街を歩く

龍馬ラブ 溢れる土地で

高知県高知市最大の繁華街は長いアーケードになっている。週末ともなれば行き交う人も増えるが、平日の昼下がりであれば人影もまばらだ。そんな通りをのんびりと歩くのが好きなのだが、いつも気になることがある。天井から時期に応じて色々な垂れ幕が下がっているのだが、この時期は高知人の嗜好がよくわかる。
日本全国の街にそれぞれ誇るべき郷土の偉人は存在するだろうが、この高知ではある人物への偏愛がすごい。「龍馬のふるさと高知」などと一大形容詞になっている人物は他にいるだろうか。明治新政府成立後、旧徳川政権に連なる政治家・文化人はほぼ排斥された。その中でも郷土の偉人として残ったのは、新撰組の土方歳三くらいだろうか。
生まれ育った北の地は、基本的に流刑地であり国防のための開拓地であったから、そもそも土着の偉人がいない。地域史で習った偉い人は内地から来た人だった。(北海道は外地扱いだった)
明治政府を築いた功労者もほとんどが反乱と暗殺でいなくなり、明治後半まで生き残ったのは長州の伊藤と山形くらいだろうか。不勉強なので伊藤、山形が郷土がどこかも知らない。おそらくその街では偉人として譴責を讃えられているだろうが、〇〇のふるさととまで言われているだろうか。

おまけにどうやら11月は龍馬の生誕を祝うらしい。〇〇さんの誕生日をみんなでお祝いするのは、お釈迦さまとイエス様くらいしか思いつかない。ひょっとしたらアメリカ合衆国初代大統領など誕生日が記念日になっていそうだが、それ以外だと王様の誕生日くらいだろう。
この国でも天皇誕生日は祝日になっているが、この高知の熱狂ぶりはそれに匹敵しそうな気配すらある。

戊辰戦争という暴力革命の結果を見る前に暗殺された龍馬の無念を高知の人々が悼み、その生前の功績を讃えようというのは理解できる。明治政府に対して反対する自由民権運動を率いた板垣よりリスペクトの度合いが遥かに高いのは、龍馬の無念さへの思いなのかなあ。
これに匹敵する偉人と言えば、やはり薩摩の西郷隆盛くらいだろうか。この二人が生き延びていたら、明治政府の方向も少しは違っていたのかもしれない。少なくとも世界を相手に戦争するようなバカ国家にはしなかっただろうと思いたい。

高知人の龍馬ラブと同じくらい、高知人の愛しているものが喫茶店のモーニングセットらしく、小さな町の喫茶店でも飲み物+100円で、こんな立派な朝ごはんが食べられる。大手外食企業は見習って欲しいものだ。
高知人の愛する龍馬と喫茶店のモーニングは全国に広げるべき文化遺産といいたいぞ。

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