす、自分以外の皆さんは一口だけ食べてみたいという気持ちのようなのだ。自分とは欲求が違う形態になっている。それに楯突くのも申し訳ない。
などと思うので、ソロ飲みが増える。くだらない政治の話と、家族の話と、病気や体調の話が会話の中心となるとは、まさにジジイ社会の縮図なのだが。これもちょっと食傷気味なのだから余計ソロ飲みになる。
この日はシメサバ5切れ独り占めして実に満足した。普段であれば、イカ刺しを追加するところだが、最近のイカ不漁の影響ですっかり高級品化している。注文するにもちょっと気が引ける。おまけに注文しても出てくる量が昔のようなたっぷりモリモリではない気がする。イカを頼んでがっかりするのは忍びない。
そこで、今までの人生で一度も注文したことがないものを頼むことにした。

ハムエッグだ。おそらく昭和初期、卵がまだまだ高級品だった頃の「洋食」として人気があったのではないかと推測しているメニューだ。昭和も半ばを過ぎると卵は安価で安定的な食品となったせいか、卵焼きや目玉焼きは高級品からずり落ちた感がある。
が、オヤジ世代に卵好きは多い。自分の感覚として、ハムエッグとはホテルの朝食と思い込んでいるが、定食屋っぽい居酒屋(?)ではよく目にする。酒の肴としては不思議に思っていたメニューの一つだ。それを試すにはソロ飲みがチャンスだ。
出てきた目玉焼きはやはり専門家の手による美しいものだ。自分で焼く目玉焼きはどこか歪んでしまうし焦げていたりするし、酒の肴になるほどの完成度はない。これは実にビューティホーなルックスだ。

そして、面白いことに調味料は醤油にするかソースにするかを聞かれた。ノータイムでソースと言ったが、よく考えれば醤油で食べる人もいるのだなと気がつく。目玉焼き=ソースというのは個人的な刷り込みで習慣であるのだ。
半熟というほどには火が通っていない、とろとろの黄身を崩してソースと混ぜる。それをハムにつけて口の中に放り込む。確かにこれは飯のおかずにするのは勿体無いと思った。飲み屋でハムエッグが病みつきになりそうだ。
おまけに卵焼きも一緒に食べたくなる。卵は1日1個までという古い格言が思い出されるが、あれはどうやら嘘っぱちらしい。卵は食べたいだけ食べても問題ないというのが現代知識のようなので、次回はハムエッグ&卵焼きのツインパックにしてみよう。