街を歩く

ひさしぶりのサイゼリヤ

ちょっとした調べ物でサイゼリヤのビザ箱が必要になった。中身ではなく箱だけに用があるのだが、箱を売ってもらうわけにもいかないだろうと、子供が大好きコーンピザを注文し中身はお土産として渡すことにした。しかし、いつ見てもこのコーンピザはインパクトがあるなあ。

箱のデザインはシンプルで、トッピングの違いをチェックする表示もある。ただ、元宅配ピザ屋としてかんがえると、このボックスはほぼ欠陥品だと思う。ファミレスの最大チェーンであるサイゼリヤも、ことテイクアウトに関しては素人並みの知見しかないのか。あるいは知見はあるがボックスの改良にかける金を惜しんでいるのか。
いや、すでにそもそもテイクアウト商売に関心が無区なったのだろう。コロナが終わればテイクアウト需要など放っておけということに違いない。子供でも火傷をしたら火を怖がる。日本の外食企業経営陣は、子供よりも物覚えが悪いようだ。

ただ、サイゼリヤという企業は「安く」提供することを企業理念にしているから(おそらく)、効率の悪い商売に手を染めるのは、きっと企業内倫理として悪なのだろう。
例えば、この小エビのサラダを同じ値段で提供できる外食企業は存在しない。たぶん、出現もしない。それほど隔絶した価格破壊力を持っているブランドだ。平成が産んだ外食企業の最強モデルと言って良い。
だからこそというべきか、このコンセプトに対してネット上ではいつも論争が巻き起こっているが、大抵はサイゼリヤの安さを揶揄する内容だ。曰く、あんな安物で満足しているなんて貧乏人だけだ、というような上からの発言が炎上要因になる。
個人的には「畳の上の水練」をしたがるおバカさんが多いと思うだけだ。外食ビジネスのかけらも知らないお気楽な発言だ。。歴史的には高くて美味い物を推奨する文化が生まれると、つまり身分格差が進むと、概ね革命が起き社会がひっくり返る。上流にいるものを引き摺り下ろそうとする最大の原因は、貧乏人が食えない美食、暴食をすることにあると思っている。マリーアントワネットのような言動は歴史上で一人だけではない。革命が起こるほどに、食い物の恨みは実に根深いのだ。
サイゼリヤをバカにするものは、暴力革命の中で酷い目に遭うぞ、と予告しておこう。(極めて個人的な感想ですよ)

今回のメニュー改訂でアサリのボンゴレが復活したのは実にめでたい。これを食べるためだけに、サイゼリヤに週一で通っても良いなあ。
ファストフード大手が値上げしまくって、すでにサイゼリヤよりはるかに高い「コスパの悪い業態」になっている。そのうちファストフード大手には天罰が当たるぞと思っていたら、ものの見事に業績不振に陥った。客の望む価格を忘れてしまえば、その先に待っているのは転落のみ。ハンバーガーチェーンは、コロナの前にそれを学んだはずなのになあ。チキン屋も大丈夫だろうか。ピザ屋はその手前で大混乱だしなあ。まあ、奢るもの久しからずだ。

明日はサイゼリヤに行ってアサリのパスタ食べよう。

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