食べ物レポート

鳥貴族のチキンバーガー店

鳥貴族が焼き鳥屋に続く第二業態として開店したチキンバーガーの店に行ってきた。場所は大井町という、一号店としてはちょっと意外な場所だ。そもそも本拠地の大阪ではなく、なぜ東京で??とも思う。情報発信として東京を選んだのか、テストマーケットとして大阪より東京が良いと考えたのか、その辺りがわからない。

バーガーといえば、ポテトとドリンクの三点セットというのは、もはや業界常識だから、そこでオリジナル色を出すつもりもないようだ。フライドポテトの代わりに、別のものをつけたくなる誘惑はきっちりと断ち切ったらしい。
チキンバーガーは8種類あるが、全て390円の同一価格で、このワンプライスのこだわりは鳥貴族のDNAみたいなものだろうか。ただ、サラダチキンを挟んだものは、バーガーというよりサンドに近いので、バーガーは6種類というべきかもしれない。バーガー・ワンプライスについては、ちょっと議論の余地があると思う。松竹梅というか上中下のプライスラインを作らないと、プレミアムバーガーとかバリューバーガーといったキャンペーン対応のコンセプトが作れなくなる。マーケティング的には自由度が狭まるのをどう判断するかだ。
包装紙などにも最近のリサイクル、プラごみ問題を気を遣っているようだ。店内飲食ではドリンクの蓋(プラスチック製)を諦めれば良いのになあという気もする。

おそらくメイン商品であろう「トリキバーガー」はシンプルな作りで、カリッと揚げたチキンとレタスにマヨネーズという組み合わせだった。鶏肉が生姜味ということを除けば、あまり他のファストフード商品と差別化されていないように思う。バンズも大きめなので、某フライドチキンチェーンのクローン・コピーと言われそうだが、生姜味でかろうじて違いを出したというこだろう。
揚げたてのチキンが挟んであるので、普通にうまい。あつあつ感でいえば、某大手ハンバーガーのチキンバーガーより、出来が良いとも思う。ただ、どこかで食べた感が強く、オリジナルな感じがもう一息欲しい。

店内は、90年代に流行っていたタイル貼りの壁で明るいデザインだった。これは令和キッズには目新しいかもしれない。少なくとも平成時代のどこか暗い感じのデザイン、あるいはコンクリート剥き出しの無機質感とは違っている。席と席の間隔もファストフードとしては広めで、ゆったりのんびりと過ごせる仕上がりになっていた。学生が宿題を片付ける場になってしまった、大手ファストフードの雰囲気とはちょっと違っている。

不思議なのは、ビルに「袖看板」と言われる通行者に正対する形の店名看板が存在しないことだった。隣のビルの居酒屋の袖看板はしっかりと目立つ。ビルの大家の考えで、袖看板が設置できないのかもしれない。ただ、実際に店を探している時に、袖看板を頼りにしていたので店頭正面に来るまで、店の存在に気がつかなかった。
一号店ということであれこれ実験途中なのだろうがオープンから3ヶ月ほど経過した。そろそろ運営実験の段階から、改良型の展開時期だと思うので、2号店がたのしみだ。

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回転寿司の困った客になった話

回転寿司のネタ(食べる方ではない)をサラッと。今や、回転寿司はタッチパネルでの注文が当たり前で、そもそも寿司皿が回っていない店も多い。注文した寿司はベルトの上を高速で流れてきるので、寿司を作っている人(職人ではないだろう)の姿も顔も見えない。無人店舗にも見える。だから、客と店との接触は、タッチパネル越しになる。だとすれば、タッチパネルの使い勝手の良さが、良い店、使いやすい店という意味になる。大手回転寿司屋のタッチパネルは、どこもイマイチの出来というか、使い勝手が悪いと思っているのだが、是非ともがってん寿司の操作性の良さを見習って欲しい。そもそもガがってん寿司はカウンター内で職人が握っている対面型の回転寿司で、タッチパネルではなく声をかけて注文しても良さそうだなものだが。ピーク時の注文や会計の簡便さなどを考えた上でのタッチパネル導入なのだろう。(と思っていたら、隣の席の高齢の女性は全て口頭で注文していた。まさに、言ったもの勝ち状態だった)

そのがってん寿司で注文するのは、おおむね高いネタではない。イカ三種盛りとゲソをそれぞれダブルで注文する。不思議なことに、ほかの回転寿司屋ではゲソが取り扱かわれていない。立ちの鮨屋ではゲソ(甘ダレ付き)を頼むのは当たり前だと思っていた。ところが、回転寿司では手間を嫌うのか、ゲソがないことが多い。それを頼めるだけで、自分の中の寿司ランキングは急上昇する。そのせいで、ついイカを連発して頼んでしまう。
イカ三種盛りはイカ、イカの耳に、生のゲソという、これまたイカ・バリエーションのゴールデントリオなので見逃せない。結局、イカだけ食べて頬ほぼ満腹になり、最後に軍艦巻きでとびっこ(これもほかの回転寿司ではあまり見かけない)を頼む。最初から最後まで最低価格ラインの注文になる。
1000円札でお釣りが来てしまう低単価客だから、申し訳なくてピーク時を避けて利用するようにしている。百円均一だった回転寿司各社が、高額ネタを増やしてどんどん値段のわからない店になっていることを考えると、この先は色々な値段があるがってん寿司のような店が主流に戻るのかもしれない。
一人飲み、黙食がメジャーになった時代なので、回転寿司で一人飲みというのが流行りそうな気もする。そのときは、100均一価格の御三家ではなく、がってん寿司に人気が集まりそうだというのが最近の個人的な見解であります。

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山田うどん讃歌? 傘下?

山田うどんが、山田うどん食堂に変わって、そろそろ2年が経つ。従来からある店舗は看板が変わっただけのようだが、新しい店はそれなりにファミレスよりというかファストフードっぽい作り構えになっている。単純に言えばテーブル席(ボックス席)が増えて、店内が明るくなった。おまけに、これは改悪のような気もするが、店内でかかるBGMの合間に、メッセージというかコマーシャルというか、色々と煩い情報が混ざっている。コロナだ、感染症対策だ、年末の予約だ、などとあれこれ細かく指導されているようで、ちょっとうんざりする。最近のスーパーマーケットも店内は「道徳警察」と言いたくなるくらい、あれこれ注意事項やらお願いというなの強制で満ち溢れているが、それをそっくり真似しているような気がする。飯くらいゆっくり食わせろ、と言いたくなる。

照明が邪魔をしているが、山田うどんのシンボル・マーク、カカシがモチーフになった壁紙は、イメージ転換としてはありかなという気がする。横にある山田うどん食堂マークはちょっと邪魔か・・・。山田うどん食堂の店に入っていることはわかっているのだから。この辺りが、まだ店づくり、インテリアでこなれていないところだな、などと考えていた。いちゃもんをつけるつもりはないが、気になってしまったのは職業病みたいなものだ。ただ、そんなうっとうしいことをいちいち文句をつける客もいないことだろう。店内の居心地はずいぶん良くなった。高速回転型の商売だろうから、居心地が良くなりすぎて長居をされても困るだろうな、と思うくらいに変化している。

最近、蕎麦を生蕎麦に変えたと訴えているのは気になっていた。お試しということで、ざるそばを頼んだのだが、これだけだと300円というお手軽価格なので、なんだか申し訳なくなり、一番人気の「かき揚げ」を追加した。これでもワンコインでお釣りが来る。確かにそばは旨くなっていた。ただ、「うどん」屋なので、そばを食べる人の割合がどれくらいなのかと、ちょっと気になる。それにしても、山田うどん食堂全店で考えれば生蕎麦化はかなりの決断だっただろう。
埼玉県の街道沿いでは駅の立ち食いそば的な感覚で使えるレストランが少ない。ファミレスもメニューを多様化しているので麺類を提供している。が、ニーズの本質は麺類を食べたいということよりも、手軽にささっとかきこめる軽食需要なのだ。そこにこそ山田うどんの存在意義があった。ファミレスとの差別化のポイントとも言える。ただ、山田うどん食堂と改名して、ファミリー層の獲得まで含めた客層拡大が狙いのようなので、メニューの追加、基本商品の品質改良は欠かせない。外食企業の定石だろう。
結論を言えば、生蕎麦導入は正解なのだというのが、食べた後の感想だった。ちなみに、平日はそばの大盛りが無料だそうなので、主客層の男性サラリーマン(ガツンと食いたい派)にも対応している。メニューのラインナップを見ると、この先、ファミリー向け、サラリーマン向けのどちらの方向に進化していくのか見当もつかない。ただ、駅前ではなく田舎道の途中に存在する食堂は貴重だ。埼玉の誇りとして頑張ってほしいぞ。

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名店 金田で憩う

東京に数ある居酒屋の名店は、大部分がいわゆる下町エリアにある。大繁華街である池袋、新宿、渋谷などの都心西部には見当たらない。ましてや山手の住宅地となると、居酒屋よりイタリアンやフレンチの名店が多い感覚がある。その山手、自由が丘でとてつもなく評判の良い居酒屋、金田に行ってきた。知人のリクエストだったが、やはり遠征する意味のある「良いお店」だった。

自由が丘の駅を降りて、線路沿いにちょっと渋谷方向に歩くとたどり着く。自由が丘は、どこがメインストリートなのかわからない、駅の東西南北にある意味無秩序に広がっている不思議な街だ。ただ、渋谷方向に伸びる道の一角は居酒屋やラーメン屋などが立ち並ぶ「夜の繁華街」的な感じがする。

二階席に通されて、まずは酒を頼み、刺身盛り合わせでいっぱいとなった。本鮪の赤みがさりげなく入っている。白身と青魚がほどよく混じっていた。自然と、うまい肴という言葉が浮かんでくる。

肉豆腐は、豆腐多めで独り占めして食べるのがほどよい量だった。味付けは薄めなので、ご飯と一緒に食べるおかずというより、味の濃い日本酒を飲みながら、汁と豆腐で口の中を調整していく、そんな感じの酒飲み向きの一品だった。池波小説に江戸の居酒屋の描写があるが、大体は「鍋」「汁物」をつまみながら酒を飲んでいる。まさに、この肉豆腐はお江戸の味という感じがする。厳密に言えば、お江戸では豚肉は常食になっていないから、猪鍋か、鳥鍋だったのだろうけれど。

こういう居心地の良い居酒屋は、ついつい長く居座ってしまいがちだが、名店だけに席待ちの客もいるので、サクッと飲んでサクッと帰るのが「粋」というものだろうし、暗黙の大人の了解というものだ。大振りのお銚子を2本いただいて退散した。良い酒、うまい料理、良い友達、これに勝る人生の楽しみはないなあ。

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ウニ祭り その2

回転寿司巡りで気が付いたことあれこれ、の続き。スシロー、くら寿司、はま寿司の御三家+かっぱ寿司が、お互いの隙を見ながらあれこれ離業を繰り出してくる。この夏は高級ネタの特集ブームだったらしく、ウニと本マグロが順繰りに各ブランドでテーマになっていたようだ。はま寿司は「ウニ」キャンペーンの最終ランナーとなった模様。そんなことを思いつつ、はま寿司のウニテーマ寿司キャンペーンに出かけてみた。
一番面白かったのあん肝といくらが乗っかっている軍艦巻きだった。個人的な嗜好だが、海苔好きなので、ネタと海苔の味が感じやすい軍艦巻きが好物だ。海苔巻きになると海苔の主張が強くなりすぎる気がする。それでも、サバを巻いたものなどは、鯖の味が強烈なため海苔とのバランスが取れる。卵焼きを入れた巻物は、中身の味が繊細すぎてバランスがいけてない。かっぱ巻きは(個人的に)、味が薄すぎるので、鮨の仲間ではない、何か別物の料理のような気がする。
そういう偏見持ちから見て、このウニいくら軍艦はなかなかの傑作ではないかと思った。ただし、醤油をつけて食べるのにはテクニックが必要だ。ガリを醤油につけて、それをネタの上でペタペタして醤油を移し替えるという技を今回は採用した。

お目当ての「ウニ包」は、海苔の上にウニ握りを置いたもので軍艦巻きよりもウニを感じやすいようだ。ただ、これはウニ握りを海苔で誤魔かした感もある。なるほどね、というのが感想だった。ただ、同じものをスシローも売っていた。パクりとまでは言わないが、ちょっと芸がないなあ。
あいかわらず魚ネタには手を出さないまま、ウニだ貝だと非・脊椎動物だけを食した。基本的に寿司ネタは「泳がない」生物がうまいというのが持論なので、100円寿司でも十分満足ができる。
札幌にあるお気に入りの鮨屋(チェーン店)で「貝尽くし5貫盛り」というメニューがある。これはマイ絶対定番だと思っているが、東京ではそういうネタの出し方をする鮨屋にお目にかかったことはない。お江戸の寿司ネタで貝といえば、青柳、煮ハマグリ、赤貝くらいだろうか。あわびにとり貝を合わせれば5貫盛りもできそうだが、お江戸の鮨の食べ方というか作法には「貝だけ」は合わないのだろう。お江戸の「正しい」鮨屋では邪道扱いされるに違いない。となると、どこかの回転寿司チェーンで貝の10貫盛りキャンペーンとか、やってくれないかなあ。

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サイゼリヤで肉を喰らう

サイゼリヤといえばお手軽イタリアン・ファミレスという印象がある。店内に入るとBGM・装飾も含めタリア推しだから、そこに文句をつけるつもりはない。メニューも日本人向けイタリアンの絶対定番、パスタとピザをしっかり押さえた上でサラダやサイドも豊富だ。ところが、冷静にメニューを見てみればメインである肉料理(魚料理もか?)が、全然イタリアンらしくない。メインがハンバーグというのは日本のファミリーレストランでは必須アイテムで絶対常識だ。が、イタリアンハンバーグと言ってもチーズを乗せればイタリアンと平然と言い切ってしまう社会と文化だから、イタリアンな肉料理をサボっていても非難もされない・・・。

サルシッチャは本当に肉肉しい

などと意地悪いことを考えて、あえてハンバーグを頼まずに、別の肉料理を食べてみようと思った。弁解しておくと、サイゼリヤのハンバーグはファミレス業界の中で相当にレベルの高い方だと思うし、値段と品質を合わせて見ればハンバーグ専門店以上の価値がある。特に、ランチでしか出てこないオニオンソースなどソースアレンジが素晴らしい。念の為に言っておくと、サイゼリヤのハンバーグは好物の一つだし、まずいと思ったこともない。普通以上にうまい。某ファミレスのチーズ入りハンバーグより断然うまい。
それはさておき、最初に頼んだのはパンチェッタのグリル。イタリアのソーセージであるパンチェッタは、イタリアで食べるとこれまで食べてきた日本のソーセージとの違いにびっくりさせられる「すごい食べもの」だった。ヨーロッパ各国、そしてアメリカでの経験で言えば、どの国もソーセージが本当にうまい。さすが肉食の国の食べ物だと思う。ホットドッグを食べて感動するのは、あまりにパンがまずいくせに、ソーセージがうますぎるので、総合的にうまいものに感じてしまうせいだ。逆に日本のホットドッグはパンがうまいが、ソーセージが決定的にダメなことが多い。
このソーセージのうまさが日本で再現できていないのが悲しい。日本的改良品ソーセージはそれなりにうまいが、やはり本場の味との差は明らかだ。ただ、日本のソーセージは日本人的な嗜好に合わせてあると言われればそれまでで、シャウエッセンみたいなソーセージは日本でしか食べられない。
そうした本格ソーセージに対する、ちょっとしたモヤモヤ気分を解決してくれるのがサイゼリヤのパンチェッタだ。これは実食してもらうしかないが、「肉肉しい」という感がする。もう少し獣くさくなれば、ヨーロッパ的なソーセージにもっと近づく。サイゼリヤ特製の辛いソースと合わせて食すのが良い。

イタリヤ料理に存在するのか疑わしいが、大好物の辛いチキン

そして最近登場した、辛い鳥もも肉のグリル。これもイタリアンかと言われれば、頭の中はクエッションマークで埋め尽くされるが、明らかに肉料理としてうまい。骨つき肉は骨の周りの軟骨部分が楽しみだが、四国丸亀名物の骨付き鳥に通じる「肉食いました」感がある。根本の骨部分を手掴みで食べれば、例の漫画に出てくる原始人の肉っぽいところもある。鳥もも肉は、ナイフとフォークではなく手掴みでガブっと行きたいものだ。まさにそれは、人類のDNAに刻まれたうまい肉の記憶だ。
このパンチェッタと鳥もも肉の二品合わせて1000円もしない。だから、イタリアンだ、肉料理だ云々は全く無視して、「美味しく肉をバクバク食べる」のがサイゼリヤの正しい使い方だろう。肉三昧は楽しい。

しかし、実はサイゼリヤのすごいのはひっそりと提供されている付け合わせのソースにあると思っている。ソースこそが、イタリア料理の精髄に通じる道で、他のファミレスではできていないことなのだが。ソースの話はまたの機会にでも。

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大和から来た北京飯店@所沢

埼玉県は某ヒット映画で散々に茶化された通り、「海なし県」なので海産物に名物はない。(当たり前だが)
だから有名な鮨屋も存在しない。(と断言して良いかちょっと自信がないが)鮨を食べに行くなら当たり前のようにお江戸に行く。それとも、手近の回転寿司で簡単に済ませるかだ。
蕎麦も秩父の山間部では有名だが、全県的に見ると圧倒的な「うどん県」だろう。讃岐うどんには勝てないかもしれないが、武蔵野うどんは関東が産んだ最高峰の麺料理だと思う。(ここだけは評価してもらいたいものだ)
にも関わらず有名なうどん屋といえば、山田うどんになってしまうのがちょっと悲しい。一部の地域、加須あたりではうどん懐石の店もあるようだが。行列ができる店といえば大宮の藤店くらいだろうか。
それにも増して、中華料理の店は圧倒的に少ない。なぜか町中華ですら少ない。当然、美味い中華を食べるのであれば、お江戸まで行くことになる。そんな非グルメ的環境の中、所沢の駅ビルが第二期拡張を完了してレストラン街が広がった。そこに新しく出てきたのが、京都のお好み焼き屋・仙台の牛タン屋・そして神奈川県大和の中華料理屋だった。埼玉発のレストランは、川越のラーメン屋元々あったが、拡張部分は全て「外地」からの侵攻だった。ほかにはオムライス屋・ビヤホール・焼肉屋もできたが、これはどれも全国チェーンだった。埼玉グルメ界の発展を祈りたい。
しかし、素朴な疑問だが、なぜ大和の中華料理屋?と思う。どうせ神奈川から持ってくるなら、横浜の中華街で元気のある店を連れてこれなかったのかと聞きたくなる。

そんなことを考えながら、新規開店からずいぶん時間が経ってしまったが、ようやくその中華料理店に行ってみた。時間がかかった理由は簡単で、開店以来ずっと行列ができる人気店だったからだ。待たされるのを嫌っていただけで、そのうち人気が落ち着いてきて行列がなくなったら入ってみようと思っていた。ところが、コロナの間は多少空いていたようだが、それでも行列はできていた。客の数は減っているはずだが、席を間引いているから収容人数も減っていたためだと思う。
そして、馬鹿馬鹿しいことに、ようやく気がついたのだが、開店時間早々に行けば入れるだろうということだ。開店当初は、営業時間前から客が並んでいたので、早めにいってもなあ・・・思い込んでいただけだ。
当たり前だが、昼のピークに行けば1時間待ちになる。が、今であれば、開店と同時に入れば問題ないはずだ。朝飯を食べずに腹を減らして、11時に行ってブランチにすれば良い。いやいや、頭悪すぎというものだと反省した。結局、11時5分過ぎくらいに行って、全く待たずに楽勝で入店した。それでも席は半分くらい埋まっていたが。

とりあえず、午前11時のブランチ、最初の注文は多少軽めにしたいので水餃子にした。一人前3個とありがたい量だった。普通に美味い。皮が厚めなので小籠包的な感覚はないが、もっちりとした伝統的な日本式中華料理(?)の味だった。黒酢のソースがオシャレ感を出している。何やら埼玉的ではない香りがする。

そして、中華料理における我が絶対定番「酢豚」を頼んだ。単品注文なので量はそれなりにある。というか、一人で食べるには多すぎる。おまけに、この大和スタイルの酢豚は肉だらけだった。総固体量の7割が「豚」で、お肉のお供というかおまけ程度に野菜が顔を出す。超がつくストロングスタイルだ。これに匹敵するのは紅虎餃子房の黒酢酢豚くらいしかない。(あれは酢豚というよりゴロっとした塊肉だ)
できれば、キクラゲとか歯応えのある野菜などを入れて欲しい。玉ねぎとか筍なども増量して欲しい・・・などなど、肉好きのための食べ物「酢豚」を注文する割には、ひ弱な希望が溢れてくる。
どうやら神奈川県大和式中華は肉モリモリのストロングスタイルなのだ。もう一度来店して、麺料理とチャーハンを試してみなければ解決できない仮説だが、多分正しいと思う。西武鉄道の商業施設開発部門の方々は、きっと大の肉好きなのだろう。そして、彼らの思惑と野望は、自分たちの本拠地を「肉肉しいレストラン街」にすることなのだと思い知った。
ちなみに、この中華料理屋の隣は仙台の牛タンや、川越のコッテリ系ラーメン屋、居酒屋系蕎麦屋、札幌のイタリアン、そしてお江戸のトンカツ屋だ。フロアーの反対側には焼肉屋がある。逆隣はお好み焼き屋、ビール洋食、オムライスと並んでいる。こうして見渡しててみると、このレストラン街は相当にヘビー系に偏っているのがわかる。
これが西武鉄道グループの陰謀なのか、埼玉県西部に住む人民の嗜好なのか。微妙ななところだなあ。どちらにしても、神奈川県大和からきた中華料理屋には今日も行列ができている。

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隣町で蕎麦

落語などで昔の町人暮らしの話などを聞くと、よく出てくる言葉に「隣町」 (となりちょう)がある。お江戸の行政単位で商業単位が「なんとか町」だったせいだろう。同じ町内の中で色々な物事が完結していたことがよくわかる。町内には風呂屋と床屋と蕎麦屋が必ずあったらしい。あとは、酒屋と魚屋と寄席だろうか。
町内では需要が足りず広域商圏が必要であれば、移動販売・訪問販売することになっていたようだ。だから、「となりちょう」で買い物をしたりするのは、非常事態の時だけみたいな感覚があったのだろう。例えば、町内の酒屋にツケで酒を頼みすぎて売ってもらえなくなり、隣町に買いに行かなければならない、といったアウトローな買い物関係だ。

埼玉の名酒 秩父錦 とは渋い選択だ

そんなお江戸のことを思いながら、線路を挟んだ隣町にそばを食べにいった。隣町といっても同じ市内だ。ただ、自宅のある一角には蕎麦屋がない。ラーメン屋は数軒あるが、うどん・そばの店はない。仕方がないから、「となりちょう」にお出かけすることになる。
このとなりちょうの蕎麦屋は、こんな街にあることが不思議と言いたいくらいの本格的蕎麦屋で、当然のように手打ちそばを出す。それも田舎蕎麦と更科そばを選ぶことができる。都内であれば倍ほどの値段がとられても文句が言えない高いレベルだと思う。その店で昼のピークを外し、古式にのっとり熱燗で酒を注文することから始める。なんと驚くべきことに、焼き味噌がついてきた。

蕎麦屋で頼むのだから天抜きといきたいものだが、なぜかメニューにあったカツ抜きにしてしまった。どうも理由はわからないが、こちらの店では、埼玉産豚のカツ丼推しをしていてる。それに釣られて、ついカツ丼のあたまを頼んでしまった。しかし、後悔することはなかった。予想以上にうまい。おまけに適度に油が抜けているので熱燗によくあう。これはあたらしい蕎麦屋の肴の発見だ。

当たり前のように締めはもりそばにした。田舎蕎麦の黒っぽさがうまさをそそる。こういう手打ち蕎麦屋では蕎麦つゆが上品すぎることが多い。蕎麦にツユが負けるというやつだが、これもなんなくクリアだった。鰹出汁が強く効いた濃いめのツユで太めのそばに負けない。「となりちょう」の蕎麦屋はとても良い店だった。線路を渡った隣町(徒歩3分)には、この先随分とお世話になるだろうな。

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ぎょうざの満洲で餃子以外の方

よだれドリのハーブサイズ 皿までハーブサイズだった
これこそ、ちょい飲み需要対応商品なのだが

コロナによる禁酒令が停止した10月になって気がついたことだが、昼飲みジジイが復活していない。相次いだ緊急事態宣言の隙間では、夜の活動を自粛というか逃げ出していたジジイが大量に昼飲みをしていた。ジジイだけではなく高齢者女性も同席した(ポリコレを意識した言葉遣いで・・・)昼飲み会もずいぶん目撃した。それが、10月を境にさっぱり見かけなくなった。普通に夜に飲みにいくようになったのだろうか。去年の春先にはあれだけクラスターを発生していた昼カラも大復活しているから、そちらに戻ったのかもしれない。
この辺りの人の流れの分析は、定量的に行うのが難しいこともあり、メディアもネットも沈黙している。おそらく第6波なり第7波がくれば、医療関係者ではなく社会学者が登場して、色々と分析がされるだろうと思う。少なくも第5波収束の説明ができない以上、医療関係者の発言はオオカミ少年以下と思った方が良い。
そして、おそらく昼のみジジイが減った分、ランチ客は純減しているのではないかと推測している。その分はディナー客が増えれば良いのだが、どうもディナーも回復していないように見える。町中華はちょい飲み居酒屋としての需要が復活しないと苦しいだろうと推測はしている。外食の受難はまだまだ続くのだな、と思っている今日この頃だ。

おそらく5年ぶりに食べた満州のレバニラ炒め

ささやかな支援として近場の町中華の店をそれなりに使うことにしている。その中でも本店が自宅近くにあるぎょうざの満州は使用頻度が高い。ただ、頻度が上がると食べるものに飽きが出る。たまにいくのであれば、飽きることなく自分の定番を食べ続ければ良いのだが、頻度が上がったせいで今日はいつものやつではない方を注文しようという感じになる。普段では手を出したことのないレバニラを頼んでみたのは、そんな気分での気まぐれだった。そして気がついたのだが、満洲の味は薄味の方向に移っているのだなということだった。濃い味の典型料理だと思っていたレバニラだが、あっさり味付けでおまけにニラも少なめだから、イメージの中にある強烈な匂いとレバーの内臓肉感みたいなものが希薄化している。洗練されたとまでは言わないが、ずいぶん上品な味になったなと感じた。

チャーハンは店によって味が違うような気がする 好みは本店のもの

その後でチャーハンを食べたら、これも塩味薄めというかさっぱり系のチャーハンだった。油でギトギトという感じはしない。高級中華料理店のようなパラパラでもない。ちょっと形容としておかしいとは思うのだが、健康的なチャーハンとでもいうべきだろう。自分の好みではもっとラードたっぷり、化学調味料たっぷりの濃い味が良いのだが。そういうものを食べるには、高齢化が目立つ自宅近辺ではなく、学生が大量にいる高田馬場とか池袋に行けば良いのだろう。

10月のメニューで登場したもので気に入ったのは二品あった。一つ目は昔は売っていたような気がする(今は定番では無くなってしまった)キクラゲと卵の炒め物だ。これは是非にでも定番化して欲しい秀逸さだった。二つ目はネギとりチャーシューで、ネギチャーシューの鳥版だ。ネギチャーシューも同じだが、相変わらずネギたっぷりというか、ネギ多すぎるでしょうと言いたくなるモリモリのネギだった。
これを頼んだ時は、ネギを半分残して、麺を注文してそこに残ったネギを投入する「自家改造ネギラーメン」などにすると良い。
あとは、何故か「むき枝豆」が単品で定位置を占めている。メニューを見ると、会長おすすめらしいが、なんだか味が薄いので中華料理としてコメントしようがない不思議なもの。豆は豆の味しかしないのも困ったものなので、ラー油とか酢とか醤油とか卓上にある調味料を適当にかけてみた。どれをかけても、豆は豆という結果だ。仕方がないか。会長お勧めのわけがよくわからないが、この豆を入れた炒飯が「推し」らしいので、それは次の機会にでも試してみよう。

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ようかんパン アゲイン

散歩がてらに近所のスーパーに立ち寄った時、山積みになっている地方のパンがあった。駅弁特集と同じノリであちこちのパンを集めてきたようだ。その中にようかんパンを発見した。表面に書いてあるようかんパンの文字に釣られて、思わず値段も見ずに買ってしまったのがだ、後で確かめると200円以上もする高級パンだった。パンの中には甘い金時豆が入っている。北海道では定番の豆パンに羊羹がかかっているスタイルで、これはちょっと高くても仕方がないかと思わせる。
確認のため賞味期間を見ると、なんと2ヶ月も先の日付が書かれていてギョッとした。中には脱酸素剤が入っているので、ロングライフ仕様のパンというより菓子に近いものだった。食べてみれば、食感はパンとはちょっと違う。饅頭とパンの間のような感じがする。日配品であるパンとは「似ているが異なる」ものだった。

冷静に考えると、北海道で北海道名物と書いたものを売るとすれば、それは道民以外、つまり観光客目当ての者だろう。道民向けであれば、何か違う文句を書くと考えるべきだ。たまたま地元の有名商品が観光客に支持されるということはある。美唄の袋入り焼きそばとか、北海道特別仕様の中華饅頭(肉まんの親戚ではなく、折り畳んだドラ焼きみたいなものを指す)とか、ケンミンショーのネタになりそうなものだ。ただ、地元民の愛する商品に北海道名物とは書かないよな、という気がする・・・。
北海道名物として抜群の知名度を誇る石屋製菓の「白い恋人」も、ロイズの「生チョコ」も、マルセイバターサンドも自分で買って食べた記憶はない。美味いまずいではなく、なんとなくの思い込みで、あれは観光客が買うものという感覚があるからだ。マルセイバターサンドも勤務先で誰かの手土産でもらったものを、ひとつわけてもらった。初めて食べた北海道銘菓体験だった。東京名物「ひよこ」は、大阪の事務所でお茶と一緒に出てきたのが初体験だったし。そういえば埼玉名物の菓子も食べたことのないものが結構ある。(埼玉のソウルフードと言われる十万石まんじゅうは一度自分で買って食べたが、あまり感動しなかったなあ)

同じ場所で売っていたのが、岩手県の豆パンと日光金谷ホテルのカレーパンだった。これも微妙にお値段が高いのは、輸送賃が含まれているせいだとは思う。本来は地産地消であるローカルパンをわざわざ通販で頼んだり、運賃をかけて首都圏まで持ち込んで販売するというのは、コロナの影響を否定できない。
自宅に縛り付けられた感じがする生活の息抜きみたいなもので、行ったことのない場所の食べ物を自宅で楽しむ。本来は旅先で楽しむものを近所のスーパーで買い付ける。旅の代用品みたいなことだ。これは、典型的な代償規制になると思う。ただ、そこに文句はつけないが、注文はつけたい。できれば滋賀県長浜つるやのサラダパン、福岡県久留米のホットドッグなどを販売して欲しいのですよ。全国展開している某スーパーチェーンのバイヤーさん、ぜひご検討ください。