街を歩く

和歌山ラーメン 

和歌山は大阪都心部南部にある、JR天王寺から1時間ちょっとかかる。お江戸の感覚で言えば東海道線で小田原、東北本線では小山、中央本線で行くと八王子と甲府の中間あたりに相当する。首都圏で隣県の街はどれもが政令都市になっているが、近畿圏ではもう少し小ぶりなお隣さんというところだろうか。そして、どうやら和歌山の街はJRの駅周辺より南海鉄道駅の方が賑やかなようだ。
有名な和歌山城の隣に県庁がある。城の隣や城の中に県庁があるというのは、お城のある街の「あるある」だが、一般的な市街地形成例としては定石的な配置だろう。城の横に県庁、その横に市役所という構図だ。
だだ、和歌山の場合はお城が南海駅とJR駅の中間くらいにある。お城の周りは官庁街で、こうなるとよそ者にはちょっと繁華街が見つけにくい造りの街だ。駅前がしょぼいが、実は離れたところに歓楽街がある。この辺りは海を隔てた徳島とちょっと似ている。

そのJR駅の地下に小ぶりな食堂街があり、麺類を提供する店とファミレスが入っていた。イタリアンファミレスは客席待ちの行列が出来る人気ぶりだったが、交通弱者である高校生を街・駅前に繋ぎ止めるにはハンバーガー店とお安いファミレスと100円ショップの三店セットが重要だ。そのてん、JR和歌山駅は優等生だと思う。
町おこしを叫ぶ前に、この辺りの人の流れというか、街の元気の素に対して、常識を理解してほしいものだとよく思う。
駅前ビルは家賃を格安にしても良いから、この三店セットを誘致しなければならない駅とバスターミナルが交通インフラなので、それをどう活用するかが論点になる。どうしても大人は自動車移動を当たり前の前提とするから、この高校生誘致作戦が思いつかないようだ。
ただし、同じ交通弱者であっても高齢者向けの施設は町おこしにつながらない。それは、コンパクトシティーを目指した各地の失敗例から明らかだ。残念ながら爺さん婆さんは群れるのが好きだが金を使わない。町おこしを支える「消費者」としては失格というべきだろう。バスが通院の道具になっている地方都市は、もっと違う交通インフラ構想を持つべきなのだがなあ。

その成功事例として評価したい、和歌山駅駅地下にあるラーメン屋に昼時に入った。なかなかの混雑ぶりだった。旅行者・観光客と地元客が半々くらいだから、商売としては良い立地ではないか。実は、和歌山ラーメンで試したかったのはラーメンではなく、サイドメニューとして定番の寿司だった。和歌山ではラーメンライスの代わりに小ぶりな寿司を食べる習慣があるようだ。頼めば即、出て来た。

包みを開けてみると寿司というには飯の量が多い、おにぎりのようなものだった。確かに、これは和歌山以外ではみたことがない。さて、食べてみようと思ったらラーメンが出てきた。まさに、ワンツーパンチが決まった感じだ。

確か和歌山ラーメンには二系統あったような記憶があるが、こちらはスープドロドロ系らしく、コラーゲン感あふれるコッテリスープだった。食べてみれば普通にうまい。現代の標準仕様に近い豚骨ベース・ラーメンだった。これがご当地ラーメンとして長く食されているのだから、和歌山ラーメンは豚骨ベース時代の先駆けだったということだろう。
関西のラーメンといえば、京都の強烈なドロドロ系スープ、それと対照的なのが大阪、神座の透き通ったスープの印象が強いが、和歌山ラーメンはそのどちらとも異なる。
神戸ラーメンなるものが存在するのか、不勉強で知らないが、やはり関西と一括りに食文化をまとめるのは無理があるだろう。京都・大阪・和歌山のラーメン文化は明確に違う。お隣の奈良は、例の「スタミナ系ラーメン」で、これまた違う県民食になっている。すごいなあ、近畿のラーメン文化。


お江戸は日本全国から一旗あげようという野心家が大量に蠢いているので、いつも食文化はカオスだ。お江戸の伝統などといっていばれるのは老舗の蕎麦くらいだし、それでもたかが300年ほどの歴史だろ。
近代和食のルーツは茶道の懐石料理だから、やはり京都には敵わない。江戸開府の当時、お江戸は東の地の果て、文化僻地でしかなかった。その後、江戸の人口急増により食文化に関していえば、もともと関西よりもっとカオスな地域なのだ。
カオスな地にはカオスの楽しみ方があるので文句はないが、お江戸のご当地ラーメンというのを食べてみたい気がする。まあ、無理だろうけれどね。

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