
祝日の朝早くから渋谷に用事があり出かけた。朝早くだというのに、というか朝早くだからというか、渋谷の街中を酔っ払った若い方がたむろしていたり、奇声を上げていたり、なかなか賑やかだった。
おまけに路上がゴミだらけで、まるで20年前に行ったNYCを思い起こさせる。このゴミだらけの道路も道沿いにある商店の営業が始まる頃には、街の人たちが掃除をしてくれているから、ゴミも目立たなくなるのだろう。
酔っ払いが汚した朝の街をまともに見るのは初めてだったせいもあり、なんともいえない気分になる。おまけに、ゴミとして散らかっているのが缶チューハイやビールの空き缶と弁当の殻・箱で、路上で二次会、3次会をやったことがわかる。
若い方?は、飲み屋に行って酒をのむ金がないのだろう。(多分)おまけに飲んだ後、飯屋に行って何かを食べる金がないのだ。ということがわかった。コロナの間に流行した路上飲みは、飲む店が空いていないせいだったはずだが、今では通常営業している飲み屋に行かず路上で飲むらしい。これは単なる貧乏の現れのように思える。
深夜の路上飲みはコロナの落とし子で、もはや見栄を張ることなく路上飲みができる文化?態度が出来上がったみたいだ。もはやホームレスの宴会と深夜の路上飲みには境目がない。文化の退廃というより、美意識の変化なのか。
増税メガネのおっさんは日曜の朝、渋谷の街でゴミ拾いのボランティアでもしなさい。そうすれば、いかに国民が貧乏になったか実感できるぞ。と思いました、はい。
高級マンションが立ち並ぶ某公営放送の搬送口あたりでも、コンビニ込みと空き缶は散乱していた。この辺りの住民は、高い家賃を払いながらゴミにまみれた町に暮らすことを納得しているのだろうか。

その渋谷の高級マンションが立ち並ぶ一角で、まさかの昭和アパートを発見した。雨戸が締め切っているので、まだ誰か住んでいるようには見えないが、深夜の喧騒(路上飲み会)が嫌で雨戸を締め切っているのかもしれない。やはり東京という街は、まだまだあちこちに不思議空間が残っているのだなあ。

その昭和が取り残されたようなスペースから5分も歩くと、超絶大都会の渋谷109前にたどり着く。そこでは、なんとこれまた平成前期カルチャーの落とし子、たまごっち復活のイベントがやっていた。なぜ、109前でこれだよと頭を捻ってしまったのだが…………
イベントを仕切っているらしいおっさんが、ベビーカーに乗っている子供に、何やら渡していた。たまごっちの英才教育を2歳児くらいから始めるつもりかと思ったが、おそらくターゲットはベビーカーを押している母親で、まさに彼女はリアルにたまごっちで遊んだ第一世代だ。それに気がつくと、イベントおっさんが急に頭が良い人に見えてきた。また、たまごっちが流行るのかな。確か第一世代では過剰在庫で販売会社が潰れかかったはずだが。
渋谷には昭和と平成と令和のカオスが共存しているのだな。