
2月29日で閉店したパルコの最終を見届けにいった。店内にはほとんど商品がないのに、大量の客がゾロゾロと歩いている。もはや買い物をする気はないのがわかる。ただただ、なくなるものを惜しんで歩き回っているのだ。祭りの後の寂しさみたいなものだろう。

バブルな時代が始まる時期の開店だった。二つの建物をつなぐ空中回廊がおしゃれだった。その下の自由通路はトレンディードラマ(もはや死語だな)のロケにも使われていた。元気な昭和の最後の頃、パルコが文化の発信拠点を自負していた頃だ。

閉店直前には写真を撮るものが溢れていた。ちょっと異様な喧騒状態だった。所沢は西武鉄道、国土計画グループの本拠地であり、西武流通グループ(セゾン)がまだ元気だった頃、企業城下町として集中的に開発が進んだ。所沢駅前には西武百貨店、そして西武新宿線、池袋線の両方で所沢駅から二駅ほど離れたベッドタウンに日本一巨大な西友とパルコが配置された。パルコも最盛期には年商200億円近くあったようだ。
パルコ開店の年に生まれた子供が今では40歳の中高年になっているのだから、やはりこの地域のランドマークとして定着していたのは間違いない。

その閉店騒動があった翌日の朝、ごった返していた人影はあるはずもなく、朝イチで始まった撤去工事の最初はPARCOの文字看板を外すことだった。建物はそのまま健在だし、覆い壁も設置前だから今にも開店しそうな気がする。

ただ、自由通路は障壁で塞がれていた。店内では撤去作業をするテナント従業員の姿も見える。それをみて初めて、ああ、本当に閉まってしまったのだなと思った。諸行無常、万物流転。気分はすっかり琵琶法師になってしまった。
歩いて行けるパルコには本屋と電気屋とCDショップが入っていた。それがなくなってしまう。買い物がとても面倒くさくなる。いや、もう趣味の買い物は全部Amazonでいいかという気もする。これがパルコ閉店の理由だったのだと改めて気がついた。