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エアーパーク 航空自衛隊広報館  って・・ 

エアーパーク についてもう少し話をすると・・・。
この看板を見て、どのような施設が想像できるだろう。プレハブの平屋で、6畳くらいの小部屋が2−3個あって、なんだか古いものが適当に並べてあるみたいなイメージしか出てこない。広報するなら、もっとしっかりした看板作ってアピールしようぜと言いたくなる。

ちなみに、これは航空自衛隊、空自の広報施設なのだが、陸自、陸上自衛隊の広報施設は練馬の陸自第一師団(首都防衛のため一番えらいのだね)の隣の朝霞の陸自施設にある。愛称は「リッくんランド」。あれれっと言うネーミングだが、これが陸自センスらしい。海自、海上自衛隊の広報施設は、帝国海軍の本拠地だった「呉」にある「てつのくじら館」と、やはり軍港佐世保にある「セイルタワー」。いちばん派手な?な施設は空自のエアパーク。すごさでいえば「てつのくじら館」。これは潜水艦を高さ10mくらいのビルの上に持ち上げ、中に入れるように改造した凄い施設。ただし隣が大和ミュージアムなので、ちょっと負け気味。大人しいのは佐世保の「セイルタワー」だが、歴史のお勉強にはここが一番よろしい。リッくんランドは、なんと言うか、良いプロデューサーを入れて構成し直した方が良いと思う。展示物が「物置に放置されたいらないもの」感が強く台無しだ。昔のデパートの屋上の遊園地状態というか、単純に展示品がかわいそうだぞ。

話を戻すと、エアーパーク も外見だけ見れば大型機の格納庫みたいだから、たいしたことないといえばそれまでかもしれない。でも、「私、実は中がすごいんです」ってことなのだ。この大型格納庫の中にどれだけ航空機が収められているか。

SFアニメファンの方は是非ここに来て実機モデルを愛でるべきだなと思う。質感と重量感を味わい、そして自分の体と比べての大きさを体験すべきだろう。カタログスペックで覚えた全長とか翼幅とか高さとかは、実機(展示機)の横で体感すべきだ。
ちなみネットで探索してみたが、三菱F1とコスモタイガーはほぼ同サイズで、翼幅がコスモタイガーが少し長いようだ。ただ、そうなると全長300m弱のヤマトに一体何機コスモタイガーが搭載できたかという謎は深まるのだが。3機載せたら、波動エンジン置く場所がなくなりそうだ。

F1機体解剖図なども、この施設にこなければ見られない。少なくともネットで見つけられるのは、この写真だけだった。好きな人はみんなここに来て写真を撮っているのだね。

ただ正直にいえば、この施設でも他の海自や陸自の施設でも、いちばんたのしいのはミュージアムショップで面白グッズを探すことかもしれない。特に陸自は首都圏にあるせいなのか、実に奇妙なものが売っている。陸自推薦のクッキー(キャラ付き)など、相当レア度も高いし、ネタにするにも楽しいと思うのだが。入場無料なのでお暇な時にちょっとよってみるのも良いと思う。お出迎えは制服自衛官だ。ただ現在はコロナ騒動のせいで休館中。おそらく6月になれば開くとは思うのだけれど。

言っておきますが、ミリオタではありません。カタログスペック、詳しくありません。61式戦車(多分)と海自観艦式で護衛艦に乗った経験ありますが。本当にそれだけです。

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浜松エアーパーク 日本の誇りになれなかった航空産業の無念が・・・

2年ほど前に行った浜松エアーパーク は航空自衛隊の基地のそばにある。ここに日本の最初の航空自衛隊基地が置かれたからのようだ。このエアーパーク は航空自衛隊の広報施設ということで現役自衛官が運営している。つまり国営施設で航空に特化した博物館ということだ。そもそもで言えば、航空機の発達は民需というより軍需で進んだわけで、今も昔も日本の商業路線で飛んでいた民間飛行機はほぼ輸入品。戦後になり、はじめて国産商業機が飛ぶようになったが(YS11)、今でも全日空や日本航空で国産機は飛んではいない。だから、民間機の航空博物館はできるはずもないだろう。所沢にある航空記念館では軍需、民需、ごちゃ混ぜの展示になっているが、国産機には関係ない。

先の大戦であれだけ他種の航空機(軍用機)を設計製造したにもかかわらず、敗戦後には航空機製造が許されなかった為、日本の航空機製造技術は断絶したと言ってよい。現在、ビジネス航空機製造に乗り出している三菱は戦前の流れを辿れる航空機メーカーだが、ホンダはもともと二輪車メーカーだし、当時の三菱と並ぶ中島は自動車メーカーに分解されてしまった。(それでも日産系の会社が日本のロケット製造の一翼を担っているので、なんとか航空屋の血は受け継がれたと考えるべきだろう)だから、日本の航空機開発の歴史といえば、軍用機が主体にというのも無理はない。などと考えながら、正面にあるセイバーを見上げてちょとお複雑な気持ちになった。これは戦後の最初の主力ジェット戦闘機だったはずだ。もちろん米国製。世が世であればジェット式震電がここにいたかもなあなどと思う。

普通の大きさの体育館(中学校とか高校にあるサイズ)でいえば10個分くらいの広さがありそうな屋内展示館に入ると、やはり一番良居場所にあるのは、日本の名機、零式艦上戦闘機、通称ゼロ戦だった。三菱の設計ではあるが造機数は中島の方が多かったという記述を見たことがある。あとは、機体が完成した後の移動が牛車だったという解説を読んで、当時の日本の工業力のアンバランスに笑ったこともある。何にせよ、零式艦上戦闘機の実機を観られる場所は日本の中でも数少ない。アメリカ合衆国首都にあるスミソニアン博物館でも見ることはできる。保存状態は非女王によろしいようだ。が、あそこは日本人にとってはずいぶんと居心地が悪いところでお勧めしない。ワシントンで第二次世界大戦の説明文を読んだら、それは当たり前のような話だと思うが、日本はアジアの悪の帝国扱いされていた。だいぶ気持ちが落ち込む記載なのだ。

零式艦上戦闘機に匹敵する戦後の国産軍用機の傑作は三菱F1だが、その製造に至るまでの同盟国からの輸入機の数々も展示されている。F86、F104、F4、F15と続くファイター系。その他支援機、警戒機、ヘリコプターなどなど。コックピット内をのぞける機体もあるので、いくら時間があっても足りない。もしも、の話で妄想するのだが、現時点で欧州勢のエアバスと合衆国のボーイングの一騎打ちになっている大型旅客機も、ひょっとしたら三菱中島航空製造社製の「さくら」とか「ふじ」とかいう機体が対抗していたかもなあ・・・。日本製の機体はやはり空気が優しいねえ、とか、トイレの作りにきめ細かさが出ているとか、脱出時のスロープの手触りがなんともいえないとかいう評判があったりして。これぞ日本の誇り「第三世代さくら 34式改2型」なんて航空オタクが騒いでいる時代があったかもしれない。

学生の団体見学に使われることも多いようなので、曜日と時間によっては結構混雑するのかなとは思うが、航空機ファンにとってはまさしく羨望の場所だろう。実際の機体の大きさは、やはり隣に行ってみなければわからない。アニメでよく登場する空対空ミサイルも、機体の下にぶら下がっている絵だけではよくわからないが、展示機のダミー弾を見ればなるほどと思う大きさだし重量感がある。
ミリオタと言うには知識が足りないが、この機体に乗って飛び回っている人たちがいたことはよくわかる。

虫歯があると航空自衛隊に入ってもファイター乗りにはなれないと知って諦めた元航空少年としては、まさしくエアーパーク は楽園に一番近いところだった。ちなみに、虫歯はしっかり治療すればファイター乗りになれると聞いたのは30歳過ぎてから。遅すぎるんだよね。