街を歩く

高知で散歩して思うこと

高知市内で夜散歩をするのはなかなか楽しい。繁華街の広さが散歩にちょうど良いサイズだということもある。市内中心部に観光客目当ての店が密集しているので、街のあちこちで面白い看板なども見つかる。
土佐料理の店で見つけた穴あき看板がなかなか秀逸で、女性の顔しか穴が開いていない。ただ、高知県人が女性に対して特別な何かを持っているのではないと思う。おそらくあまりにも龍馬ラブが強すぎて、龍馬の顔を穴あきにできなかったということではないか。
高知市内を歩くとわかるのだが、この街の龍馬ラブ度合いは凄まじいの一言に尽きる。他県でもその県民の誇りとなる歴史的人物はそれなりに見つけることはあるが、少なくとも東日本を中心とした戊辰戦争の負組地域では、地域の偉人、それも江戸期の人物を讃える度合いが低い。控えめというか自粛しているというか……………
ただし、戊辰戦争の勝ち組であっても、それもお札の顔になるような有名人ですら、今ではかなりぞんざいな扱いになっている。維新の元勲などと奉られていた明治政府高官およびその系譜に連なるものが、先の大戦での敗北に繋がっていると認識されているからだろう。
敗戦の原因(少なくとも敗戦後には米国により認定された)となる人物、その歴史的経緯を考える偉人とは称えにくいのがわかる。
となると戊辰戦争前に暗殺された龍馬と明治政府に歯向かって憤死した西郷くらいが、明治政府の悪徳には繋がりのない歴史的にピュアな人物として敬されている、と考えるのはゲスの勘ぐりだろうか。
高知出身では経済的に大成功した岩崎弥太郎(これも先の敗戦につながる系譜だが)や明治中期の政治家板垣などもいるのだが、人気では龍馬の足元にも及ばない気がする。ちなみに高知駅前に三人の銅像が並んで立っているが、いずれも戊辰戦争前に殺された、つまり明治政府に関係していない三人、坂本龍馬、中岡慎太郎、武市半平太だ。高知県人の戊辰戦争前後に対する評価がこれなのかもしれない。龍馬ラブを考察していたら随分と横道に入り込んでしまった。

ぶらりと歩いて見つけたのれんが秀逸だった。こんなシンプルな暖簾は最近あまり見かけない。やきとりと書いてある。屋号はない。ただ、常連にとっては「いつもの店」で通じるはずなので屋号がなくても困ることはないのだろう。
すでに食事を終えた後で見つけたので、この日は入るのを断念した。次回は絶対に行かねばならないと思わせる、ストロングスタイルな面構えだ。

店の横に回ってみたら品書きが書いてある。おー、これは期待できるラインナップではないか。品書きを上から順番に眺めていく。なるほど、本格派の焼き鳥屋のようだ。もつ焼き系はほとんど見当たらない。それは良いのだが、下段中央に怪しい名前を見つけた。土佐焼きとはなんだ?
土佐巻といえば鰹とニンニクを巻いた海苔巻きのことで、鉄火巻きのカツオ版みたいなものだが、土佐「焼き」は………まさか、鰹とニンニクが互い違いに串に刺さっている、ねぎまのカツオ版みたいなものだろうか。
そして、その隣にある「逹珍」はなんて読むのだろう? 品書きの横並びを見ると揚げ物の一種みたいな感じもあるが。うーん、謎が謎を呼ぶメニューなので、これは絶対に次回の探索候補だ。ついでに店名も確認してこよう。

散歩をしているとたまに目にする、現在高知県のあちこちに貼られている観光ポスターがある。丸にど、と書いてどっぷりと読ませるらしい。高知県の新屋号だ。もともと高知県の観光ポスターはかなりセンスが良いと思っている。時代に寄り添ったヴィヴィッドな表現である、などとお江戸の広告関係者ならいいそうだものだ。大都会から離れた高知県の魅力をおしゃれに、あるいはウィットに富んだ表現で伝えている。素晴らしい。
しかし、今回はそういった都会的な洒落のめしたものをしっかり振り落とし、実に質実剛健というか大上段に構えた太刀を一気に振り下ろした「新風」になっている。
このブランド広告の真髄と言いたいくらいよくできたポスターを作ったスタッフには拍手を送りたい。個人的にはこのキャッチコピーのようにどっぷり高知にハマっているので実に親近感もある。

そのどっぷり高知の「宴会バージョン」の舞台は、我が尊敬する年上の友人の店で、マスターアキさんと二人で満面の笑顔を見せているのは、我が心の師匠でありメンターであるキャサリンなのだが、この店に行くだけでも高知に行く甲斐があるというものだ。
ただし、早くしまるので(営業時間もどっぷり田舎モード)、電話で予約をしてからいきましょうね。おまけにこの街はタクシーの営業終了も早く、JRの終電は午後7時台なので帰りの足を確保してから飲みにいきましょう。それもまた、どっぷりな楽しみ方ですねえ。

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