書評・映像評

ハンガーゲーム

ハンガーゲームのDVDカバー by amazon

日本映画の限界点?

古い映画で公開時には見逃していた。気になってはいたが、ずっと見ていないまま、七年も経ってしまった。
面白い、と言って良い作品だし、映画館で見れば迫力も違ったのだろうといささか後悔した。この手の話は、日本ではつくられないなと思う。主人公が女性で、圧政国家のもとで虐げられる下層階級、弱者の反撃の物語。
この設定が、日本映画ではない、ほぼ完璧に存在しない。日本映画界の面白いことの一つだと思う。せいぜいヤクザ同士の抗争が思考の限界で、その上の規模になるとテロ対策や怪獣出現くらいしか思いつかない。そして対応は政府任せ。政府は正義の味方だという設定だ。たまには悪辣な政治家も出てくるが、それも正義の味方の若手政治家や若手警察官僚に仕留められる。悪逆非道な政府とそれに対抗する市民という絵柄が、映画会社の中ではタブーなのではないか。「バトルロワイヤル」では悪逆な政府が描かれたが、政府を倒すではなく生き残りゲームの話で終わっている。

やはり暴力革命で作り上げた政府は、いつか悪逆化してまた倒すべき存在になるという考えは、合衆国市民のDNAみたいなものなのかもしれない。基本的に政府を信じない。大きな政府は必ず腐敗する。こういう考えかたが根底にあるから、憲法で守られた権利として銃の所持を認める国なのだろう。銃は身を守る、それも政府から守るための武器という建国以来の伝統なのではないか。

女性で女性で強いは現代アメリカ

かたや150年前に内乱で暴力革命を経験したはずの日本に残ったDNAといえば、お上には従うものという「主と従の関係」的なものなので、お上が下を裏切るということを信じ難い体質になったと言えるのではないか。
そして、暴力革命の血は先の大戦の敗戦ですっかり打ち消されてしまったのだろう。だから、日本では悪い政府に対する反抗というテーマの映画が作られないのだ。
そして、まだまだジェンダー的な差別感も強い。当然、革命の騎士がジャンヌ・ダルクであるような話は映画でも出てこない。女性蔑視の風潮はまだ強いままか。
最近での例外はNHK大河ドラマで描かれた会津藩の女戦士が描かれた『八重の桜」くらいだろう。
倒されても仕方のない、ダメ政府の典型として日本国政府が描かれた作品などあるのだろうか。(まあ、今の政府の実態が喜劇的でバカの集団で、実態の方が映画にするよりおもしろいと言われればそれまでだが)
唯一、アニメとゲームの世界でだけは、この「日本的」な制約が取り払われ、強い女性主人公が革命の闘士であり、日本国政府は悪逆非道で、政治家はクズの塊として描かれる。強い女性は「キューティーハニー」以来のアニメ界の伝統で、ダメ男については「ドラえもん」が教科書みたいなものだ。(ドラえもんに登場する男は、最低限に良い方に見積もってクズ、普通に言ってもダメが三乗くらいのクズだ。

強くて戦うヒロインは、アメリカ映画では多い。「エイリアンシリーズ」や「トゥームレイダー」など数多い。「インディージョーンズ」や「ハンナプトラ」と対抗できる。最近では「ゴーストバスターズ 3」で女性トリオが主人公だった。

ハンガーゲームの主人公は強い女性ではあるが、国家転覆を目指しているわけではない。悪逆な政府に疑問を抱くが、生残りこそが最大の課題であり、他の連中の幸せは、知ったことかという立ち位置でもある。なんとアメリカ人の心の奥底にある「正義」や「政府不信」や「生き残りこそ強者の条件」という、伝統意識がするっと表に出ている。これがキャプテン・アメリカやスーパーマンではない、普通の女性に託された物語であるというのが、この作品の肝なのだろう。
アメリカでは大ヒットしながら、日本ではほぼ不発だったらしいが、このあたりの国民心情の底にあるものの違いが、好き嫌いに現れたのではないか。続編ではいよいよ反政府運動に入っていくらしいので、アメリカ人は大好物な話になるのだろうなあ。悪逆な政府と戦う、戦いに巻き込まれていく若き女性。そして、日本では全く受けない構図かもしれない。

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