街を歩く

研究 味噌ラーメンの変化

札幌 味の三平 味噌ラーメン(これが元祖味噌ラーメンらしい) チャーシューあり

味噌ラーメンというと思い浮かぶレシピーがある。それは味噌ラーメンの元祖と言われる店のものだ。もともと醤油ラーメンを客の注文で味噌汁仕立てにしてみたのが始まりで、そこから改良を続け完成したものだそうだ。原型である醤油ラーメンとの違いは、醤油ダレの代わりに味噌を使ったことと、炒めたもやしをトッピングにしたことのはずで、そのバリエーションにチャーシューを抜いて、もやしと挽肉いためを載せた。
こんな感じに理解をしていた。ところが、その後も味噌ラーメンは全国に拡散し浸透する中で、変質というか進化というか、原型とは全く異なる異形に変わっていったらしい。
その異形への変化についてお江戸に出てきた我が身の感覚で申し上げると、初期のお江戸作り味噌ラーメンは間違い無く劣化コピーで食べる価値なしだった。それが、西国のとんこつラーメンの侵略と融合の時代に、なぜか豚骨スープが触媒となり、お江戸を中心にラーメンの大革命が起こった。それに合わせて、味噌ラーメンも百花繚乱の時代を迎える。

満州の味噌ラーメン チャーシューなし

関東系町中華チェーンである「満洲」は、お江戸の周辺部に拠点を置くだけあり、埼玉ラーメン的な要素もあるが、ひき肉もやし炒め、チャーシューなし属の中ボス的存在だ。
濃いめの味噌味は「元祖」とはずいぶん異なっている。どちらかというと麻婆ラーメンや焼肉ラーメン的な「濃いめ焦味噌」風な仕上がりになっている。もやし炒めにさまざまな野菜が加わり、野菜増し増しにもなっている。濃い味な味噌ラーメンでありながら野菜により健康的イメージを押し出し免罪符を得ようとする健気さがある。まさにお江戸風な、小洒落たアレンジかもしれない。

餃子の王将 高知駅前 チャーシューなし

その系譜に繋がるのが、最強町中華チェー(全国)である王将の味噌ラーメンだ。見た目は満洲系味噌ラーメンに酷似しているが、味付けはちょっと変わっていて辛味がきいている、野菜のアレンジも違うが、これはもやし炒めというよりは八宝菜系のアレンジのようだ。満洲と王将は、それぞれルーツの地が東西と別れているので、どちらかが早い時代にパクったか、それとも東西で並行進化したものかはわからない。ただ、味噌ラーメンの侵略経路を考えると、北から南へ進んでいったはずなので、満洲が早い時期に先行導入し、、王将が東国侵攻を進めるときに導入したと思うのが自然だろう。お江戸の味噌ラーメンは、元祖インスパイア系濃い味属とでもしておこう。
東西の中間点である静岡県で味噌ラーメン調査を進めるべきだとは思うが、東海の覇王「五味八珍」では餃子に気を取られてラーメンはなおざりにしていた。再調査が必要だ。

札幌 羅妃焚 特製味噌ラーメン チャーシューあり 生姜あり

味噌ラーメン発祥の地札幌では、元祖の跡をついで(暖簾分けではなく独立系のようだが)、次々と味噌ラーメンの名店が生まれている。一番大きな変化は、豚骨スープを導入したもので、濃厚を超えたトロミさえ感じられるものも多い。
面白いのが、豚骨スープ発祥の地である九州でも豚骨味噌ラーメンを見かけるようになったが、どうもその味は北海道豚骨スープ属には負ける。九州豚骨スープ属は更なる進化を遂げてほしいものだ。
付け加えておくと、札幌味噌ラーメン界に高く聳える孤峰「彩未」は自ら「すみれ」の継承者であるといっているが、味噌ラーメンにおろし生姜をトッピングするという進化をなしとげ、数々の追従者を生み出した。それは「彩未」派という新ジャンルに認定するべきだろう。
中京では「台湾ラーメン属」が最大勢力になるが、それと対抗した味噌ラーメンも存在しそうなので、後日の研究テーマとしたい。

ちなみに、東北諸県と新潟県で味噌ラーメンの勢力は極小だが新しい味噌ラーメンチェーンも生まれている。
新興ラーメン圏である長野は、長きにわたるそばとの戦いにようやく曙光を見出し、信州味噌ベースの名店が勢力拡大中だが、味噌ラーメンと並行進化したハルピンラーメンがエース的存在だろう。

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