食べ物レポート

日高屋でちょい飲み復活

好物イカフライ 居酒屋でありそうでないメニュー

中華料理屋日高屋がようやく常態帰した。元々は全国ご当地ラーメン屋だった日高屋が、中華食堂に代わった後でチョイ飲み屋になった経緯は色々とあるのだろう。多店舗展開が一気に進んだのは日高屋ちょい飲み業態になってからだと思うので、変化を続けることは大事だ。ただ、成功コンセプトとして一度確立すると、そこからの変化がまた難しくなる。成功体験が進化を縛る。その縛りを解き放つには、一度手痛い失敗というか逆境に会う必要がある。成長の第二ステージというのは、そういう苦しみが養分になるようだ。たまには、その痛みに耐えかねて枯れてしまうこともあるが。今回のコロナ禍というものは、居酒屋を含めた夜の酒商売に手痛い教訓を与えた。これが第二の成長の引き金になることを願いたい。

爆弾炒め ネーミングが不思議だが、キムチ入りの辛い肉野菜炒め

去年の自粛制限・時短が緩んだ時には、昼飲みが増えていたような感覚があった。それが今回の禁酒・時短解除で、その流れが変わったような気がする。昼飲みするオヤジが減っている。当たり前だが、昼飲みは夜飲みの代替品だったので、みんな夜飲みに戻って行ったのかも知れない。
しかし、夜の街を歩いてみても、あの夜の猥雑さというか、酔っ払いが盛り場で賑やかに歩いている感じが全くしない。結局一年半にわたる禁欲生活は、社会から「酒を飲む楽しみ」をとりあげてしまった。確かに、酒は飲まなくても生きていける。飲まない人から見れば、酔っ払いの気がしれないというのが本音だろう。飲酒とは、馬鹿げた散財で、時間の無駄遣いで、おまけに体に悪いダメな習慣としか見えない。
タバコは煙が直接にかかってくるので、禁煙対策が先行しただけだ。次は禁酒が待ち構えている。ただし、人類にとって飲酒は喫煙よりはるかに古い習慣で、あまり信じられない伝説では猿の時代から酒を飲んでいた(らしい)。
だから、社会的禁酒はだいぶ時間がかかるだろうが、1970年代は禁煙大国アメリカですら、いたるところでタバコが吸えた。飛行機の中でもタバコが吸えた。それが50年経ってみたら、喫煙者は依存症扱いになり、タバコを吸う場所を探すのは都市伝説級のダンジョン攻略に似た困難さがある。だから、今から50年も経てば「飲酒は禁止」どころか「酒を製造、所持したら」犯罪になる時代か来るかもしれない。
そうなると日高屋も非合法飲酒施設になるので、ちょい飲みは廃業して、第3の進化が必要になる。とすると今のうちに、好物のイカ唐揚げと爆弾炒めを肴に、せいぜいたっぷりと酒を飲んでおこう、と言い訳をしながら遅い昼酒を楽しみました。

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