
高知県の老舗洋食屋にずっと行きたいと思っていた。はりまや橋からひろめ市場に向かってアーケードを歩いていく途中で、ちょっと左折するバス通り沿いにある。店頭には大きなメニュー写真があるのですぐわかる。多分、この店を初めて見かけてから10年くらいたったはずだ。何度か店の前には来ているのだが、なぜか不思議なくらい臨時休業にあたってしまい、一度も入ることができなかった。
今回は臨時休業になりそうもない日曜日に目標を合わせてきた。そのせいで、ようやく店の中に入ることができた。めでたしめでたし。そして、注文するものは店に入る前から、いや、10年前から決めている。オムライスだ。
店内に入ると、ちょっとした高級感がある落ち着いた雰囲気のレストランだった。老舗の洋食店でよく感じる品の良いおもてなし感というか、ハレの日感だ。家族の大事なイベントのたびに通ってくる定番のお店、とでもいえばいいだろうか。クロスのかかったテーブルが非日常感を演出する。最近のファミレスは下駄履きで行けそうなお気楽食堂だが、こういう店はスーツで来なければいけないと思ってしまう。凛とした佇まいを感じてしまうのは、昭和生まれのノスタルジーみたいなものかもしれない。ホテルのレストランとはまた違う。背筋を伸ばしてご飯を食べようみたいな感覚がある。

メニューを開けると本格的な肉料理も並ぶ「正しい洋食」レストランだった。高知県はお江戸と比べて物価、特に食べ物関連の値段は2割ほど安く感じる。その感覚でメニューを見ると、これは相当にお値段の張る店だとわかる。
オムライス単品を食べれば良いと思ってきたのだが、ちょっと他のものも食べたくなってしまった。となれば、天使のエビフライを頼むしかない。ただ、天使のエビフライって何だ? 羽でもついているかのか? それとも頭にリングが乗っているか?

しばらく待つと、端正なオムライスが出てきた。比較的グラマラスなボディーのオムライスだ。ケチャップはたっぷりとかかっている。まさに自分の好み通りだ。ケチャップが少ないと、中身が美味しくてもちょっと悲しくなってしまう。オムライスとは中身のチキンライスにケチャップを加えた濃厚味にして食べるのが「通」だと勝手に思っているせいだ。だから、断じてデミグラスソースのかかったオムライスは支持しない。
しかし、この一品は本当にフォトジェニックな美しさだ。オムライスとして理想的なフォルムというべきか。卵焼きも焦げひとつない、完璧なルックスを保っている。

試しに中を割ってみた。中も美しい。チキンライスのオレンジ色と卵の黄色の調和が、目に優しい。インバウンドでやってくる海外観光客よ、これぞ日本が誇る洋食の最高峰「オムライス」だ。心して食せ、そして感動せよ、日本の食文化、そのきわみがここにある、と興奮して説教したくなるほどだ。
まあ、でもオムライスの名店はインバウンドからはひっそりと隠しておきたいのが本音なので、決してそんなことは言いません。

サイドとして出てきたエビフライも熟練の仕事だった。ただ、天使の意味がやはりわからない。ひょっとしたら、自家製タルタルソースのことなのだろうか。タルタルソースも、至極うまいと感じた。このソースでもう少しフライが食べたくなった。
食後、実に満足しながらも、次に来れるのはいつになるのだろうと不安になる。我が身にまとわりついている「臨時休業」にぶち当たる悪運を、どこかでお祓いしてこないと、またお休みの日に当たってしまいそうだ。