
8月も下旬になれば多少は涼しくなるだろうと旅に出たのだが、とてつもない悪運に見込まれたらしく、毎日移動するたびに移動先が日本一暑い場所になっていた。最終目的地の新発田城は午前中に見て回ろうと思ったのだが、昼前にも関わらず気温はその日の最高温度に達していた。新発田城を見た後で、コミュニティーバスで駅まで戻ることにしたていたのだが、多少待ち時間があり、日差しを遮るものがないバス停でバス待ちをしていると倒れてしまいそうだった。
そのバス停の前に、自衛隊の広報資料館があるので、待ち時間の間に見学をすることにした。館内はとてつもなく涼しく、まさに生き返るありがたさだった。

資料館の中には、新発田城の解説もあるが、主な展示物は明治以降に設置された帝国陸軍のもので、その時代にはこの建物が兵舎だったようだ。帝国陸軍は新発田城の本丸から後ろの部分を駐屯地として利用した。そのため城は、大手門付近(城廓の前部分)だけ残されているが、現在ではその先が自衛隊の施設となっている。本丸跡地は壁で仕切られているのが悲しい。
この兵舎跡はその城の後ろ半分にある。自衛隊敷地内にあるため、城からはぐるっと堀沿いを回ってこなければならない。(現在は陸上自衛隊第12旅団第30普通科連隊が駐屯しているため、一般人の立ち入り、通り抜けは難しい)

資料館の展示物は、なかなか興味深い。明治時代の軍服、そしておそらく鹵獲兵器である洋式短銃のコレクションなどがある。ひょっとすると帝国陸軍将校からの供出物なのかもしれない。ただ、手入れをしていないせいか(あるいはすでに銃口を埋めるなどの不使用化がされているためか)見た目が相当悪い。そこが残念だ。
また、展示に関しては現役自衛隊の設備として、どうだろうかと思われる表現も散見する。言葉狩りの対象になりそうな、危ない用語だらけだった。良くも悪くも、帝国陸軍の跡という感じが滲み出ている。戦後の民主日本を基盤とした自衛隊の広報施設としては、他にある施設と比べると微妙な差異がある。これまであちこちで見てきた自衛隊の広報施設とは、ずいぶんテイストが異なる。
同じ陸上自衛隊の広報施設でも練馬第1師団近くにある「りっくんランド」と比べると、これが同じ組織なのかと思うくらい見せ方が異なっている。ただし、バスの時間待ちでたまたま入っただけなのに、ずいぶんお勉強になった。ちなみに海上自衛隊の広報施設では、佐世保にある博物館的な資料館が、これに似た雰囲気だった。やはり自衛隊(防衛省)にも、それなりの思惑があるのかもしれない。家族向けの大規模広報施設とマニア向けの小規模な施設みたいな区分だろうか。軍オタであれば、諸規模施設の方がワクワクするだろう。
この資料館は、もう一度しっかり時間をとって見に来たい施設だと思った。ちなみに、案内してくれた自衛官の方はとても親切だった。

徳川時代を無事凌ぎ切った新発田城も、戊辰戦争の動乱で明治政府に接収され帝国陸軍駐屯地となってしまい、お城の姿を変えてしまった。その後は自衛隊の駐屯地になり、城の前面しか残っていないが、一度も戦乱に巻き込まれていないと思えば、城の使命を全うしたと言える「幸せ」な城なのかもしれない。
大手門前に「城の完全復旧」を目指す幟が立っていた。明治の怨念が、まだ残っているのだろうか。しかし、自衛隊駐屯地の移設には、ずいぶんと金がかかりそうだが。