旅をする

各駅停車の旅 ラストラン

新潟から弥彦神社に参拝に行った。その後は、もはや帰るだけ。寄り道もせず延々と各駅停車の列車を乗り継ぐ。長岡を経由して新潟平野の南端というか、山の麓の駅で群馬県に向けて乗り換える。谷川岳をくぐり抜けるトンネルを過ぎれば、ついに関東平野に戻ってくる。これを逆に通れば、昭和の巨匠が書いた有名な小説のコースになる。が、季節は夏だし、そもそも旅をするときに「国の境」を今の日本人が意識するものか?飛行機や新幹線での旅では、日本全体がのっぺりとした地続き感しか感じられない。この各駅停車の旅でこそ、ようやく地域の差を確かめることができる。ただ、そんな酔狂な真似をするものがどれだけいるだろうか。
その「国の境」手前で山の中にあるこじんまりとした駅に止まった。なぜこんな場所に駅があるのだろう、と言いたくなるような場所だった。旅の最終日にはふさわしい光景だなと思った。

長岡で駅弁を買い込み、ラストランは鉄道旅らしく駅弁とワンカップと決めていたのだが、長岡駅でも駅弁は新幹線ホームで販売しているようだ。在来線のキオスクでは、普通のコンビニ弁当しか見当たらない。
駅弁は諦めるしかない。おにぎりを二つ買い込み、昼飯として食べることにした。最近は各駅停車の旅で注意が必要なのが、弁当を食べた時のゴミ捨て場所の確保だ。車中はゴミ箱なしも当然だが、乗り継ぎ駅によってはホームにゴミ箱が存在しないこともある。
駅の待合室で食べるればゴミ箱がある。が、関東平野から首都圏に向かう路線ではゴミ箱なし駅の方が当たり前になる。駅弁が買えないのであれば、ゴミは軽量化したい。おにぎりであれば、出てくるゴミはプラ包装紙なので対応も簡単だ。こういう「各駅停車あるある」な知恵が、確定旅では重要だ。(えへんえへん)
おにぎりを食べながらワンカップというのは、初めての経験だったが、米を食べながら米の酒というのは、案外日本人の基本かもしれない。普通に、うまい。
テレビの鉄道旅番組にならって、最後は「呑み鉄」で締めようと思ったのだが、ちょっと変形スタイルになってしまった。

乗り鉄を楽しむとは、各駅停車の旅をすると思うことだと思うのだが、だいたい全国のどこでも、朝と夕方は高校生に囲まれる。今回も同じようにどの路線でも高校生の大群に出会った。ただ、コロナの影響なのか、空いている席に座る学生が少ない。テレビのニュースで、都会の「密」を2年間も脅しまくったせいなのかどうか。余計な報道(偏向報道の一種だと思っているが)で、日本の社会を変えてしまったメディアの責任論をそろそろするべき頃だなと、旅をしながら思った。

次に各駅停車の旅に行くときは、絶対に座布団を持っていくぞと決意した。

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